初代の威厳と矜持

 無事に試作通信具が完成した。

 まだまだデカいから、持ち運びにはストレージやインベントリといった空間収納が必要だが、空間収納に入れてしまうと通信具が使えなくなるから、今後の課題も結構あるな。

 調子に乗ってイスタント迷宮でも使えるかを試してみたが、第2階層でも問題なく使えたから、迷宮ダンジョン内でも外と繋がると考えていいと思う。


「へえ、完成したんだ」

「とりあえず試作が、だけどな。理想としては刻印具みたいに片手で使えるようにしたいんだが、瑠璃色銀ルリイロカネのみならず高ランクモンスターの素材も使ってるから、まずはコストを下げるところからかな」


 試作通信具に使った素材は、金属は瑠璃色銀ルリイロカネを、魔物素材は最低でもPランクモンスターで、異常種や災害種も含まれている。

 Pランクモンスターっていう時点でバカ高いコストになるんだが、異常種や災害種まで含まれてるとなると、下手な屋敷より高額になってるような気がする。


「一般に流通させるなら、法整備もしっかりしないといけないわね」

「でも今の情勢だと、下手に広めたら厄介事の元にしかならないわよ?」


 それが最大の問題かもしれない。

 距離に関係なく遠距離と話が出来る通信具があれば、軍事行動はもちろん、反権力的な企みだって内密に出来てしまう。

 これからソレムネっていう反神主義?であり反アミスター・トラレンシアの国を統治するってのに通信具なんて存在を広めてしまったら、何をしてくるか分かったもんじゃない。

 試作は3つしかないし、けっこうな大きさでそれなりに重く、さらにソレムネ国民は天与魔法オラクルマジックを使えないから簡単には強奪出来ないんだが、ソレムネの技術者は天与魔法オラクルマジックを使わずに蒸気戦列艦を作りあげた実績がある。

 簡単に再現できるとは思わないが、それでも遠距離通信っていう概念は、与えるべきじゃないと思う。


「しばらくは関係者だけに秘匿、っていうのが無難なんだけど、緊急時は人目をはばかる余裕が無い事も多いから、そこはしっかりと打ち合わせをする必要があるんじゃない?」

「それしかないよねぇ」


 ルディアと真子さんの言う通り、今はそれしか思いつかないな。


「ところでマルカ殿下の病気って、大丈夫だったのか?」


 通信具も問題だが、マルカ殿下が体調を崩してたって事の方が問題だ。

 マルカ殿下はアミスターの王妃の1人なんだからな。

 王子や王女には生まれた順に、男女関係なく順位が付けられるが、王妃には付かない。

 王の兄弟姉妹も順位は付かなくて、ラインハルト陛下の戴冠式が終われば、マナとユーリの称号が第二、第三王女から王妹へと変わるそうだ。


「ええ。確かに体調を崩されてたけど、あれは仕方ないわね」

「というより、自覚はあったはずなのに狩りに来られるなんて、そっちの方が無茶でしたよ」


 体調不良が仕方なく、狩りに来るのが間違ってるみたいな真子さんとキャロルの言い方だが、気付かず一緒に狩りをしてた身としては、とても耳に痛いです。


「マルカお義姉様ですけど、妊娠4ヶ月だったんです」


 ああ、なるほどな。

 ……って、妊婦だったのかよ!


「マジか!?いや、目出度い話なんだが、そんな体で狩りしてたのかよ!?」

「しかも4ヶ月って、確か安定期間近じゃないですか!なのに気付かれなかったんですか!?」


 俺だけじゃなく、お母さんが妊娠してるフィーナも驚いている。

 というか、そんな体で狩りばかりか戦争に参加してたのが驚きだよ。


「多分悪阻の事を言ってるんだと思うけど、個人差がけっこう激しいのよ。全く気付かずに安定期や出産間近になる人もいるからね」

「マルカお義姉様も、悪阻は全くなかったそうです。最近少し太ったかもしれないとは思っていたそうですが、食事量も増えていたそうですから、そのせいだと思っていたみたいですし」

「マルカ殿下の妊娠を知らされたラインハルト陛下も、頭を抱えておられましたよ」


 そりゃそうだろ。

 一緒に狩りどころか行軍まで参加した奥さんが、実は妊娠してましたなんて言われたら、夫としては何をどうしたら良いのかさっぱりだ。


「サユリおばあ様も妊娠したばかりだと思っておられましたから、さすがに驚かれていました。ですからマルカお義姉様には、出産されるまで狩りは禁止が言い渡されています」

「当然でしょ、それは」


 マリーナに全面的に同意だ。

 妊婦が狩りなんて、自殺願望があってもやらない行為だからな。

 狩りの最中に体調を崩したりなんかしたら、流産どころか自分の身だってどうなるか分からないんだから、禁止されるのは当然の話だ。


「ということは、ラインハルト陛下も狩りを自粛って事になるか」

「それなんだけど、出来れば連邦を成立させるまでに、お兄様にはエンシェントエルフに進化してもらおうと思ってるのよ」

「なんで?」


 エリス殿下が妊娠された際は、ラインハルト陛下もマルカ殿下も自粛して、あまり狩りにはいかなかったらしい。

 まったく狩りをしないと、それはそれで問題だからって事でエリス殿下に諭されて、月に一度ぐらいの頻度に下がったそうだ。

 だから今回もそうなるだろうと思ってたんだが、マナからラインハルト陛下をエンシェントエルフに進化させてほしいなんて言葉が飛び出してきた。


「トラレンシア建国の際、王祖カズシ様、エリエール様は、それぞれエンシェントヒューマン、エンシェントヴァンパイアに進化されていたでしょう?」

「ああ。さらにヒルデがエンシェントヴァンパイアに進化出来た事で、エリエール様以来の王家のエンシェントヴァンパイアって事で、ベスティアが半ばお祭り状態になってたな」


 ほとんどブリュンヒルド殿下に譲位したような状況ではあるが、それでもトラレンシアの女王位はヒルデが持ってるから、連日お祝いって事でベスティア中が賑わってるな。


「それなのよ。お兄様は気にされてないんだけど、ヒルデ姉様やヒルド、ライアー大公も、新しい連邦国家の初代天帝が、連邦参加国の王よりレベルが下なのは問題だって言ってきてね。だからレベルはともかく、せめてエンシェントエルフに進化してもらう事が出来れば、初代天帝としての威厳も保てるし、参加する国への牽制にもなるとも言われてるのよ」


 それはまた面倒な話になってるな。

 言わんとする事は分かるが、簡単にエンシェントクラスに進化出来る訳が……いや、ラインハルト陛下はレベル63だから、そこまで難しい話でもないか。

 まだ予定は未定だが、早ければラインハルト陛下の戴冠式で、連邦国家の成立が宣言されるだろうから、それまでにって事なら何とかならなくもない。


「というわけで、可能なら明日中に進化させてくれって言われたわ」

「タイムリミット付きかよ!」


 思わず叫んでしまったが、なんで明日中なんだよ?


「明後日はソルジャーズギルドを設立するでしょう?オーダーズギルドとセイバーズギルドの下部組織になるから、グランド・オーダーズマスターやグランド・セイバーズマスターも参加するんだけど、国家機関でもあるからお兄様とヒルデ姉様も参加が決まってるの。だからそれまでに、っていうのが希望ね」


 その次の日は、バレンティア竜王やアレグリア公王も招いての大会議だから、そこでも新たな国の天帝がエンシェントクラスだと知らしめたいって事か。

 いや、別に参加を強要する訳じゃないぞ?

 そんなことしなくても、アミスターには20人近い数のエンシェントクラスが存在してるから、戦争を吹っ掛けた時点で滅亡が確定って事は、どこの国も理解してるからな。

 むしろトラレンシアと同じように、初代がエンシェントクラスって事を押し出して、国威を高めようって感じか。


「それは別に構わないんだが、マルカ殿下が狩りを禁止された直後に、ラインハルト陛下をエンシェントクラスに進化させるための狩りに連れ出すって、問題にしかならない気がするんだけどな?」

「ええ。だからマルカ義姉様も参加するわよ。近接戦禁止で獣車からの魔法支援しかさせないけど、妊婦って事を考えたら、かなり譲歩したわね」


 いや、妊婦に、支援のみとはいえ戦闘に参加させる時点で、何かが間違ってるだろ。

 だけどサユリ様も付き添いで参加するらしいし、俺達がいるから余程の事があっても大丈夫だろうって信頼してもらえてもいるらしい。

 うん、断れないな、これは。


「なら、期待と信頼に応えられるように頑張りますか。で、場所はイスタント迷宮か?」

「いえ、クラテル迷宮よ。トラレンシアの建国はもちろん、友好っていう意味でも最適だから」


 トラレンシア建国史をなぞるなら十分アリな選択だし、トララレンシアはアミスターの最友好国だから、そっちの面で見ても最適だな。

 ライアー大公はリベルターにある迷宮ダンジョンを勧めたかったみたいだが、今回は急ぎでもあるし、俺達はリベルターの迷宮ダンジョンに行った事がないから、トラベリングでの転移が出来ない。

 だから無念そうな顔で諦めたって話だ。

 リベルターの迷宮ダンジョン、特にテメラリオ大空壁にあるテメラリオ迷宮は興味あるから、いつか行ってみたいとは思ってるけどな。


「それは構わないが、第2階層を巡る程度にしかならないと思うぞ?」

「そう説明してるわ。あと護衛としてミランダを含むロイヤル・オーダーが数名付く事になってるし、フィールからもルーカスとライラを付けてくれって言われてるのよ」


 ロイヤル・オーダーは近衛騎士だから、それは構わない。

 普段の狩りならともかく、今回はラインハルト陛下を進化させるためでもあるし、妊婦のマルカ殿下もいるんだから、むしろロイヤル・オーダーの参加は俺達としてもありがたい話だ。

 だけどそこに、なんでルーカスとライラも加わるんだ?


「今度の会議でソルジャーズギルドの設立が公表されるけど、そこで新しいオーダーズランクとセイバーズランクも公表されるのよ。だから行軍に参加したオーダーとセイバーは、近日中に新しいランクに昇格するんだけど、ルーカスとライラには、ちょっと特殊な役職に就いてもらおうっていう案があるの」


 ほう、オーダーズランクとセイバーズランクも、新しいのが決まったのか。

 当然ルーカスとライラも昇格するだろうが、特殊な役職って何なんだ?


「ウイング・クレストとの連絡役よ。可能なら、2人もアルカに住まわせて欲しいそうね」


 俺達との連絡役って……ああ、なるほど。

 アルカを拠点にしてるとはいえ、トラベリングを習得してからの俺達は、かなり行動範囲が広がっている。

 さらに空を飛ぶ従魔や召喚獣、果てはドラゴニアンまでいるんだから、移動距離ばかりか移動速度もヘリオスオーブ随一と言ってもいいかもしれない。

 そんな俺達と連絡を取るには、フィールのユニオン・ハウスを訪ねる、天樹城王連街にあるサユリ様の屋敷を訪ねるのいずれかになる。

 ベスティアの雪妖宮ゆきあやしのみやでもいけるんだが、そっちはトラレンシア女王の住居だし、ヒルデがソレムネの統治を行うから使用頻度は極端に下がるし、ヒルデが退位したらゲート・ストーンは撤去する予定でもあるから除外だ。

 サユリ様の屋敷も、サユリ様自身が天樹城を離れている事が多いから、勝手に使うのは問題でしかない。

 なんでフィールのユニオン・ハウスを訪ねてもらうしかないんだが、ここも俺達がいるとは限らないっていう問題がある。

 だからルーカスとライラをアルカに住まわせ、そこからフロートに勤務するようにすれば、少なくとも天樹城からの連絡は付けやすくなる。

 俺達が出払ってるっていう問題は、俺達がハンターだからって事で問題視されていないみたいだ。


「ルーカスとライラか。俺は別に構わないけど、となるとあいつらはフロートに移動か?」

「移動ね。ロイヤル・オーダー待遇ではあるけど、私達との連絡役がメインになるから、比較的自由な立場になるわ。ウイング・クレストに加入させて、一緒に狩りに行ってもいいそうよ」


 マジか、それは。

 それならアウトサイド・オーダーにした方が、とも思ったが、俺達との連絡役っていう時点で無理か。

 俸禄も上がりはするから、普段は天樹城に詰める事になるみたいだが、俺達関係で抜ける事も出てくるから、他の仕事は俺達が持ち込んだ魔石とか素材とかの管理に書類仕事って事になるみたいだ。


「ウイング・クレストに加入って、インサイド・オーダーがしても良いんですか?」

「それは大丈夫よ。オーダーだって非番の時はオーダー同士で狩りに行くんだし、レイドだって組んでるんだから」


 フラムの質問に答えるマナだが、確かにそんなレイドがあるって聞いてるな。

 もちろんグランド・オーダーズマスターの許可は必要だが、それさえあればオーダーもレイドやユニオンに参加する事は出来るから、ルーカスとライラもウイング・クレストに加入出来る事になる。

 俺としては構わないんだが、実際に加入してもらうかどうかは、もうちょっとみんなと話し合わないといけないんだが。

 あと、出来ればアルカに住まわせて欲しいって事だが、こっちも即答は出来ないな。

 北西の副殿 白鷺殿が空いてるが、俺の独断で決めていい話でもないから、こっちも要相談だ。

 みんなルーカスとライラの事は知ってるし、行軍中は一緒の獣車に乗ってたから気心はしれてるから、こっちに招く事になりそうな気もするけどな。

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