ガグン大森林の終焉種

 ロリエ村での捕物は、俺達にとっても全く予想外のものだった。

 まさかシュトレヒハイト・フライハイトが、ロリエ村に隠れてたとは思わなかったぞ。

 以前来た時には屋敷みたいな建物は無かったんだが、何かを建ててる様子はあった。

 それがシュトレヒハイトの隠れ家だったとは、さすがに分からなかったし思いもしなかったな。

 教えてくれたフィアナも、何かを建てようとしているとしか認識してなかったし、父親のダスクさんは例によって参加出来なかったから、無理もない話だが。


「逆にそのおかげで、フィーナの家族が無関係だって証明されてるのは皮肉よね」

「ホントだよ」


 ロリエ村は、身内から奴隷が出る事を忌避している。

 家族を売った金での生活は人道に悖る、とかもっともらしい事を村長が言ってやがったが、その金を全て奪い取った奴が言っていいセリフじゃない。

 だからフィーナの家族は仕事どころか普段の生活にすら困る有様だったんだが、そんな村八分状態だからこそ、逆にシュトレヒハイトが関与しなかったという証明になっている。


「取り調べの結果如何では、子供達すらも犯罪奴隷となろう。それを心得よ」


 村人の処遇は、ギムノス陛下が直々に下す。

 なにせシュトレヒハイトを匿ってたんだから、それだけで国に反逆を企てていたと判断されても仕方がない状況だ。

 さらにマナに攻撃を加えたばかりか命を狙ってきたっていう事実もあるんだから、アミスターとの外交問題どころか国際会議サミットでも大きな問題として扱われるだろう。


「では陛下、ゲートを開きます」

「うむ」


 村人の取り調べは、セントロで行われる。

 これは当初の予定通りはあるんだが、本当は村長と他数人だけを連行するはずだったんだよ。

 だけどシュトレヒハイトがこの村にいた以上、村人の関与が疑われる。

 だから子供を含む全員の身柄をセントロに移し、しっかりと取り調べを行う必要がある。

 さすがに近衛獣騎士の数が足りないが、マナがトラベリングを使って伝令をセントロに連れて行き、応援も呼んできているぞ。

 その獣騎士達が、最初に縄を打たれた村長を連行してセントロに戻り、続いて村人達を連行していく。

 村長は罪人として扱われるが、村人達は取り調べの結果によっては釈放されるため、ある程度の家財を持ち出す事が許されている。

 とはいえ、しばらくは行動の自由もなく、罪人となる可能性も少なくないため、顔色はかなり悪い。

 子供達も同じだが、何人かは村長や親に軽蔑の視線を向けているし、罵ってる子もいるな。


「子供達は、村の様子に不安を感じていたか」

「仲の良かった子達が、身内から奴隷を出したというだけで蔑まれ、話しかける事すら禁じられていたそうですからね。しかもその子達が家族と共にロリエ村を出た後は互いに疑心暗鬼となり、村人同士での小競り合いが後を絶えなかったようですから、まともな感性をしていれば耐えられないでしょう」


 ギムノス陛下だけじゃなく、フェイトさんや獣騎士達も、子供達に向ける視線には憐みが宿っている。

 俺達がフィーナの家族を連れ出してから、今まで感情の捌け口になっていた者がいなくなったってことで、村人同士での諍いが増え、子供達も手を出される事が増えたそうだ。

 大人達はフィーナの家族への恨み言を口にしていたが、子供達はそんな大人達に嫌気がさしていたみたいだな。

 だから子供達は子供達で、村を出る事まで考えていたらしい。


「フェイトよ、セントロでは子供達を不用意に大人に接触させぬよう配慮せよ。また子供達への取り調べだが、高圧的にならぬよう留意する事も忘れるな」

「承知しております」


 子供達の事はギムノス陛下も考えてくれてるようだから、任せるのが正解だな。


「それでは陛下、セントロまでお送りします」

「感謝する」


 ロリエ村については、この場で廃村になる事が伝えられている。

 だけど建物を残しておくと、亜人や盗賊が住み付いたりして治安が悪化するから、取り壊されるらしい。

 村人の前で解体作業ってのは、やる方も気が削がれるし罪悪感が沸き起こる事もあるから、日を改めて獣騎士とクラフターが派遣されるんだそうだ。


「では村長は獣騎士団の詰所で取り調べを行った後、牢に。村人達だが、練兵場に仮説宿舎を用意し、当面は許可なく出歩く事を禁ずる」

「はっ、至急用意致します」


 セントロに到着すると、すぐにギムノス陛下がフェイトさんに指示を出した。

 村長が牢屋送りなのは分かるが、村人は仮説宿舎なのか。

 罪が確定したら、牢に入る事になるんだろうが。


「子供達だが、問題無ければ孤児院に預けよ。いずれはバジリウス家が治める地に移すが、当面はセントロで面倒を見るしかあるまい」

「そちらも手配致します」


 親が犯罪者って事になったら一緒には暮らせないし、これは仕方ないか。

 俺達がとも思わなくもないが、フィーナ達の気分を害するかもしれないし、子供達だって気まずい思いをするだろうから、やめておいた方がいいだろう。


「我らは王城に戻る。フェイトよ、後は任せる」

「はっ!」


 村人は獣騎士に任せて、俺達はセントロの中心部にある獣王城に向かう事になった。

 セントロに来たのは初めてだが、フロートやベスティアとあまり違いが見受けられないな。

 ハウラ大森林が近いから木造建築の割合が多いが、それぐらいか。


「セントロはバリエンテ最大の都市だけど、フロートやベスティア程大きくはないわよ。王爵領の領都と、そんなに変わらないんじゃないかしら?」

「然り。元々は6つの王国時代の王都故、規模としては大差はない。バリエンテ建国後に増築が成されているが、王都としての体裁は保っておる程度でしかない」


 なるほど。

 バリエンテは連合王国だから、セントロは王都じゃなく中央府と呼ばれている。

 これも連合結成時の名残で、未だにそう呼ばれているんだそうだ。


「ハウラ大森林が近いからなのか、商店とか民家とかは、ほとんどが木造なのね」

「バリエンテで石を用意しようと思ったら、アミスターからの輸入がほとんどだからね。その代わり上質な木材は格安で手に入るし、ガグン大森林は扶桑の森だから、そっちも手に入りやすいわよ」


 扶桑の森?

 聞いた事ないが、何なんだ、それは?


「初めて聞くけど、扶桑って木の名前なの?」

「ええ、そうよ。桜樹には劣るけど、ハイクラスの魔力じゃビクともしないわ。エンシェントクラスだと分からないけど、普通の木材よりは丈夫じゃないかしら?」


 そんな木があったのか。

 だけどガグン大森林でしか採れなさそうな感じだから、伐採もかなり大変なんじゃなかろうか?


「地球にも扶桑樹っていう巨木のお話はあるけど、ヘリオスオーブだと実在してるのね」

「そうなんですか?」

「ええ、私や大和君が住んでた国も、昔はそう名乗ってたはずよ」


 それは俺も知らなかった。

 確か扶桑略記っていう書物があるけど、あれってそういう事だったのか。


「それは興味深い話だな。ヘリオスオーブの扶桑も巨木と言えば巨木だが、宝樹程巨大になる事は稀だ」

「そうなんですか?」

「うむ。その内の1つの洞に、ガグン迷宮への入口があるのだ」


 それは興味あるな。

 ガグン迷宮は、ガグン大森林に入って1時間程の所にある。

 現在の到達階層は19階層らしいが、この辺りからPランクモンスターが出てくる上にアンデッド階層って事で、あまり下りたがるハンターがいないのが理由みたいだ。


「アンデッドか。草原地帯って話だからイスタント迷宮よりはマシでしょうけど、あたしはあんまり行きたくないわね」


 アンデッド階層と聞いて、プリムがとてもイヤそうな顔をした。

 イスタント迷宮第5階層は迷路っていう閉鎖空間で、さらに出てくる魔物がアンデッドだったから、俺も臭いで鼻が曲がるかと思ったんだが、エンシェントフォクシーのプリムはさらに大変そうだったからな。

 フラムが風属性魔法ウインドマジック奏上魔法デヴォートマジックデオドリングを融合魔法で融合させた天魔石を作ってくれなかったら、果たしてどうなった事か。


「だがガグン迷宮も、入るハンターが減ってきている。先日まで内乱を起こしていた故、やむを得ぬ話ではあるが」

「ああ、そっか。迷宮放逐や迷宮氾濫が起きるかもしれないんですね?」

「然様。既に迷宮放逐は起こっておるようで、ガグン大森林には生息していないはずの魔物も確認されたという報告がある」


 それはまた、面倒な話だな。

 ガグン大森林の扶桑の木は海の底から生えてるらしく、地面が存在していない。

 だから虫系魔物が多い上にほとんどがSランク以上、さらに場所によっては海の魔物まで出てくるそうだ。

 ガルムみたいな獣系魔物も生息しているが、こっちはGランク以上って言われてるからさらに面倒な話になるし、トドメとして宝樹には終焉種が巣食ってるっていう噂までありやがる。

 噂とは言うが終焉種がいるのは確定しているらしく、100年近く前にガグン迷宮に入ろうとしたハンターの多くが不意を打たれて攻撃を受けて、運良く逃げる事に成功した数名を除いて全滅したって話だな。


「確かハヌマーンだって言われてるけど、最後に目撃されたのって20年ぐらい前じゃなかったかしら?」

「それぐらいは経っていよう」


 ハヌマーンって、インド神話の猿神だったか?

 というか、何の魔物の最終進化系なんだ?


「ロック・コングよ。ガグン大森林には上位種のグランド・コングがいるんだけど、土属性魔法アースマジックで地面や木を揺らしてくるから、弓術士にとっては戦いにくい相手ね」

「マジか。というか地面を揺らされたりなんかしたら、弓術士どころか近接戦だって危険だろ」

「実際、それで命を落としたハンターも少なくないわね」


 地面を揺らすって、かなり面倒な相手だな。

 ロック・コングはBランクモンスターだから、地面を揺らしたとしても範囲は狭いし、高ランクハンターなら意にも介さない程度の揺れらしいが、戦う場所によってはハイクラスでさえ危険が伴う相手らしい。

 S-Uランクのグランド・コング、G-Rランクのシェイカー・コング、P-Iランクのクエイク・コング、M-Cランクのメガ・クエイクっていう感じで進化していくみたいだ。

 というかメガ・クエイクって、巨大地震かよ。


「その終焉種がハヌマーンなのね。という事は土属性魔法アースマジックはもちろん、地震攻撃もしてくるわね」

「しかも終焉種って事なら、他にも属性魔法グループマジックが使えるはずだ。使う魔法によっては、ガグン大森林じゃ無敵だぞ」


 水属性魔法アクアマジックも厄介だが、一番厄介なのは火属性魔法ファイアマジックだな。

 クエイク・コングの起こす地震でさえ、一撃で町が壊滅的な被害を被るそうだから、終焉種のハヌマーンなら地割れだって発生させるだろう。

 地割れが起こる程の揺れに加えて炎なんて事になったら、絶対に逃げられねえ。

 下手したら火山噴火に近い被害が出るんじゃないだろうか?

 救いがあるとしたら、ガグン大森林が海の上だって事だな。

 下手にそんな魔法を使おうものなら、自分だって巻き込まれるんだから、無事で済む訳がない。

 まあ、ハヌマーンが火属性魔法ファイアマジックを使えるかは知らんが。


「そこが問題なのよね。だけど私達が戦う事はないだろうから、そこまで考えても仕方ないんじゃない?」

「フラグっぽいが、確かにこっちから出向くか、もしくは向こうから出て来ない限りは、戦う事はないか」


 終焉種は基本的に、自らの縄張りから出て来ない。

 稀に気紛れで出てくる事はあるようだが、それも何十年に一度あるかないかだし、ハヌマーンは最初に目撃された100年前から、一度もガグン大森林を出てきた事がないって話だ。

 だからって今後も安心とは限らないから、ガグン大森林は常に警戒されているし、ガグン迷宮に入るハンターだって、余裕があればガグン大森林の奥まで偵察に行く事もある。

 必要以上に宝樹に近付かなければ襲ってくるような事もないらしいから出来る事だが、それでも宝樹まで辿り着けたハンターズレイドは、片手で数えられる程しかいないとか。

 ハヌマーンは平気でも、他の魔物は遠慮なく襲い掛かってくる訳だから、それは当然の話だ。

 ガグン大森林の宝樹には転移石板があるから、出来れば取りに行きたいんだが、ハヌマーンがそんな魔物だったとは知らなかったから、これは諦めるしかないかもしれない。

 行くにしても、もっとレベルを上げてからになるだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る