予想外の大捕物

 通信具の説明を終え、ラインハルト陛下に1番機を、ヒルデにも2番機を渡した。

 さらにラインハルト陛下からは、1通の書状が手渡された。

 その書状を持って準備をしてから、俺達は旧トライアル王爵領にあるフィーナ達姉妹の故郷、ロリエ村に向かった。

 とはいえ気分を害するだろうから、フィーナ、フィアナ、レイナ姉妹は連れて来てないが。

 今回は素性を隠すつもりはないから、天樹製獣車で乗り込むぞ。


「と、止まれ!な、なんだ、貴様らは!」

「お早いお出ましだな」


 ロリエ村に到着すると、早速村長が姿を見せた。

 まあこんな獣車なんて見た事ないだろうから、何事かと思って慌てるのは仕方がないか。


「ダスク達を連れ去った盗賊か!懲りずにまた村の誰かを連れ去るつもりか!?」


 俺達の事は覚えてたみたいだが、こいつの中じゃ俺達は盗賊扱いなのかよ。


「盗人が吠えるんじゃねえよ」


 人の事をどうこう言う前に、まずは自分の行いを振り返れと思う。


「黙れ!二度とあのような事がないよう、既にこの村には貴族様が兵を派遣してくださっているのだ!盗賊風情が貴族様に、しかも我がバリエンテの宰相、シュトレヒハイト・フライハイト様に逆らうなど、愚の骨頂だ!」

「シュトレヒハイトだと?」


 ここで予想外の名前が出てきたな。

 シュトレヒハイト・フライハイトはバリエンテの宰相で、フライハイト王爵領の領主でもある。

 だがソレムネに与した反逆者って事で、バリエンテどころか他国にも指名手配されているから、既に何の権力もないはずだ。

 そのシュトレヒハイトが、ロリエ村にいるのか?


「へえ。まさかこの村は、反逆者を匿ってるって事なのかしら?あの男が何をしたのかは、他国にも広まってるわよ?」

「シュトレヒハイト様が、そのような事をするはずがない!獣王にとって邪魔になったからこそ、命を狙われているのだ!ハイドランシア公爵のようにな!」


 騙されてるっていうより、シュトレヒハイトの部下って感じの物言いだな。

 そういやここの領主だったギルファ・トライアルはシュトレヒハイトと組んでいた訳だから、その辺の情報操作ぐらいはやっててもおかしくはないか。


「1つだけ聞くわ。この村では奴隷が忌避されているけど、もしかしてそれは、シュトレヒハイトの政策?」

「当然だ。家族を売り払い、その金で生活するなど、人として許されざる行為だ」

「だからって、その金を奪ってもいい理由にはならないけどな」

「言ったろう?家族を売った金で生活するなど、許される事ではないとな。だからこそその金は、村に還元しただけだ」


 ここでもシュトレヒハイトか。

 ここはフライハイト王爵領に近いって訳じゃないが、周囲は森に囲われてるし、トライアルまではそれなりの距離がある。

 だから万が一の際の隠れ家として、この村を確保して、自分の都合の良いように支配していたって事になるか?


「って事は、ここにシュトレヒハイトがいるって事だな?」

「ふん。盗賊風情が知った所で、何が出来るわけでもなかろう?」


 確定か。

 予想外の事態になったが、後で村中を調べないといけなくなったな。


「面白い事を言うわね。だけどね、この2人を前にしても、同じ事が言えるのかしら?」


 意地の悪い笑みを浮かべるマナだが、俺も同じ顔をしてるだろうな。

 獣車の扉を開けると、2人の男女が下りてきた。


「ふん!誰だか知らんが、そのような連中を連れてきた所で、何が変わる訳でもあるまい?」


 だけど村長は、その2人を見ても嘲笑するだけだった。

 逆にすげえと思うぞ。


「まさかバリエンテに、このような村があったとはな」

「聞いてはいたけど、本当にクズね」


 そう言って2人は、村長に向かってライセンスを突き付けた。


「エ、エンシェントフォクシー!?しかもハイドランシア公爵の!しかもこちらは……獣王陛下!?」

「あたしはともかく、ギムノス陛下の顔も知らないとはね。いえ、それは仕方ないのかもしれないけど、知らなったで済まされる問題じゃないわよ?」

「然り」


 まさか獣王陛下御自ら、こんな村に足を運ぶなんて思わないだろうからな。

 俺達だってギムノス獣王がついてくるって言い出した時は、どうしようかと思ったし。

 さらにマナもライセンスを用意して、絶望している村長に投げつけてるな。


「アミスターの……王女殿下!?」

「思ってもいなかったでしょうけど、先に手を出してきたのはそっちでしょう?今だって獣王陛下に反旗を翻すような発言をしてたんだから、何を言ってもあなたが処罰されることは変わらないわ。余罪もあるだろうから、しっかりと取り調べを受けなさい。ああ、取り調べに関しては、村人全員が対象になるわよ」


 取り調べの結果によっては、村人は罰を受けずに済むかもしれないが、それでもロリエ村はシュトレヒハイトが隠れている村だから、そのままって訳にはいかないだろう。

 どうするかはギムノス獣王次第だが。


「この者を捕らえよ。村人もこの場に集める必要があるが、手荒く扱う事は禁ずる」

「「「はっ!」」」


 ギムノス獣王の命令を受けて、天樹製獣車に乗り込んでいた近衛獣騎士達が姿を現した。

 獣王自ら乗り込んでくるんだから、護衛の近衛獣騎士を連れてこない訳がない。

 さすがにシュトレヒハイトがいるとは思わなかったが、それでも捕物になるとは思ってたから、プリムとマナがギムノス獣王を連れてセントロまで飛んでくれたから、20人もいるし。


「陛下、私は……」

「うむ、好きにするがよい。まさかこのような村に、シュトレヒハイトが隠れていようとはな」

「想定外でしたね。ですがここで始末をつけられる訳ですから、バリエンテとしては好都合です」


 プリムを見送りながら近衛獣騎士を率いている女性ハイウルフィー フェイト・ロータスさんが、ギムノス獣王に相槌を打つ。

 俺もプリムと一緒に、シュトレヒハイトを探すとするか。

 顔は知らんが貴族っぽい服装してるだろうし、見分けぐらいは出来るだろう。


「陛下、俺もシュトレヒハイトを探しに行きます」

「心得た。大丈夫だと思うが、無理はせぬように」

「はい」


 近衛獣騎士達は村人を集めているが、その顔には言いようもない不安が滲み出ている。

 こんなことになるとは思わなかっただろうが、それでも自業自得なんだから、諦めてしっかりと取り調べを受けろとしか言えない。

 さて、村人は近衛獣騎士に任せて、俺はシュトレヒハイトを探しに行くか。

 どこを探すかね?


Side・プリム


 ギムノス陛下の許可を得たあたしは、この村の外れにある一番大きな建物に足を踏み入れた。

 前回来た大和達も気付かなかったみたいだけど、巧妙に木々で隠しているし、フィアナの話じゃ大和達に連れ出される前に建設が始まったらしいから、それは仕方ないか。

 だけどほぼ間違いなく、ここがシュトレヒハイトの隠れ家ね。


「ふうん、まだ従ってる獣騎士がいたんだ」


 敷地に立ち入ると、完全武装した獣騎士達が姿を見せた。

 これは確定ね。

 先に結界魔法を使って、この屋敷から逃げられないように封鎖しておいた方が良さそうだわ。


「何奴だ?ここがさる高貴なお方の避暑地としっての狼藉か?」

「何が高貴なお方よ。ただの簒奪者、いえ、裏切り者じゃない。外には獣王陛下もお越しになられてるんだから、いい加減諦めなさいよ?」


 あたしの言葉に一瞬怯んだ獣騎士だけど、それでも剣は手放さないか。

 忠誠心が溢れる良い騎士なんだろうけど、その忠誠を誓ってる男はクズだから、勿体ないったらありゃしないわ。


「言っておくけど、時間稼ぎも無駄よ?あたしがその気になれば、この程度の屋敷はすぐに焼き尽くせるからね?」


 そう言ってからライセンスを投げつける。


「ハイドランシア公爵家の……!?」

「改めて問うわ。この屋敷の主は、シュトレヒハイト・フライハイトね?」

「……そうです」

「シュトレヒハイトが何をしたのか、あなた達も知ってるわよね?」

「存じております。その上で我らは、シュトレヒハイト様に従っています」


 嫌々従ってるワケじゃないけど、嬉々としてってワケでもなさそうね。

 それは生け捕りにしてから調べれば、理由も分かるでしょう。


「ならあたしが何をしたいのか、するつもりなのか、分かってるわよね?」

「……」


 返事は無しか。

 いえ、捕らえるか命を断つか、どちらかの判断が出来てないんでしょうね。

 あたしとしては屋敷ごと燃やしたいところだけど、こんなとこで燃やしたりなんかしたら、木々にも炎が燃え移って大惨事になりかねないわ。

 だからシュトレヒハイトは捕らえて、獣王陛下に差し出すつもりよ。

 生死不問って通達されてるけど、シュトレヒハイトの罪状は重すぎるから、セントロで公開処刑するべきでしょうからね。


「素直にシュトレヒハイトを連れて来れば、情状酌量の余地があるわよ?」

「……主君を売るなど、獣騎士の風上にも置けぬ愚行!この場は我らが命に代えても、あなたを食い止める!」


 そうくるか。

 見事な覚悟だけど、これじゃあたしの方が悪党っぽくないかしら?

 悪党に付き従っているから配下も悪党ってワケじゃないんでしょうけど、それでもやりにくいわね。


「その覚悟は見事ね。敬意を表して、命は取らないでおくわ。ああ、屋敷は勝手に探すから、案内は不要よ」


 アクセリングで加速したあたしは、気迫の籠った表情をしている獣騎士達に一撃を入れて、意識を奪った。

 ちょっと力を入れ過ぎた気もするからハイ・ヒーリングも使っておいたけど、生きてるわよね?

 息は……よし、ある。


「この屋敷は……屋根裏があるけど基本は2階建てか。地下室があるかは分からないけど、建てられたのが1年前って話だから、さすがに地下通路まではないでしょう」


 隠れ家だけあって情報は集めるように手配してるだろうけど、あたし達がここに来たのは偶然に近いから、いくらシュトレヒハイトでも何の準備も出来てないはず。

 それでも何があるか分からないから、あたしはマナリングをしっかりと纏わせ、屋敷に踏み込んだ。

 然程広くないけど、まずは2階からね。


「な、何奴だ!?」


 そう思ってたら、2階に続く階段の踊り場から、1人の男性リクシーの姿が見えた。

 やっぱりいたわね。


「久しぶりね、シュトレヒハイト・フライハイト?」

「何……プ、プリムローズ・ハイドランシア!?馬鹿な!何故ここに!?」

「あんたにはどうでもいい事よ。さあシュトレヒハイト、覚悟は出来てるかしら?」


 魔力全開のあたしを見て腰を抜かすシュトレヒハイト。

 その姿は、この国の宰相を務めていた男とはとても思えないわね。


「あんたの身柄は、獣王陛下に引き渡す。そこで取り調べを受けた後、公開処刑になるでしょう。愚かな野望の代償よ。しっかりと受け入れなさい」


 あたしは爆風の翼を纏って風を操り、シュトレヒハイトの体を浮かせた。

 大和やミーナみたいな念動魔法が使えたらもっと楽だったんだけど、残念ながらあたしに念動魔法は使えない。

 だから風属性魔法ウインドマジックでシュトレヒハイトの自由を奪ってから体を浮かせ、そのまま連行する。


「な、なんだ、この風は!?は、離せ、無礼者めが!」

「優しく運んであげてるだけでもありがたいと思いなさい。あたしにとって、あんたは父様の仇でしかないんだからね!」

「ぐ……がっ……!」


 いけない、いけない。

 思わず力が入っちゃって、風の勢いを強めちゃったわ。

 なんか左腕と左足が曲がっちゃいけない方向に曲がってるけど、これなら逃走も出来ないでしょうから、とりあえず良しとしておきましょう。


「ギムノス陛下からは、あんたの生死は不問と言われているし、ここで始末しても構わないっていう許可も貰っている。でもね、あんたのせいで死んだのは父様だけじゃない。だからこそ、あんたは人々の前で、公開処刑になるべきなのよ」


 このクズが野心を抱き、ソレムネという不倶戴天の敵国と手を結んだ事で、失われた命は多い。

 北のロッドピースと南とトライアルは壊滅的な被害を被ったし、西のオヴェストだって傷跡は深い。

 しかもバリエンテの森から調達した木材が蒸気戦列艦の燃料になっていたんだから、毎年のように兵を送られていたトラレンシアの被害も大きいし、リベルターなんて滅亡寸前にまで追い込まれてしまった。

 ハッキリ言って、この男の命だけじゃ贖い切れない大罪だわ。

 既にフライハイト王爵一族は国家反逆罪で捕らえられていて、後は処刑を待つばかりらしいけど、それでも足りないわね。

 だからせめて、この男の罪を国内外に知らしめるためにも、公開処刑ぐらいはしないとだわ。

 ここで会えるとは思わなかったけど、バリエンテの最大の障害もこれで消え去る事になるし、連邦天帝国としても余計な火種を持ち越さずに済んだから、結果的には助かったわね。


 後はこのロリエ村の処遇だけど、ギムノス陛下に対する不敬はもちろん、シュトレヒハイトに従ってたような言動をしているから、さすがに村長は処刑でしょう。

 他の村人は取り調べの結果次第だろうけど、無罪になるかは微妙なところね。

 だけど結果がどうあれ、ロリエ村は廃村にするしかないから、多分バジリウス家が治める事になる都市に移住になるんじゃないかしら?

 トライアルは再建が厳しいぐらい破壊されてるし、新しい小国の首都にするにはシュトレヒハイトやギルファの犯した罪が大きすぎるから、放棄して別の場所に都市を建設した方が良さそうだけどね。

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