通信具と翡翠騎士
第2回
ラインハルト陛下とサユリ様だ。
ラインハルト陛下には通信具が完成したって伝えたし、今天樹城には各国の要人がいるからアルカに来てもらって説明する予定だったんだが、サユリ様まで来るとは思わなかったな。
いや、サユリ様の王連街屋敷から来てる訳だから、ある意味じゃ当然か。
「これが通信具か」
「さすがに大きいわね。もう少し小さくは出来なかったの?」
「試作ですし、使ってる素材の問題もあるんで、それは無理でした」
Pランクモンスターどころか、異常種や災害種の素材に魔石まで使ってるからな。
家庭用電話機サイズになら出来たかもしれないが、その大きさだと音声はともかく映像がどうなるか分からなかったから、今回はあえて机サイズにしたっていう理由もある。
「ウォータースクリーンを使ったのか。水の後処理が大変だけど、そっちはどうなってるの?」
「タンクに貯めた水を使ってるだけですから、魔石を使って循環させてます。もし不足しても増やせるから、そこは特に心配してないですね」
ウォータースクリーンに使う水は、魔石に付与させた
零れる事も考えられるから
「ここにある番号は?」
「繋げたい通信具の番号です。対応してる魔石に触れながら魔力を流す事で、映像と音声の両方が繋がるようになってます」
「音声のみっていうのは無理なの?」
「さすがにそこまで調整は出来てませんよ。やってやれなくもないと思うけど、この大きさならあんまり意味もないと思いますし」
「それもそうね」
音声通話のみってのは、この試作じゃ上手く調整しないと厳しいと思うし、そんな意味も見出せなかったから、あえて無視したんだよな。
「1台はわたくしに貸して下さると仰いますが、本当によろしいのですか?」
「もちろん。そもそもこの通信具は、ソレムネとの戦争で使えるかもって思って作ったんだ。結局間に合わなかったが統治には使えるだろうから、今度は間に合うように頑張ったんだよ」
当然だがヒルデも来ていて、一緒に説明を受けている。
先にヒルデにとも思ったんだが、この通信具はソレムネに持っていく予定だから、アミスター国王より先にトラレンシア女王に報せるのも問題だと思って、今日まで説明は待ってもらっていたんだよ。
通信具を作ろうと思ったきっかけは、遠距離でも会話が出来れば便利だなっていう程度だった。
地球じゃそれが当たり前だからっていう理由もある。
だから最初の思案段階じゃ、戦争や統治に使うなんていう考えは無かったな。
「あと注意事項として、ストレージやインベントリに入ってると、受信出来ません」
「それは当然か。かといってソレムネで常設は厳しい。こちらから連絡があった場合、まずは送信を行い、受信できないようならエンシェントオーダーの誰かに直接頼む事にするしかなさそうだ」
「申し訳ありません、ライ兄様」
「いや、私の部屋か執務室に設置する分には問題ないからな。それにこちらから連絡するより、そちらからの連絡の方が多くなるだろうから、これでも大きな問題にはならないだろう」
エンシェントクラスは、ヒルデやラインハルト陛下、マルカ殿下も含めてトラベリングを習得している。
ラインハルト陛下とマルカ殿下はこないだ進化してから習得したんだが、例によって俺のマルチ・エッジに魔法付与のアシストを受けてだ。
宰相のラライナさんに、なんて魔法を教えたんだって怒られたな。
休暇になると狩りに出向く陛下達だが、トラベリングを習得した事で行動範囲が広がったから、ラライナさんにとっては頭が痛い事態だ。
さすがにラインハルト陛下も自嘲するとは思うが、この点に関してだけは信用できないって断言してたからな。
「それとルーカス、ライラの事ですが、白鷺殿が空いてるので、そこに住む事は問題ないって事になりました」
「そうか。通信具があれば必要なかったかもしれないが、既に2人には伝えてあるから助かったよ。アルカに住まいを移せるかは分からないと伝えてあるが、フロートに移動という話は通っているからな」
確かに通信具があれば、ルーカスとライラを連絡役にしなくても、アルカとの連絡は付けられる。
だけど俺達がアルカにいなかった場合、バトラーやホムンクルスじゃ対応できない話っていうのも出てくるかもしれないから、直接ここまで来て話してもらった方が助かるし、機密保持にも繋がる。
それにルーカスとライラは、派遣中は第1分隊に所属していて、その第1分隊はソレムネ進軍の際に俺達の獣車に同乗していたし、フィール出身って事もあって顔見知りだから、みんなとも仲が良い。
だから特に問題もなく、2人をアルカに迎え入れる事が決まっていたぞ。
「2人だと広すぎるかもしれませんけど、その内ルーカスは嫁が増えるだろうから、特に問題はないかと」
「アルカに住めるとは、羨ましい話だがな」
ルーカスもライラもフロートに移動になるが、同時に
公表されたのが昨日だが、同時に戦争に参加したオーダーへの褒賞としてハイクラスには騎爵位を、既に騎爵位を持ってるオーダーには
どこのギルドにもあるんだが、グランド・マスターにしか使えないライセンスのランクを変更するための魔法の
ウイング・クレストのオーダー ミーナとリカさん、ラウスも
「陛下の屋敷が完成したらゲート・ストーンを設置するんですから、それで我慢してくださいよ」
「分かってるさ」
退位した王が住まう屋敷は、天樹城内の王連街と呼ばれる地区に建てられている。
既にサユリ様の屋敷にはゲート・ストーンを設置してるんだが、サユリ様は天樹城どころかフロートにいない事の方が多いから、ラインハルト陛下も気軽にアルカに来られない。
だから自分の屋敷が完成したら、ゲート・ストーンを設置してほしいと言われている。
陛下はマナとユーリの兄だし、俺にとっても義兄って事になるから、完成したら設置予定だ。
「そういえば、先々代陛下って未だに会った事なかったな」
「え?そうなの?」
王連街で思い出したが、俺は先々代の陛下に会ったことが無かった。
サユリ様も意外だったようで、少し驚いてるな。
ああ、先々代陛下って、サユリ様の息子になるんだった。
「ええ。いつもタイミングが合わなくて、すれ違ってばかりみたいなんですよ」
俺が天樹城に行くタイミングは不定期だが、先々代陛下達はサユリ様以上に天樹城にいないそうだから、会えなくても不思議じゃないのかもしれないが。
「カイトったらもういい歳なんだから、そろそろ落ち着けばいいのに」
なんてことを口にするサユリ様だが、そういうサユリ様だって既に100歳を……
「何か?」
「何でもありません、申し訳ありませんでした!」
不躾な事を考えてたら、無茶苦茶殺気の籠った目で睨まれた!
普通に怖かったぞ!
「まあそれはともかく、祖父殿も80を超えてますからね。ハイクラスに進化してる訳ではないから、体力的にもかなり心配ですよ」
先々代のカイト・レイ・アミスター様って、80歳以上の高齢だったのか。
しかもノーマルクラスって事だから、かなりの老齢と言っても差し支えない。
既に奥さんの1人は亡くなっているらしいが、それでもトレーダーとして動いていたいって考えてるらしく、もう1人の元王妃様と一緒にアミスター中を駆け回ってるんだとさ。
「せめて行先だけでも教えてくれれば、こっちから訪ねて行けるんだけどね」
「トレーダーなんですから、商談とかなら予定は分かりやすいんでは?」
「普通ならそうなんだけど、私がフロートで孤児院を経営してるからなのか、各地の孤児院に寄付とか支援とかもしてるのよ。だから商談とかが終わったら、ふらっとどこかの町に立ち寄ってるの」
だから予定が分かりにくいのか。
カイト様はエルフらしいが、ノーマルクラスだから普通に老けてて、長老エルフみたいな風貌になってるってサユリ様が教えてくれた。
だから天樹城、せめてフロートで大人しく活動しておけと何度も言ってるそうなんだが、カイト様も奥さんのリリーナ様も頑として受け入れず、フロート以外の街の孤児院を巡ってるそうだ。
「孤児院に寄付とか支援をするのは、別に構わない。私も依頼で訪れた町の孤児院には、必ず寄付をしているからな。ただ祖父殿や祖母殿の場合、お歳がお歳だからな。無理も効かない体なのだから、大人しくしろとは言わないが、少しは自嘲して欲しいものだ」
ラインハルト陛下も苦笑しているが、陛下も孤児院に寄付してるのか。
アミスターの政策の一環として、孤児院にはかなり手厚い援助が行われている。
孤児達も好き好んで孤児になった訳じゃないし、中には高ランクハンターやオーダーになる子達も珍しくないから、王家が率先して支援を行う事で、国内で活躍してもらいたいっていう願いも含まれてるそうだ。
これはサユリ様以前から続けられていた伝統みたいなもので、代々の国王は私財を孤児院の援助に使っていると教えてくれた。
ラインハルト陛下やサユリ様もその伝統に則って孤児院の支援をしているんだが、サユリ様が直接経営しているフロートの孤児院は、一度破産というか、経営難に陥った事があるらしい。
といっても管理していた貴族が、代替わりでバカ息子が当主になった結果、孤児院への援助金を使い尽くし、それを隠して孤児達の虐待まで行ってたらしいから、マジでそいつはバカ息子だって言ってもいいだろう。
孤児院に直接王家が支援を行ってる事は有名だから、よっぽどの馬鹿でもなければ孤児達に手を出す事はない。
なのにそのバカ息子は、悪びれもせずに手を出して、それをサユリ様に目撃されたもんだから、どうなったかは想像に難くない。
「ああ、その話、聞いてるんだ。あれはバカだったわねぇ。まさか私の顔を知らなかったなんて、思いもしなかったもの」
そう、さらにサユリ様の言う通り、サユリ様の顔も知らなかったらしいんだよ。
だからサユリ様を口説きもしたし、孤児達の虐待が見つかったら口を封じようとまでしてきたそうだから救えない。
丁度サヤさんを預ける直前だったらしいが、そのバカ息子は援助金の横領に孤児達への虐待を理由に貴族籍を剥奪され、犯罪奴隷として
王家に手を出そうとしたんだから、極刑になってもおかしくない案件だぞ。
その後でサユリ様がその孤児院を買い取って、しっかりと施設を整え、手厚い援助も行うようになったんだと。
「王家が孤児院に支援を行っている理由は、しっかりと教育を行うことで、スラムのような無法地帯を作らせないためでもある。衣食住が揃っていれば、後は教育が肝要だ。確か、衣食足りて礼節を知る、だったか?」
「ええ、地球の慣用句ね。広めたのはシンイチさんだけど、私もその通りだと思うわ」
ああ、そうか。
シンイチさんは200年近く前に転移してきてるし、確か教員志望の大学生だったって聞いてるから、教育の大切さは良く知ってるか。
そういやエスペランサにも、スラムは無かったな。
シンイチさんの教育の結果が、街並みにも現れてるって事なのか。
「となると、ますますスカラーズギルドを何とかしなきゃって思うなぁ」
「それは同感だが、どんなギルドにするかをもっと煮詰めないと、設立は出来ないだろう。なにせ総合学校というだけではなく、研究機関も併設しようというのだからな」
「ついでって訳じゃないけど、MARSもですねぇ」
「ああ、それもあったな……」
以前俺が提案した総合学校案は、スカラーズギルドとして結実しようとしている。
だがどこに学校を作るのかっていう問題もあるし、教育だけじゃなく研究機関にもしようとしてるから、予算の問題からも逃げられない。
そして俺が開発中の魔導具MARSも、総本部を含むいくつかの支部には設置したいと考えてるから、土地もかなり広く取る必要がある。
だからなかなか進展が見られないし、今は連邦天帝国設立に向けて全力投球っていう状況だから、さらにギルド設立は遅れそうだ。
「かといって、焦ってもロクな事にならないわよ?教育機関ともなると、しっかりと議論や検討を重ねないといけないんだから」
「ですねぇ」
それは分かってるんだが、ここまで話が進まないと、焦るって言うよりも焦れてくる。
だけど事が事だし、半ば俺の手を離れてるようなもんだから、俺が喚いてもどうにもならない。
仕方ないから、MARSの開発と調整に力を入れるとしますか。
いや、その前にロリエ村に行って、村長を捕まえて来ないとだな。
俺としては別にどうでもいいんだが、天帝の妹に剣を向けたわけだから、そこはしっかりと処罰を加えておかないと、別の意味で禍根になりかねないらしい。
これはラインハルト陛下だけじゃなく、ギムノス獣王にも言われた事だ。
政治の話は面倒だよなぁ。
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