フィールの領主

 4月になった。

 今日からユーリがフィール、プラダ村の領主として正式に赴任する。

 既にユーリは住民にも顔を知られているから、フィールでは歓迎ムード一色だ。


「申し訳ありません、大和様。ユニオン・ハウスを領主館にしてしまって」

「エスメラルダ天爵家の屋敷が間に合わなかったんだから、仕方ないさ。遅くてもあと2週間ぐらいで完成するらしいし、それまでの間なんだから、気にしなくてもいい」

「ありがとうございます」


 ユーリはエスメラルダ天爵家の初代になるから、フィールに屋敷は無い。

 王家の別荘はあるがそこは使えないから、急いでエスメラルダ天爵家の建設をクラフターズギルドに依頼したんだが、急だった事もあって先日ようやく建築が始まったばかりだ。

 それでも完成まで1ヶ月もかからないんだから、それはそれですごいと思う。

 だからその間は、ウイング・クレストのユニオン・ハウスを仮の領主館として使う予定だ。

 建築にかかる費用は、ラインハルト陛下が用意してくれた天爵の公金から出す事になっているぞ。

 天爵として必要な物は領主館となる屋敷に衣服、領地を運営していくために必要な経費だが、それは全て公金で賄う事になる。


 公金は爵位によって決められており、公爵は年間1億エル、侯爵で7,000万エル、伯爵は5,000万エル、子爵3,000万エル、男爵2,000万エルだったな。

 公爵と男爵で5倍もの開きがあるが、男爵家はそれなりに数があり、伯爵以上の貴族の町の代官を任じられていて、公金以外にその町の税収の3割が収入に加算される。

 子爵領は領都以外に2,3の町や村を抱えているだけだが、代官を置いていない分税収がダイレクトに反映されるため、こちらも裕福な者が多い。

 一番財政的にキツいのは、実は伯爵家なんだそうだ。

 伯爵領と侯爵領の広さは大差なかったりするから、公金の差が大きいっていうのが一番の理由だろう。

 とはいえ王家に納める税収は5割で、残り5割は領主の収入になるから、税収の3割を代官を務めている男爵家に納入しても、生活が困窮するような事はない。


 ただこれは、あくまでも領地を持っている貴族の場合だ。

 アミスターの貴族は全て領地を持っているが、他国はそうじゃない貴族も少なくないから、公金制度は他国のものを精査した上で、国によって大きな差が出ないように改正されると聞いている。


 ちなみにオーダーズギルドの騎爵、ドラグナーズギルドの竜爵は公金は発生せず、トラレンシアの妖爵は年間1,000万エルの公金を受け取っているそうだ。

 騎爵と竜爵はギルドの称号だから分かる。

 妖爵は元女王だから少ない気がするんだが、現在トラレンシアにいる妖爵は8人らしいし、領地なんかも運営してる訳じゃないから、これでも多いんだそうだ。

 他国に生活の場を移す場合でも公金は出るみたいだが、その場合は半額の500万エルになるそうだから、引退した女王の生活費っていう意味合いが強いって事なんだろう。

 ちなみにギルド・レジスターの年収は、ランクによって差はあるが、Sランク辺りだと1人200万エルぐらいで、複数いる奥さんも働いているから、500万エル前後が平均になるか。


 天爵の公金だが、公爵と同じく1億エルという事になった。

 俺とマナも天爵に叙されるから支給されるそうだが、基本ハンターとして過ごす俺達からすれば素直に受け取りにくい額でもある。

 だが辞退は出来ないらしいから、苦肉の策として領地を所有していない事、国を出た妖爵が減額される事を理由に半額の5,000万エルにしてもらい、エスメラルダ天爵領となるフィールやプラダ村の開発、スカラーズギルドの設立と開校に力を入れようと話し合ったぐらいだ。


 税金に関しては、アミスターはギルドへの登録が義務付けられていて、報酬は税金を引いた額が支払われる。

 税金は報酬の2割らしいから、報酬が多ければ多い程税収も多くなるシステムみたいだ。

 収穫物を金銭換算して、それの何割かが税金なのかと思ってたんだが、農場はトレーダーズギルドの管轄だから、個人が支払う税金じゃなくてギルドから支払われる税金って事になってるらしい。

 ギルドも、オーダーズギルドとプリスターズギルドを除いたギルドが、春に年間収入の3割を納めるから、額としては何千万、何億エルっていう単位になるんじゃなかろうか?


 その税金は領主に納められ、領主は税金の半分を王家に納めるのが規則になっている。

 当然だが脱税とか粉飾決算とかは違法で、発覚したら厳罰が科され、良くて領主は引退、最悪一族連座で処刑って事もあるって聞いたな。


 国民はギルドを通じて常に税金を納めてる事になるから、春に税金を納めるのはギルドになる。

 今回のフィールの税収は、魔銀ミスリル鉱山が一時期使われていなかった分は落ちているが、それを補うかのように俺達が高ランクモンスターを狩りまくったから、過去最高額を記録するんじゃないかと言われている。


 連邦天帝国の税金もアミスターと同じシステムで運用が決まっているが、各国の収入の1割が天帝に納められる事も決まっていたりする。

 ラインハルト陛下にそのつもりはなかったんだが、ヒルデを始めとする各国君主が主家に税を納めるのは当然だと口を揃えてきたため、受け入れざるを得なかったらしい。

 当面は各国で運用されていた方法で税金を取るが、数年を目途に完全に移行する事も決まっている。

 問題はソレムネだが、こっちはようやくデセオの半分程がギルドに登録をしたらしいが、協会魔法ギルドマジックが使えない事を理由にロクな依頼を受けてないそうだ。

 まあそんなすぐに意識改革なんて出来る訳ないから、こっちも数年は少し税率を下げて様子見だと聞いている。


「ユーリ様、準備が整いました」

「分かりました。大和様、お姉様、プリムお姉様、よろしいですか?」

「ああ」

「ええ」

「大丈夫よ」


 今日は初日って事もあって、挨拶回りを行う事になっている。

 挨拶回りって言っても今日ユーリが着任する事は3日ぐらい前に知らされてるから、領代やギルドマスター達がユニオン・ハウスに挨拶に来るってだけで、しかも既に到着してたりするんだが。

 着任の挨拶を兼ねた昼食会って事になってるが、全員顔見知りになってるから、儀礼的な意味が強いな。

 ユニオン・ハウスは貴族邸より二回りぐらい小さいんだが、それでも内装はそれらに準拠してるから、施設なんかはそれなりにある。

 食堂も1階に用意されていて、20人は一度に食事を取れる広さがあるから、特には問題にならないだろう。


「お待たせしました」


 食堂には領主となるユーリを先頭に俺、マナ、プリムの順番で入った。

 順番は領主のユーリ、婚約者の俺、ユーリの姉で同じ天爵となるマナ、そして俺の妻代表って事でプリムだ。


「本日よりフィール、そしてプラダ村の領主となりました、ユーリアナ・エスメラルダです。至らぬ所もあると思いますが、改めてよろしくお願い致します」

「領主補佐を務めるマナリース・ミカミ・ラピスラズライトよ。いずれはフィールを出る事になるけど、それまではフィールはもちろん、プラダ村の発展に力を尽くすわ」


 ユーリとマナが無難に挨拶をこなした所で俺の番になる。

 いきなり言われた訳じゃないが、それでもこんな挨拶なんてした事ないから緊張するな……。


「ヤマト・ミカミ・フレイドランシアです。領主の補佐はもちろん、フィールとプラダ村の発展に、及ばずながら力を貸すつもりでいます」

「プリムローズ・ミカミ・フレイドランシアよ。夫や同妻と共に、出来得る限りの支援を約束します」


 4人とも、戴冠式で下賜される家名を名乗る。

 正式に下賜された訳じゃないからライブラリーは変わってないが、今から名乗っておいた方が良いらしいって言われてるから、ユーリの着任に合わせてこっちの名を名乗る事にしている訳だ。

 こういった場合の改名は、下賜されると同時に出席しているプリスターが手続きをしてくれるから、プリスターズギルドに行かなくていいのはありがたい。

 普通はプリスターズギルドに行かなきゃいけないからな。


 俺達に続いて領代、ギルドマスターも自己紹介をしていくが、オーダーズギルドは現オーダーズマスターのレックスさんがグランド・オーダーズマスターに就任するため、戴冠式からオーダーズマスターとサブ・オーダーズマスターが変わる。


「オーダーズマスターに就任するイリス・セルヴァントです。サブ・オーダーズマスターはまだ決定していませんが、近い内にご紹介出来ると思います」


 新しくオーダーズマスターに就任するのは、現サブ・オーダーズマスターのイリスさんだ。

 ソレムネとの戦争には参加していないが、雪が降るまではオーダーを率いてマイライトでオークの間引きを行っていたらしく、レベル57にまで上がっているらしい。

 何でも2度ほどオーク・プリンスを倒したって言ってたから、それもあってレベルが上がってるんだろうな。


「サブ・オーダーズマスターについては、総本部から派遣されると聞いています。戴冠式の後になる予定ですから、それまでは大変だと思いますが、フィールのオーダーをしっかりと纏めて下さい」

「はっ!」


 サブ・オーダーズマスターって、総本部から派遣されるのか。

 確かに戦争に参加したロイヤル・オーダーも少なくないし、功績を考えたらオーダーズマスターかサブ・オーダーズマスターっていうのはアリかもしれない。

 多分ファースト・オーダーの誰かになるんだろうな。


 自己紹介と挨拶が終わると、食事が運ばれてきた。

 バトラーは領代が契約しているGランク以上の人達だ。

 領代は自分の領地からバトラーを連れて来ているが、フィールでも雇わない訳にはいかない。

 フィールには領主がいなかった事もあって、高ランクバトラーは少ないことが大きな理由だ。

 貴族邸の維持管理のために契約している人がほとんどだが、人数が足りない事もあって、BランクやCランクバトラーも駆り出される事が多い。

 ユーリも屋敷が完成したら、フィールのバトラーズギルドでバトラーを雇うつもりなんだが、そんな事情もあってSランク以上のバトラーを雇うのが難しくなっている。

 フィールがエスメラルダ天爵領となった事で、バトラーの契約内容が変更される可能性もあるが、フィールは避暑地でもあるからどうなるかが全く分からない。


 だからバトラーズギルド・フィール支部は、フロートに移転したバトラーズギルド総本部に掛け合って、高ランクバトラーを何人か派遣してもらえないか打診しているそうだ。

 幸いGランクバトラーのエオスが、マナとアテナの推薦を受けてPランクへの昇格試験を受けられるようになったらしいから、試験に合格すれば最低限のメンツは保てるんじゃないだろうか?

 エオスには負担を強いる事になるから、出来れば避けたい手だが。


「ほう、美味そうですな」

「ホワイト・ティアーのロースト、ルドラ・ファウルの香草焼き、レイク・ドラグーンの竜骨ラーメンです」


 昼食に出されたのは、冬の間にフィール近隣に出没していたG-Rランクモンスターのホワイト・ティアーっていう鹿型の魔物に、クラテル迷宮で狩ったルドラ・ファウルとレイク・ドラグーンをメインにしている。

 特にお勧めは、レイク・ドラグーンの竜骨ラーメンだ。

 レイク・ドラグーンの骨を砕いてスープの出汁にし、肉でチャーシューまで作ってある。

 サユリ様が、この日の為に用意してくれた至高の一品だ。

 会食にラーメンっていうのはどうかと思わなくもないが、ヘリオスオーブだと麺類も普通に出てくるから、違和感を感じてるのは俺だけみたいだけどな。


「これはまた……」

「ホワイト・ティアーですら高級食材だというのに、さらにMランクモンスターまで……」


 ホワイト・ティアーはスノー・ドロップという魔物の希少種だが、こいつらはある程度雪が積もらない限り姿を見せない魔物だ。

 マイライト山脈には万年雪が残る峰がいくつかあるんだが、普段はそこで細々と暮らしているらしい。

 だが冬になって雪が降り積もると行動範囲が劇的に広がるため、フィールの近くにまで下りてくるようだ。

 春から秋にかけてでも、万年雪の残る峰に行ければスノー・ドロップを狩る事が出来るんだが、鹿の魔物だけあってなのか生息している峰はかなり険しいし、一番近い峰でも3つぐらい峰越えをしなきゃならないため、好んで狩りに行くハンターはいない。

 徒歩だと片道3日は掛かるそうだし、万年雪が残ってる事もあってその峰は真冬並みの寒さだと聞いている上、出てくる魔物もBランクどころかSランクやGランクもいるそうだから、興味本位で行くような所じゃないからな。

 だから冬の間に狩ったスノー・ドロップを買い溜めして、ストレージ・バッグに保管する貴族もいるみたいだ。

 実際、かなり美味かったからな。

 もちろん竜骨ラーメンも美味かったぞ。

 唯一の不満は、音を立てながら思いっきり啜れなかったぐらいだ。

 会食だから仕方ないが、やっぱりラーメンはズルズルと啜ってこそだと思う。

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