モンスターズトレイン

Side・ヒルデ


 四方陣、ですか。

 そのような魔法陣も存在するのですね。

 地球では四方を守護する聖獣、という概念があり、大きな都市にも使われていると大和様や真子に教えていただきましたが、まさかベスティアにもそのような魔法陣があったとは、今の今まで考えた事もありませんでした。


「いや、魔法陣って言っても本格的なもんじゃないと思う」

「簡易的でもなくて、どちらかと言えば趣味的なものに近いでしょうね」


 そのような事を口にする大和様と真子ですが、それでも構いません。

 カズシ様、ユカリ様が、故郷を忘れないために組み込まれたのでしょうから、わたくし達はそれを尊重させていただくのみです。


「それじゃあ行くか」

「ええ」


 30分程休憩した後、わたくし達はセーフ・エリアを出立しました。

 セーフ・エリアは中央広場の名の通り、ベスティアの中心部にあります。

 ここからは北側に該当する地区となりますが、白妖城に近付くほど貴族邸を含む高級住宅となりますから、ベスティアでしたら警備はかなり厳しく、細道や裏道もかなり規制されています。

 ですがここは迷宮ダンジョンですから、どこまで再現されているかも分かりませんし、そもそも住宅街なのかも分かりません。

 住宅街、特に貴族街に入れば襲撃は減るかもしれませんが、貴族邸はギルドより大きなお屋敷ばかりですから、一度に襲い掛かってくる亜人の数は増える気もしなくもありませんけれど。


「大和さん!あれを!」


 セーフ・エリアを出て5分程でしょうか、展望席で監視をしていたフラムが声を荒げました。

 ですがそれは仕方がありません。


「ガルムだと?ここで出てくるのかよ!」


 大和様も反応されました。

 ガルムはウルフ種に分類されている魔物ですが、モンスターズランクはG-Nランクとかなり高いです。

 森に生息しているとされているため、バリエンテ、特にガグン大森林に多いと聞いた事があります。


「たあああっ!」


 現れたガルムは1匹だけでしたが、マナのスターリング・ディバイダーで真っ二つにされます。

 大和様やフラムが驚いた理由は、森に生息しているはずのガルムが現れた事ですから、ウイング・クレストがガルムごときに遅れをとることはありません。


「まさかここでガルムを見るとは思わなかったわ」

「バリエンテに生息してるはずの魔物だしね」

「ええ。もっともあたしも、初めて見たんだけどさ」


 バリエンテ出身のプリムも、ガルムを見た事は無かったのですね。

 いえ、当時のプリムはノーマルクラスでしたから、いかに翼族とはいってもG-Nランクモンスターの相手は出来ませんね。

 今ではGランクモンスターを単独で討伐できるハイクラスが現れ始めていますが、それも合金製の武器を所有していなければ難しいですから。


「それにしても、なんでこいつ、1匹だけで出てきたんだろ?」

「ああ、それは簡単だ。ガルムは群れを作らず、単独で行動する魔物なんだよ」

「そうなんだ」


 アテナの疑問に答える大和様ですが、わたくしも知りませんでした。

 プリムやマナも教えてくれましたが、ガルムは基本的に単独行動をする魔物で、2匹以上で現れる事はほぼ無いそうです。

 迷宮ダンジョンでは5匹程まとまって現れた事があるそうですが、それは偶然であったり、上位種以上の個体が率いていた場合に限るんだとか。


「え?群れないのに群れを率いてるの?」

「それもよく分かってないんだけど、上位の個体になると複数の下位種を率いる事があるらしいのよ。迷宮ダンジョンでしか確認されてないけど、上位種や希少種が通常種を率いてたそうよ」

「その場合は連携も仕掛けてくるそうだから、通常種でも1つ上のランク扱いになるってハンターズギルドで買った資料に載ってたわよ」


 リディアと真子も、ちゃんと資料に載っている魔物の生態には目を通していたのですね。

 ハンターですから当然ですが、中には魔物について調べる事もせず、無駄に命を散らすハンターも少なくありません。

 いえ、自分の命を落とすだけなら自業自得で済むのですが、近くに他のレイドがいた場合、その者達に魔物を押し付け、自分達が助かるように動くハンターもいると聞きます。

 発覚すれば軽くても犯罪奴隷、重ければ死罪が適用される重罪ですが、魔物を押し付けられたハンター達は全滅する事も珍しくありませんし、その者達の口から洩れる事もほとんどありませんから、実証はかなり難しい案件です。


「ヒアリングを使って尋問出来れば実証は可能ですが、多くの場合は偶発的なものですから、罪に問うのが難しいんです」

「逃げてる最中に振り切る事に成功して、その結果別のレイドが襲われるっていう事もあるものね」


 さすがにオーダーでもあるミーナとリカ侯爵はその手のお話もよくご存知のようですが、故意かどうかでも結果が変わってくるのですか。


「あとは助けるために魔物を引き受けて、返り討ちに合うって話もあったな。まああの話は、悲劇以外の何物でもなかったが」

「ああ、あの話ね」


 大和様とマナが口にしたお話は、わたくしも知っています。

 そもそもそのお話は、わたくしのお母様が女王を務めていた際に、トラレンシアで起こったお話ですから。

 クラテルで登録したばかりのルーキー・ハンターが、実力を過信してゴルド大氷河に足を踏み入れてしまったのです。

 しばらくは魔物に遭遇しなかったのですが、数時間歩いた地点で数匹のアイシクル・タイガーと遭遇してしまい、そのまま戦闘に突入しました。

 確かBランクハンターだったと記憶していますが、そのランクのレベル帯ではアイシクル・タイガーの相手は出来ません。

 ですが仲間が次々と倒されていく中、1人が我が身可愛さに逃走してしまったのです。

 他のルーキー・ハンターを捕食したアイシクル・タイガーは、当然ですが逃げたハンターを追い掛けます。

 そのハンターは運が良かったのか、それとも悪かったのか、クラテルの近くまで逃げるが出来たのですが、そこでアイシクル・タイガーに追い付かれてしまい、あわやといった所でGランクハンターが所属しているレイドに救われました。

 そしてそのレイドは、アイシクル・タイガーを引き受ける代わりにセイバーズギルドやハンターズギルドへの救援を頼んだのです。

 ルーキー・ハンターも承諾してクラテルへ向かったのですが、あろうことかその者はクラテルに到着した瞬間安堵し、救援を頼まれた事を忘れてしまい、昂った気持ちを落ち着けるために真っ直ぐ娼館に向かったそうなのです。

 アイシクル・タイガーの相手を引き受けたレイドは、まさかそのハンターがそのような事をしているとは思わずに戦い続けました。

 ですがGランクハンターが所属しているとはいえ、Gランクモンスター数匹を同時に相手取る事は、当時は困難どころか不可能に近いお話でした。

 しばらくは犠牲者を出さずに戦っていたレイドですが、1人、また1人と倒れて行く中、リーダーでもあるGランクハンターが決断を下し、若いハンターをクラテルまで走らせたのです。

 そこで報告を受けたセイバーズギルドとハンターズギルドはすぐに討伐隊を組織し、救援に駆け付けたのですが、そこで討伐隊が目にしたのは、命の灯が消えたハンター達を分け合って捕食しているアイシクル・タイガーの姿でした。

 伝令に走ったハンターは、その場で泣き崩れたと聞いています。

 アイシクル・タイガーの討伐も、数名の犠牲者を出しました。

 その後クラテルに帰還したセイバーは、すぐにそのルーキー・ハンターを捕らえ、ヒアリングを使って尋問を行っています。

 そこで初めて、彼がハンター登録をして間もない事、他にも仲間がいた事、犠牲になったGランクハンター所属のレイドから救援依頼を託されていた事が判明したのです。

 そのルーキー・ハンターには国家騒乱罪が適用され、死罪となりました。

 自分の命が助かった瞬間に仲間が犠牲になった事、助けてくれたレイドがいた事、そのレイドに救援依頼を託されていたというのに結果的に無視してしまった事、ハンターやセイバーに無駄な犠牲を強いてしまった事など、犠牲者も多いのですから当然です。

 Gランクハンター達が身を挺してアイシクル・タイガーを引き付け、仲間のハンターを伝令に走らせてくれなければ、クラテルの街が壊滅していたかもしれないのですから。


「あ、それってハンターズギルドの教本に載ってた話?」

「ああ。その時伝令になったハンターが、自分のような悲劇を繰り返さないようにって事で、ハンターズギルドに顛末を伝えたらしい」


 そのGランクハンターは、わたくしの曾祖母になるセルティナ様の弟子でした。

 ですからグランド・ハンターズマスターにまで話が届き、教訓として教本に記される事になり、伝令に走ったハンターは数年前からクラテルのハンターズマスターに就任し、ルーキー・ハンターを厳しく鍛えているそうです。


「あの人の事だったんだ」

「ええ。私も後でその事を知って驚いたわ」


 ウイング・クレストの皆さんは、クラテルのハンターズマスター カルロス・エスパーダと面識があります。

 スリュム・ロード討伐戦にハンターはアミスター・アライアンスしか参加しませんでしたが、その旨を伝えるために彼をセイバーズギルド・クラテル支部に呼び出していますし、カルロスもスリュム・ロードによって左腕断裂の重傷を負わされてしまい、後にサユリ様のエクストラ・ヒーリングで治療をして頂いているのです。

 サユリ様はマナやユーリの曾祖母で、ヘリオスオーブ唯一のOランクヒーラーでもあります。

 ですから大和様が護衛としてクラテルまで同行して下さり、カルロスだけではなくセルティナ様の従魔クラールの怪我まで癒して下さったのです。

 真子もそうですが、大和様もその折にカルロスの過去を知ったのでしょう。


「じゃあモンスターズトレインを起こしそうだったら、その場で死ねって事なの?」

「状況によるな。自分の縄張りから出ない魔物もいるから、そいつらに追われたって事なら、縄張りを出るまで逃げればいい」

「そもそもモンスターズトレインを起こすのは、自分の実力を過信し過ぎてる馬鹿がほとんどだからね。助ける方も倒せない魔物だと判断したら、助けなくても罪に問われるような事は無いわ」

「助けない場合でも、近隣のハンターズギルドに報告する義務はあるわよ」

「ただ私達ですと、助けないという選択肢は取れないんですが」


 アテナにモンスターズトレイン、魔物を引き連れて逃げる事を指す言葉ですが、その場合の対処方法を口にする大和様、マナ、リディア、フラム。

 縄張りから逃げ切る事が出来れば助かる事は、割とよくあるそうです。

 もちろん縄張りを越えて追ってくる事もよくあるそうですから、その点に関しては運次第と言うしかないでしょう。

 助ける側も、あからさまに格上の魔物だった場合は被害を被る形になるワケですから、無理をして助けなければならないワケではありません。

 その場合は討伐隊を組織しなければならない程の高ランクモンスターという可能性も高いですから、ハンターズギルドへの報告は必須となり、怠った場合は罪に問われてしまいます。

 ですがエンシェント・クラスが10人も所属しているウイング・クレストの場合ですと、フラムの言うように助けないという選択肢はあり得ません。

 なにせ終焉種すら討伐実績がある唯一のレイドなのですから、例えOランクモンスターが相手であったとしても、討伐は可能でしょう。

 逆にウイング・クレストが助けに入れない魔物が出現したとなれば、全てのエンシェントクラスを集めたとしても討伐できるか疑問が出てきてしまいます。

 もっとも、仮に助けたとしても、問題が無いワケではありませんが。


「あー、そんな問題もあったねぇ」

「そういった人達ですと、助けたら助けたで問題になったりもしますからね」


 ルディアとリディアも、その問題に気が付いたようです。


 モンスターズトレインを起こすようなハンターは、前述のように自らの実力を過信していたり、魔物の強さを見誤ったりしている者が多く、迷惑行為の常習者という事も珍しくありません。

 ですから周囲の迷惑も省みず逃亡を企てるのですが、下手に助けてしまうと難癖をつけてくる事があります。

 助けた側は善意だけではなく、街や村への被害を抑えるために助けるワケですが、そのような者にとっては関係がありません。

 ハンターズギルドやオーダーズギルド、セイバーズギルドとしても、余計な犠牲を出してしまう可能性があったワケですから、場合によってはギルドマスター立ち会いの上でヒアリングによる聞き取り調査が行われるのですが、助けた側からすればいい迷惑です。

 しかも助けた側の評判が落ちてしまう事もあるそうですから、風評被害も相当です。


「そんな事もあるんだ……」

「ああ。だからといって助けなかったら、そいつらはともかくとしても周囲への被害が大きくなる。だから俺達が助けないっていう選択肢は取れないな」

「仮にそんな事を言ってくる馬鹿がいたら、逆に捕まえてオーダーズギルドとかセイバーズギルドに引き渡すだけね」


 ウイング・クレスト程のレイドならば、多少の風評被害程度では何の痛痒も感じないでしょう。

 ギルドどころか国からの信用も高く、2つの高難易度迷宮ダンジョンの攻略、先の戦争でも多大な戦果を上げています。

 その上でエンシェントクラスが10人所属しているのですから、表立って文句を言ってくるようなハンターはいないと言ってもいいでしょう。

 経験が浅い事が欠点ではありますが、そこまで問題になるとも思えませんし。


「大和さん、今度は亜人です。あれはアマゾネスですね」

「やっぱりいたか」


 モンスターズトレインの話をしながらも、わたくし達はガルムを倒しながら進んでいます。

 G-Uランクのテラ・ガルム、P-Rランクのステラ・ガルムも生息していましたが、問題無く討伐されていました。

 さすがにM-Iランクのルナ・ガルム、A-Cランクのソル・ガルムは生息していないようです。

 終焉種、O-Aランクモンスターの名称は判明していません。


 そのガルム達を倒しながら進んでいたわたくし達ですが、貴族街に入った所でアマゾネス出現の報ですから、ここから先はアマゾネスの巣になっていると判断するべきでしょう。

 ここから見えるだけでも、B-Nランクのアマゾネス、S-Uランクのウェヌス・アマゾネス、G-Rランクのヴァルゴ・アマゾネスの群れが見えますから。

 迷宮ダンジョン内という事で1つ上のランク扱いですが、ランク的に変動はありませんから、P-Iランクのアマゾネス・プリンセスもいると考えておくべきでしょう。

 アマゾネス達はこちらに駆け出してきていますから、しっかりと迎撃しなければなりませんね。

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