鎮圧を終えて

Side・ラウス


 反乱軍の鎮圧は無事に終わった。

 観戦させるために連れてきた貴族、先日ソルジャーズマスターとして登録したスラムの主の元将軍アクィラさんは、信じられないものを見る目だったけど、エンシェントクラスの実力を目の当たりにしたら普通はこうなるよね。

 貴族達なんて、護衛と一緒に大きく口を開けたまま固まってるよ。


「まさか……エンシェントクラスがあそこまでの力を持っていたとは……」

「あれでも本気じゃないですよぉ?」

「そうですね。本気を出していれば、多分数分で終わっていたでしょう。いえ、大和さんやプリムさんなら10数秒、真子さんに至っては一瞬かもしれませんね」


 未だに衝撃から抜け出せないアクィラさんに、レベッカとキャロルさんが追い打ちをかける。

 実際キャロルさんの言う通り、大和さんとプリムさんなら、本当に10秒ぐらいで壊滅させる事が出来るかもしれないし、真子さんは大和さん以上に広域系っていう刻印術を使いこなせるから、本当に一瞬で殲滅させられるんだろうなぁ。


「あれでも本気では……。いや、終焉種すら屠る事が出来たという話だし、それぐらいは出来るのか」

「信じてないワケじゃないんですよねぇ?」

「それはな。そもそも連合軍がデセオに入る際、アントリオン・エンプレスの死体を見せ付けながら入ってきただろう?」

「はい。反抗的な意思を挫く事が目的でした。ですが1ヶ月近く経ちますから、兵はもちろん、民達からの記憶からも薄れてきているようですね」


 先月ソレムネ軍とアントリオンの群れを同時に撃破したアミスター・トラレンシア連合軍は、アントリオンの群れを率いていたアントリオン・エンプレスも討伐に成功している。

 実際に討伐したのは大和さん、プリムさん、ファルコンズ・ビークのリーダー エルさんの3人だけど、エルさんも大きな戦力になっていたから、合金と高ランクモンスターの武具を用いたエンシェントクラスなら、数人で当たれば終焉種も倒せるんじゃないかって考えられ始めたんだ。

 その終焉種アントリオン・エンプレスの死体は、デセオに入る際にラインハルト陛下とヒルデ様が乗っていた、ウイング・クレストの天樹製多機能獣車の後部デッキに乗せていたから、デセオの人達もアントリオン・エンプレスが討伐された事は知ってるはず。


「そうだろうな。アントリオン・エンプレスは長年プライア砂漠に君臨し、代々の帝王を悩ませ続けていたソレムネ最大の障害だった。その障害を、万を超えるソレムネ軍と同時に片付けてしまうような相手を敵に回すなど、自殺行為となんら変わらない。私も死体はこの目で見たし、だからこそスラムからの手出しは厳禁と厳命したぐらいだ」


 ああ、だからスラムの人達は、最初から連合軍に協力的だったのか。

 でもそれじゃあなんで、デセオの人達はアントリオン・エンプレスっていう終焉種の存在を忘れかけてるんだろ?


「簡単だ。アントリオン・エンプレスは既に討伐されている。だが連合軍は、今もこの国を変えるためにデセオに陣取っている。もちろんそれはこの国の為になる事なんだが、民草にとっては今までの生活ばかりか待遇まで大きく変わる事になり、大なり小なり不安を感じているだろう。しかも、今までは棄民として扱っていた者達と同等に扱われるばかりか、下手をしたら配下として使われる事になるんだ。下らなすぎるプライドを持ってる連中からすれば、既に死んだ終焉種の事などよりよっぽど大問題だ」


 そういう事なのか。

 実際デセオの人達も、まだ10数人程度だけど、ギルドに登録する人は出始めている。

 だけど協会魔法ギルドマジックを使えたのは、予想通りスラムの人達だけだった。

 協会魔法ギルドマジックの事は事前に説明してるんだけど、それでも話と違うって暴れ出す人もいたから、それもプライドを刺激したって事になるのかな?


「それもあったな。そもそもソレムネの民が協会魔法ギルドマジックを始めとした天与魔法オラクルマジックを使えない理由は、帝王がプリスターズギルドを廃し、神々の存在を貶めたからだ。民達もそれを当然として受け入れ、今の今までロクに祈った事もない。祈るとしたら、帝王にだったな」


 ヘリオスオーブの神になる、とか意味不明な事を口走ってたらしいよね。

 頭が悪いとか、そういう次元の話じゃないよ。

 だけどソレムネは、神々じゃなくて帝王を敬い、まるで神のように接する国だったそうだから、普段は何もしてくれない神々よりも、常に帝王城に座してる帝王に祈りを捧げるのは当然だっていう考えだったんだ。


「その時点で、天与魔法オラクルマジックを使える条件には当てはまりませんね。天与魔法オラクルマジックは神々から授けられた魔法ですから、神々を信仰していなければ使えません。事実レティセンシアも、グラーディア大陸で信仰されているアバリシア正教に改宗したために、天与魔法オラクルマジックは使えなくなっていますから」

「そうらしいな。信仰の対象が討たれ、今まで見向きもしていなかった神々に祈りもせずに天与魔法オラクルマジックだけを要求し、いざギルドに登録して使えないと分かると喚き散らすなど、筋違にも程がある話だ。いずれはレティセンシアも併合するのだろうが、この国と同じ事を問題にしてくるのは目に見えているな」


 アクィラさんから見ても、デセオの人達は自分に都合が悪い話は受け入れられないって事なのか。


「それも連邦天帝国樹立宣言が行われれば、少しは改善されるんじゃないかしら?」

「ティリアさん、どうしてですか?」

「国の特徴は、宝樹が影響してるって言われてるでしょう?そして宝樹は、国境が変わった場合は上位の国からの影響を強く受けて、それを近隣の地域にも広めていく。連邦天帝国の樹立は天樹のあるアミスターが中心となるから、最も強い影響力を発揮するのは天樹になるはずよ」

「なるほど、ではソレムネに限らず、連邦天帝国に参加する国や地域は、少なからず天樹の、アミスターの影響を受ける事になるんですね」

「多分だけどね。だけど国境線が変わった結果、国風まで変わったって話は結構あるから、樹立宣言後は多少なりとも改善されると思っても良いと思うわ」


 アクィラさんと同じオフィサー・ソルジャーズコートを纏っているアソシエイト・ソルジャーズマスターのティリアさんが、話に入ってきて説明してくれた。

 そういえば前に、そんな話を聞いた覚えがあるな。


「じゃあソレムネにある宝樹は、そんな性格になるような影響力があるって事なんですか?」

「まさか。宝樹はフィリアス大陸を支える柱とも言われている、神々からの授かりものだ。だから多分、代々の帝王の政策で傲慢になった国民の影響を受けて、それが国中に広まったんじゃないかな?」


 そういう事になるのか。

 もっとも宝樹はもちろん、天樹についても分かってる事は少ないから、あくまでも予想でしかないんだって。


「それではデセオに帰還します。帰還後はバトラーに、簡単な晩餐会を開くと伝えて下さい」

「はっ」

「それからアクィラ卿、此度の反乱で延期になっていた国際会議サミットですが、数日中には開催日が決まるでしょう。その際あなたも、ヴィンセントと共に同行をお願いします」

「わ、私も、ですか?」

「はい。聞けばあなたは、一度も国外に出た事がないそうですね。でしたら尚の事、フィリアス大陸最大の都市であるフロートを見ておくべきですよ」


 そういえば国際会議サミットって、本当なら昨日開催される予定だったんだっけ。

 だけどソレムネで反乱軍が組織され、進軍まで確認されたもんだから、ヒルデ様はそっちの対処を優先せざるを得なくなってしまって、仕方なく国際会議サミットそのものが延期されたんだよ。

 この後でラインハルト陛下に報告しなきゃいけないけど、ラインハルト陛下も反乱軍の鎮圧は前提の上で予定を組んでるはずだから、すぐに次の開催日が決まるんじゃないかと思う。


「ありがとうございます。喜んで同行させて頂きます」


 アクィラさんはソレムネで最初に登録したソルジャーだし、今までの実績からソルジャーズマスターにもなっている。

 大和さんが作った試作通信具で報告はしてるけど直接会ってはいないから、国際会議サミットっていう丁度良い機会に全ての国に紹介するのは良い事だよね。

 とはいえ、俺達は不参加なんだけどさ。

 王女様や侯爵様が参加してるユニオンだけど、ハンター主体のユニオンだから政治の話はご免だ。

 大和さんどころかマナ様だってそう言ってるし、しばらくはソレムネにかかりっ切りだったから、少しはゆっくりしたいんだよ。

 いや、もちろん協力もするけどさ。


Side・ユーリ


 反乱軍を鎮圧した日の夜、観戦に参加させた貴族との晩餐会が催されました。

 ですがヒルデお姉様はもちろん、私やお姉様がアミスターの王女だと知った貴族達は、私達との縁を手に入れようと必死になり、婿になろうと話しかけてくる者が多くて辟易としました。

 私達が大和様と結婚、あるいは婚約していると分かってからは、その大和様に娘や妹を妻として送り込もうと考えていたようですね。

 当然ですがそれらのお話は全てお断りし、しつこい者は大和様が威圧していますから、今後はこのような些事も減るでしょう。

 その辟易とした晩餐会が終わり、今はヒルデお姉様が試作通信機越しに、お兄様に報告を行っている所です。


「では次の国際会議サミットは、3日後なのですね?」

「そうだ。延期になってしまったが、そのおかげで橋上都市の代表は全員が参加出来るそうだから、明日からレックス達は大忙しだよ」

「トラベリングが使えるからこそ、短期間での開催が可能になっていますからね」


 次の国際会議サミットは3日後、さらに橋上都市の代表も全員が参加ですか。

 バリエンテの王爵や公爵も参加されるそうですから、3回目にして早くも連邦天帝国参加国の君主が揃うワケですね。

 迎えに行くのは、当然のようにトラベリングを使える者になります。

 エンシェントオーダーはレックス、ローズマリー、ミューズ、ミランダしかいませんから、4人には大変でしょう。

 お兄様とマルカお義姉様もエンシェントクラスに進化した際、大和様のマルチ・エッジのサポートを受けて習得していますが、さすがに一国の王が迎えに行くワケにはいきませんし、マルカお義姉様は妊娠されているのですから、そもそも論外です。


「公爵といえば、アミスターのテュルキス公爵家とモントシュタイン公爵家は独立なさらないのですか?」

「次回の国際会議サミットの議題でもあるから、お2人も参加されるよ。私としては独立してもらいたいんだが、アミスターの悪習であまり領地運営には乗り気ではないからな。国家運営など、死んでもご免だと言われたよ」


 苦笑されるお兄様ですが、確かにこれはアミスターの悪習ですね。

 アミスターの領主達はギルドでの活動に重きを置いていますから、後嗣が成人すると同時に家督を譲る者は後を絶ちません。

 もちろん領主や当主を務めている間は真面目に、そして堅実に仕事をこなしていますよ。

 テュルキス公爵とモントシュタイン公爵も同様なのですが、公爵家は私達の次に王位継承権を有している家でもあります。

 ですから国政に関わる事も多く、さらに領地経営まで行っているのですから、現当主であるセシリア・テュルキス公爵とアルジャン・モントシュタイン公爵は早く家督を譲って引退したがっているのです。


「ですがアミスターの公爵なのですから、王位継承権は発生しますし、無縁というワケにはいかないでしょう」

「そうだな」


 テュルキス公爵家、モントシュタイン公爵家、共にアミスターの公爵家ですから、当然のように王位継承権は保持する事になります。

 家格的にはテュルキス公爵家の方が継承順位は高いのですが、後嗣は全て女性ですから、男性の後嗣を有しているモントシュタイン公爵家の長男の継承順位は高く、王位を継ぐ事も不可能ではない順位だったりします。

 天帝位についても次回の議題になるそうですから、結果によってはモントシュタイン公爵家の長男は私の次になる可能性も否定出来ません。


「その国際会議サミットだが、本当にマナは参加しないのか?」

「その内容じゃ、王位継承権を放棄してる私が参加しても意味はないでしょうからね。ユーリは継承権一位だけど、お兄様はエンシェントエルフに進化したんだから、ハイクラスの刺客を差し向けられたとしてもどうとでも出来るでしょう?」

「レストが10歳になれば、継承順位は入れ替わりますしね」


 天帝位について問題になっているのは、次代の天帝です。

 現在は私がアミスターの王位継承権第一位ですが、お兄様が天帝として即位されても継承権に関してはそのまま引き継がれるでしょう。

 その際にモントシュタイン公爵家の長男がどうなるかで私より下の方は順位が大きく入れ替わる可能性がありますが、それもお兄様の長男であるレスハイト・レイ・アミスターが10歳になり、正式に王位継承権を与えられ、王太子となれば丸く収まります。

 成人するまでは即位出来ませんし、成人してすぐに王位を継ぐのも問題ですから、実際に王位を継ぐのは22,3歳頃になるでしょうか。


「確かにエンシェントクラスでもなければ、今の私を害する事は難しいか。まさかそれも見越して、私を進化させたんじゃないだろうな?」

「そこは国際会議サミットに参加する方々に聞いてよ。私達だって驚いたんだから」


 エンシェントエルフに進化した事で、そこらの魔物はもちろん、ハイクラスであってもお兄様を害する事はほとんど出来なくなりました。

 ですから天帝として即位した瞬間に暗殺される危険性も大きく減りましたし、ご病気に罹られる可能性も限りなくゼロになっています。

 ですから次代の天帝となるレスハイトへの譲位も、滞りなく行えるでしょう。

 継承権に名を連ねる者が少ないのは問題ですが、これはアミスターが考えるべき事案ですから、参加されるお歴々もそこまで言ってくる事はないと思います。

 ですから私達は、明日からアルカでのんびりと休暇を楽しみ、しばらくしたらまたクラテル迷宮にでも行くのも良いですね。

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