白狐と王虎
Side・プリム
あたし達も参加した会議は、休憩を何度か挟んだけど、夜の7時過ぎまで続けられた。
バリエンテの獣王ギムノスの突然の参加や橋上都市フォーマルハウト代表のグスタフの捕物とか、予想外の事がいくつもあったけど、一番驚いたのはフィリアス大陸をアミスターの下に纏めようという提案だった。
あたしは会議をほとんど傍観してたからよく分かったけど、みんな凄く驚いていたわ。
父様は国家反逆罪という謂れなき罪で処刑されてしまったけど、本当の仇はソレムネだったから仇討ちは終わっている。
だけどそれでも、一時は仇だと思って疑わなかったギムノスが目の前にいるから、あたしの心中は複雑だった。
そのギムノスの口から、あたしがずっと思っていたバリエンテの返還のみならず、フィリアス大陸統一の話まで出たものだから、驚くなっていう方が無理ね。
「では、本日はこれで終了とする。遅くまで参加していただき、感謝する」
ライ兄様が宣言して、ようやく会議が終わった。
ソレムネに関しては、アミスターが主体となって統治を行い、ヒルデ姉様が代官として統治を行うけど、ヒルデ姉様は代官という立ち位置だから、場合によってはライ兄様に採択を求める必要も出てくるかもしれない。
ヒルデ姉様の判断ならライ兄様は承認するだろうけど、今後の立ち位置とかの問題もあるから、面倒ではあるけどフロートに行く必要も出てくるでしょうね。
そして情勢が落ち着いたらアミスターに併合され、小国として独立するかはその時に決定が下される。
同時にヒルデ姉様も正式にトラレンシア女王を退位し、ヒルドが即位する事になる。
ギルドに関しては、
プリスターズギルドのみ、過去の凄惨な事件を鑑みて、数名のプリスターの派遣しか行わない。
住まいは派遣されるソルジャーや貴族の子弟と同じく、帝王城内になる。
ギルド職員やプリスターの安全を考えて、住居はアミスターやトラレンシアから仮説宿舎を持ち運ぶし、ギルドも帝王城内に簡易的に作られる予定よ。
ソルジャーズギルドはデセオに常駐する事になるから、しっかりとした施設を建設するけど、完成するまではこちらも帝王城内に建てられる仮説宿舎で生活する事になってるわ。
アミスターから、オーダーズギルド用の多機能獣車も5台用意されるから、移動に関しても問題ないでしょう。
そのソルジャーズギルドだけど、今はまだグランド・ソルジャーズマスターとソルジャーズマスターしか役職が決まっていない。
いずれはロイヤル・ソルジャーとかエスコート・ソルジャーも出来ると思うけど、今はこれで十分って事みたいね。
そしてリベルターへの復興支援だけど、これはリベルターの橋上都市がアミスターに併合される事を前提に予定を組まれている。
リヒトシュテルン、デネブライト、ヴァーゲンバッハは復興を進めるけど、エストレラは放棄され、フォーマルハウトは代表のグスタフがソレムネと通じていた事が発覚したから、詳細を調べた上でどうするかが決定される予定だね。
フォーマルハウトの他の議員とかは、ほとんどがグスタフと同じくソレムネに通じている国賊しか残ってないから、多分放棄する事になるんじゃないかっていうのが大方の予想だけどさ。
だけどまだ仮決定みたいなものだし、他の橋上都市の判断を待たないといけないから、具体的にどうするかはその決定次第になる。
本格的に決めようと思ったら、1日や2日じゃ無理な内容ばかりだしね。
だけどその前に、あたしにはやらなきゃいけない事がある。
「ライ兄様、ちょっといい?」
会議の出席者が大会議室を出ていく最中、あたしはライ兄様を引き留めた。
「分かっている。先方もそのつもりだ。案内しよう」
あっちもそのつもりだったって事か。
それなら話は早いわね。
そう言ってライ兄様は、あたしを促して歩き始めた。
「プリムさん、私達も行ってもいいですか?」
「ええ。大丈夫だと思うけど、みんながいてくれた方があたしも安心できるから」
今ならギムノスと対峙しても大丈夫だと思うけど、それでも怖いと感じているあたしがいるから、みんなも来てくれるならありがたいわ。
ライ兄様に案内されたのは、天樹城にある来賓区画だった。
来賓区画は2ヶ所あって、1ヶ所は貴族や他国の使者が宿泊するための部屋や施設があり、もう1ヶ所は他国の王族が宿泊するための部屋や施設が用意されている。
王族の安全のために区画内はいくつかに分けられて独立しており、他国の者が入る事は出来ない造りになっているから、安全面も高いと評判よ。
あたし達が案内されたのは、その君主用来賓区画の一画で、その中でも一番豪華な扉が取り付けられた部屋だった。
この部屋は君主しか宿泊を許されていないため、天樹城でも10部屋かそこらしかなかったはずだわ。
だから今回の会議参加者で、この部屋に宿泊できるのは2人だけ。
その内1人であるヒルデ姉様はアルカに来るから、残っているのはギムノスだけになる。
「久しぶりだな、プリムローズ」
「ええ、お久しぶり」
部屋に入ると、そこにいたおは予想通りギムノスだった。
ライ兄様の言う通り、あたしを待っていたって雰囲気がある。
「お前には、どれだけ謝罪してもしきれない。友であったはずのテルナールを、我は処刑せざるをえなかった故にな」
「その話は聞いてるわ。ネージュ姉様だけじゃなく、ライ兄様やヒルデ姉様からもね。そしてその通り、あなたは仇なんかじゃなかった。ただバリエンテの法に則って、父様の刑を執行せざるをえなかっただけ。思う所が無いワケじゃないけど、既に仇とは思ってないわ」
「それでもだ。我の目が節穴であったが故に、シュトレヒハイトやレイン、ギルファの暗躍を許し、国を割る事を許してしまった」
さっきまでは獣王の名に恥じない態度だったのに、今あたし達の前にいるのは、苦悩と後悔に満ちた1人の男でしかない。
父様と親交があったって話はネージュ姉様に聞くまで知らなかったけど、母様に確認したらその通りだと認めていた。
シュトレヒハイトの暗躍のせいで関係がギクシャクしてしまって、互いを信じる事が出来なくなったとも言ってたけど、ギムノスはずっと悩んでいたのね。
「国は割れてなんかいないわ。確かに割れる寸前ではあったけど、あなたがギルファを討ち、シュトレヒハイトも追い詰めたからこそ、バリエンテは守られた。北の王爵も息子が後を継いだみたいだし、バリエンテは安泰だと思っていたわ」
あたしは心から、バリエンテが滅びの危機を回避できたことを喜んだのよ。
例えそこに、あたしの居場所が無かったとしても。
「だからあたしは、心置きなくハンターとして生きていく事を決めたの。夫だけじゃなく、同妻もこんなにいるからね」
「エンシェントヒューマンにして、
「ありがとうございます、ギムノス陛下」
あたしは感謝の言葉を口に出すと、自然と臣下の礼をとりながら跪くことができた。
「それは何の真似だ?」
「改易されてしまったとはいえ、私はテルナール・ハイドランシアの娘であり、次期ハイドランシア公爵でした。ハイドランシア公爵家はバリエンテの公爵家ですから、獣王陛下に臣下の礼を取る事は当然です」
「そうか……。感謝する、プリムローズ。そして余計なお世話だと思うが、ハイドランシア公爵領に戻るつもりはないか?テルナールの罪が晴れた以上、そなた達の罪も消滅している。改易してしまったハイドランシア公爵家を再興する事も可能だ」
「ありがたいお話ですが、今の私はハンターですし、同妻はアミスターの第二、第三王女に侯爵家当主、そしてトラレンシア女王陛下も加わる予定です。そのような者が領主になるなど、問題でしかないでしょう」
「やはりか。ならばテルナールの名誉は、我が名において必ず回復させよう。そして旧ハイドランシア公爵領は、オヴェスト王爵領に編入させる。ネージュならば、必ずや旧ハイドランシア公爵領を発展させてくれるだろう」
「格別の配慮を賜り、感謝致します」
あたしやギムノス、いえ、ギムノス陛下にとって、このやりとりは儀式の一種なんだと思う。
元とはいえ、バリエンテの公爵令嬢だったあたしにとって、獣王家は仕えるべき主君に当たる。
先代はあたしの叔父、先々代はお爺様だったから、身内だったって言ってもいいか。
だけど従兄のタイラスが事故で亡くなって、野心に取り付かれたシュトレヒハイトが行動を起こしてしまったため、バリエンテは公爵家も巻き込んで家督争いの様相を呈してしまった。
その争いにハイドランシア公爵家も巻き込まれてしまい、王位継承権を持っていたあたしも廃嫡され、その結果父様は処刑までされてしまったから、獣王家を差し置いて王位に就いたギムノス陛下を仇だと思ってしまう事は自然な成り行きだった。
「陛下、1つだけお聞かせください。ギルファは討ち取られたと聞いていますが、シュトレヒハイトはどうなったのですか?」
「シュトレヒハイトか。すまんが奴の足取りは、全く掴めておらん。だがバリエンテでは国家反逆罪で指名手配し、アミスター、バレンティア、アレグリアへも通達しておる。リベルターは通達した時点で相応の被害を被っていた故、手配されておるかは不明だが」
残る問題は、未だに逃走を続けているシュトレヒハイト・フライハイトの行方だけね。
ギムノス陛下が差し向けた討伐隊から逃れて、それ以来行方不明だと聞いているわ。
だけどすぐにあたし達はソレムネへの行軍に参加したから、その後どうなったのかが分からなかった。
バリエンテも国内を隈なく捜索したそうだけど、今に至っても発見出来ていないから、既に国外に逃亡してると思った方が良さそうね。
国外と言っても広いから、シュトレヒハイトの伝手じゃ限られてくる気もするけど。
「可能性があるとしたら、ソレムネかリベルターでしょうね。どちらも国が混乱してる最中だから、逃げ込む隙は大きいわ」
「だな。とはいえ、どちらもギムノス陛下の提案を受けてアミスターに併合されるから、しっかりと手配されるだろう」
マナと大和も、あたしと同じ考えか。
楽観はできないけど、手配は間違いなくされるでしょうね。
ソレムネっていう他国と通じてバリエンテを滅ぼしかねなかったんだから、普通に逆賊よ。
フィリアス大陸統一間近のこの時期に、そんな逆賊を放置しておくワケにはいかないから、バリエンテの獣騎士団は大体的な捜索を再開する事になるでしょうね。
ソレムネは厳しいかもしれないけど、リベルターには復興支援っていう名目で派遣されるかもしれないわ。
だけどそれなら、あたしが見つける可能性もあるわよね。
「では私がシュトレヒハイトを発見してしまった場合、処分しても構いませんか?」
「構わぬ。捜索を命じている獣騎士団にも、生死不問と伝えておる故な。下手に生け捕ってしまえば逃走も警戒せねばならぬ故、処分してしまっても一向に問題は無い」
国家反逆罪が適用されるから、捕まえる事が出来たとしても処刑は免れない。
聞き出せる情報はあるだろうけど、ソレムネが滅びた今では必要かどうかも分からない。
それよりも下手に逃げられて厄介事の火種を抱え続けるよりも、発見したその場で命を奪ってしまった方が、後々の事を考えると面倒が無くていいものね。
「ありがとうございます。もしシュトレヒハイトを発見し、処分する事が叶いましたら、必ず陛下にご報告に伺わせて頂きます」
「うむ、心にとめておこう。それから、これも返そう」
そう言ってギムノス陛下がストレージから取り出したのは、立派な装飾が施された剣だった。
ちょっと、この剣は!
「こ、これは!」
「代々受け継がれている獣王の証だ。そなたには必要ないかもしれんが、これはそなたが持つべき物だ」
「で、ですが私は、獣王を継ぐつもりは!」
「分かっている。だがバリエンテという国は、間もなく消える。消える国の王権などに、何の意味もない。ならばせめて、正当なる継承者に返却すべきではなかろうか?」
まさか王権の証である聖剣を、あたしに譲るっていうの?
いえ、これは獣王の証なんだから、あたしが受け取るわけにはいかないわ。
だから慌てて返そうとしたんだけど、ギムノス陛下は受け取るつもりがない。
「この剣ホーリネス・ブレスは、バリエンテ建国の際にシンイチ・ミブ殿が用意し、初代バシオン教皇猊下が祝福を施した
確かに直系かどうかと聞かれたら、ハイドランシア公爵家を含めた4つの公爵家の中では、あたしが一番近いと思う。
いえ、先代の叔父様や従兄達を含めたとしても、あたしの方が直系だって言えると思う。
バリエンテ連合王国という国は間もなく消えるから、初代獣王陛下の直系であるあたしに、バシオンから賜った聖剣を返すって事なの?
「アミスターが合金なる技術を開発した事は、我の耳にも届いている。故に必要とはせぬだろうが、予備として保管しておくもよし、鋳溶かして素材にするもよし、そなたの好きにするがよい」
「ですが初代陛下の子孫ということでしたら、陛下もそのはずです。公爵家は例外なく、初代陛下の血族なのですから」
「我がバジリウス家は、ハイドランシア家を含む4つの公爵家の中では、もっとも初代陛下の血が薄い故、この剣を所持する資格は無い。だがテルナールは、先々代陛下の長男だ。故に初代陛下の直系たるそなた以外に、この聖剣に相応しい者はおらぬ」
確かに父様は長男で、本来なら父様が獣王として即位するはずだった。
だけど父様は、オヴェスト王爵家の令嬢だった母様と結婚するために王位継承権を放棄し、公爵家を立ち上げることを許されたわ。
その事で先代獣王の叔父様に、何度か文句も言われていたわね。
そういえば代々の獣王は、初代陛下からずっと嫡男が即位していたんだっけ。
だからあたしは、従兄達を含めても唯一の直系の子孫に違いは無く、だからこそ消えゆく国の王権たる聖剣ホーリネス・ブレスをって事なのね。
本当は大和やみんなの意見も聞きたいけど、これだけはあたしが自分で決めなきゃいけない事だわ。
「分かりました。聖剣ホーリネス・ブレス、プリムローズ・ハイドランシア・ミカミがお預かりします。王位どころか領主ですらないこの身ですが、初代獣王陛下の名に恥じぬよう努めます」
再度跪いたあたしは、受け取ったホーリネス・ブレスを片手に誓いの言葉を口にした。
これで全てのわだかまりが融けたとは思えないけど、それでもあたしが胸に秘めていた想いは、少しでも軽くなった。
だけどまさか、ホーリネス・ブレスを手渡されるとは思わなかったわ。
あたしは剣は使わないけど、初代獣王陛下が初代教皇猊下から賜った聖剣だし、バリエンテの王権でもあるんだから、さすがに鋳溶かすなんて真似は出来ないわね。
大和じゃないけど、自分の部屋に飾っておくぐらいしか出来なさそうだわ。
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