獣王の提案
ギムノス獣王の発言には、マジで驚いた。
ギムノス獣王は王爵制を廃止し、現王爵達には新たな爵位を与えたいと考えていたはずだが、まさかバリエンテ全土をアミスターに復領させようとするとは、さすがに思いもしなかったぞ。
「ま、待っていただきたい!それはギムノス陛下の独断ではありませんかな?」
「独断ではない。北と西の王爵の支持は取り付けてある。幾人かの貴族は反対のようだが、そ奴らはシュトレヒハイトらの取り巻き故、発言権は無い」
しかもネージュ王爵達も賛成って事は、本当にバリエンテの総意という事になる。
反対する貴族はシュトレヒハイト側の貴族だから、これを機に処罰できるとも考えてるんだろうな。
「ギムノス陛下、フィリアス大陸を1つに纏めると仰られましたが、それはソレムネやリベルターも、という事でしょうか?」
「そうするべきであろう。アミスターには大きな負担となるが、アバリシアがグラーディア大陸を統一している事はまごう事なき事実。故にフィリアス大陸も、大国が纏めるべきではなかろうか?」
「仰る通りですね」
ヒルデとライアー大公は、ギムノス獣王に賛成か。
だけどソレムネを統治するための代表はヒルデと、かなり前から決まっていたぞ。
ここにきてそれを翻すとなると、トラレンシアとの外交問題にならないか?
いや、まずここで問題になるか。
「ま、待たれよ!ラインハルト陛下!あなたはギムノス陛下に、ソレムネについての口出しはされないと確約されたはず!なのに何故、このような戯言を認められるのか!」
大声で口を挟んできたのは、予想通りだがグスタフか。
「ギムノス獣王は、ヒルデガルド女王の質問に答えただけでしかない。それよりグスタフ議員、ソレムネについてはそなたも口を挟む権利はないと言ったはずだし、バリエンテに関しては完全な外交問題だ。それを承知で、そなたは口を挟んできたのか?」
「さすがにリベルターの外交を担う我が大公家としては、看過できませんな」
ライアー大公も、グスタフに冷たい視線を送っている。
ギムノス獣王はヒルデの質問に答えただけだし、その程度の問答が口出しになるなんて、言いがかりでしかない。
そんな下らない言いがかりで外交問題に発展となれば、ライアー大公だって無視できないのは当然だ。
「くっ……」
グスタフは利益主義のトレーダーで、ソレムネへの利権を確保すると同時にアミスターやトラレンシアにも食い込みたいと考えている。
だからヒルデがギムノス獣王の意見を受け入れてソレムネから手を引いてしまえば、自分が得る利益が減少してしまう。
まさに金の亡者的な考えだが、マジでこんな奴を呼ぶ必要があったのかと疑問を感じずにはいられないぞ。
「なるほどね、確かにお兄様だけで判断できる問題じゃないわ」
「然様ですな。ですがギムノス陛下の仰られる事は、間違ってはおられません。レティセンシアへの牽制にもなりますから、私も賛成ですな」
「ライアー!」
ライアー大公も賛成かよ。
グスタフが射殺さんばかりの視線を送っているが、ライアー大公は柳に風と完全に受け流している。
「我も、無理に提案を受け入れて頂こうとは考えておらぬ。特にリベルターは、議会が全滅に近い被害を被ったとはいえ、未だ健在なのだからな」
いや、確かにそれは本音だろうけど、ライアー大公が賛同を示したし、ウルス議員やエストレラの東、リヒトシュテルンの北にある橋上都市ヴァーゲンバッハを治めているヒューマンのカタリーナ議員も、同じく賛成のようだ。
他の橋上都市は分からないが、聞いた限りじゃグスタフが生き残れたのが奇跡みたいな偶然らしいから、賛成に回りそうな気がする。
「グスタフ議員、反対ならそれでも構わないが、その場合フォーマルハウトは独立国となる。こちらの提案を断っての独立となる以上、支援は受けられないと思ってくれ」
「そ、それは横暴ですぞ!」
横暴、なのか?
バリエンテ、リベルターがアミスターに併合されると、そちらもアミスターという国の庇護下に置かれる。
アミスターも自国の復興という事になるから力も入れるだろうし、優先もされるだろう。
だけどフォーマルハウトが独立国となると、国から国への支援ということになる。
フォーマルハウトもソレムネから被害を受けているが、大砲はあまり撃ち込まれなかったって話だし、戦争でも特に貢献したという訳ではないから、全く支援をしない訳じゃないだろうが、自国の復興より優先されるとは思えない。
うん、別に横暴でも何でもないな。
「では聞くが、フォーマルハウトは此度の戦争で、何か1つでも貢献してくれたのか?」
「そ、それは……」
「そればかりか、このような物もあるのですよ、グスタフ議員」
そう言ってライアー大公が、懐から書状を取り出した。
「これはフォーマルハウトの被害状況を調査した報告書と、あなたの身辺調査の報告書だ。それもここ数日ではなく、数年に渡ってのね」
「な、なんだとっ!?」
身辺調査の報告書は、グスタフの事を考えれば分かる話だが、何でここでフォーマルハウトの被害状況の調査報告書が絡んでくるんだ?
「フォーマルハウトも被害を受けたのは間違いないけど、狙われたのはグスタフ議員と敵対している施設や要人のみで、自分の派閥はほとんど無傷だったって事でしょ。そんな事、ソレムネと通じてでもない限りあり得ないわよ」
真子さんの説明を聞いて納得した。
「真子殿の仰る通りです。他の橋上都市は、裏切り者の議員諸共に攻撃を受けていますが、どうやらフォーマルハウトを攻撃したソレムネの指揮官は、多少は義理堅い人物だったようですな」
なるほど、奇跡的な偶然の正体はそれか。
実際エストレラは、議会場やトレーダーズギルド総本部はもちろん、議員邸宅にも容赦なく、しかも集中的に砲撃されてたからな。
総領も含めて死亡って事だから、本当に無差別攻撃っていう言葉が相応しい。
対してフォーマルハウトは、議員邸宅やトレーダーズギルドはほとんど無傷で、狙われたのはほとんどが民家だったらしい。
さらに砲撃後、ソレムネ兵が戦列艦から下りてきて、グスタフと敵対している派閥の議員を殺しまくったってあるな。
逃げ遅れた民間人も犠牲になっているが、避難所は襲われていない事から考えても、ソレムネとの間で密約が成立していたと言われても仕方のない状況だ。
「さらにあなたは、この非常時に、総領に就任するために多額の賄賂を贈っていますな。生き残った橋上都市の代表には贈っていませんが、各都市で力を持っている議員に、秘密裏に接触しているという事実も掴んでいますぞ」
何のことはない。
つまりグスタフは、リベルターという国を手に入れて、さらなる利権を手にしようとしてたってだけか。
「俺からも言わせてもらうが、既にお前さんからの買収を受けた奴は処分済みだ。この非常時に、よくもこんなくだらねえ些事に手を煩わせてくれたな?」
「ヴァーゲンバッハも同じだよ。ああ、ここに来る前に他の橋上都市からも話を聞いたけど、どこも同じく処分を科してあるってさ。つまりあんたは、完全に孤立無援って事だよ」
デネブライトやヴァーゲンバッハばかりか、他の橋上都市も対処済みなのか。
仕事が早いというか、グスタフの考えが浅はかだったというか。
「ということはライアー大公、ウルス議員、カタリーナ議員、どうなるのかな?」
「橋上都市の代表には不適格として、各都市からの書状を預かっています。ですのでこの場で議員の資格を剥奪し、取り調べを行う事になります。ソレムネと通じていたのですから、極刑は免れないでしょうな」
そらそうだろ。
「ま、待て!何故貴様らに、そんな権限がある!」
「確かに総領もエストレラ代表も亡くなっている。だが橋上都市代表の3分の2以上の同意があれば、総領であっても糾弾が可能だという事は、リベルターの法に定められている。そしてここにあるのは、生き残った全ての橋上都市代表から賛意を示す書状だ」
「国を裏切った国賊には、相応しい末路さね。連れて行きな」
「ま、待て!おのれ、覚えておれよ!次期総領たる俺にこのような真似をして、タダで済むと思うな!」
寝言をほざくグスタフだが、そこにラインハルト陛下からトドメの言葉が突き刺さった。
「安心するがいい。万が一にもお前が総領になどなろうものなら、即座にアミスターが滅ぼす事を約束しよう。それでも良いなら、安心して総領になるために金をばら撒け」
グスタフが真っ青な顔になって絶句した。
アミスターには20人以上のエンシェントクラスがいるから、その全てが自分の首を狙ってくる様を想像でもしたんだろう。
リベルターの兵士に両脇を抱えられたグスタフは、絶望的な表情を浮かべながら大会議場から連れ出された。
「申し訳ありませんな、皆様。このような茶番に付き合わせてしまって」
「会議を円滑にするためですから、やむを得ないでしょう」
「むしろ早急に邪魔者を排除する事が出来ましたから、これからのお話も有意義なものになるでしょうね」
あ、各国のみなさんは、事前に聞いてたんですね。
まあリベルターの恥になる内容だし、3人も王がいるような場所での粗相なんだから、事前に打ち合わせぐらいはするか。
「では話を戻すが、リヒトシュテルン、デネブライト、ヴァーゲンバッハは、ギムノス獣王の提案に賛成という事になるのか?」
「賛成ですね。復興はもちろんですが、その方が民のためにもなります」
「同感です。特にヴァーゲンバッハはレティセンシアとの国境も近いですから、牽制という意味でもこれ以上の提案はありません」
「デネブライトも同様ですな。敗れたソレムネ軍の一部が盗賊になって、デネブライトの近くに出没しだしております。いくらかは討伐しておりますが、なかなか数が減らんので、こちらとしてもウンザリしておったのですよ」
3人の橋上都市代表にとっては、歓迎すべき提案って事か。
他の橋上都市の意見は分からないから後日意思確認をする事になるが、反対されるような事はないだろうとも言ってるな。
「竜王や公王も招いておくべきだったか。ではヒルデガルド女王、ソレムネについてだが、当面は当初の取り決め通り、アミスターからはオーダーを、トラレンシアからはセイバーを派遣し、ヒルデガルド女王が統治を行う事にしたい」
「はい、それで構いません。ですが事態が落ち着けば、ソレムネはアミスターに併合して頂きたいと思います。構いませんね、ヒルド?」
「無論です。できればトラレンシアも、アミスターに併合して頂きたいぐらいですから」
ヒルデとブリュンヒルド殿下が、そんな事を口にする。
さすがにトラレンシアまでなんて、いくらラインハルト陛下でも受け入れられんでしょ。
「そう言ってくるとは思っていたよ。だからこそ、
そう言って俺と真子さんに視線を向けてくるラインハルト陛下だが、ここで出番って酷くね!?
「そういうことですか。となると、連邦でも組むのが一番かしらね?」
「連邦?リベルターと同じようにか?」
「リベルターとは少し違いますね。リベルターは複数の橋上都市連合とでも言うべき国みたいですし、橋上都市によって微妙に法律が違うと聞いています」
「仰る通り、税率を始めとしてハイクラスへの待遇に徴兵制度など、都市によって差がありますな」
ヘリオスオーブ唯一の連邦国家になるリベルターだが、橋上都市ごとに役割が違うらしい。
だから橋上都市連合国っていう方が正確って事なのか。
「私達の世界の連邦国家は、2つ以上の国を1つの主権の下に統合する国家形態です。1つの主権と言ったように法律も統一されますから、勝手に法を決める事も改定する事も出来ません。ただ形骸的な感じにもなってきてるので、明確な君主、王の上に立つ統治者として、皇帝でも立てた方が良い気もしますが」
なんか真子さんの口から、スイスイとアイディアが出てきたよ!
いや、確かに俺も歴史とかは苦手じゃないけど、なんでそんなにすぐ出てくるの?
「つまり私が皇帝として即位し、他の者は王になれと?」
「そこが問題なんですよね。元々のアミスターの領土はそのままでいいとして、他は距離の問題もありますから、リベルターは橋上都市ごとに、バリエンテはいくつかに分割して、代表や獣王陛下、王爵や公爵を君主として統治してもらうのが良いかもしれません」
「ソレムネはひとまず置いておくとして、その地方を治める王の上に、皇帝となった私に立てという事か?」
「それは大前提ですね」
確かに皇帝は、王より上の身分って話だし、亜人の災害種や終焉種もそんな感じだな。
あ、でも皇帝って言葉はレティセンシア皇王を意識するかもだから、少し言葉を変えた方が良いかもしれん。
「それと、皇帝だけど皇王と字面が似てるから、アミスターの象徴である天樹からとって天帝にした方がいいんじゃないでしょうか?」
「天樹を頂く国の皇帝。だから天帝か。確かにそちらの方が良いな」
皇っていう言葉が悪い訳じゃないんだが、レティセンシアのせいで悪いイメージが定着してるからな。
それにアバリシアには神帝がいるから、フィリアス大陸には天帝がいるっていうのも、対比としては悪くないだろう。
まだまだ話し合わなきゃいけない事は多いが、獣王の提案を受けてフィリアス大陸を1つの大国として纏め上げ、ラインハルト陛下が天帝となる事は、大まかにだが決まった。
後は細部を煮詰めていくだけか。
面倒だが、早く話が終わるように俺も知恵を絞り出さないとな。
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