新領主の政策

Side・ユーリ


 レティセンシアがヴァーゲンバッハに進軍を開始したとの報告を受けてから、3日が経ちました。

 戦闘は昨日、レティセンシアの国境を越えた辺りで発生したそうですが、オーダーズギルドとソルジャーズギルドによる連合の前に、あえなく壊走したそうです。

 魔族も5人程いたそうですが、オーダーにもソルジャーにも犠牲者は出ていません。

 魔族はエンシェントクラスが1人ずつ倒したという報告は最初は意味が解かりませんでしたが、リリー・ウィッシュのリーダー サヤも参加していたそうです。

 レックスとの婚約も成立したそうですから、リリー・ウィッシュも抜ける事になるとありましたね。

 お兄様の戴冠式に合わせて結婚の儀式を行い、そのままレックス達とユニオンを組む事になるそうです。


 この敗戦が皇王の耳に入るのは1週間程先になるでしょうが、果たして次は何をしてくるんでしょうか?

 愚劣極まりない皇王家の考えている事は私には理解出来ませんし、理解したいとも思いませんが。


 そんな事よりも私は、今後はエスメラルダ天爵領、つまりフィールとプラダ村の発展に注力しなければなりません。

 フィールも拡張工事を行うつもりでいますが、それよりも優先すべきはプラダ村の開発です。

 以前よりプラダ村の開発という案はあったのですが、ベール湖の水深が浅い事、ナダル海とベール湖を繋ぐ河口が狭すぎる事から、断念されていました。

 ですがそれを解決出来れば、プラダ村には大きな港を作る事が出来ますし、フィールにまで船を進める事も可能になります。

 ですから婚約者である大和様と妻であるフラムに頼み、プラダ村に面しているナダル海とベール湖の水深を調べて頂いたのです。

 その結果、ナダル海側の水深は約15メートル、ベール湖側の水深は5メートル程ですが、水底を削ればさらに5メートルは確保出来そうな事が分かりました。


「ナダル海側は大丈夫だと思うけど、ベール湖側は水底を削って固める必要があるわね」

「しかも水中での作業だから、ウンディーネや水竜のドラゴニュートに頼むしかないわ。護衛も必要だから、相当な予算が掛かるわよ?」

「その価値があると思っています」


 プラダ村に港を作る事が出来れば、いちいちレティセンシアを経由せずともリベルターやアレグリアに足を運べますし、バリエンテやソレムネとの取引も楽になるでしょう。


「それは分かりますけど、私や大和君は長時間潜っていられませんから、フラムに大きな負担を強いる事になりませんか?」

「そこが申し訳ない所です。ですからお兄様に掛け合って、該当種族のハイオーダーを派遣してもらおうと考えています」


 作業は水中になりますから、水棲の魔物から作業員を守るために護衛が必要になります。

 エンシェントウンディーネのフラム以上の者はいないのですが、さすがに1人だけでは負担が大きすぎる話ですから、増員は必須です。

 フィールにも数名該当者がいますから、彼女達にも手伝ってもらう事になりますね。


「あとはクラフターか。マリーナも水竜のハーフドラゴニュートだけど、仕立師がメインだから厳しいかしら?」

「ハイクラスに進化してるし、出来れば手伝ってもらいたいところね」


 ウイング・クレストでの該当者は、フラム以外ですとフェアリーハーフ・ハイドラゴニュートのマリーナになります。

 ですがマリーナはクラフターですから、護衛戦力としては数えられません。

 それなりに戦闘経験を積んでいますから、多少の魔物でしたら大丈夫な気もしますが。


「声は掛けてもいいだろう。後はレベッカも、もう少ししたらサユリ様の許可が下りるみたいだから、それ次第じゃ手伝ってくれるだろうし」


 確かにそうですね。

 フラムの妹で同じくエンシェントウンディーネに進化したレベッカは、現在はサユリおばあ様の言いつけに従って狩りをしていません。

 まだ14歳だというのにエンシェントクラスに進化してしまったために、どのような副作用が出るか分かりませんし、サユリおばあ様にとっても初の事例ですから、同じくエンシェントウルフィーに進化したラウスと共に、フロートにあるヒーラーズギルド総本部でグランド・ヒーラーズマスター達を交えて連日検査や調査が行われています。

 結論が出るのはもう少し先になるそうですが、その結果次第ではレベッカも協力してくれるでしょう。


「レベッカの事は私も気になりますけど、プラダ村は私達の故郷ですから、レベッカだけじゃなくラウスも協力しますよ」

「ありがとう、フラム」


 故郷の発展を願わない人はいない、という事ですね。

 ですが人を雇う前に、お兄様に話を通さなければなりませんし、人や資材も集めなければなりませんから、実際に着工が開始されるのは、早くても来月からになりそうです。


「開発も重要だけど、マイライトはいいの?」

「もちろんそちらの調査も行います。特にオークの間引きは重要案件ですから、オーダーはもちろん、ハイハンターにも依頼を出すつもりでいますよ」


 プラダ村の開発は少し先になりますが、マイライトの調査は明日からでも可能です。

 特にオークが増えていると予想されますから、ハイオーダーやハイハンターへの依頼は必須になります。


「ハイオーダーはともかく、ハイハンターって何人ぐらいいたっけ?」

「少なくても20人はいるが、ほとんどがレイド・リーダーだな。指名依頼を出すなら、それぞれのレイドにって事になるんじゃないか?」


 それが問題ですね。

 ウイング・クレストと行動を共にしていると忘れてしまいますが、本来ハイハンターは、レイドに1人か2人しかいないのが普通です。

 ですからハイハンターに指名依頼を出すのならば、レイド全体への依頼になってしまう事もよくあります。

 ハイハンターのみとなると、それはもうアライアンスになりますからね。


「アライアンスでも良いとは思うけど、あたし達も調査に行くからその必要はないか」

「むしろあたし達が行くから、依頼を受けないハンターも出てくるんじゃないかな?」


 プリムお姉様とルディアが不吉な予想をしていますが、私もその可能性が否定できません。

 なにしろウイング・クレストには、まだ正式に加入されていないヒルデお姉様も含めると、12人ものエンシェントクラスがいるのですから。

 少々の集落どころか、異常種や災害種でさえ単独討伐が可能でしょう。

 しかもジェイド、フロライト、シリウスといった空を飛ぶ従魔・召喚獣もいますし、全員がトラベリングまで習得していますから、行動範囲の広さは並ではありません。


「それならそれでも構わないけど、春になったらマイライトの調査が再開される事はハンターズギルドでも常に言われてるから、下手に依頼を受けなかったら信用に関わるわよ」

「ハンターは実力もだけど、信用も大切ですからね」


 確かにお姉様と真子の言う通りです。

 実力はあっても信用のないハンターは、例えハイクラスであっても指名依頼を受ける事は出来ませんし、場合によっては通常依頼すら拒否されてしまいます。

 さすがに通常依頼まで拒否されるハンターは極々少数ですが、そのようなハンターは大抵素行が悪く、問題行動の常習者でもありますから、遠からずリッターズギルドに捕まる事になりますが。


「そんな馬鹿は、今のフィールにはいなかったはずだぞ。ハンターの育成に主体を置いてるレイドもいるから、そこは受けれないと思うが」

「そんなレイドいたっけ?」

「ああ、ドラゴン・スケイルだ」

「ああ、あそこか」


 大和様とアテナ、ルディアが話しているドラゴン・スケイルというレイドは、リーダーこそレベル53のハイドラゴニュートですが、所属しているハンターはほとんどがCランクで、Iランクハンターもいるそうです。

 リーダーは90歳を超えているため、後進の育成に力を注いでいると聞いています。

 フィールに来た理由は、レティセンシアの暗躍によってハンターが減ってしまったため、若手を育てる必要があると考えたからだそうです。


「確かに、ドラゴン・スケイルには無理をさせられないわね。あたし達とは経験の絶対量が違うから、あたし達だって教えてもらいたいぐらいなんだし」

「それは分かるな」


 ドラゴン・スケイルのリーダーの男性ハイドラゴニュート、名はリュートといいますが、奥方は既に全員亡くなられており、残念な事に子供も出来なかったそうです。

 ですから若手ハンターの育成に余生を捧げる事にしたと聞いています。

 若い頃は各国の迷宮ダンジョンに入り、攻略した経験もありますね。

 そのレイドはバレンティアに現れた異常種ティラノサウルス討伐の際に、全滅に近い被害を出してしまったため、数年後に解散してしまったそうです。

 それ以来レイドを組まずにハンターとして活動をしていたのですが、10年程前に奥方達が相次いで亡くなられてからアミスターに居を移し、それからルーキー・ハンターの育成に力を入れるようになったんだそうです。


「ハンターズギルドも、リュートさんには新人の育成を優先してもらいたいって言ってましたね」

「となるとマイライトの調査は、まずは俺達が行くのが無難か」

「そうなるわね。ただどのタイミングで集落が出来るかは分からないから、継続的な調査は必要になるわ」

「クイーンやプリンセスがいない事を祈るしかないわね」


 頭の痛い話ですね。

 マイライトのオークは、レティセンシアが魔化結晶を使ったために、異常種に進化してしまった個体がいると推測されています。

 そのせいかは分かりませんが、終焉種オーク・エンペラーとオーク・エンプレスまで生まれてしまいましたから、今のマイライトには、オークの異常種や災害種があり得ない程生息しています。

 終焉種が産む子は異常種になり、異常種や災害種は希少種を産むと言われていますから、討伐戦以降もかなりの数の異常種や災害種が討伐されており、冬の間に増えているのではとも考えられていますから、本当に厄介な話です。


「大規模な山狩りをしようと思ったら、エンシェントクラスも駆り出さないといけないわね」

「状況が落ち着いたら、一度やってもいいんじゃないか?」

「それは調査結果次第ですね。マイライトは広いですから、エンシェントクラスに依頼を出すにしてもある程度の調査は必要です」


 依頼を出しても異常種や災害種がいなければ、とんでもない出費になりますからね。

 フィールの安全を考えれば必要経費かもしれませんが、下手をしたら総額1,000万エル以上かかってしまいますから、簡単に依頼を決断できる額ではありません。


「私や大和にも公金が出てるから、そこはこっちで負担するわよ」

「プラダ村の開発もあるんだから、それぐらいはしとかないとだしな」


 確かにお姉様と大和様にも、私の半額ではありますが、天爵としての公金が支給されています。

 お2人が拝領するのは数年は先のお話ですから、本屋敷を建てる場所は決まっていませんし、フィールやフロートに別邸を建てる必要もありません。

 いずれは建てなければなりませんが、今すぐ必要というワケではありませんから、こちらも数年は先になるでしょう。

 ですから支給された公金を何に使うべきなのか、お2人は真剣に悩んでいるんです。


「お金がありすぎても困る事ってあるんだね」

「俺も知らなかった。ただでさえ報酬とかで結構貯め込んでるのに、ここに来て公金とかいってポンと渡されても、マジでどう使ったらいいのか分からねえよ」

「それだって簡単に使い切れる額じゃないものね。とりあえずフレイドランシア天爵家かラピスラズライト天爵家の別邸を、フロートかフィールに建てるしかないんじゃない?」

「それしかないか」


 プリムお姉様の意見が、一番無難な気がしますね。

 ただどこにいても夜はアルカに戻ってきますから、お兄様の許可を得てゲート・ストーンを設置させて頂いた方が良いでしょう。

 実際に使い始めるのは、これから生まれてくる子が天爵位を継いでからになりそうですけどね。

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