棄民の定義
アクィラさんはヒルデの説得を受けて、ソルジャーズギルドに登録する事になった。
ヒルデは、スラムで戦える人は全員勧誘するつもりだといって説得していたし、この屋敷の護衛も同時に登録する事になったしな。
しかもアクィラさんは、ソルジャーズマスターとして登録するって話だ。
ソレムネの元将軍という立場を考えると破格の待遇だが、なるべく早めにソレムネからソルジャーズマスターを任命するべきだと考えていたから、早い分にはこちらは困らない。
今後登録する事になるソレムネ軍兵士からしたら面白くないだろうが、そこまでは知らん。
なにせアクィラさんが教えてくれた棄民の選出理由は、
「それにしても、棄民扱いされた人が
「ですね。しかもそれを理由にして家や財産を没収して、街から追い出してまでいたんだから、マジで何を考えてんだかって感じですよ」
「
確かに帝王オスクレイドは、ヘリオスオーブの新たな神になるとか、頭の悪い事をぬかしてやがったな。
そのくせ自分はその神々から与えられた
しかも
戦争に負けて首を晒された訳だから、天罰が下ったと言えるかもしれないが。
「という事は市井の民の多くは、
「使えません。恐らくですがギルドに登録しても、
それは予想していたし、議題にも上がっていたんだが、実際にソレムネに住んでる人の口から言われると厳しく感じるな。
しかも全員じゃなく、棄民は使える可能性が高いんだから、別の意味で格差が生じてきそうだぞ。
「
「無論です。私達は棄民として蔑まれていますが、帝王家が滅びアミスター、トラレンシアが統治をしていますから、遠からず立場は逆転するでしょう。ですが図に乗り、民を蔑むような事をしてしまえば、それは私達を捨てた帝王家と同じような下衆に成り下がる事を意味します。部下達には必ず、徹底させましょう」
「よろしくお願い致します」
それでも調子に乗る奴は出てくるだろうから、そこは注意しとかないといけないか。
「それではアクィラ殿、最初の任務を言い渡します」
「拝聴致します」
「あなたの部下、スラムで戦える者にわたくしの話を伝え、いずれかのギルドへの登録をさせて下さい。アミスターの法では、王家の者であってもギルド登録が義務付けられています。そのアミスターの統治下に置かれている以上、棄民であろうとそうでなかろうと、登録は必須ですから」
「かしこまりました」
「ギルドの仮説支部は、3日後には開業を始める予定です。安全上の問題から場所は帝王城になりますが、距離の問題は大丈夫ですか?」
「帝王城ですか。確かに距離はありますが、そこは問題ではありません。むしろ、デセオの街を歩かなければならない事の方が問題となります」
そっちが問題なのか。
いや、デセオの人達からすれば、スラムの人達は帝王や貴族が国にとって不要と断じた上で棄民として扱ってるし、一般人でも棄民相手なら何をしても構わないっていう悪法がまかり通っているから、出来る事なら表を歩くのは避けたいって考えるのは当然だな。
「なるほど。ですがその点に関しては、派遣されているセイバーやオーダーも違法であると伝えていますし、それでも手を出す者は取り締まっています。さらにソルジャーズギルドへ登録すると、取り締まる側になりますよ?」
「存じております。ですからソルジャーズギルドへの登録は、その点を理解している者のみにさせて頂きたく思います」
なるほど、変に鬱屈した奴がソルジャーズギルドに登録してしまったら、恨み返しって事で何をするか分からない。
当然それも違法だから、ソルジャーズギルドを除名の上で犯罪奴隷に落とされる事になる。
それはそれで問題でしかないから、事前にしっかりと通達して、その上で理解を示した者のみをソルジャーズギルドに登録して、他は別のギルドにって事か。
「その選別はお任せします。ですが登録した以上は、不正を見逃すわけにはいきません」
「無論です」
理解が早くて助かるな。
だけどこれはアクィラさんだからこそであって、他のソレムネ軍人がどう思うかは別問題なんだよな。
いや、ギルドに登録しても
ギルドに登録しても
特にヒーラーズギルドは。
「そちらに関しては、ラインハルト陛下との会談で決める事になるでしょう。ですがギルドへの登録は、民の戸籍登録という意味でも必要になります。ですから
「そんな意味があったのですね。でしたらその点も踏まえて、必ず説明を致します」
俺も知らなかったな。
だけどアミスターじゃ、子供以外は全員がギルドに登録しているし、登録した支部も記されてるから、確かに少し調べれば戸籍としても管理が出来る。
ハンターやトレーダーは行動範囲が他国にまで渡る事が多いから厳しいが、街に腰を落ち着ける事が多いクラフター、バトラーは把握しやすいし、ヒーラーに至ってはエクストラ・ヒーリングを使えるAランクヒーラーを移動させるって話もあったな。
「それからソルジャーズギルドに登録した以上、あなたもソルジャーとして働いて頂く事になります。ですがソルジャーも、今は帝王城に仮説支部を用意している状態ですから、毎日とは言いませんが、数日おきに来て頂く必要があります。問題はありませんか?」
「問題ございません。ですが毎日登城するつもりでいましたが、数日おきでよろしいのですか?」
「その点に関しては、デルフィナ卿に説明して頂いた方が良いでしょう」
そう言ってヒルデは、デルフィナさんに話を振る。
「はい。支部がないため、ソルジャーズマスターは部隊長としての権限を有します。そして部隊長とは、数十人程のソルジャーを率いる者を指します。このスラムから何名がソルジャー登録をするかは分かりませんが、多くても10名程度でしょう。違いますか?」
「全員登録となれば50人は超えるが、実際にとなればそのぐらいだろうな」
「ソルジャーにはスラムを含めてデセオの治安維持を命じる事になりますが、ソルジャーズマスターは4名ですから、デセオを東西南北で区分けし、ソルジャーも振り分ける事になります。だいたい50名ずつですね」
「なるほど、確かに部隊長だな。その上にグランド・ソルジャーズマスターであるデルフィナ卿がいるというワケか」
「もう1人、この場には来ていませんがアソシエイト・ソルジャーズマスターがいます」
本来ならソルジャーズマスターは支部長になるが、他の街に派遣する余裕はない。
だから全ソルジャーがデセオにいるんだが、アクィラさんがソルジャーズマスターとしてデセオの治安維持任務に就き、部下やソレムネ軍がソルジャー登録をするようになれば、近隣の街へ派遣出来るようになる。
だからアクィラさんは、当面はスラムの治安維持を続けてもらい、登城した際にはソルジャーズマスターとしての仕事を覚えてもらうって訳か。
「なるほど、だから数日おきで構わないのか。それにしても、本当に私をソルジャーズマスターとして登録しても構わないのか?」
「構いません。もしあなたが反乱を企てたとしたら、それは私に見る目が無かったという事になります。万に一つもない可能性ですが、その場合は私が、責任をもって鎮圧させて頂きます」
デルフィナさんの言葉に冷汗を流すアクィラさんだが、エンシェントオーガ自ら鎮圧に乗り出す宣言を受けたんだから、その気が無くてもビビるよな。
「そんな愚挙を起こす気は毛頭ないが、部下達にはしっかりと伝えておこう」
「ええ、お願いします」
「それでは長居しましたが、本日はお暇させて頂きます。あなたの登録ですが、部下の方と同時に行います。お手数ではありますが、あなたの都合のよろしい日に登城して頂くか、こちらから伺う事になりますがよろしいですか?」
「かしこまりました。なるべく早く皆に説明し、登録に伺わせて頂きます」
「お待ちしています」
これで話は終わりか。
俺達はアクィラさんに見送られて、屋敷を後にした。
「聞いていた通りの御仁でしたね」
「はい。棄民として蔑まれていたためか、帝王家や帝国への忠誠心はありません。ですが棄民達からは慕われており、アクィラ殿も心が救われていると言っていました。全てを抱え込む御仁ではありませんが、抱え込まざるを得ない状況も少なくなかったでしょう」
アクィラさんが棄民とされてしまったのは、オスクレイドが帝王として即位し、トラレンシアに宣戦布告を行った後だ。
迷宮氾濫や異常種、災害種の出現っていう国難を、カズシさん、エリエール様に救ってもらったってのに、その2人が亡くなると同時に宣戦布告なんていうふざけた事を仕出かした帝王に諫言したら、そのまま軍を馘になり、財産まで奪われ、付き従ってくれた部下と共に棄民として追い出されたそうだ。
だからアクィラさんは、帝王家への忠誠は捨て去っている。
その後は数年程ソレムネを彷徨ったそうだが、オスクレイドが即位してからはどこの街も治安が悪くなり、横暴な貴族や兵が増え、比例するかのように棄民まで増えていった。
さらにスラム住人も棄民として扱われ始め、帝王の口から法の外の存在として断じられてしまったもんだから、棄民が反乱を起こした事まであったようだ。
もっとも武器どころか食べる物にも困っていた棄民の反乱は、ソレムネ軍からすれば大した問題じゃなかったようで、男女問わず慰みものとなった上で虐殺されたって話だ。
アクィラさんがデセオに戻ったのは、その直後になる。
同じ国に生を受けたはずなのに、一方は笑いながら犯し殺し、一方は失った表情で犯され殺される。
その様を見たアクィラさんは、単身でソレムネ軍を相手取り、スラムをデセオから切り離す事になったそうだ。
その後スラムにあった屋敷に居を移したアクィラさんは、所有していた魔導具を用い、スラムの衛生環境を整え、足りなければ部下達に購入してくるように命じ、自分はデセオから動かなくなった。
動けば帝王が何をしてくるか分からなかったんだから、これは仕方ない。
だが帝王からすれば、棄民風情が逆らったとしか見えない。
だから次はデセオ駐留軍を集め、その次は国中から精鋭を集めてアクィラさんの首を取る為にスラムを攻めたんだが、アクィラさんはそれらを全て退け、最終的には帝王城に忍び込み、帝王の自室にまで辿り着いた。
それ以降、スラムが攻められる事はなかった。
だけど彷徨っていた数年も含めると、20年近くもソレムネという国を相手に戦っていた事になるから、アクィラさんの心は徐々に疲弊してきていたらしい。
それを救ってくれたのが、自分が助けたスラムの人達、特に子供達だったそうだ。
今日は俺達が訪ねるからって事で子供達はいなかったが、普段は子供達に勉強や戦いを教える生活を送っていて、子供達からも慕われているみたいだ。
初めてアクィラさんと会った際、ダーヴィドさんは子供達に連れて行かないでって泣きながら囲まれたと苦笑していたぐらいだ。
「あれは参った。囲んできたのがゴロツキどもなら何の遠慮もいらないんだが、子供達に泣きながら迫られるなんて、どうしたらいいか分からなかったよ」
なんて言ってたが、そんな状況に遭遇したら、俺もどうしていいのか分からずに狼狽える事しか出来ないだろうな。
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