天帝位継承権
Side・ラインハルト
昼食を済ませ、慣れ親しんだ天樹城で一時の休息を取った後、
午前中の議題は思いのほか早く片付いたが、それでも決めるべき最低限の事を優先させているから、細々とした問題は次回以降、もしくは個別に対応する事になるだろう。
「午後の議題は、天帝位についてですな」
「はい。ラインハルト陛下が即位される事に異論はありませんが、問題は後嗣です」
「確かにそこですな」
ニコラス・ペイシェス代表、ブリッツ・ウロボロス公爵、ライアー大公の言う通りではあるが、やはりそこが問題になるか。
「継承権に関しては、アミスター王家の物をそのまま継承するが、それではダメなのか?」
「他国、いえ、主家の継承に関わる問題ですから口を挟みたくはないのですが、あえて申し上げさせて頂きますと、歓迎は致しかねます」
フォリアス竜王が遠慮がちに答えてくれたが、他の者も同じ意見のようだ。
理解出来ていないのはアミスターの者だけだが、何が問題だと言うのだ?
「天帝はラインハルト陛下が初代となられる。であるならば、天帝位は陛下の子孫が継がれるべきであると愚考致す」
「私の子孫?」
「はい。テュルキス公爵家もモントシュタイン公爵家も、初代アミスター陛下の血族ですから、ラインハルト陛下とも血族となります。ですがそれはアミスターの王位に関しての話ですから、セシリア公爵とアルジャン公爵には申し訳ありませんが、天帝位はまた別と申しますか」
ギムノス獣王とライアー大公の話を聞いた瞬間、そのセシリア公爵とアルジャン公爵が、私に勝ち誇った笑みを向けてきた。
殺意が沸くな、その笑みは。
「では両公爵家は、天帝位継承権は有すべきではないと?」
「公爵ご本人と長子が低めの順位を与えられるのは、やむを得ないと思います」
皆の言いたい事も分からなくもないが、テュルキス公爵家とモントシュタイン公爵家から継承権を無くしてしまうと、レストが10歳になるまでは妹のユーリしかいなくなってしまう。
マナはほとんど継承権を放棄したようなものだから、万が一の場合は本当に天帝家が続かなくなってしまう恐れがあるぞ?
「陛下のご懸念もごもっともです」
「そのような提案をしてくるという事は、対案も講じてあると?」
「無礼は承知ですが、我々としても次代で連邦天帝国が分裂など、願ってはいませんから。この案はリベルターの代表で考案した物ですが、ギムノス陛下もバリエンテで議論を重ねておられたそうです」
ライアー大公に大きく頷くギムノス獣王。
そこまで大袈裟な話になるのか。
だが確かに否定できない話でもあるし、私はそこまで深刻に受け止めていなかったから、ここは意見を聞くべきだな。
「分かった。ではリベルター、バリエンテ、共に議論を重ねたという案を出してもらえるか?」
「かしこまりました」
「承知致した」
どちらも用意が良いな。
こうなる事を見越していたのだろうが、場合によっては無駄になったかもしれないというのに。
だがどちらの案も、私にとっては目から鱗が落ちる良案だった。
リベルターからの案は、マナの継承権を復活させ、マナを1位、ユーリを2位とし、レストとマルカのお腹の中にいる子が10歳になったら、それぞれ1位、2位として順位を繰り上げる。
同時に夫である大和君にも、ユーリの下になるが継承権を与えておく。
マナとユーリが産む子は私にとっても近しい血族になるから、2人に子が産まれたら、その子達にも母親より上の順位で継承権を与える。
テュルキス公爵家とモントシュタイン公爵家は、現当主と長子のみが大和君より下の継承順位を有し、レストが無事に即位できた暁には以後の継承権は発生しない。
バリエンテからは、マナとユーリに、天帝位継承権を所有する貴族としての爵位を与え、それぞれ独立させる。
マナは既に成人し結婚もしているため、子を成す事を優先させるが、ユーリはどこかに領地を与え、万が一に備えて実地研修をさせておくべき、か。
どちらかのみではなく、両方採用しても何の問題もない。
いや、むしろこれは、採用するべき良案だ。
モントシュタイン公爵家の長男は継承順位を引き上げる事を検討していたから、この案を受け入れた場合、天帝位継承権は1位マナ、2位ユーリ、3位大和君、4位モントシュタイン公爵家長男、5位セシリア公爵、6位テュルキス公爵家長女、7位アルジャン公爵となるが、私がエンシェントエルフである事を踏まえれば、十分な数が控えていると言える。
この案に真っ先に賛成したのは、やはりセシリア公爵とアルジャン公爵だった。
どちらの家もアミスターの王位ですら嫌がっていたのだから、そう言ってくるのも当然だろう。
しかも天帝となる私と継承権1位のマナがエンシェントエルフ、2位のユーリはヒューマンハーフ・ハイエルフ、3位の大和君もエンシェントヒューマンだから、余程の事があっても両公爵家が天帝位を継ぐ可能性は無きに等しい。
というより今回提案された継承順位は、継承者の数を水増しするための物でしかないから、実質的に両公爵家から継承権が消滅したとも受け取れる。
「なるほど。ラライナ、どうだ?」
「これ以上の良案は思いつきませんね。ですが公爵家はそのままとなりますから、マナリース殿下とユーリアナ殿下、大和殿にも継承権を与えるとなると、新しく爵位を考えなければなりません」
確かにそれが問題か。
爵位は公爵を最上位として、侯爵、伯爵、子爵、男爵があるが、その国だけで通用する爵位も存在している。
アミスターの騎爵、トラレンシアの妖爵、バレンティアの竜爵、バリエンテの王爵、ソレムネの帝爵、レティセンシアの皇爵がそれに当たる。
王爵と帝爵は廃止となるが、だからといってそれを与える事は憚られるな。
「ふむ。でしたら天爵というのは如何か?天樹はフィリアス大陸の象徴であり、天帝を継ぐ可能性がある故に。位階的に公爵の上となる故、そこが問題となるかもしれませんが」
ギムノス獣王が口にした爵位は、確かに天樹を頂き天帝が治める国の継承者としては相応しく思う。
公爵位の上となる点が気になるが、ここは素直に聞いてみるとしよう。
「天爵か。セシリア公爵、アルジャン公爵、どう思う?」
「素晴らしいですね」
「天帝位継承権を持つ家ですから、公爵位より上となるのは当然の話です」
ところがセシリア公爵もアルジャン公爵も、まさに即断という言葉が相応しいぐらいに即決だった。
そこまで国政に携わりたくないか?
いや、私もそうだから、気持ちは分からなくもないが。
「2人が構わないなら、マナ、ユーリ、大和君には天爵位を与える事としよう。領地についても、この提案を受け入れさせてもらう」
これが最上だろう。
3人は文句を言ってくるだろうが、この場にいなかったのだから諦めろとしか言えない。
とはいえマナは子供を産む事を優先してもらう事になるから、一番大変なのはユーリだな。
どこを領地として与えるかだが、やはりここはフィールが無難だろう。
そろそろ領代が1人交代する時期だから、その点から見ても都合が良い。
「いずれはマナにも領地を与えるが、そうなると大和君は4つの領地に関わる事になる。さすがにそれは大変だろうかから、大和君には領地を与えない方針で行こうと思う」
「それは仕方ありませんが、外聞が悪くなりませんか?」
「大和殿の考えておられる事を実行しようとするなら、大和殿にも領地を与えておくべきはないでしょうか?」
大和君の事を良く知らないポラリス公爵と、プリムの従姉ということで面識があるネージュ王爵が同じような意見を口にするが、内容は正反対だな。
確かにポラリス公爵の言うように、領地を持っていない天爵が天帝位継承権を持っているのは外聞が良いとは言えない。
だが大和君の妻であるフレデリカ・アマティスタ侯爵は、アミスター最大の桜樹植林地を有しているアマティスタ侯爵領の領主でもある。
この時点で領地運営とは無関係ではなく、さらにユーリにフィールを与えるとなると、フィールの運営にも携わらなくてはならなくなってしまう。
その上で何年か後になるが、マナにも領地を与えてしまうと、本当の意味で首が回らなくなるんじゃないだろうか?
「その懸念はありますが、実際に統治されるのは奥方ですから、そこまで心配はしなくても良いでしょう。それに文官は派遣されるのでしょう?」
「さすがにそれはな」
アルカという天空島があり、大和君本人もトラベリングを習得しているから、妻の領地が離れていても移動に関しては何の問題もない。
それに彼の行動を領地運営で封じてしまうなど、大きな損失でしかない。
だからこそユーリには補佐となる文官を派遣するつもりだし、マナの場合も同様だ。
さらに先程ネージュ王爵が口にしたように、大和君はスカラーズギルドという総合学校に、MARSという幻影を利用した魔物との戦闘訓練用の魔導具を設置できるよう、鋭意開発中でもある。
どちらも広い土地が必要になるため、ユーリに与える予定であるフィールやアマティスタ侯爵領では用意する事が難しい。
それならばどこか未開発の土地を与え、開発から行ってもらうというのも、選択肢の1つとして考えても良いだろう。
その場合、最も適しているのはナダル海に浮かぶ無人島になるんだが、そこはアレグリアの領有している土地が多く、同じくナダル海に浮かぶエニグマ島には
「ヒルデガルド女王、大和殿のやろうとしている事とは?差し支えなければ聞かせてもらっても構わないか?」
そのアレグリアのグレイス女王が興味を持ち、ヒルデに尋ねた。
ヒルデが大和君の婚約者になった事は秘匿事項でも何でもなく、むしろスリュム・ロード討伐の褒賞として広まっているから、この場で知らない者はいない。
大和君に天帝位継承権やら領地やらの話になってから、少し落ち着かなくなってきているのもあるだろうが、別に秘匿している訳ではないし、スカラーズギルドについての概要は伝えてあるから、私の許可は必要ないぞ。
だから少し落ち着け。
「なるほど、スカラーズギルドについては、確かに概要を伺っている。だが大きな校舎が必要になるために、土地選びに難儀していたと」
「それにMARSですか。そちらは噂程度でしか耳にしていませんでしたが、凄まじい物を考えられたものです」
グレイス女王だけではなく、グランレーヴェのアイスリヒト代表も興味を持ったようだ。
スカラーズギルドを設立するにしても、総本部はフロートになる。
だがフロートでは総合学校を建設するための土地を用意できないため、どうしても別の土地も探さなければならない。
土地だけならばいくらでもあるのだが、学校が出来るという事は学生のための住まいも用意しなければならないし、そこに住まうという事は物資も必要になる。
さらにMARSが完成すれば、魔物の生態調査も大きく進む事になるだろうから、研究者も多くが移り住む。
そうなると、その土地は町として発展していく事になる。
だからこそ、開発の伸びしろが無い土地を与える意味はない。
「大和殿に領地を与えるとなると、フィリアス大陸の中央部が望ましいね」
「そうですな。該当するのはリベルターの南部かナダル海ですが、フロートからは距離があるのが難点ですか」
「ナダル海にはエニグマ島があるから、安全面では微妙だね。もっともニーズヘッグはエニグマ島から出て来ないし、エニグマ迷宮に入るだけなら問題ないから、そこまで気にする必要もないかもしれないけど」
ドラグーンの終焉種ニーズヘッグか。
70年程前にニーズヘッグ討伐隊が組織され、エニグマ島に乗り込んだ事があったと記録にあるが、確かあれは隣にあった小島がニーズヘッグの襲撃を受けた事があったからだったな。
しかもその小島の住人が、ニーズヘッグの元から何かを盗み出した事が原因だったはずだ。
それ以外でニーズヘッグがエニグマ島から出てきた事は無いし、エニグマ島にあるエニグマ迷宮に入るだけなら攻撃を加えられる事もなく、そればかりか手助けまでしているという噂も聞いた事がある。
「真相は不明ですが、エニグマ迷宮の氾濫はニーズヘッグにとっても煩わしいという事でしょう。ですがニーズヘッグはエニグマ迷宮に入る事が出来ませんから、迷宮氾濫を抑制するハンターをあえて見逃し、自らの手間を省いているのではないかと推測されていますね」
アレグリアの宰相リモーネ・アルジェントが、アレグリアでの推測を述べてくれた。
なるほど、迷宮氾濫に備えるために、エニグマ迷宮に入るハンターは見逃しているのか。
推測でしかないが、ニーズヘッグはドラグーン種の例に漏れず巨体だから、エニグマ迷宮に入る事は出来ない。
だから人間を中に入れる事で、迷宮氾濫で溢れた魔物の相手をしなくても済むようにしていると。
あり得ないと言いたいところだが、魔物の生態は不明な点が多い上に、基本的に
だからニーズヘッグが人間を使って迷宮氾濫を抑制している可能性も、決してゼロではないだろう。
だがニーズヘッグが、人里を襲ったことがあるのも事実。
もしやグレイス女王は、ニーズヘッグの討伐を依頼しようと考えているのか?
「さすがにニーズヘッグの討伐を依頼するつもりはないよ。万が一にも失敗しようものなら、アレグリアが滅ぶからね。いや、バリエンテやリベルター、ソレムネだって攻撃の対象になるだろう。リスクが高すぎるよ」
私の意図を理解してくれたようで先に弁明をしているが、確かにリスクが高すぎるか。
だがエニグマ島には、不確かな噂ではあるが
エニグマ島はフィリアス大陸の丁度中心にあり、そこに宝樹が鎮座しているそうなのだが、そこが小高い山になっていて、その山から
ニーズヘッグはその
ニーズヘッグがエニグマ島から出て小島を襲ったのも、その小島の住人が
もちろんデマだと思うが、切って捨てるにはあまりにも大きな話だから、グレイス女王はエニグマ島の解放を望んでいるのも間違いない。
だが無謀な事をするつもりもないだろう。
まかり間違ってそんな無謀を実行してしまえば、結果がどうあれ信頼そのものを失ってしまい、孤立する事になるからな。
「それもそうか。なんにしても大和君に与える領地は、もう少し検討しよう」
「そうですな。早い方が良いのは間違いありませんが、彼はまだ成人したばかりの若者ですから、急ぎ過ぎても仕方ありません」
「むしろ領地運営の勉強をしてもらうために、しばらくはフィールで研修という扱いにしても良いかもしれませんね」
ああ、ネージュ王爵の案が一番良いかもしれないな。
フィールは大和君にとっての拠点でもあるし、街での評判も良い。
領主になるための勉強としてはうってつけの場所だろう。
よし、フィール、そしてプラダ村はユーリに拝領しよう。
後は貴族家としての家名だが、これは私が考えるしかない。
幸い彼らが戻ってくるまではまだ数日の猶予があるから、じっくりと考えさせてもらおうか。
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