皇国の現状

 ユーリが領主としてフィールに着任してから4日。

 今は領代から引継ぎを行ってる最中だが、特に大きな問題も起きていないため、重要案件は魔銀ミスリル鉱山とマイライトのオークに関してになるらしい。

 一度大規模な山狩りでもした方が良いとは思うが、ユーリは着任したばかりだから、少し落ち着いてからの方が良いか。


 ところがそんなフィールに、天樹城を経由してとある情報が舞い込んだ。


「予想はしてたけど、本当にそっちに行くとはね」

「オーダーズギルドも動いてるけど、なんであたし達まで?」


 内容はヴァーゲンバッハからの救援要請だった。

 レティセンシアとの国境から最も近い、リベルターの橋上都市だ。

 数は不明だが、レティセンシア軍がヴァーゲンバッハに迫っているらしい。

 ラインハルト陛下はすぐにオーダーを編成し、レックスさんをジェネラル・オーダーとして派遣したそうだ。


「これは報告書ですから、私達もヴァーゲンバッハに行ってほしいというワケではないでしょう。レティセンシア軍の数は500にも満たないようですから、派遣されたオーダーにも被害は出ないと思いますし」

「マイライトを挟んではいるけど、フィールは一番リベルターに近いから、万が一にもないけど避難先としては候補に入るわ。それにレティセンシアがフィールを諦めたとは思えないから、ヴァーゲンバッハを攻めると見せかけて、こっちに奇襲を仕掛けてくる可能性もゼロじゃないしね」


 ああ、なるほど。

 確かにユーリの言う通り、派遣されたオーダーは100人程だが、レックスさんとローズマリーさん、ミューズさんもいるから、レティセンシア軍の数が500程度ならすぐに殲滅出来る。

 魔族の存在が不安要素ではあるが、アバリシアからの援軍が確認されていない以上、そんなに多くはないだろうしな。

 さらにマナの言うように、マイライト山脈を挟んでいるが、直線距離だとフィールが一番リベルターに近い。

 ワイバーンとかの空を飛ぶ騎獣があれば、フィールは避難先としては考慮に入るし、レティセンシアが奇襲を仕掛けてくる可能性も否定できない。

 だからユーリにもレティセンシア進軍を報せて、万が一の事態に備えろって事なのか。


「ということは、あたし達はフィールから動かない方が良さそうね」

「そうなりますね。とはいえ兄さんや義姉さん達も派遣されてるそうですから、私達の出番は無さそうですけど」

「だろうね」


 エンシェントオーダーが3人いるし、半分ぐらいはハイオーダーらしいから、魔族が数人程度なら何の問題もないだろうな。


「ヴァーゲンバッハはそれでいいとして、ポラルは大丈夫なのですか?」

「そちらは今までと変わりないとありますね」


 リカさんはヴァーゲンバッハへの侵攻が陽動で、本命はポラルじゃないかと予想したようだが、そっちは特に進軍してくるような気配はないらしい。

 皇都コバルディアには軍が集まっているが、ギルドは撤退し、唯一残っているトレーダーズギルドですら規模を縮小しているために、物資が全く集まらない事が理由だ。

 なのに皇王はトレーダーズギルドに圧力を掛けたらしく、ついにトレーダーズギルドも撤退すると先日決まったから、さらに物資は集まらない。

 だからアミスターより与し易いと考えて、ヴァーゲンバッハに狙いを定めたんじゃないかっていうのがラインハルト陛下やトールマンさんの予想だ。


「ホントに自分で自分の首を絞めるのが好きな国だよね」

「バカが王だとこうなるって事でしょ」


 アテナとルディアに同意だが、ここまで酷いと馬鹿王って言葉すら生温く感じる。


「よく国民が黙っていませんね」

「弱者を虐げ強者に媚びへつらうっていうのがレティセンシアの国風だから、反逆なんて考えもしないんでしょ」

「全くいなかったワケじゃないみたいだけど、軍と同じで物資が集まらないから、自然に消滅したみたいよ」


 オーダーズギルドは、レティセンシアの皇都コバルディアに諜報部隊を派遣している。

 トレーダーとその護衛のハンター装っているらしいが、それ以外は俺にもどうやって潜入してるのか分からない。

 だけど情報はしっかりと入手しているようで、定期的にレティセンシア軍の動向を報告してくれているそうだ。


 そのオーダーの報告によると、コバルディアにレティセンシア軍3,000が集結しているのは間違いないんだが、急遽大軍を集めたせいで食料が不足し、貴族へも重税を課したらしい。

 当然一般人も増税され、払えないという人が相次いだ。

 そのせいでスラムのみならず一般家庭でも、冬の間に餓死者や凍死者が後を絶たず、コバルディアの人口は1割以上も減っている。

 首都のコバルディアでこの有様だから、他の街や村はもっと酷いみたいだ。

 アバリシアからの支援もなく、地方では人口が半分以下になった村も珍しくない。

 当初はアミスターに怒りの矛先が向いていたが、その矛先は重税を課された頃から皇王家へと変わった。

 一部の貴族が皇王家打倒を掲げて軍のみならず一般人まで煽ったようだが、重税による資金難に物資の不足、空腹による士気の低下は避けられず、すぐに身動きが取れなくなったともある。

 レティセンシアにも民を重んじるまともな貴族がいて、希望者と共にリベルターに亡命した貴族もわずかだがいるという。


「レティセンシア国内はガタガタね。なのに軍を派遣なんて、国の命を縮めるだけじゃない」

「それすらも分からないボンクラなんでしょ。アバリシアだって援軍どころか支援すらしないでしょうから、放っておいても勝手に自滅するわよ」


 だな。

 餓死とか凍死とかは思う所が無い訳じゃないが、レティセンシアの国民もギルドを蔑んでいたのは事実だし、他国すら下に見ていたんだから、国もギルドも支援に名乗りを上げた所は無い。

 完全に自業自得だ。


「それなのにヴァーゲンバッハを攻めるって事は、いよいよ物資も限界だって事ね」

「そうみたいですね。リベルターに亡命した者が私財を投げ打って支援を行っていたようですが、レティセンシア側はそれに甘え、結果亡命者の私財も底を尽いたそうですから、本当にどうにもならなくなったのでしょう」


 支援が無くなった途端、レティセンシア国民は亡命者を口汚く罵り出したとも報告書には書かれていた。

 自分達は何もしてない分際で、身銭を切って支援してた者が支援出来なくなったら罵るって、マジでとんでもない国だな。


「さらにレティセンシアの北部では、魔化結晶で進化させたと思われる異常種が、見境なく暴れ始めたともありますね」

「異常種までもか。魔族に変化すると天与魔法オラクルマジックが使えなくなるから、そのせいで従魔、召喚契約が強制解除されたってとこかしら?」

「その可能性はありますね。元々魔化結晶で進化させた従魔は、従魔魔法や召喚魔法で従わせていたそうですから、契約が解除されてしまえば魔物が言う事を聞く道理はありません」


 だろうな。

 これも完全に自業自得だろ。

 なんでレティセンシア北部だけなのかは疑問だが、多分魔物への魔化結晶使用は北部で極秘裏に行っていたってことか。

 アミスターからもリベルターからも距離があるから、気付かれないとでも思ってたんだろうな。

 それでこの様なんだから、本当に救いがない。


「ですが、よく北部で異常種が増えている事が分かりましたね」

「お兄様が、レティセンシア全土の調査が命じたそうよ。その関係で北部にも向かって、そこで発見したってことみたいね」

「スカウト・オーダーに任命された者は、全員レベル50以上でもあります。武具も翡翠色銀ヒスイロカネやPランクモンスターの素材を使った高性能な物が支給されていますから、P-Iランク辺りまでなら犠牲を出さずに倒せたそうです」


 スカウト・オーダーっていうのは斥候や諜報のためのオーダーだが、全容を知っているのは国王とグランド・オーダーズマスターのみとなっている。

 任務の難易度が高いため高レベルの者が任命され、支給される装備も最高峰の物ばかりらしいが、それ以外は俺どころかマナやユーリも知らされていない。

 だがそのスカウト・オーダーは、レティセンシア北部にも調査に赴き、異常種も何体か倒しているそうだ。

 既に全滅していた村は数多く、結界に守られた町でさえ住民の半数以上が犠牲になったところもあるんだとか。


「北部は全滅に近いけど、異常種がどう動くか分からないし、皇王は完全無視か。ソレムネより酷い状況ね」

「早急に併合すべきかと思いますが、ここまで荒れていると物資はもちろん、人員も相当数割かなければなりません。物資はある程度余裕がありますが、人員に関しては厳しいですね」

「本当にね。だけど異常種の件も物資の不足も、完全に皇王の不手際が原因よ。冷たいけどこれは、皇王が何とかするべき案件だわ」


 マナが冷徹に断じたが、真子さんを除く他のみんなも同じ意見のようだ。

 俺も真子さんと同じく支援ぐらいはしても良いんじゃないかと思うんだが、レティセンシアはその支援物資をアミスターやヴァーゲンバッハを攻めるために回すに決まってるから、全く無意味だと言われてしまった。

 しかもその物資を軍に回したとしても滅び去る運命に変わりはないから、支援のための手間と物資が丸々無駄になる。

 だから冷たく見えるが、支援は意味が無いんだそうだ。

 確かに本当に必要な人達に支援物資が届かないんじゃ意味はないし、自国の事が最優先なのは世界が違っても変わらないか。


「私達が甘いんでしょうね」

「地球、というか、日本じゃ考えられないですからね」

「それだけ教育が行き届いていて、倫理観や道徳観がしっかりしているって事なんでしょうね。客人まれびとが住んでたのがそういう国だって事は知ってるし、代々のアミスター国王は目標にもしているわよ」


 それもそれで凄い話だな。

 まあ倫理や道徳に関しては見習ってもらっても良いかもしれないが、弱腰外交とか見習っちゃいけないとこも少なくなかったりする。

 連邦天帝国の中心国家になるんだから、その心配はいらないかもしれないが。


「それで、異常種も問題だけど、ヴァーゲンバッハはどうなの?」

「ヴァーゲンバッハのリベルター軍は既にソルジャーズギルドに編入されているようなので、レックスとデルフィナの指揮の下、レティセンシアとの国境に向かっているそうです」


 デルフィナさんも駆り出されてたのか。

 いや、ヴァーゲンバッハに駐留してるリベルター軍がソルジャーズギルドに組み込まれたんだから、グランド・ソルジャーズマスターが来てもおかしくはないんだが、ソレムネの方は大丈夫なのか?


「デルフィナさんもって、ソレムネは大丈夫なんですか?」

「今の所は大丈夫のようです。ヒルデお姉様もおられますし、ソルジャーズギルドの増員は急務ですから、そちらの関係もあると思います」

「ああ、そっか。今登録してるソルジャーは、デセオで登録した者を除けばオーダーとセイバーからの出向者しかいない。だけどリベルター軍なら即戦力になるから、場合によってはソレムネに派遣って事も可能だわ」


 そっちの理由か。

 とはいえリベルター軍もかなり数が減ってるから、新たに建国される大公国と橋公国だけで手一杯になるだろう。

 だけど数人ずつでも派遣が叶えば、デセオに派遣されてるソルジャーが増員される事にもなる。

 橋上都市駐留軍の司令官も例外なくハイクラスで、ソルジャーズマスターに就任してもらったって話もあるから、指揮系統の混乱もないだろうしな。


「とはいえ、今はレティセンシア軍からヴァーゲンバッハを守る事が先決だわ。ユーリ、橋上都市のリベルター軍は、ソルジャーズギルドに登録を開始してるのよね?」

「はい。デルフィナが連日橋上都市を回っています。今回のレティセンシア進軍の報は、アクアーリオで受けたようですね」


 リベルター中央南部にある橋上都市アクアーリオか。

 位置的には第1回国際会議サミットで自爆したバカが治めるフォーマルハウトのさらに南になり、ナダル海を望む橋上都市だな。

 確か橋の下に人工の砂浜を作ってるから、安全な海水浴場としても利用されてるって聞いた覚えがある。


「アクアーリオか。あそこはアレグリアとの玄関口でもあるから、結構重要な都市よね」

「はい。ですがナダル海に面していますから、ソレムネの攻撃もかなり激しかったそうです」


 橋上都市は巨大な橋の上に都市を建造しているが、アクアーリオは少し異なる。

 リベルターを流れる大河グランデ河の河口に位置しているんだが、アクアーリオには島とも言える大きさの中洲があって、都市の中心部はその中洲に建造されているそうだ。

 もちろん中洲に架かる橋も都市として整備されていて、首都エストレラ、リヒトシュテルンに次ぐ大きさになる。

 だから放棄される事が決定したフォーマルハウト以下2つの都市の住民も、アクアーリオを中心としたアクアーリオ橋上国に移ってくる事になったらしい。

 ちなみにエストレラは巨大な橋の上に建設された都市だが、リヒトシュテルンはアクアーリオと同じく中洲を挟んだ都市になっている。


「その割には放棄する橋上都市の住民受け入れもしてるみたいだけど、復興は大丈夫なの?」

「ええ。アクアーリオが受けた被害は、西側の橋だけらしいのよ」


 アクアーリオは東西2つの橋を有する都市で、東側には商店や工務店なんかが密集しているが、西側には民家や爵位の低い貴族の屋敷があるらしい。

 ソレムネはリベルターの戦力を減らすために、西側を重点的に狙ったらしいから、東側の建物はほとんど攻撃を受けず、中洲にある高級住宅街や行政区に至っては無傷だったとか。

 ソレムネの攻撃を受けた時、アクアーリオの代表で橋公として即位するイザベラ・アクアーリオは、その行政区にいたために難を逃れたそうだ。

 それでも被害は大きかったし、命を奪われた住民も多いから、西側の復興は最優先で進められている。


「そういう事なのか」

「ええ。実際ナダル海に面している橋上都市は、アクアーリオとリヒトシュテルン以外は全て放棄する事になっているわ。中には橋を落とされた都市もあったから」


 橋上都市はその名の通り、橋の上に都市がある。

 だから橋を落とされてしまえば、都市としての機能の消失どころか壊滅だ。

 事実アクアーリオの西にある橋上都市は、蒸気戦列艦の攻撃によって橋を落とされ、代表も命を落としたって聞いている。


 デルフィナさんはそのアクアーリオに訪れていたそうだ。


「トラベリングを使えるから伝令も早いけど、そのためにエンシェントクラスを使うのもどうかと思うわね」

「通信具が完成すれば、リッターズギルドには支給するんでしょう?」

「将来的にはそうしたいが、今はそこまでは無理だな。使ってる魔石や素材の問題もあるから、まだまだ改良が必要だ」


 現在のエンシェントクラスは、俺のマルチ・エッジに苦手な魔法を付与させて補助とする事で、全員が長距離転移魔法トラベリングを習得しているし、エンシェントオーダーに至っては連邦天帝国の建国が決定してから首都となる都市を巡る日々が続いていた。

 トラベリングは転移門を開く魔法って事で、テレポートとかみたいに座標がどうとかじゃなく転移先のイメージが重要だから、誰かのトラベリングで目的地に到着しても問題無く使う事が出来る。

 それでもある程度のイメージが出来てないと無理だから、天樹や宝樹だけをイメージしても使えない。

 幸いにも都市とか村とかは、俺が奏上したステータリングに記録されるから、オペレーターをいじって魔力を消費すれば転移可能だ。

 グランド・ハンターズマスターは、とんでもなく楽になったって言ってたな。


 だけどトラベリングは、エンシェントクラスに進化しなければ使えない魔法だから、急ぎの伝令にはエンシェントクラスが駆り出される事にもなってしまう。

 普段ならともかく、戦時ともなればエンシェントクラスは中核を担う事になるから、出来れば伝令なんかには使いたくないっていうのがマナやプリムの意見だ。

 俺も同感だが、じゃあどうするのかって事になると、俺が開発した通信具を使うのが手っ取り早い解決法になる。

 だが通信具はまだ試作だし、使ってる素材もP-Iランクモンスターが中心だから、とてもじゃないが実用化には向かない。

 せめてGランクモンスター素材辺りまでランクを落とせればいいんだがな。


「通信具に関しては大和に任せるしかないから、あたし達には頑張ってとしか言えないわね」

「それで十分だよ」


 とはいえ、泣き言なんて言ってられないからな。

 奥さん達も応援してくれてるんだし、頑張るとしますかね。

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