反乱軍鎮圧
Side・リディア
ヴィンセント卿から、ソレムネ中央の貴族が反乱軍を組織していると伝えられてから5日が経ちました。
反乱軍は2、3日後には進発を開始するとの予想もありましたから、ヒルデ様はすぐに近隣の貴族達に招集をかけ、反乱軍の末路を見せ付ける方針を立てられました。
温和なヒルデ様とは思えない過激な方策ですが、相手がソレムネである事、今後の統治の行方を左右する事を慮り、同時に妹であるブリュンヒルド殿下の夫となったアルベルトさんの進言を思い起こした結果ですから、私達はそれに従うまでです。
召集をかけられた貴族は全部で16人ですが、デセオに程近い地方を治めている領主でもありますし、中には偶然その領地を訪れていた貴族もいました。
デルフィナさんがトラベリングを使い、同行したソルジャーがほとんど有無を言わせずに連れて来ていますけども。
さすがに貴族だけというのは問題でしかありませんから、数名の護衛は許可しています。
「あれ程の軍勢を、たった11人で相手取るというのか?」
「狂ってる……」
現在私達は、プライア砂漠に来ています。
位置的にはデセオから獣車で2日程の距離ですから、クラーゲン平原は超えていますね。
ハイソルジャーやラウス君達の監視付きで、オーダーズギルドの多機能獣車から反乱軍の姿を捉えた貴族達は、初めて目にする軍勢に恐れ戦いています。
天地がひっくり返ってもあり得ませんが、私達が敗北すれば自分達も命がないのですから、そこは仕方がないでしょう。
「あなた方は、エンシェントクラスの力を見縊り過ぎています。あの程度の軍勢など、やろうと思えば単身でも屠る事は可能です。ですがそれでは、あの反乱軍を率いる者のように、再び馬鹿な事を考える者も出てくるでしょう。此度の戦は、その無用な心を折り砕くためのものです。目を良く見開き、彼らの末路を見ておきなさい」
ヒルデ様の仰る通り、エンシェントクラスならば2,000どころか倍の兵数であっても、全滅させる事は難しくありません。
ですがそれでは、その1人だけを何とかすればいいと考える者も出てくるでしょう。
大和さん、プリムさん、マナ様はそう判断され、今回力を貸す事を決められたのです。
正直全員が参加する必要は無かったのですが、これだけの数のエンシェントクラスをすぐに動員出来る事も理解させるつもりですから、私も納得して参加しています。
「こちらに気付いたみたいね」
「だな。とはいえこっちにあるのは多機能獣車2台だけだし、待ち構えてるのは俺達だけだから、なんかにやけたツラしてる馬鹿がよく見える」
「どうせすぐに絶望に染まる事になるんだから、放っといてもいいんじゃない?」
彼我の距離は100メートル程でしょうか。
その程度の距離なら、視力を強化すればハイクラスでも相手の顔まではっきりと見えますから、私にもニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる兵士が良く見えます。
以前リベルターの首都エストレラの近くで、似たような兵士と遭遇しましたが、その時と同じ嫌悪感を抱けますね。
「それでは始めましょうか。反乱軍に告ぎます。わたくしはヒルデガルド・ミナト・トラレンシア。トラレンシアの女王です。フィリアス大陸を統べるアミスター国王ラインハルト・レイ・アミスター陛下に成り代わり、この国を統治しています。この場で退くのならば軽い罪で済みますが、いかがいたしますか?」
なんて事を仰るヒルデ様ですが、素直に撤退するなんて事は微塵も思っておられません。
そもそもそんな事をするぐらいなら、兵なんて集めませんからね。
「ふん!雪に追われる田舎者風情が、我が大国を治めるなど、片腹痛いわ!貴様の首をアミスターの愚王に叩き付け、この国を我らの手に取り戻す!」
だいたい予想通りの答えが返ってきましたね。
こうなる事は既定路線ですが、それでも本気で国を取り戻せると思っている所が滑稽に見えて仕方ありません。
「そうですか。ではこの場で、全ての兵を打倒させて頂きます。そして首謀者であるあなた方は、デセオにおいて公開処刑を行う事になりましょう」
「たった10人程度の数で、2,000を超える兵を倒せるなどと思っているのか?」
「当然でしょう。本来であれば1人でも可能でしたが、あなた方には生贄となって頂く必要がありますから、あえてこれだけの数を揃えているのですから。ああ、大砲があるのであれば、先に撃たれても構いませんよ?」
「ふん、帝王陛下を討った事で増長しておるようだな。さすがは無知蒙昧の田舎者と言った所か。ならば希望に応えてやろう。全砲、用意……撃てっ!」
ヒルデ様の挑発に乗ったかのように見えますが、準備は万端でしたから、あれは不意打ち紛いの先制攻撃に使うつもりでしたね。
まあその程度の浅知恵など、こっちはお見通しですし、そもそも通用しないんですけど。
「40門、ってとこか。思ったよりあったな」
「確かクラーゲン平原で戦った軍隊は、150門だったはずよね?」
「それぐらいでしたね。主力の3分の1近くも持ってるとなると、こいつらは帝王にとっては信用できる配下だったって事か」
「それか、あいつらの街で大砲を製造してたかだろうね」
大和さんとルディアの予想、どちらもありそうですね。
ですが大砲は見飽きていますし、皆さん思い思いの方法で撃墜されていますから、当たり前ですけど後方の多機能獣車には被害はありません。
「ば、馬鹿な……」
「性能的には、以前のと変わってないわね」
「そんな経ってないし、改良なんてロクに考えてないんだろうから、これは当然でしょ」
「まあね」
呆然とする反乱軍ですが、今更この程度の大砲を持ち出されても、エンシェントクラスなら誰でも簡単に撃墜出来ます。
「もう終わりですか?その大砲が、ソレムネ軍の秘密兵器の1つである事は知っていますが、その程度ではエンシェントクラスに傷一つ付ける事は叶いませんよ?」
「エンシェントクラスだと!?まさか……まさかそこにいるのは!!」
「ええ、11名全員がエンシェントクラスです。最初に申し上げた通り、その程度の数では単身撃破する事も十分に可能です。ですが、これも先程申しましたが、あなた方反乱軍には生贄となって頂きます。事あるごとに反乱を起こされてしまえば、その都度対処しなければなりません。わたくし達は、あなた方と違って多忙なのですから」
本当にヒルデ様にしては珍しい、いえ、ヒルデ様とは思えない程辛辣ですね。
それだけソレムネに対しての鬱憤が溜まっているという事なんでしょうけど、ちょっとビックリです。
「ひ、退け!撤退だ!」
「そのような事を、許すと思っているのですか?既に攻撃を仕掛けてきた以上、あなた方には刑を執行する他ないのですから。デルフィナ卿」
「はっ!」
ヒルデ様に声を掛けられたデルフィナさんが一歩前に出て、
デルフィナさんがその大剣を水平に振るうと、100人近い数の兵士が両断されていきます。
「おっと。危うく首謀者まで巻き込む所だった」
「それでも構わなかったのですが、さすがはデルフィナ卿ですね」
「恐れ入ります。ですが首謀者は、陛下が仰ったようにデセオで公開処刑にかけるべきです。既に顔は覚えましたし、ウイング・クレストも協力してくれるのですから、取り逃がす事はありません」
「当然ですね。まあ巻き添えを食う事はあるだろうけど」
「死んでなければ、私が治すけどね」
首謀者は公開処刑をする必要があるのは、私も理解できます。
ですがこれから始まるのは、過剰戦力による一方的な蹂躙ですから、巻き込んでしまう可能性は否定できません。
真子さんは死んでなければ治すと仰ってますけど、それはそれで問題ですし、巻き込んだ時点で命を落とすのが普通ではないでしょうか?
「それもどうかと思うが、私の念動魔法で上に退避させておくから、そこは大丈夫だろう」
ですがデルフィナさんの念動魔法で、首謀者は上空に避難させてくれるようです。
それでしたら上方に注意しておけば、首謀者を巻き込まなくて済みますね。
「じゃあすいませんが、お願いします」
「ああ。首謀者は3人だし、あれぐらいならば私1人で十分だ」
その言葉通り、デルフィナさんの念動魔法は首謀者の貴族3人を捕らえ、地上20メートル程の高さで拘束しました。
いきなり自分の体が宙に浮かんだ首謀者達が驚きながらも暴れていますが、逃げる事は不可能です。
仮に念動魔法から逃れる事が出来たとしても、
「それじゃあヴィーナス展開っと。これであっちは逃げられないわ。いつでもどうぞ」
「ありがとうございます、真子さん。では参りましょう」
真子さんが展開したヴィーナスという風の刻印術が結界となり、反乱軍を閉じ込めました。
それを合図に、ヒルデ様が進撃を命じ、蹂躙戦が開始されました。
「た、助け……!」
「戦う前は下卑た顔しときながら、勝てないと分かったら逃げる。逃げられないと分かったら、今度は命乞い?」
「何のために反乱軍に参加したんだって話よね」
「主義も主張も何もない、ただ自分の欲を満たすためだけ。見せしめになってもらうつもりだったけど、それだけじゃ済まないわね」
「棄民扱いしてるスラムの人達にも、面白半分に手を出してるだろうしね」
無様に逃げ惑う反乱兵に、マナ様とプリムさんが不愉快そうな顔で詰め寄っています。
まさしくお2人の言う通り、この国を救おうとか、人々のためにとか、そんな殊勝な事を思って反乱軍に参加したワケではなく、弱者への一方的な蹂躙が目的で参加した兵も少なくありません。
いえ、本当にソレムネという国を救うために参加した人もいるでしょうから、その人達は確認出来れば見逃すつもりですよ。
アミスターが主体となるアミスター・フィリアス連邦天帝国は、そういった人達から見ても、いかにソレムネという国がどうしようもないならず者国家だったという事が理解出来る国になりますからね。
「な、何よ……何なのよ、こいつらは!!」
「ばけも……ぎゃああああっ!!」
「たとえ勝てなくても、俺達の死がこの国を……!」
丁度私の前に、この国を思って戦っている人がいます。
では手筈通り、上空に投げるとしましょう。
そうすれば念動魔法を使える誰かが、デルフィナさんのように身柄を確保してくれますからね。
人の選別を行いながらの戦いでしたから、思っていたより時間が掛かりました。
それでも30分もせずに、反乱軍は全滅しています。
生き残ったのは……50人もいませんね。
2,000人を超す軍勢中、本当に国を思って立ち上がった人が50人もいなかったとは、分かっていた事ですが本当にソレムネという国はどうしようもありません。
「ば、馬鹿な……。2,000を超す大軍が、たった11人に手も足も出なかっただと……?」
「これが……エンシェントクラスだと言うのか……!?」
戦闘後、私達が連れてきた貴族達は、顔色を青くさせながら驚愕していました。
「上空で身柄を確保している者は、首謀者を除いて本当にこの国を救おうと考えて立ち上がった者達だ。その選別を行っていたために時間が掛かったが、まさかあれだけしかいなかったとは思わなかったよ」
「選別、だと!?」
「で、では……選別を行わなければ……もっと早く殲滅出来た、と?」
「当然だ」
デルフィナさんの説明を受けて、さらに顔色が悪くなっていきますね。
「これで理解出来ましたか?最初にデルフィナ卿が使った
完全な脅しですが、ヒルデ様の仰る通りです。
今回の鎮圧戦は、今後反乱を起こすであろう貴族を牽制するのが目的です。
さすがに1,000人規模の軍勢を用意するのは、ソレムネ軍の残存兵力から考えても厳しいものがありますが、民間人やスラム住人を無理矢理徴兵すれば、用意出来ないワケではありません。
ですがこちら側としては、相手が無理矢理徴兵された民であっても、反乱軍に参加した時点で処罰の対象となりますし、戦場で見えてしまえば倒すしかありませんから、出来れば避けたいです。
「め、滅相もございません!私は陛下、いえ、フィリアス大陸を統べる新たな天帝陛下に、忠誠を誓います!」
「ワ、ワシもだ!」
「身を粉にして、天帝陛下のために働く所存です!」
ヒルデ様に跪く貴族達ですが、まあこうなりますよね。
「ありがとうございます。では本日はお疲れでしょうから、帝王城で歓待いたしましょう。明日以降ですが、それぞれの領地でわたくしが掲げた方策を徹底して頂きます。よろしいですか?」
「「「はっ!」」」
とはいえ、従順に見えて腹の内では何を考えているか分かりませんから、しばらくは警戒が必要ですね。
しばらくはデセオで手一杯ですが、少しすれば他の街にも視察に行けるようになるでしょう。
その時に徹底されているか、されていなくてもどこまで実行されているか、しっかりと確認させて頂きましょう。
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