天樹魔法
Side・リカ
「これがアマティスタ侯爵領の桜樹園か」
「凄いわね。本当に林みたいだわ」
4月になってからというもの、私はフィールとメモリアを往復する日々を送っている。
理由はアマティスタ侯爵領で管理している桜樹園で、桜樹の伐採を行うため。
毎年春になると伐採を開始し、ちゃんと加工してから出荷しているんだけど、桜樹は加工しにくい樹木だから、
加工した木材なら
だからアマティスタ侯爵領では、天樹魔法の使い手は好条件で雇っているの。
私の
「リカ、これでいいの?」
「ありがとうございます。はい、これならば十分加工出来ますよ」
マナ様もハイクラスに進化した際に天樹魔法を授かったから手伝って下さっているけど、慣れないと大変な作業に変わりはない。
私は何年も続けているから慣れているけど、マナ様は初めてだから少し手間取っていたようね。
「天樹魔法ってどんな魔法か気になってたけど、伐採も出来るんだな」
「木々の成長促進も出来るし、病気の治療も出来るわよ。あとは慣れれば、戦闘にも使えるわね」
天樹魔法は植物に作用する魔法だから、木の葉を飛ばしたり枝や根で攻撃したりといった事も出来るわ。
植物が無いと使えないけど、森の中とかならかなり使い勝手が良い魔法でもあるわね。
逆に植物が無ければ、何も出来ないんだけど。
だけど天樹魔法の真価は、植物の成長促進にある。
桜樹に限らず、木材や実が食用となる植物の種や苗を植えてから天樹魔法を使うと、すぐに芽が出たり根付いたりしてくれるわ。
個人差はあるけど、早ければ3ヶ月程で実の収穫が出来るようになるし、伐採も同じぐらいで可能になる。
ただあまり早過ぎても、実に味がついていなかったり、伐採しても強度が著しく不足していたりするから、アマティスタ侯爵領では基準を設けて、しっかりと管理しているわ。
だからアマティスタ侯爵領の桜樹園にある桜樹は、3年程育ててから伐採しているの。
「まさに一大産業ね。でもリカ様もエリザベート様も、トレーダーズギルドには登録してないんですよね?」
「ええ、してないわ。しても良かったんだけど、領主が管理を委託っていう事になっているし、天樹魔法の使い手を雇うためでもあるのよ」
「ああ、なるほど」
桜樹園の管理はトレーダーズギルドに委託しているけど、これはアマティスタ侯爵家からの継続的な依頼にもなっているから、トレーダーズギルドが手を抜く事は無い。
手を抜いた結果桜樹の質が悪くなったりしていれば、当然だけど管理していたトレーダーには報酬が出ないどころか罰金が科せられるし、トレーダーズギルドも信用を失う事になる。
さらにトレーダーズギルドには、天樹魔法の使い手も雇ってもらっているから、そっちも最悪解雇っていう羽目にもなりかねない。
だから依頼を受けたトレーダーはもちろん、メモリアのトレーダーズマスターも定期的に巡回をして下さっているのよ。
「これ、俺が無理矢理切り倒したらどうなるんだ?」
「桜樹の植林を始めた頃に試してもらった事があるそうなんだけど、ハイクラスの魔力で木の内側がボロボロになってしまって、完全に無駄になってしまったそうよ」
「マジで?」
「ええ。だから大和君でも同じ事になるか、下手したらもっとひどい状態になるでしょうね」
切り倒した後なら、問題無いんだけどね。
確か根が魔力を過剰に吸収してしまうために、幹の内側までボロボロになってしまったんじゃないかって考えられてるわ。
「じゃあ
「そっちは相性の問題だって言われてるわ。木材加工用の
木材加工用の
だから桜樹や扶桑のように魔力を宿している植物には、天樹魔法を使うのが一番なの。
「魔力を宿した植物か。じゃあトレントとかにも効果的って事ですか?」
「効果的ね。天樹魔法を使えるハンターにとって、植物系の魔物は凄く狩りやすいって聞いた事があるわ」
植物系の魔物も魔力を宿した植物という扱いになるから、天樹魔法を使えば容易に倒せるらしいわ。
植物を操る魔法でもあるから、高ランクハンターになると攻撃を無効化する事も出来るみたいだし、G-Iランクモンスター カース・トレントが生まれたりなんかしたら、真っ先にアライアンスへの参加を打診されるとも言われてるぐらいだし。
アマティスタ侯爵領に広大な森はないからトレントが出てきた事は無いんだけど、森の国と呼ばれているバリエンテじゃ珍しくないから、たまに声が掛かってたわね。
「トレントって言えば、桜樹や扶桑ってトレントになったりしないんですか?」
「しないわ。というより、トレントはトレントっていう木になるから、桜樹や扶桑はもちろん、檜とか杉とかとも違うわよ」
「そうなんですか?」
大和君と真子が驚いてるけど、そう考えてるハンターって何気に多いのよね。
樹木の魔物で有名なのはトレントだけど、生態は獣や虫系の魔物以上に不明な点が多い。
はっきりしているのは、既存の樹木とは別の樹木だという事。
トレントは魔物だけど体は樹木で出来ているから、その体で作った木材は桜樹や扶桑に次ぐ強度を持っていて、弓や杖の素材として人気が高いわ。
建材としても人気なんだけど、トレントで家を建てようと思ったら最低でも10匹は必要になるから、現実的とは言い難い。
それでも実力のあるハンターなら自力で集められなくもないから、その分予算は抑えられるっていうのが強みかしら?
「ラウス達も来たら良かったのに」
「ラウスとレベッカは、やっと狩りの許可が出たんだから仕方ないわよ。キャロルはともかく、セラスとレイナには気の毒だけどね」
「そりゃあまあね」
今日メモリアに来たのは、大和君とその奥様、婚約者合わせて11人にマリサ、ヴィオラ、エオス。
エドワード君、マリーナ、フィーナ、フィアナはアルカで作業中で、カメリアはアプリコット様の護衛としてフィールのヒーラーズギルドに行っているわ。
そしてラウス君、レベッカ、キャロルさん、セラス様、レイナは、マイライトに狩りに行っている。
14歳でエンシェントクラスに進化してしまったラウス君とレベッカは、昨日までフロートにあるヒーラーズギルド総本部で徹底的な調査と検査をされていたから、アルカに帰ってくるといつもグッタリしていたわ。
未成年でエンシェントクラスに進化したのはリディアとルディアも同じだけど、サユリ様は16歳という年齢は成人手前で、体は既に大人になっていると仰っていた。
だから本来なら16歳で成人でも良いんだろうけど、体は大人になっても心はそうとは限らないから、17歳になるまでの1年は成人までに心構えを決める期間なんじゃないかとも推測されている。
だから16歳のリディアとルディアは、ハイクラスに進化した際も特に痛みで体が動かなくなるといったような事は無かったわ。
同じ理由で16歳のカメリアも特に影響は無いし、キャロルさんは来月誕生日を迎えるから、それ以降は成長痛に悩まされる事も無くなるでしょう。
14歳のユーリ様とラウス君、レベッカ、15歳のアリアとヴィオラは、まだしばらくは大変なんだけどね。
ハイクラスへの進化でさえ、時折動けなくなる程の痛みを伴う事があるのに、エンシェントクラスに進化してしまったらどうなるかは分からない。
だけどラウス君とレベッカは、エンシェントクラスに進化してしまった。
これは有史以来初めての事のようだから、ヒーラーズギルドは勿論プリスターズギルドにも情報が一切無い。
だからグランド・プリスターズマスター イデア様もヒーラーズギルドに足を運んで、2人のために色々と調べて下さったそうよ。
「ハイクラスへの進化と、基本的には大差ないみたいね」
「そんな話ですね。ただ痛み出す間隔が空くみたいだって言ってましたけど、何でなんでしょうか?」
「ハイクラスに進化すると、体は成長したがってるのに、魔力がそれを抑制しようとするっていう話は知ってる?」
「ええ。以前サユリおばあ様に教えてもらったわ」
「基本的にはその話の延長線上ですね。痛み出すって事は成長もしてるんだけど、魔力がかなり強くなってるから、成長が抑えられるんですよ」
「ああ、そういう事なのか。って事は、もしかしてあの2人は、あのまま成長しないって事ですか?」
「いえ、間隔が長くなっただけで痛む事はあるから、かなり遅くなるけどちゃんと成長すると思うわ」
ヒーラーズギルド総本部で調査に協力していた真子が、総本部の見解を教えてくれた。
なるほど、確かに納得は出来るわね。
どれぐらい成長速度が遅くなるのかは分からないけど、前例も無い事だから仕方ないのかもしれない。
「サユリ様の見立てじゃ、16歳になったら痛みは治まるだろうけど、成人相応に成長するのは早くても20歳過ぎじゃないかだって。未成年がハイクラスに進化した場合、だいたいそれぐらいで成人相当の姿に成長してたらしいから、下手したら30歳ぐらいになる可能性もあるって言ってたわ」
それはまた、何とも言えないわね。
成人年齢になれば子供を作る事は出来るけど、それでも今の見た目のまま成人になり、下手したら20代は大差ない姿で過ごす事になるかもしれないって、なかなか厳しいんじゃないかしら?
「ドラゴニアンの感覚からしたら普通って気がするけど、普通はそうじゃないんだね」
「こればっかりは種族の差もあるから、どっちが正しいって訳でもないけどな」
ドラゴニアンは5年で人間年齢1歳の成長をするそうだから、確かに感覚的には近いかもしれないわね。
大和君のフォローもあって、ちょっと寂しそうな顔をしていたアテナも笑顔になったし。
「問題はセラス様とレイナだな。まだ12歳だし、下手にハイクラスに進化させたらラウス達以上に大変な事になりそうだ」
「12歳って言ったら、一番成長する時期だしね」
大和君、プリムさん。
セラス様は先日13歳の誕生日を迎えているわよ?
確かラウス君とレベッカがハイクラスに進化したのも、13歳の時だったわよね?
「あー……そうだったっけ?」
「私が知ってるワケないじゃない。ヘリオスオーブに来る前の話なんだから」
真子に話を振る大和君だけど、真子がヘリオスオーブに来る前の話なんだから、聞く相手を間違えてるでしょう。
「ラウスもレベッカも、リカの言う通り13歳で進化していましたね」
「結構前だった気がするけど、1年も経ってなかったんだね」
確かラウス君は異常種エレファント・ボア討伐の時で、レベッカはソルプレッサ迷宮でだったわね。
バレンティアに行ったのは9月だから、1年どころか半年前の話か。
その後でも色々あったから、もう何年も前の話に感じるわね。
「まだそんなもんだったか」
「濃い生活を送ってたから、そう感じるのも仕方ないでしょうね。それでセラスとレイナは、レベルアップの速度を落とすの?」
「落とすよ。ラウスにも言っとかないとだな」
「その方が良いわね」
ラウス君も分かってるとは思うけどね。
「それじゃあキリも良いし、お昼にしましょうか」
「おお、良いな」
「お腹減ったしね。まあマナとリカさん以外、ただ見物してただけなんだけど」
「天樹魔法が使えるのは、マナ様とリカ様だけですからね」
「キャロルさんも使えますけど、今日は来てませんしね」
そういえばキャロルさんの
桜樹園はメモリア以外にもあるから、依頼を出せばやってくれるかもしれない。
天樹魔法を使うハンターも少なくないから、この時期はハンターズギルドにも依頼が出てるし、何より領主からの指名依頼になるんだから、文句を言われる事もないでしょう。
キャロルさんがメモリアに来ればラウス君達も来る事になるだろうから、その間はレベルが上がるような事もないでしょうしね。
セラス様とレイナには無理をさせたくないから、それも検討してみましょうか。
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