ヘリオスオーブの奴隷

 クラテル迷宮を出た俺達はクラテルのハンターズギルドに報告をし、デセオに寄ってヒルデの様子を見る事にした。

 反乱軍を鎮圧して以降、ソレムネ貴族達は反抗的な動きを見せなくなったとは聞いているが、それでもどうなってるのかは気になるし、俺が姿を見せない事でヒルデに言い寄ってる馬鹿どもがいるかもしれないから、様子ぐらいは見に行かないとだ。


「先の反乱軍の鎮圧はデセオでも噂になっていますから、住民も大人しくなりました。ギルド登録しても協会魔法ギルドマジックが使えないのは変わりませんが、それでも登録者も増えてきていますね」

「それは良かった、のか?」


 帝王城で、ヒルデからデセオの様子を聞くが、従順になったというより恐怖に負けて従ったっていう感じな気がするな。


「今はそれで構いません。というより、わたくし達が期待しているのは子供達です。適切な教育を施せば、天与魔法オラクルマジックは使えるようになるでしょう」


 子供達の教育優先か。

 大人達は神々じゃなく帝王を信仰してたようなもんだし、棄民に対する扱いも同様だ。

 もちろん考えを変える人もいるだろうが、年を取るほど考え方に柔軟性が失われていくだろうから、子供や若者への支援を厚めにして、短期的にではなく長期的に安定するように政策を考えていたらしい。


「ソルジャーズギルドへの登録者も、16歳から20歳の若者が50名程出ました。本来でしたら1年は研修期間なのですが、今は即戦力が必要です。ですからソルジャーズマスターが中心となり、座学を中心に育成を行っています」


 デセオからも、ソルジャーズギルドへの登録者が出たか。

 ソルジャーズギルドがデセオに派遣されてからしばらくして、クラーゲン会戦で捕虜となったソレムネ兵の半数近くがソルジャーズギルドに登録していた。

 だがソレムネ軍は規律やモラルが地方で異なるし、信仰に至ってはデセオの住民と同じく帝王信仰だから、根底の意識改革から行わないといけない。

 だからソルジャーズマスターが中心となって、その辺をみっちりと教え込んでいる最中だ。

 ソルジャーと共に見回りはさせているが、それ以外の業務はまだ教えていないし、手を出させるつもりもないらしい。

 オーダーはTランクとIランクはオーダーとは名乗れない期間で、ソルジャーズギルドや他のギルドも同じになる。

 元兵士やデセオの若者も、今はTランクソルジャーになるから、ソルジャーズギルドとしては人数が増えたが、ソルジャーとしては変わらず、教導任務が増えた事でさらに人手不足になった訳か。


「大変だけど仕方ないわよね」

「はい。それに反乱軍鎮圧を観戦していた貴族は、こちらの指示に従順です。何度かソルジャーを派遣し様子を見ましたが、棄民に対する差別扱いは減少し、さらにそちらの街のスラムからも登録者が来ていますから」


 貴族が従順な理由はともかく、そっちの街でもスラムかよ。

 デセオに近い街のスラムは連絡を取り合い、アクィラさんの伝手で用意した魔導具を使っているから、街中より衛生環境が良い。

 さらに天与魔法オラクルマジックも使う事が出来るから、身形も清潔だったりする。

 食事も迷宮ダンジョンから調達できるから、餓えて死ぬような事もほとんど無い。

 稀にデセオ迷宮に入った棄民が、帰りの道中で魔物に襲われて命を落とす事があるが、食料は備蓄もしているから、残る問題は住居になる。

 スラム街というだけあってどの建物も痛みが激しく、壁や天井に穴が空いてるなんてザラにある。

 補修はしてるが応急処置的なものだし、街の外でテントを張って過ごすなんて人もいたな。

 街の外は結界が届かないから魔物も普通に襲ってくるし、襲われて命を落とした人も少なくない。

 さらにデセオのスラムに手を出すと手痛い報復を受けるが、他の街は本当にスラムといった感じの街並みのとこもあるし、気紛れに殴られたり命を奪われたりなんて事も珍しくないから、棄民とされた人達にとって、ソレムネという国は住みよい国ではなかった。

 そのソレムネを打倒したアミスターとトラレンシアがスラムに歓迎されるのは当然の話で、話を聞きつけた人の中には、わざわざデセオまでやってきたっていう人も少なくないらしい。


「他の国じゃスラムの生活は最悪だっていうけど、ソレムネだと逆なのね」

「デセオや近隣の街のスラムのみ環境整備が行き届いているようですから、全く逆というワケではないようです」


 そうなのか?

 ああ、そういや行軍中に見た街は、確かにそんな感じだったかもしれない。

 街の、しかも結界の外にテント街が出来てて、そこに棄民扱いされた人が住んでたから、あそこがスラムって事になるんだろう。


「順調、って言って良いのか分からないけど、今の所は大きな問題は無いって事ね」

「はい。ですがデセオから離れた街では徹底どころか周知すらされていませんから、近い内に視察に赴く予定です」


 それは仕方ないだろう。

 ソレムネはアミスターに次ぐ国土を持ってるから、デセオから遠く離れた街までは獣車でも2週間以上かかる。

 しかも街に常駐する訳でもないから、こちらの目が届かないって事で、領主達が好き放題してても止められない。

 視察に行っても、絡んでくる馬鹿貴族は出てくるだろうしな。

 ヒルデはエンシェントヴァンパイアだし、護衛としてエンシェントオーガのデルフィナさんも同行するだろうから、ヒルデをどうこう出来る貴族はいないが、それでも心配だな。


「なら俺もついて行くよ」

「あ、それならあたしも行くわ」


 なんて感じで手を上げたら、プリムとマナも手を上げた。


「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、前回の国際会議サミットで決まった事がありますから、マナやユーリはもちろん、大和様もソレムネに構っている暇は無いのではないかと」


 だがヒルデから、予想外の返しがきた。

 いや、マナとユーリはラインハルト陛下の妹だから、忙しくなるのは分かるよ。

 その関係で俺も忙しくなるんだろうが、だけどソレムネに構ってる暇が無くなるとは思えないんだが?


「わたくしからではなく、ライ兄様から直接お聞きになられた方がよろしいです。下手をすれば、ハンターとしての活動にも支障を来すでしょうから」

「何それ?」

「気になりますね」


 マジで気になるな。

 だけどラインハルト陛下に直接聞いた方が良いって事は……ああ、もしかしてレティセンシアか?


「もしかして、レティセンシアが動いたのか?」

「それも含めて、わたくしの口からは語れません」


 頑なに口を閉ざすヒルデに、マジで何があったのか戦々恐々としてきたぞ。


「レティセンシアが進軍を開始したってワケでも無さそうね」

「隠す理由がありませんしね。それより私やお姉様も関係してそうですから、連邦天帝国に関しての事ではありませんか?」

「かもしれないけど、それだと私まで忙しくなる理由が分からないわね」


 確かにマナの言う通り、ユーリは王位継承権一位だから、ラインハルト陛下が天帝として即位した後も、そのまま順位を継承する事になる。

 レスハイト殿下が10歳になれば二位になるが、それでも次代の天帝候補の1人だから、ユーリが忙しくなるのは分からない話じゃない。

 もしユーリが天帝として即位する事になれば、俺は王配、じゃなくて帝配って事になるから、万が一の事態を考えれば俺が忙しくなるのも理解出来る。

 だけどマナは、既に王位継承権を放棄している。

 正確には放棄じゃなくて継承順位の大幅繰下げらしいが、間に20人以上いるらしいから、実質的に放棄と言ってもいいだろう。

 俺との間に子供が生まれたら、その子には上の方の王位継承権が発生するらしいが、まだ妊娠してるような兆候もないし、妊娠してたりなんかしたら逆に忙しくなんかならないはずだ。


「直接聞くしかないんじゃない?」

「それしかないか。ヒルデ、悪いけど通信具貸してもらえるか?」

「分かりました。では寝室へ参りましょう」


 ヒルデに預けている試作通信具は、普段はヒルデのストレージに保管されている。

 帝王城にはヒルデの寝室も用意されているんだが、執務は執務室で行ってるし、用意された寝室も実は使われていない。

 ヒルデの寝室にはゲート・ストーンを設置してあるから、夜になると必ずアルカにやってきて、そこで寝ている。

 もちろん護衛をしてるソルジャーは知っていて、夜はヒルデへの夜這いや暗殺を警戒しなくて済むって喜んでたな。

 もちろん無警戒って訳にはいかないし、侵入者は捕まえないといけないから、交代で警備はしてくれてるぞ。

 ヒルデは機密漏洩を防ぐために、通信具の使用は寝室でと決めてある。

 それに俺はヒルデの婚約者だから、ヒルデの寝室に入る事にも何の問題もない。


「貴様!平民風情が帝王じょ……ふぐっ!」


 何か貴族らしき馬鹿が絡んで来そうになってたが、護衛のソルジャー達があっさりと捕縛してくれた。

 ご苦労様です。


「大和の顔を知らないって事は、最近デセオに来たのかしら?」

「そうでしょう。ここ数日で、わたくしを訪ねてきた貴族は20人以上いますから、おそらくはその内の1人だと思います」


 ヒルデが溜息を吐きながら教えてくれた。

 デセオ近隣のみならず、ソレムネ中南部に領地を持つ貴族達は、この数日でヒルデに面会し、ラインハルト陛下へも忠誠を誓っているらしい。

 反乱軍の鎮圧を観戦させた貴族達から情報が拡散した結果らしいが、同時にヒルデがエンシェントヴァンパイアだという事も広まっているそうだ。

 だから会う貴族全てが自分や息子を売り込んできて、辟易とさせられたと言っていた。


「大和様が貴族の出ではない事を理由に婚約の解消を要求し、自らがわたくしの婿として収まる事で、ソレムネでの実権を握りたいのでしょう。そのような事は認められませんし、認めるつもりもありません。ましてや大和様を邪険に扱ったのですから、わたくしの怒りに触れる理由としては十分です」


 その貴族達はエンシェントヴァンパイアの魔力を直に浴びて、気を失ったり漏らしたりと、散々な目にあったらしい。

 ざまあみさらせ。


「私達がいたら、もっと悲惨な事になってたかもね」

「大和を侮辱した連中を、気遣う必要はないしね」


 愛されてるって素晴らしい。


「という事は、北方の貴族達が従ってないって事になるのか」

「そうなります。とはいえ、問題は貴族ばかりではありませんが」


 貴族が平民を虐げ、平民は棄民を物のように扱うのがソレムネの国風になっちまってるから、意識改革だけでもかなりの年月が掛かりそうだ。


「そちらもありますが、もう1つの大きな問題は不法奴隷です」


 ああ、そっちの問題もあったんだった。

 フィリアス大陸で奴隷と言えば、身請奴隷と犯罪奴隷になる。

 身請奴隷は借金で身を持ち崩したり、家族の為に身を売ったりした者がなり、犯罪奴隷は犯罪者への刑罰だ。

 身請奴隷や軽犯罪の犯罪奴隷は解放される事が多いが、重犯罪を犯した犯罪奴隷は解放される事が無く、そればかりかいつ死んでもおかしくない過酷な環境に身を置く事もある。

 どちらも契約の一種ではあるが、だからこそ合法であり、身請奴隷を扱うトレーダーズギルド、犯罪奴隷の監視を行うリッターズギルドも厳しく管理している。


 だが奴隷にはもう1つ、不法奴隷というものも存在している。

 隷属の魔導具を使い、相手の意志に関わらず強制的に隷属を強いる方法が有名だが、他にもいくつかあるという噂を聞いたな。

 その名の通り違法で、発覚すれば軽くても重犯罪奴隷、重ければ死罪となる程の重罪だが、これはアミスターやトラレンシアでの話になる。

 奴隷の定義は国によって異なってる事が理由で、ソレムネやレティセンシアでは普通に扱われてるそうだし、バリエンテやリベルターでも黙認されているらしい。


「既に不法奴隷達の解放は行っていますが、どれ程の数がいるかは把握出来ていませんし、大体的に御布礼を出している事もあって、作業は遅々として進んでいません」

「まあ発覚したら犯罪奴隷だし、率先して出てくる奴はいないか」

「だよね」


 それでも大手の奴隷商人は何人か捕まえて処罰したそうだから、既に100人近い不法奴隷が解放されたとヒルデは口にした。

 バリエンテやリベルターから攫われた人はもちろん、アレグリアやアミスターの人もいたらしいし、不当な扱いを受けて命を落としていた人も相当数いると目されているとか。

 不法奴隷の扱いは棄民以下だったらしいから、着る物はもちろん食べる物もロクに与えられず、衛生環境の悪さから病気に罹り、衰弱して死んでいく人も多いらしい。

 他国から人を攫う事で、減った奴隷の補充も行ってたし、大手の奴隷商ともなると一度に十数人を攫って不法奴隷にしてたようだ。

 買い手は貴族や豪商が多く、裕福な一般家庭でも手が届く価格らしいから、ソルジャーズギルドはすぐに奴隷解放の為に動いたそうだ。

 だが不法奴隷を購入していた一般家庭が予想より多いようで、ソルジャーズギルドは奴隷商の帳簿を調べる日々が続いている。

 素直に不法奴隷を解放すれば罰金で済ませるが、抵抗すれば犯罪奴隷になる可能性も示唆したと言ってたな。

 棄民扱いされてるスラムの住人だけじゃなく不法奴隷の問題まであると、ソルジャーズギルドが手一杯になるのも仕方ないか。


 その話を聞きながら、俺達はヒルデの寝室で通信具を起動させた。

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