ギルドからの報告

Side・プリム


 デセオにやってきて、今日で1週間か。

 その間にギルドの仮説支部が完成し、職員も派遣されてきたけど、デセオの街を見た瞬間、みんなげんなりとした顔になってたわね。

 気持ちは分かるわよ。

 特にクラフターは、衛生環境改善のためにトイレの設置や公衆浴場の建設なんかもしなきゃいけないから、大工も派遣されてたからね。

 護衛としてソルジャーがついて作業を開始してくれてるんだけど、どうしてもソルジャーの目が届かない所もあって、既に小馬鹿にされたっていうクラフターも出てきてるし、やる気が削がれるわよ。


「デセオの治安ですが、改善しているとは言えません。特に夜に、帝王城やスラムに忍び込み、魔導具を盗もうとした者が数名おりました。既に捕らえてありますが、日を追うごとに増えています。巡回を増やして対応していますが、人数的にそろそろ限界です」


 デルフィナさんが、デセオの治安についての報告を口にする。

 今はギルドマスター達を集めての定期報告会なんだけど、はっきり言って問題だらけなのよね。


「スラムの方がソルジャーとして登録して下さっていますから、スラムの方はお任せするしかないでしょう。ですが何があるか分かりませんから、デルフィナ卿の裁量にお任せします」

「はっ!」

「公衆トイレは、仮設ですが既に12ヶ所設置が済んでいます。公衆浴場は、あと3日もあれば完成します」

「ご苦労様です」


 クラフターズマスターに任命された女性ドワーフ クラーラさんが、ヒルデ姉様に衛生施設関連の報告をしている。

 仮説支部が完成してまだ3日程だけど、既にギルドとしての活動は開始されてるし、報告は毎日行われてるから、今回もその定期報告になるわ。


「魔導具の売り上げですが、当初の想定を大きく下回っています。帝王の愚策の影響でしょう」

「衛生環境の改善につきましても、説明はしていますが受け入れられているとは思えません。放置していれば疫病の原因になりかねないというのに……」


 トレーダーズマスターのラミア ペルーさん、ヒーラーズマスターの男性ヒューマン ジェフさんからの報告も、芳しいとは言えないわね。

 帝王は魔導具の使用について厳しく制限をかけていたし、どうやらわざと粗悪品を用意して危険だって事を説明までしてたみたいだから、住民が不信感を持っているみたいなのよ。

 そのくせ、自分達は好き放題使ってたんだから始末に悪いわ。

 デルフィナさんの報告と矛盾してるけど、一部の住民は自分達が使ってる魔導具より高性能だっていう事に気が付いたみたいね。

 スラムは棄民だから、盗んでも罪には問われないって未だに勘違いしてるようなの。


 衛生環境改善の説明も、公衆トイレが設置されると同時にジェフさんが行ってるんだけど、今までが問題なかったからって事で誰も聞きやしないし、その公衆トイレもほとんど使われていない。


「魔導具に関しては、時間が必要でしょう。ですがスラムでは魔導具は使われていますし、有用性も理解されています。アクィラ卿の伝手を頼り、いくつかはそちらに提供すべきでしょう」

「そうした方が良さそうですね。では、ソルジャーの護衛をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「手配しておきましょう。それと衛生環境の改善については、法で定めたと宣言しています。既に公衆トイレも設置されているのですから、明日改めて御布礼を出し、以後は罰金を徴収する事にします」

「ありがとうございます」


 魔導具に関しては、スラムから広めた方が早そうよね。

 とはいえスラム住人の多くは天与魔法オラクルマジックが使えるから、必須ってワケでもなかったりする。

 それでも生活が楽になるのは間違いないから、購入する人は多いでしょう。

 棄民扱いされてたとはいえ、お金を稼ぐ手段はそれなりにあったみたいだし、そのおかげで小金持ちも少なくなかったから。

 通貨に関しては、ほとんど無理矢理両替を実施しているから、ある程度は流通を始めているわ。

 デセオの住人は反抗的な者も少なくなかったからあたし達も手伝ったんだけど、それでも手を出してくる馬鹿もいたぐらいよ。


「バトラーズギルドですが、陛下のご懸念通り、あれではIランクに降格の上で再教育、下手をすればギルド除名でしょう。中には平然を盗難を働いていた者もおりました」


 男性エルフのバトラーズマスター ヒューイさんの報告も深刻ね。

 仮設支部が完成してからというもの、バトラーズギルドは帝王城や貴族の屋敷、スラムで働いている執事やメイドの様子を見学させてもらっていた。

 スラムは問題なかったんだけど、帝王城や貴族の屋敷で働いている執事やメイドは、下手したらIランクバトラー以下の仕事しか出来ず、ベテランでもSランクに届くかどうか。

 しかもヒューイさんが偶然発見したんだけど、帝王城の備品を盗み出し、それを売って生活費の足しにしてた人までいたわ。


「盗難を働いた者については、わたくしも報告を受けています。子供の病気を治すためにお金が必要だったようですから、今回は厳重注意で済ませ、子供の治療はジェフ殿に依頼しています。どうでしたか?」

「完治はさせましたが、非情にマズいですね。近隣の方も、かなりの数が感染していました。原因は汚水の垂れ流しによる、井戸水の汚染です」


 それはまた、思ってたより大事じゃないの。


「井戸水の汚染、ですか。その井戸はどうされたのですか?」

「クラフターズギルドに依頼し、封鎖しています。給水については、水の魔石を使った魔導具を設置していますから、当面は凌げるでしょう」


 それでも住民には理解されなかったって続いたけど、いい加減にしてほしいわね。


「水に関しては、早急に対応します。クラーラ殿、仕事を増やす事になりますが、ヒーラーズギルドと協力し、井戸水の調査と上水道の敷設もお願いします」

「それはもちろんですが、各家庭へのトイレ設置に支障が出てしまします」

「公衆トイレがありますから、上水道を優先でお願いします。既に罹患者が出ている以上、水を優先しなければなりません」


 そうなるわよね。

 それにしても、本当に酷い環境だわ。

 既に疫病が発生していた事もそうだけど、それを何とかしようと頑張ってるヒーラーやクラフターに文句を言う人ばかりなんだもの。

 盗難常習犯のメイドは感謝してくれたそうだけど、近隣に住んでる者は治療が当たり前で、遅れてきた事に対して罵倒までしてきたらしいわ。

 だけど疫病を放置したら何が起こるか分からないから、治療しないワケにもいかない。

 ただ当然だけど、こちらは統治のために行ってるだけであって、完全な善意ってワケじゃない。

 だから治療前にどれぐらいの金額が掛かるかも説明してあるわ。

 文句を言う輩ばかりだったけど、治療前にライブラリーでちゃんと名前を確認してあるから、踏み倒したりしたら即刻逮捕ね。


「最後にハンターズギルドですが、そちらはどのようになっていますか?」

「うちは楽な方ですね。スラムから20名近くが登録していますし、半数近くがハイクラスです。以前からデセオ迷宮に入っていたようですから、既に素材は集まり始めていますし、昼過ぎにスノー・ブロッサムとセイクリッド・バードが来ましたから、調査はさらに進むでしょう」


 ハンターズマスターの女性リクシー リパルさんが、報告の為に口を開く。

 スノー・ブロッサムとセイクリッド・バードが来てたのね。

 どちらもリーダーがエンシェントクラスだし、ハイクラスだって多い。

 行軍にも参加してたからあたし達も顔見知りだし、デセオの現状もある程度は知ってるから、こちらとしても頼りになる人達だわ。

 スラムからも20人が登録したらしいし、こっちはデセオ迷宮の経験者だから、半分近くがハイクラスって事を踏まえると、そうそう大事には至らないでしょう。


「強いて問題と言えば、この帝王城までの距離ですね。陛下の御布礼のおかげでスラムの人々も表通りを歩けるようになっていますが、それでも手を出してくる輩はいます。ハンターは自力で何とか出来ますが、クラフターやトレーダー登録をされた住人には大変でしょう」

「その報告も受けていますが、スラムだけを特別扱いするワケには参りません。当面はスラムまでの道のりを、ソルジャーに警備して頂くに止めおきます」


 あたし達はスラムに出張所を作ればと思ったんだけど、確かにヒルデ姉様の言うように、スラムが特別扱いになってしまうと気が付いた。

 だけどそれはそれで問題になりつつあるし、他の地区の住人も帝王城まで足を運ぶのは大変だったりする。

 だから大和の提案で、多機能獣車の1台を移動仮設支部として使ってみる事にも決まった。

 オーダーズギルド所有の多機能獣車だから改装は出来ないけど、中は広いから使って使えなくはないでしょう。


「以上でしょうか?」

「まだ開業して数日ですからね。とはいえ、アミスターやトラレンシアでは起こり得ない問題ばかりですから、対応はかなり大変です」

「そうですね。ですが皆様の働きこそが、新たに建国される連邦天帝国には必要なのです。苦しいとは思いますが、より一層の奮起を期待致します」

「お任せください、陛下」

「派遣されたからには、最高の働きをしてみせましょう」

「衛生環境の改善は、フィリアス大陸全体の問題でもありますからね」


 貧乏くじって言われる派遣だけど、さすがにみんな一流のギルド・レジスターだけあって、責任感を持って当たってくれている。

 当面はこの状況が続くだろうけど、連邦天帝国の建国が宣言されれば宝樹からの影響も受けるんじゃないかと思うし、そうなったら劇的にとまではいかなくても、多少の改善ぐらいは見られるでしょう。


「ギルドからの報告は以上ですね。では続いての議題は、ソレムネ国内の問題点についてになります。ヴィンセント」

「はっ。デセオはソルジャーズギルドが巡回を行っているため、治安に関しては徐々に回復しています。ですが他の街は、今までと変わりはありません。陛下からの通達は届いておりますが、意図的に無視している貴族が多いようですな」


 ヴィンセント・ゴルトシュティアはソレムネの元宰相だけど、あたし達がデセオを空けていた間もアミスター、トラレンシアの意向を伝え、今も国内の情勢を探ってくれている。

 情報の精査は必要だけど、今のところは何の問題もないし、その情報はヴィンセントの孫娘が担当しているらしいから、上手くいけばゴルトシュティア家はソレムネの領地を割譲されて独立って事もあり得るでしょうね。


「予想通りではありますが、やはりですか。兵を集めている様子はありますか?」

「はい。連合軍の進路上にあった街やデセオ制圧後に到着した街の軍ではなく、中央にあるいくつかの街を治めている貴族が、合同で兵を集めているようです。総数は不明ですが、1,000は超えているでしょう」


 武器や防具、糧食なんかの調達時間なんかも考えると、だいたいあたし達の予想通りに動いてるわね。


「兵数は、少なく見積もっても1,000人程ですか」

「はい。ですが此度の戦争で、陸海軍共に総数を大きく減らしていますし、蒸気戦列艦もほぼ全てが失われました。それを踏まえますと、多くても2,000を超える事はないでしょう」


 ソレムネ軍は陸海軍ともに2万人程だったけど、今回の戦争でほとんど壊滅状態になっている。

 特に海軍は、蒸気戦列艦っていう多数の大砲を搭載していた鉄の船を開発、運用していたけど、あたし達が乗員諸共300隻近い数を沈めているわ。

 1隻の蒸気戦列艦に50人前後が乗ってたから、だいたい15,000人弱が海の藻屑になってるわね。

 陸軍も、ラオフェン近くで2,000人を、クラーゲン平原で12,000人を、デセオ陥落後にソレムネの北から来た援軍2,000人を打倒してるから、無傷で残ってるのは陸海軍合わせても1万もいないんじゃないかしら?


「ソレムネ軍の総数が減る事は歓迎出来ませんが、かといって無罪放免というワケにもいきませんね。仕方ありません。その貴族達には、兵達と共に見せしめになって頂きます」


 苛烈な発言をするヒルデ姉様だけど、それが一番でしょうね。

 主犯となる貴族達は、どう言い繕っても極刑が決まってるけど、兵達をどうするのかっていう問題がある。

 だけど恩情なんかで無罪放免にしたとしても、他の街で兵を集めた場合、そっちに参加してしまう事も考えられる。

 そんな馬鹿な兵士はいないと思うけど、恩を仇で返すのがソレムネの国風になっていて、一般でもそれがまかり通っているみたいだから、見せしめになってもらった方が後々の事を考えると手間が少なくなるでしょうね。


「ではソルジャーズギルドは、迎撃の準備を整えます」

「お願いします。ですがソルジャーズギルドだけでは、無用な犠牲を強いてしまう事になるでしょう。その際はわたくしも前線に立ちます」


 ヒルデ姉様も、最前線に出るつもりか。

 デルフィナさんもいるし、エンシェントクラスが2人もいれば過剰戦力ではあるんだけど、それでもノーマルソルジャーに犠牲が出る事は避けられないし、状況次第じゃハイソルジャーでも危ないわ。

 ヒルデ姉様やデルフィナさんは大丈夫だろうけど、犠牲が出るのはあたし達としても好ましくないし、見せしめにするんならこちらの被害はゼロに抑えておく方が良い。


「大和」

「ああ。それなら俺達も参加するよ。過剰戦力だけど、見せしめにするんなら圧倒した方が良いだろう?」

「よろしいのですか?」

「当然ね。ソルジャーズギルドの仕事を奪う事になるけど、こんな些事で怪我をするのはもちろん、命を失う必要はないわ」


 大和とマナも、あたしと同じ考えみたいで嬉しいわ。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます」

「済まないな、大和君」

「マナも言ったけど、こんなくだらない事で時間を無駄にする必要はないですし、怪我とかはもちろん、死ぬのも馬鹿らしいですからね」

「そうだな」


 これで決まりね。

 反乱軍はウイング・クレストのエンシェントクラス全員とヒルデ姉様、そしてデルフィナさんの11人で相手をする。

 たった11人ではあるけど、エンシェントクラスは1人でも万の兵に匹敵する戦力って言われてるから、十分過ぎる戦力だわ。

 過剰戦力が過ぎるけど、目的はソレムネ貴族にこっちの力を見せ付ける事だから、そいつらも何人か呼び付けた方が良いかもしれないわね。

 ヒルデ姉様なら、その辺はしっかり考えてくれてるだろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る