王の進化

Side・ミーナ


 本日はウイング・クレストの全メンバーに加え、ラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下、シエル様、そしてサユリ様をお連れし、クラテル迷宮にやってきています。

 理由は先日話に出ましたが、ラインハルト陛下にエンシェントエルフに進化していただくためです。

 本来なら妊娠が発覚したマルカ殿下はお留守番だったんですが、体調的には全く問題なく、言われるまで気付かなかったという理由もあって、本当にこれが最後という事で、サユリ様が同行する事と近接戦闘をしない事を条件に参加が認められてしまったんです。

 本人はすごく喜ばれていたんですが、護衛のために同行した兄さん、マリー義姉さん、ミューズ義姉さん、ミランダさん、デルフィナさんは何とも言えない顔をしていました。

 当初はロイヤル・オーダーと聞いていたのですが、まさかエンシェントオーダーが5人とも護衛につくとは思いませんでした。

 ですが場所が場所、事情が事情ですから、サユリ様が万が一すら起こり得ないように万全を期して手配されたそうで、ラインハルト陛下でもどうしようもなかったんだそうです。

 さらにフィールからも、私達との連絡役としてフロートに移動が決まったルーカスさんとライラも同行しています。


「ここが第3階層への階動陣がある火山か」

「聞いていた通り、完全に水の山だね」

「確かに凄いわね、これは」


 クラテル迷宮に入って4時間と少し、私達は瀑布の火山の前にいます。

 今回は調査でも攻略でもなく、ラインハルト陛下に進化していただく事が目的ですから、第1階層でも魔物を狩っていますし、第2階層も難易度の高い岩と溶岩の火山に下りました。

 そして第2階層も、狩りをしながら進んでいるんです。


「綺麗な水だけど、これって海水なのよね?」

「はい。ですから生息している魔物も、海の魔物ばかりです」


 瀑布の火山に生息している魔物は、サハギン、ウォーター・スパイダー、サンダー・スクイド、ランス・マーリン、モササウルスですね。


「ここにもサウルスがいるのかよ」

迷宮ダンジョンによっては珍しくないって話だけど、第2階層でGランクとか、普通に鬼畜過ぎない?」


 初めてサウルス種を見たルーカスさんとライラの顔が、少し恐怖で引き攣っています。

 サウルス種はドラゴンの一種ですし、個体によっては1つ上のランクに匹敵するという話も珍しくありません。


「Gランクならたまにあるらしいぞ。この迷宮ダンジョンで問題なのは、Pランクが出てきた事だな」

「そうなの?」

「ええ。岩と溶岩の火山に、P-Rランクのスピノサウルスがいたわ」


 第2階層でもGランクモンスターが出てくる迷宮ダンジョンはありますが、Pランクモンスターが出てきた事はありません。

 例外として異常種の存在が挙げられますが、それも滅多に現れません。

 異常種は滅多に生まれませんが、低階層の場合は生まれても1匹のみだそうですから、アライアンスを組む事が出来れば大抵は討伐出来ます。

 このクラテル迷宮が問題なのは、異常種ではなく希少種、それもサウルス種が出てきた事です。

 希少種はそれなりの頻度で生まれると言われていますから、またスピノサウルスが生まれてくるかもしれないんです。

 しかも1匹とは限らず、複数という可能性も十分にあり得ます。


「うわー、それは面倒だね」

「だからって攻略しない訳にはいかないから、時間が出来たら調査ぐらいはするつもりだけどな」

「大変だな、ハンターは」

「いや、他人事みたいに言ってるけど、あんた達もウイング・クレストに加入するんだから、調査には同行が決まってるわよ?」

「嘘っ!?」


 プリムさんの説明に驚くライラですが、残念ながらその通りです。

 しかもラインハルト陛下もご存知どころか、その陛下からのご依頼でもありますから、ライラばかりかルーカスさんも逃げ場はなかったりします。


「それは良いな」


 しかも次期グランド・オーダーズマスターとなる兄さんも、ルーカスさんとライラがウイング・クレストに加入する事に賛成しています。

 いえ、兄さんが賛成している理由は、さっさと自分のレベルを追い抜いてもらいたいからでしょうけど。


「いや、レックス。悪いが君も、場合によっては彼らと共に迷宮ダンジョンに入ってもらう事になるからな?」


 ですがその希望は、陛下御自らの発言によって打ち砕かれそうになっています。


「は?い、いえ、陛下?それはどういう事でしょうか?」

「簡単な事だ。エンシェントクラスに進化しそうなオーダーやセイバーは少なくない。それに今後の事もある。だから今の内に、高ランクモンスターの素材を確保しておきたいんだ。ハイクラスのコートは既存の素材が使われているから、進化してしまえば問題が出てくるからな」

「つ、つまり、既に高ランクモンスターの素材を使ったコートを着用している我々がやるしかないと?」

「デルフィナはグランド・ソルジャーズマスターに就任するし、さすがにグランド・オーダーズマスターとアソシエイト・オーダーズマスターが同時に迷宮ダンジョンに入るのは問題になるから、どちかがという事になるがな」


 ラインハルト陛下の発言に、兄さんは軽く絶望的な顔になっています。

 いえ、マリー義姉さんやミューズ義姉さんもですけど。

 兄さんが迷宮ダンジョンに入るとなると、妻であるマリー義姉さんやミューズ義姉さんが同行しますから、より安定感が増しますからね。


「そういった理由でしたら止むを得ませんね。頑張ってください、次期グランド・オーダーズマスター」


 対象的にミランダさんとデルフィナさんは、心からの安堵を浮かべています。

 デルフィナさんはグランド・ソルジャーズマスターに就任される予定ですから、真っ先に除外されます。

 ミランダさんは可能性が無いワケではありませんが、兄さん達に比べれば機会は減るでしょうから、それだけでも十分安堵に繋がるという事でしょうか。


「それはそれで、俺達としても楽になるんで歓迎しますが、オーダーズギルド的に大丈夫なんですか?」

「移動はトラベリングがあれば問題ないし、素材収集は立派な業務になるからな。それに合金のおかげで、ハイクラスでもPランク辺りまでは相手がしやすくなっている。いずれは素材に困る事も無くなるんじゃないかと思っているよ」


 なるほど、今だからこその問題だとお考えなのですね。

 確かに合金は広まってきていますし、アミスターでは多くの方が使っていると聞きます。

 ですが使いこなしているかは、微妙なところでしょう。

 特に高齢の方は、今までの戦い方が身に染みついていますから、簡単には矯正出来ません。

 アライアンスに参加された10のユニオンは、矯正出来なければ命を失うような戦いを経験されていますが、普通ならそのような危険性の高い戦いは避けます。

 試し斬りで命を落としてしまっては、何の意味もありませんから。


「それはありそうですね。っと、せいっ!」

「たあっ!」


 話の途中ですが、ティロサウルスが2匹現れたため、私のメイス・クエイクとフラムさんのタイダル・ブラスターで仕留めます。

 モササウルス種は群れないはずですから、2匹が同時に現れるのは珍しいですが。


「G-Uランクを一撃かよ……」

「ミーナ、フラムもだけど、いつの間にこんなに強く……」


 驚くルーカスさんとライラですが、私もフラムさんもやってしまったという思いでいっぱいです。


「も、申し訳ありません、陛下……」

「牽制のつもりだったのですが……」

「気にするな。確かに焦る気持ちが無い訳じゃないが、レベルも上がっているのだから、上手くすれば今日中には進化出来るだろう」


 今日の狩りの目的は、ラインハルト陛下にエンシェントエルフに進化してもらう事です。

 ですから陛下には、1匹でも多くの魔物と戦い、魔力を使って頂かなければなりません。

 なのに私達がその魔物を、しかも一撃で倒してしまえば、陛下が戦う事も魔力を使う事もできません。


「そうそう。ライが焦ってるとしたら、あたしのせいだからね」

「というか、なんでマルカの方が先に進化してるの?」

「これは私も想定外だったわね」


 少し焦っておられるラインハルト陛下ですが、その理由の1つに、マルカ殿下がエンシェントアルディリーに進化されてしまったという事実があります。

 第2階層での狩りの結果、ラインハルト陛下はレベル65に、マルカ殿下もレベル61になられているのですが、驚いた事にマルカ殿下は、近接戦闘を禁止されている事を逆手にとって、風属性魔法ウインドマジック雷属性魔法サンダーマジックを使った固有魔法スキルマジックを考案し、実践されていたんです。

 それがある程度形になったためなのか、レベル61になられると同時にエンシェントアルディリーへと進化されてしまったんです。

 確かにマルカ殿下も進化する可能性はあったのですが、妊娠が発覚した直後という事もあって、魔法による援護も抑えられると思っていましたから、本当に驚きました。


「否定は出来ないが、マルカも進化する可能性はあったからな。そこは素直に祝福しているよ。妊娠中に進化するとは思ってなかったがね」


 当然ラインハルト陛下も驚かれていたんですが、同時に祝福もされています。

 妊娠中に進化しても、お腹の子に影響がない事は判明しています。

 妊娠に気付かずに進化した女性は今も昔もそれなりにいますから、サユリ様も特に心配はされていないのですが、エンシェントクラスへの進化は初耳だったそうですから、念のために治癒魔法ヒーラーズマジックエグザミニングで、マルカ殿下のご様子を診られていました。


「マルカ様もですが、この分だとエリス様の進化も早そうですね」

「シエル様だって、遠くない内にハイクラスには進化出来ると思いますよ」


 何と言ったら、といったお顔をされているシエル様ですが、エリス殿下の仰るようにハイクラスへの進化は遠くない気がします。

 いえ、これからしばらくは戴冠式と同時に行われる陛下との結婚儀式に向けての準備で忙殺されるでしょうから、数ヶ月は先になるでしょうけど。


「また来たか。今度はサハギン……ん?なんかデカいな」

「ホントね。『クエスティング』。サハギン・プリンセスじゃない」


 展望席で見張りをしている大和さんとプリムさんが、今度はサハギンを数体確認されました。

 ですがどうやら、G-Iランクのサハギン・プリンセスが混じっているようです。

 私も確認しましたが、B-Uランクのコーラル・サハギンはもちろん、S-Rランクで長い槍を持つマーフォーク・サハギンもいますね。


「ほう、サハギン・プリンセスにマーフォーク・サハギンか」

「ランクだけならおかしくないけど、亜人の異常種って事を考えるとおかしいね」

「そ、そうなんですか?」


 真っ青な顔色をされたシエル様が、震えながらも気丈に口を開かれました。

 迷宮ダンジョンの亜人は1つ上のランク相当、異常種という事でさらに1つ上のランク相当になりますから、こちらに向かってきているサハギン・プリンセスはMランク相当の魔物という事になります。

 稀に異常種が生まれる可能性があるとはいえ、それでもPランク相当の魔物ばかりでしたから、第2階層という低階層という事を踏まえますと、あり得ないと言ってもいい魔物ですね。


「マーフォーク・サハギンは5匹、コーラル・サハギンも4匹か。コーラル・サハギンは全部狩るとして、マーフォーク・サハギンはどうする?」

「余裕があれば1匹くらいは倒したいが、さすがに厳しいか」

「サハギン・プリンセスだって、お兄様1人じゃ勝てないでしょ?」

「さすがにMランク相当の魔物を、ハイクラスが単独討伐は無理だ。援護は頼むが、私はサハギン・プリンセスに集中させてもらうとしよう」


 そうなりますよね。

 水棲亜人のサハギンですが、モササウルスと同じく地上に上がってきてもランクが落ちるような事はありません。

 同じ水棲亜人のセイレーンもですが、水辺で相手をするのは大変なんです。

 水に潜られるのはもちろん、水の中から一方的に攻撃してくる事も珍しくありませんから、場合によっては逃げるしか手が無い事だってあり得ます。

 しかもここは瀑布の火山という、周囲が水で覆われた火山ですから、サハギンにとって有利すぎる地形です。

 そんなサハギンの異常種の相手をするには合金製武器を持つハイクラスが、最低でも数人は必要になるでしょう。


「ではサハギン・プリンセスの攻撃は、私が引き受けます」

「すまないが頼む」


 どうやらサハギン・プリンセスの攻撃は、兄さんが受け持つようです。

 私や大和さん、真子さんと同じエンシェントヒューマンであり、剣は瑠璃色銀ルリイロカネのオーダーメイド、盾は翡翠色銀ヒスイロカネを使ったアイヴァー様お手製、そしてグリフォンの革を使用したアーク・オーダーズコートを纏っていますから、装備品が兄さんの魔力に負けるような事もなく、万全の状態で戦えます。

 その証拠に、兄さんはサハギン・プリンセスの攻撃を、完璧に防ぎ切りました。

 トドメはラインハルト陛下が刺されましたが、残念ながら進化出来なかったようですね。

 まだ時間はありますし、第3階層にはガルムとアマゾネスがいますから、おそらく今日中に進化は出来るのではと思います。


 そしてその予想に違わず、ラインハルト陛下は第3階層のP-Rランクモンスター ステラ・ガルムを倒し、無事にエンシェントエルフに進化なさいました。

 レベルもラインハルト陛下レベル66、エリス殿下レベル59、マルカ殿下レベル62、シエル様レベル28、サユリ様レベル60となっています。

 オーダーも、兄さんがレベル73、マリー義姉さんがレベル66、ミューズ義姉さんがレベル69、ミランダさんがレベル65、デルフィナさんがレベル68になりましたし、ルーカスさんとライラもレベル60になりました。


 ですから意気揚々とフロートに帰還したのですが、宰相のラライナ様は結果を聞いて倒れそうになられていました。

 理由はマルカ殿下です。

 妊娠なさっておられるマルカ殿下が、まさか進化して帰ってくるとは思っていなかったそうです。

 非常に疲れた顔をされていましたが、今度何か差し入れでもした方がいいのでしょうか?

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