元王妃への土産と王権の素材

 シンセロでキャロルの弟を見せてもらった後、俺達は再び天樹城に向かった。

 昨日は天爵やら天帝位継承権やらで、俺も含めてみんなパニくってたからすっかり忘れてたんだが、サユリ様にお土産があるから、それを渡さなきゃだ。

 という訳でエリス殿下にお願いして、サユリ様を呼んでもらう事にした。


「いらっしゃい。国際会議サミットの結果は聞いてるけど、なかなか面白い事になったわね」

「ちっとも面白くありませんよ。マナはともかく、俺は関係ないでしょうに」

「そのマナと結婚してユーリとも婚約してるんだから、特におかしくはないでしょう。それで、今日はどうしたの?というか、昨日呼んでくれればよかったんじゃないの?」


 そりゃサユリ様も昨日は天樹城にいたんだから、そこで会うのが普通だよな。


「いや、昨日はちょっと色々とありすぎて、完璧に忘れてたというか」

「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。だけど話としては分からなくもないし、レストが10歳になれば状況も変わってくるから、実際に大和君が天帝位に就く事は無いでしょう?」

「そう言われてますし、実際に後継問題があるのは分かるんですが、だからって何で俺がっていうのが正直なところですね」

「私も似たような事を思ったし、カズシさんもそうだったらしいわよ」


 ああ、そういやカズシさんは王配だったな。


 カズシさんはアウラ島に転移してきた客人まれびとだが、当時のアウラ島は3つの国で成立していた。

 常に小競り合いが起きていたらしく、カズシさんも客人まれびとという事で幾度もその身を狙われたらしい。

 当時のカズシさんは、ゴルド大氷河に最も近い国で暮らしていたみたいだが、よりにもよってその国が隷属魔法まで使ってカズシさんを束縛しようとしたもんだから、カズシさんはアウラ島を出る決意を固め、近しい人達と共に従魔契約を結んでいたアイス・ロックに乗って、当時もヘリオスオーブ最大国家だったアミスターに向かったんだそうだ。

 そこで同じ時期に転移してきた客人まれびとのシンイチさんと出会い、レイドこそ組まなかったがハンターとして活動をし、その最中に当時伯爵家のご令嬢だったエリエール様と出会った。

 確かきっかけは、魔物に襲われていたエリエール様を助けた事だったか?

 その後でエリエール様もハンターになり、カズシさんと共に狩りを行い、数年でハイクラス、エンシェントクラスにまで進化を遂げ、2人は結婚したっていうのが流れになる。


 ところがカズシさんとエリエール様が結婚した翌年、アウラ島に終焉種スリュム・ロードが姿を見せ、カズシさんを隷属させようとした国を瞬く間に滅ぼした。

 スリュム・ロードは国を滅ぼした事で満足したのか、セリャド火山に引き籠る事になったらしいんだが、それで黙っていなかったのが残った2国だ。

 滅びた国の国土を狙って軍を派遣し、時には互いの武力衝突、時には魔物による襲撃によってどちらの国も兵を減らし、それでも互いに引かず、やがてはアウラ島の統一を目指すようになってしまった。


 その話を聞きつけたカズシさんは、エリエール様の協力を得てアウラ島に戻るを決めた。

 エリエール様は伯爵位を継いだばかりだったが、当時の国王陛下にも直訴し、爵位と領地を返上した上で同行されている。

 既にカズシさんもエリエール様もエンシェントクラスに進化してたから、2つの王家を打倒するのに大した時間は掛からず、トラレンシアの建国もスムーズだったらしい。

 そしてその報告を受けたアミスター国王陛下から、トラレンシア妖王国という国名を賜り、エリエール様が初代女王として即位する事で完全にアウラ島を纏め上げ、カズシさんもセイバーズギルドの設立に尽力し、治安の安定に全力を注いだ。

 その最中にユカリさんが、建造中のベスティア付近に転移してきたんだったかな。


 サユリ様が言うには、本来ならカズシさんが初代国王として即位するはずだったらしい。

 だけど当時アウラ島を治めていた国は3ヶ国とも男の王が治めており、いずれも暴君に近い暗愚だったらしいから、男がアウラ島を治めるのは望まれていないとカズシさんが反論し、エリエール様に即位してもらったと教えてくれた。

 トラレンシアの妖王が代々女王なのは、この名残だと聞いている。

 それでもカズシさんは王配だから政治とは無縁ではいられず、だからこそグランド・セイバーズマスターには就任しなかったって続いたな。


「今日はサユリおばあ様に、昨日お渡しできなかったお土産を持ってきたんです」

「私にお土産?ちょくちょく貰ってるから珍しくはないけど、それでも嬉しいわね」


 確かに今までもよくお土産は渡してたけど、今日のは今までのとは別格だと断言できる。


「確かに珍しくはないですね。だけど今日のは、ちょっと違いますよ」

「そうなの?」

「はい。今回のお土産はこれです!」


 満を持して、俺はインベントリから魔銀ミスリル製の容器を7つ取り出した。


「金属の……壺?中身は水みたいだけど、これがお土産なの?」


 訝しむ顔をするサユリ様だが、そりゃ当然だよな。

 今までは高ランクモンスターの素材が中心だったから、水がお土産、しかも今までとは違うと言われても、そりゃ意味不明だよな。


「はい。サユリ様もインベスティングは使えますよね?」

「ええ。知っての通り私の天賜魔法グラントマジックは回復魔法と魔眼魔法だから使えるけど?」

「それでこの水を見て下さい」

「それは構わないけど。『インベスティング』。う、嘘でしょ!?」


 インベスティングを使った瞬間、サユリ様が激しく動揺した。


「大和君!これはどこで手に入れたの!?」

「クラテル迷宮第8階層です。そこは森林階層なんですが、池というか泉もいくつかあって、その内の2ヶ所ぐらいの水がこれだったんです」

「そんな所に……。いえ、それでも迷宮ダンジョンにかん水の泉があったという事は、フィリアス大陸のどこかに似たような場所があるという事になる。若い頃に隈なく探したと思ってたけど、見落としがあったって事か……」


 真子さんがかん水のあった場所を教えると、なんかサユリ様がブツブツ言い始めた。

 まあ長年探し求めてた水だし、迷宮ダンジョンにあったって事はフィリアス大陸に、それもクラテル迷宮のあるアウラ島にある事はほとんど確定した訳だから、フィリアス大陸を探し回っていたサユリ様からしたらショックぐらいは受けるか。


「見落としというか、ゴルド大氷河なんて探しきれないでしょう?」

「それはそうだけど……。いえ、そんな事はどうでもいいわね。ありがとう、最高のお土産だわ!」


 年甲斐もなくはしゃ……ゴホン、大事そうに容器を自分のストレージに収納するサユリ様。

 俺達にも利がある訳ですから、これぐらいは全然問題ないですよ。


「早速次回の国際会議サミットで使わせてもらうわ。勿論試してからになるけど」

「試食は任せて下さい」

「いつでも来ますよ」

「ええ、お願いね」


 国際会議サミットで使うための試食に、躊躇なく名乗りを上げる俺と真子さんだが、サユリ様も快く承諾してくれた。

 よし、これで近い内にラーメンが食える。

 さすがに今日は無理だろうが、早ければ明日にはお呼ばれされるんじゃないだろうか?

 楽しみだ。


Side・アリア


 大和様、プリム様、マナ様、ユーリ様、真子様、ラウス君、レベッカさん、キャロル様、レイナちゃん、セラス様がベルンシュタイン伯爵領、そしてその後で向かわれた天樹城から戻られた後、アルカの工芸殿にはウイング・クレストのクラフターが集まりました。


「星球儀はオーク・エンプレス、ドレッドノート、ルドラ・ファウルの魔石を加工する事が決まってる。ドレッドノートとルドラ・ファウルは解体待ちだが、オーク・エンプレスの魔石は預かってきてるから、こいつを天魔石に加工するのが最優先になるな」

「付与する魔法はアリア達の星球儀と同じ念動魔法に結界魔法だから、そこまで大変って訳じゃねえな」


 私も使っている星球儀はクラフターズギルドにも製法が公表されていますが、実際に使うとなると高ランクモンスターの魔石を核とした天魔石が必須になりますし、最低でもハイクラスの方が魔法付与をさせなければ使い物になりません。

 星球儀は武器ですから、実際に使うのはハンターかリッターとなりますが、近接武装はほとんどありませんから、魔法で後方から攻撃を行う魔導士と呼ばれる方ぐらいしか使いませんし、その魔導士は一握りしか存在していません。

 性能は凄まじいですから、貴族やトレーダーが護身用に持つ事はありそうですけど。

 あ、リッターというのはオーダーやセイバー、ドラグナー、ランサー、ホーリナー、ソルジャーの総称です。

 6つの騎士ギルドの総称がリッターズギルドになりますが、あくまでも呼称ですから、グランド・リッターズマスターは存在していません。

 その役を担うのはグランド・オーダーズマスターになりますね。


「オーク・エンプレスの魔石を加工しなきゃいけないのが、一番面倒だろうな」

「まあ星球儀に使う天魔石の加工となると、フラムしかできねえんだが」

「や、やっぱり私ですか?」


 話を振られたフラムさんが動揺されました。

 これも仕方ないお話ですが、同情はさせていただきます。


「悪いとは思うけど、フラムは融合魔法も付与魔法も使えるし、エンシェントウンディーネにも進化してるんだから、フラム以上に適任はいないよ」

「実際アリアちゃんやレイナ、シエル様の星球儀も、フラムさんが加工した天魔石を使っていますしね」


 マリーナさんやフィーナさんの仰る通り、フラムさん以外で融合魔法と付与魔法を使えるクラフターは、ウイング・クレストにはいません。

 天賜魔法グラントマジックを2つ使うにはハイクラスに進化している必要がありますから、クラフターズギルド全体で見ても、融合魔法と付与魔法を同時に使えるクラフターは少ないでしょう。


「た、確かにそうですけど、だからって終焉種の魔石を加工する事になるなんて、思ってもいませんでしたよ……」

「仕方ないよ。大和やエドも出来なくはないけど、融合魔法を使った方が性能が良くなるんだから」


 天賜魔法グラントマジック融合魔法は、異なる魔法を1つに融合させる魔法です。

 異なる魔法を別々に使うより融合させた方が魔力効率も良くなりますし、魔法の性能も高くなります。

 ですから天魔石を加工する場合は、融合魔法で付与させたい魔法を融合させ、その上で天賜魔法グラントマジック付与魔法で付与させているんです。

 工芸魔法クラフターズマジックにもインフリンティングという付与魔法があるのですが、こちらは付与出来る魔法は1つのみで、さらに付与のし直しも出来ないと聞いて事があります。


「うう、確かにそうですけど……いえ、分かりました。頑張ります」

「ああ、頼む」

「出来る事は手伝うからね」

「悪いけど頼むな」

「はい」


 とはいえ終焉種の魔石を加工するのは初めての事になりますから、フラムさんが緊張されるのも仕方ありませんね。


「金属素材は瑠璃色銀ルリイロカネだが、魔物素材は何を使う事になるんだ?」

「マントは天帝がインペリアル・クロウラー、三王がロイヤル・クロウラー、三公がグランシルク・クロウラーだな」


 マントの素材にクロウラーの災害種ですか。

 いえ、トラレンシアの国母エリエール様の例のみならず、ラインハルト陛下もエンシェントエルフに進化されていますから、最低でもPランクモンスターの素材を使う事は確定しています。

 現在は天帝として即位されるラインハルト陛下、トラレンシアのヒルデガルド陛下がエンシェントクラスに進化されていますが、今後もエンシェントクラスに進化された方が王位に就かないとも限りませんから、これは理解出来なくもありません。


「その魔物素材だけどさ、確か天帝はOランクモンスター、三王がAランクモンスター、三公はMランクモンスターの素材をメインで使うんだっけ?」

「そんな話だが、俺達がドレッドノートやペンタケラトプス、デス・クリムゾンも狩ってきてるから、三公もAランクモンスターの素材を使うんじゃないか?」

「ああ、確かにそうだったっけ。数は少ないけど大型の魔物だし、特にドレッドノートは50メートルじゃ利かない大きさだから、1匹でも十分だったね」


 ドレッドノートとペンタケラトプスも1匹ずつ献上すると聞いていますが、それを使って王権を作るのですか。

 というか天帝用の王権はOランクモンスターを使うというお話ですが、そんな魔物は狩っていませんよね?


「トラレンシアから献上されたスリュム・ロードを使うそうだよ」


 私の疑問にルディアさんが答えて下さいましたが、スリュム・ロードを使うのですか。

 確かにスリュム・ロードは終焉種O-Aランクモンスターですから、素材としては最上です。

 ですがスリュム・ロードは、真子さんの召喚獣となった白雪の母親でもありますから、私も少し複雑な気持ちになります。


瑠璃色銀ルリイロカネにドレッドノートですか」

「ああ。ただグランレーヴェの星球儀は翼がモチーフって事だから、ルドラ・ファウルとダイヤモンド・フェザーも使う予定だ」


 星球儀を王権とするのはアミスター、トラレンシア、グランレーヴェの3ヶ国ですが、アミスターは王錫と片手直剣が、トラレンシアは初代エリエール様愛用の大鎌があります。

 ですがグランレーヴェは星球儀のみですから、装飾にもかなりこだわりがあるんです。

 グランレーヴェはテメラリオ大空壁の麓にあり、大空壁には鳥系の魔物が多いとも聞きますから、星球儀には翼を模した意匠が盛り込むことにしたんだとか。


「ああ、それもあったっけ。だけど王権なんだし、派手にはなるよね」

「そりゃな。実際儀礼的な意味合いも強いが、だからって実用性を排除する訳にはいかねえから、けっこう大変だろうよ」


 確かに国を象徴する武具になりますから、儀礼的な意味はもちろん実用性も大事です。


「どっちも大事だけど、ホントにあたし達がデザインを決めちゃっていいの?」

「そうした方が揉めずに済むって話だからな。ついでって訳じゃないが、俺の刻印具に入ってるデータを描き出して、デザイン集として出版してみないかとも打診されてる」


 デザイン集の出版ですか。

 確かに大和様の刻印具の中に描かれている絵は精密ですし、実用性も高いですから、出版を打診されるのも分かります。


「ついにというか、やっぱり来たか。だけど大和もエドもドローイングは下手だし、あたしがやろうか?」

「一言多いが、頼めるか?」

「任せて」


 ルディアさんもドローイングはお上手ですから適任です。

 とはいえ刻印具を使えるのは大和さんと真子さんだけですから、出版されるまでは時間が掛かりそうですね。

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