伯爵家の後嗣

 信じられない事が起こりました。


 まさか俺に爵位と領地ばかりか、天帝位継承権まで付けられるとは夢にも思わんかったぞ……。

 領地に関しては、リカさんが侯爵だから手伝うつもりでいたし、ヒルデとの間にヴァンパイアの娘が生まれたら、その子はトラレンシアの女王位を継ぐことになるって話だから、その場合も手伝うつもりがあった。

 だがさすがに俺本人が領地運営をやる事になるとは思わなかったし、さらに極悪な事にマナとユーリにも領地が与えられるって話になってるから、マジでとんでもない話になってきた。

 マナには早く子供を産んでもらいたいみたいだから、領地よりそっちを優先しろって事になったんだが、ユーリにはフィールとプラダ村が与えられる事になったから大変だ。

 ユーリはまだ未成年だから、本来なら領主になる事は無かったんだが、叙爵されたり急遽跡を継いだりした場合は、未成年でも普通に領主になれてしまう。

 実際リカさんは、12歳の時にアマティスタ侯爵を継いでいる。

 かなり苦労したらしいが、お母さんのエリザベートさんが後見人としてフォローしてくれてたし、王代アイヴァー様も支援をしてたそうだから、成人してからは楽になったとも言ってたな。


 さらに子供に関しても、非常に面倒くさい話になってきた。

 ヒルデとの間に生まれた子は、ヴァンパイアの娘が生まれた場合はトラレンシアの王位継承権が与えられるし、前例が多いから王位に就く事にもなるだろう。

 それはヒルデと婚約した時点で聞いてた話だから、まだいい。

 だけど俺とマナ、ユーリにも天爵っていう爵位が与えられる事になった以上、マナとの間に生まれた子はラピスラズライト天爵家の、ユーリとの間に生まれた子はエスメラルダ天爵家の跡取りとなり、さらに天帝位継承権まで与えられてしまう。

 さらにリカさんとの間に生まれた子は、アマティスタ侯爵家の跡取りになる事が確定していたりもする。

 その上で俺が名乗る事になるフレイドランシア天爵家の跡取りも必要になるから、マジで大変な事になってしまったよ。

 長子継承が基本だが、長子だからといって跡を継ぐとは限らないっていう問題もある。

 ガイア様の予知夢によれば、最初に俺の子を産むのはマナだから、ラピスラズライト天爵家の跡取りについては問題ない。

 さらにプリムとリカさん、フラムも妊娠する事が発覚してるから、アマティスタ侯爵家も大丈夫だ。

 だからプリムとの子かフラムとの子がフレイドランシア天爵家の跡取りになるんだろうが、どっちも凄く遠慮してるんだよな。

 プリムはバリエンテ獣王家の血を天帝家に入れるのは早いって言ってたし、フラムは村娘の子が天帝家の後継ぎになるのは恐れ多いって言ってたからな。


「当主の指名という最終手段もあるから、そこは気にしなくても良いだろう」


 なんて言ってたラインハルト陛下は、天帝家に獣王家の血が入ろうが、村娘の娘が天帝になろうが、全く気にした様子が無い。

 これはヘリオスオーブの出生率の問題もあるから、王家だろうと貴族だろうと、普通に平民とも結婚してるっていう背景が大きいか。

 実際マルカ殿下は平民だし、ユーリの母のサザンカ殿下も平民だって話だしな。

 まあ実際にどうなるかは、その時まで先延ばしにしよう。

 今から考えても、どうなるもんでもないからな。


 天樹城で叙爵の話を聞いた後は、ハンターズギルドに立ち寄った。

 理由は当然、クラテル迷宮で狩った魔物を売るためだ。

 魔石や素材を献上する魔物も多いから、ハンターズギルドから献上してもらった方が早いし楽で良い。


「今回も意味不明な数ね。しかもロイヤル・クロウラーどころかインペリアル・クロウラーまで。長年名称が判明していなかった災害種なのに、なんで2匹もあるの?」

「そこにいたから、としか言えないんですが」

「いたからって、率先して狩るような魔物じゃないのは知ってるでしょう?」


 ヘッド・ハンターズマスター シエーラさんに呆れた顔をされたが、彼女も慣れたもので、次々と職員に指示を出していく。


「こっちの魔物は、丸ごと王家に献上。こっちは魔石だけでいいのね?」

「陛下にも確認とってますから、それで大丈夫です」


 高ランクモンスター、しかも異常種や災害種が多いから、献上する魔石や素材もかなりの数に上る。

 その中でも目玉は、やっぱりインペリアル・クロウラーだろう。

 ただインペリアル・クロウラーは2匹しか狩れてないから、1匹は王家に、1匹は俺達が使うことにしている。

 インペリアル・クロウラーの糸で織られた布は帝絹ていぎぬと呼ばれる事になると思うが、ラインハルト陛下はそれで天帝のマントを仕立てるつもりらしいから、1匹分じゃ足りない可能性もあるんだが。

 ちなみに三王はロイヤル・クロウラーの王絹で、三公はグランシルク・クロウラーの光絹でマントを仕立てようって話になってたりもする。


「大和君、ドレッドノートの魔石は、どっちも献上していいの?」

「はい。王権の星球儀に加工しますから」

「なるほどね」


 今回はAランクモンスターも何匹か狩ってるが、複数狩れたのはドレッドノートとペンタケラトプスだけだった。

 星球儀を王権とする国は3ヶ国になるが、内訳はアミスター天帝国とトラレンシア妖王国、グランレーヴェ橋公国だから、それぞれオーク・エンプレス、ドレッドノート、ルドラ・ファウルの魔石を核とした天魔石が使われる予定だ。

 アミスターがOランク、トラレンシアはAランク、グランレーヴェがMランクの魔石になるが、マントと同じ理由で、国の規模や格の問題があるから区別は必要って事になってるらしい。


 宝冠や王権、マントは、現在クラフターズギルドが鋭意製作中だ。

 あと1ヶ月もないが、クラフターズギルドの総力を挙げて製作してるから、どれだけ遅くてもあと2週間あれば完成できると、グランド・クラフターズマスターでエドの親父さん アルフレッドさんが息巻いていたな。

 俺達が狩ってきた魔物の素材を使う事も、可能性としては示唆されていたから、マントは素材を厳選しながら俺達の帰りを待っていたとも言われたが。


「はい、これで手続きは完了よ。献上品も、こちらで手配しておくわ」

「お願いします」


 買い取ってもらった魔物は300匹を超えてるが、それでもまだ500匹以上残ってるな。

 フィールだと100匹いけるかどうかだろうから、今回はメモリアとベルンシュタイン伯爵領領都シンセロにも行ってみるか。

 確か俺達がクラテル迷宮に入ってる最中にキャロルの弟が生まれたらしいから、お祝いにも行かないとだしな。


 ベルンシュタイン伯爵領はレティセンシアと国境を接しており、トライアル・ハーツが滞在しているポラルは領内最北の町になる。

 領都シンセロはポラルから徒歩で1日程度の距離だから、当主のドナート・ベルンシュタイン伯爵はポラルに足を運び、迎撃戦の指揮を執った事もあるそうだ。

 冬の間は雪に阻まれて、レティセンシアからの攻撃も無かったそうだが、もう雪はほとんど融けてるみたいだし、軍を集めたっていう噂も流れてるから、ポラルばかりかシンセロの街も緊張に包まれているとも聞いている。

 だから次期グランド・オーダーズマスターのレックスさん、次期アソシエイト・オーダーズマスターのミランダさんも、何度か様子を見に行ってるらしい。


 俺達もシンセロやポラルは気にしてるし、キャロルがいつでも里帰り出来るようにゲート・クリスタルも記録させるために訪れたことがあるから、トラベリングを使えばすぐに行ける。

 今日は時間も遅いから、行くとしても明日以降だけどな。


Side・キャロル


 本日私達は、私が生まれ育ったベルンシュタイン伯爵領領都シンセロにやってきました。

 先日クラテル迷宮で狩った魔物の一部をハンターズギルドに売るためという理由もありますが、一番の理由は先日生まれた私の弟に会うためです。

 弟が生まれるまでは私が唯一の嫡子でしたから、ハンターとなりラウスさんに嫁ぐ私が伯爵位を継ぐ可能性がありました。

 ですが弟が生まれたことで、伯爵位は弟に継いでもらう事が出来るようになりましたし、男の子ですから奥さんを数人娶り、跡取りを増やす事も出来ます。

 最低でも20年近く先の話になりますが、跡を継ぐ弟のために、私も出来る限りの手を尽くす所存です。


「ようこそいらっしゃいました。今は非常時ですから大したもてなしは出来ませんが、歓迎させて頂きます」

「こちらこそ、大変な時期なのに押しかけてすいません」


 ベルンシュタイン伯爵領はレティセンシアと国境を接している関係で厳戒態勢が敷かれています。

 本来でしたらメリッサ母様はフロートかフィールの別邸で、弟が大きくなるまで過ごして頂くべきだと思いますし、お父様やお母様達もそう勧めたそうです。

 ですがメリッサ母様は、ベルンシュタイン伯爵の妻が我が身可愛さにレティセンシアごときから逃げるのは風聞も悪く、オーダーやハンターの士気にも関わると口にしたんだとか。


「レティセンシアごときに背を見せるのは、私としても業腹だからな。メリッサの気持ちも分かる」


 まあメリッサ母様は、アウトサイドとはいえBランクオーダーですから、そう仰る気持ちも分からなくはありません。


「落ち着いて話すのは、皆さんがバレンティアに発たれて以来ですな」

「そうなりますね。あ、遅くなりましたけど、これは出産祝いです」

「これはご丁寧に」


 大和さんが代表して、お父様に出産祝いを手渡されました。

 ドラグーンやサウルス種を含む高ランクモンスターのお肉を始めとした食材に結界の天魔石を取り付けたベビーベッド、光絹布、Pランクモンスターの素材も少々ありますね。


「これは……!」

「まあまあ!」

「光絹布なんて初めて見たわ……」


 やはり光絹布は驚かれましたか。

 光絹布はP-Rランクモンスター グランシルク・クロウラーの糸で織られた絹布ですから、市場には滅多に出回りません。

 フロートで聞いた話では、確か7年振りだったはずです。

 昨日フロートのハンターズギルドで4匹だけ解体を依頼し、アルカに戻ってからフラムお姉様とルディアさん、マリーナさん、フィーナさんが工芸魔法クラフターズマジックウェービングを使って織られた物を、全て出産祝いとして持たせてくださったんです

 用意した光絹布は、急いでいた事もあって反物のままですが、それでもドレスが数着仕立てられますから、量としては十分でしょう。


「こんなに構わないのですか?」

「ええ。この1週間、クラテル迷宮に入ってましてね。そこで大量に狩りましたから。というか、なんで敬語なんですか?」


 私もグランシルク・クロウラーを狩らせていただきましたけど、エンシェントクラスの皆さんは自分達が使うという目的もありましたから、凄まじい勢いで狩っていました。

 というより大和さんが疑問に感じられたように、何故お父様は大和さんにも敬語を使っているのですか?


「マナリース殿下やユーリアナ殿下のみならず、大和殿にも天爵という新たな爵位が贈られ、天帝位継承権まで有すると聞いていますからな。爵位が上の方になるのですから、敬語になるのは当然でしょう?」


 ああ、そういう事でしたか。

 確かに大和さんも、マナ様やユーリ様と同じく天爵位を授けられ、天帝位継承権まで有する事が決まっています。

 ラインハルト陛下の戴冠式で下賜される事になっていますから、実際に名乗られるのはそれからになりますが、天帝位継承権の事も含めて、既に貴族には知らされていたのですね。


「いや、確かにそうなりましたけど、俺は公爵家と同じく継承者の水増し担当ですよ?それに陛下だってエンシェントエルフに進化しましたから、俺どころかマナやユーリだって天帝になる事はないと思うし」

「それは確かにその通りですが、それはそれですな」


 大和さんの仰る通り、大和さんが天帝位に就かれる事はないと私も思います。

 本当に天帝位継承者の水増しが目的なんですよね。


「失礼致します。ドナート様、用意が整いました」

「分かった。では案内します」

「よろしくお願いします」


 そこまで話していると、バトラーが準備ができた事を伝えに来てくれました。

 私達が今日来たのは、生まれたばかりの私の弟に会うためです。

 ですが本当に生まれたばかりですから、メリッサ母様のお部屋から動かす事は出来ません。

 ですからメリッサ母様の準備が整うまではお父様やお母様達が、私達のお相手をしてくださっていたんです。


「お帰りなさい、キャロル」

「ただいま帰りました、メリッサ母様。無事のご出産、おめでとうございます」

「ありがとう」


 メリッサ母様の部屋に入ると、メリッサ母様が赤ちゃんを抱きながら出迎えて下さいました。

 出産直後という事もあってか服装はゆったりとして、それでいてしっかりとしたドレスをお召しになっています。


「この子があなたの弟よ」


 生まれて3日程しか経っていませんが、凄く可愛いです。

 どうやら私の弟は、私と同じエルフのようですね。


「可愛いわね」

「本当ですね。エルフですか?」

「はい。ヴァンパイアハーフ・エルフです」


 ヴァンパイアハーフですか?

 いえ、父様はエルフ、メリッサ母様はヴァンパイアですから、生まれてきたのが男の子である以上、ハーフになるのは当然でしたね。


「ヴァンパイアハーフなのね。それでいて男の子っていうのは珍しいけど」


 ハーフは100人に1人ぐらいの割合で生まれますから、珍しいですが希少というワケではありません。

 ですが妖族のハーフとなると、話が変わってきます。

 妖族は女性のみの種族で、生まれてくる子はハーフを除き、母親と同じ種族で生まれてきます。

 ですからメリッサ母様が産んだ男の子がハーフエルフになるのは、当然の話になります。

 とはいえ妖族が男の子を生むのは本当に珍しく、妖族のハーフの男性は数千人に1人ぐらいしかいないと言われています。

 フェアリーハーフ・ハイドワーフのエドワードさんも妖族ハーフの男性ですから、妖族ハーフという意味では弟と同じですね。


「ところで名前は何て言うんですか?」

「ヴィントです」

「ヴィント君か。この子がベルンシュタイン伯爵を継ぐのね」

「その予定です」


 ヴィント・ベルンシュタイン、ですか。

 良い名前ですね。

 ヴィントには私の分も苦労を掛けてしまうでしょうが、それも貴族の宿命ですから頑張ってもらいましょう。

 もちろん私も、出来る限りは協力しますよ。

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