迷宮市街
朝飯を食った俺達は、予定通り第3階層の調査と踏破に向けて出発した。
第3階層はベスティアを模した階層のようだが、細部が微妙に異なっているとヒルデが言っていた。
まあヒルデも、ベスティアを隅から隅まで知ってる訳じゃないから、本格的な調査をしようと思ったらセイバー辺りを引っ張ってきた方が良いような気もするが。
ヒルデが把握してる限りになるが、入ってすぐのセイバーズギルド詰所が無くなっていて、入口からでも見えるはずの東にある牧場も見えないらしい。
あとは一回りぐらい大きくなってるっぽい建物もあるようだから、多分無くなってる裏道とかもありそうだ。
「大和様、出ました!レッドキャップ・ゴブリンです!」
「昨日も出てきたが、本当に多いな」
御者をしているヴィオラが最初に発見したんだが、現れたレッドキャップ・ゴブリンは15匹いた。
昨日50匹近く狩ってるってのに、まだ出てくるとはな。
いや、
「希少種とはいえゴブリンだから楽だけど、異常種や災害種がいないとも限らないわね」
ホントにそれな。
ゴブリンは亜人の中では最も弱く、Iランクモンスターになる。
だからこそ逆に油断が出来ず、プリムの懸念も当然のものになる。
亜人の異常種はプリンスとプリンセス、災害種はキングとクイーンになるが、ゴブリンの場合は異常種がSランク、災害種でもGランクでしかない。
1つ上のランク相当になる
むしろ怖いのは、魔力の翼を持つ事でさらに1ランク上の力を持つWランク、最上位で全ての個体がOランクになる終焉種の存在だな。
さすがに第3階層程度で終焉種が出てくる事は無いと思うが、第2階層でP-Rランクが出てきた以上、警戒は必要だ。
「あ、そっか。ゴブリン・キングのWランクだったら、
「そういう事ね」
「というよりも、レッドキャップ・ゴブリンでさえSランク相当の魔物になっていますし、それが10を超える群れで襲ってくるのですから、通常のレイドではかなり厳しい相手のはずではありませんか?」
「あー、忘れてたけどそうだったっけ」
ユーリの指摘に声を上げるルディアだが、俺も半分忘れてたな。
合金製の武器を持ったハイクラスなら、SランクモンスターどころかGランクモンスターでも単独討伐は可能になる。
だが
しかも第3階層の大通りに面している建物は多いし、そこから亜人が絶え間なく襲ってくる事も考えられるから、合金製の武器を持ってるハイクラスでも油断してたら命を落としそうだ。
「幸いというか、ドアのついた建物からしか出てきてないっぽいから、そこまでの群れに襲われる危険性は低そうね」
「え?マジですか?」
「上から見てて思っただけだけどね」
真子さんに言われて建物に目をやると、確かにドアがついた建物とついてない建物があって、しかもドア無しの方が多い感じだ。
「とはいえこんなのも出てくるから、油断してたらエンシェントクラスでも危ない気がするけどね」
真子さんのいうこんなのとは、S-Iランクのゴブリン・プリンスの事だ。
出てくるかもしれないと予想はしてたが、マジで、しかも3匹も出てきやがった。
しかもその内の1匹は背中に虫みたいな羽があったから、異常種って事で1つ上、
いや、真子さんがエア・ヴォルテックスで、あっさり倒してたりするんだけどな。
「異常種のWランクって、凶悪なんてもんじゃないわね」
プリムの意見に同意する。
Wランクは魔力の翼を持っているためか、自在に空を飛ぶことも出来るからな。
もちろん空を飛ぶ魔物が生息してる可能性もあるし、建物の壁をぶち破って出てくる魔物がいないとも限らないから警戒は必要だが。
「また出たわね。今度はホブ・ゴブリンも混じってるけど」
「いい加減鬱陶しくなってきたね」
真子さんとアテナに激しく同意だ。
市街地階層は階動陣までほぼ一本道だが、大通りに面してる建物は3階建てどころか5階建てとかもある。
その建物からホブ・ゴブリンが、稚拙とはいえ矢を射掛けてきたり、魔法を撃ってきたりしてるから腹が立つ。
「亜人からは魔石しか採れないのに、あんなとこから攻撃されると回収しようって気にもならないわね」
「同感ですが、今回は回収するしかないかと」
ミーナが上から攻撃してきているホブ・ゴブリンとレッドキャップ・ゴブリンを、念動魔法を使って掴み上げ、そこにフラムのアクア・アローが突き刺さる。
息絶えてダランとしたゴブリン達は、そのままミーナがストレージに回収。
これが一番楽なんだろうが、こんな事が出来るのはエンシェントクラスだけだから、普通のハンター達は大変だろうな。
「全部の建物にいるわけじゃないけど、数件おきに出て来られると対処が面倒ね」
「数だけはいるからな。気分は市街のゲリラ戦だな、こりゃ」
「ああ、それがコンセプトなのかもね」
コンセプトって、
「ヘリオスオーブにゲリラ戦っていう概念があるかは知らないけど、市街戦ぐらいはあるでしょう?」
「200年程前の戦乱の時代には、それなりにあったって聞いてるわね」
「トラレンシアも建国前に、何度かあったと記録が残っています」
フィリアス大陸じゃ200年前は戦乱の時代だったから、多くの小国が滅ぼされたり統合されたりしていた。
トラレンシアのあるアウラ島なんて、カズシさんとエリエール様が中心となって新しい国を興した訳だから、マナやヒルデが言うように市街戦ぐらいはあっただろう。
ああ、なるほど。
「つまり真子さんは、この
「ええ。
「否定できないわね」
みんなも真子さんの予想を興味深く耳を傾けながら、ゴブリンどもを狩っていく。
「こんなゲリラ戦っぽくなってるのは、ゴブリンだからか」
「それも多分としか言えないけどね」
過去の市街戦がどんな感じだったのかは、記録として残っている。
時代的なものもあってか、かなり凄惨だったらしい。
特にソレムネやレティセンシアは、制圧した街や村で略奪の限りを尽くしていたみたいだな。
だけど一応は人間の部隊って事で、それなりに統制をもって攻めるなり守るなりしていたようだ。
だが俺達に攻撃を加えてくるゴブリンは、統制も何もあったもんじゃない。
射程に入ったら矢や魔法を放ってくるだけだし、レッドキャップ・ゴブリンも何体か纏まって現れるとはいえ、勝手に動いているから、連携にすらなっていない。
ゲリラの方がまだしっかり連携してくるだろうから、戦闘経験の無い一般人が追い払うために攻撃してきてるっていう感じかもしれないな。
「確かにそっちの方が近いかもね」
「面倒過ぎる……」
まだ3分の1程度しか進んでないが、真子さんの予想が当たっていれば、後半はアマゾネス辺りが出てるかもしれないぞ。
「アマゾネス?ワルキューレやセイレーンじゃなくて?」
「オークはサイズ的に厳しいし、アントリオンは砂地が、サハギンは水辺がないから生態的に無理としても、コボルトぐらいならいてもおかしくはないと思うけど?」
リカさんとルディアがそんな疑問を口にする。
コボルトはゴブリンより一回り大きい程度だから、いるかもしれないな。
「セイレーンも水辺に生息してるし、ワルキューレがいるならとっくに空から襲ってきてるだろう」
「ああ、そっか」
亜人の生態とか戦闘方法とかについては、イスタント迷宮を攻略した後で調べてある。
上位亜人はワルキューレ、セイレーン、アマゾネスの3種だが、どうやらワルキューレは機動力、セイレーンは魔力、アマゾネスは腕力に優れているようだ。
ワルキューレは自在に空を飛ぶことが出来るため、その機動力で腕力を補っているから、建物の中で待ち伏せなんていう戦い方は向いていない。
逆にアマゾネスは、小説とかでよくあるエルフみたいな感じに森の木の上で待ち伏せとか普通にしてくるから、建物の中どころか屋根の上で待ち伏せぐらいはしてきそうだ。
ちなみに魔力に優れているセイレーンだが、水の中だとサハギンの上位互換的な能力を持っていて、両足がそれぞれ独立した尾ビレに変化するらしい。
「確かにアマゾネスがいたら面倒ね」
「というか、この性格の悪さから考えると、いると思っておかないと大変じゃない?」
「そうですね」
多くの亜人は武器を持っている。
どこから調達しているのかは分からないが、有力なのは亜人特有の能力になっていて、魔力で武器を作り出しているんじゃないかと言われている説だ。
通常種や上位種だと粗末な武器が多いが、希少種になると店売りと比べても遜色なかったりするし、異常種や災害種ともなればオーダーメイドの最上級品に匹敵するから、武器を奪取しようと試みたハンターも少なくない。
だが亜人を倒してしまうと武器は消滅するし、上手く強奪出来たとしても消えてしまうらしく、人間が使うことは出来なかったと記録されている。
もちろん倒しても武器は消滅するから、今じゃ亜人から武器を奪おうと考えているハンターはほとんどいない。
アマゾネスは森に生息している事から、使用している武器は剣や短剣、弓が多い。
槍を持ってる個体もいない訳じゃないが、滅多にいない。
森に特化した生態だと言われているが、装備的に見ても能力的に見ても市街戦、というかゲリラ戦向きだ。
そう考えると、マジでいそうだな。
「その時はその時でしょ」
「まあね」
まあ確かに、いてもいなくても俺達のやる事に変わりはないか。
出発して1時間ぐらいか、俺達はベスティアの中央広場に該当するエリアに到着した。
道中で現れたのはホブ・ゴブリンやレッドキャップ・ゴブリン、ゴブリン・プリンス、ゴブリン・プリンセスといったゴブリン種のみだったが、異常種のゴブリン・プリンスが5匹、ゴブリン・プリンセスも3匹現れたから、少し面倒だったな。
「ヒーラーズギルドの位置は変わっていませんし、予想通りセーフ・エリアになっていますね」
「ですね。他のギルドも見えるし、この辺りは基本的にはベスティアのままみたいね」
ユーリも真子さんもヒーラーだから、ベスティアのヒーラーズギルド・トラレンシア本部にも何度も足を運んでいる。
だから位置が変わってない事はすぐに分かったようだ。
俺も確認してみたが、ハンターズギルドやクラフターズギルドもあるな。
ヒーラーズギルドとプリスターズギルドはセーフ・エリアになっている事が多いが、他のギルドはそうじゃない。
クラフターズギルドやトレーダーズギルドには脱出用の転移陣があるらしいし、ハンターズギルドには階層地図がある事もある。
地図といっても街の見取り図程度だし、裏道が記載されてない事もあるらしいが、それでも調査を大幅に短縮できるから、俺達としても是非入手しておきたい。
「ただここはベスティアとほとんど同じだから、地図と言ってもベスティアそのままっていう可能性もあるのよね」
「うわ、面倒くさ……」
確かにリカさんの言うように、その可能性は低くないと思う。
だけど地図があるのとないのとじゃ、調査効率を考えてもだいぶ違うはずだ。
「ベスティアの地図だとしても、わたくしにとっては大事です」
「地図ですからね」
あー、確かにそうだった。
昔の地球もそうだったらしいが、地図は重要な軍事機密でもある。
だからヘリオスオーブでも、詳細な地図は統治者達が厳重に管理しているし、地図作成用の
ソレムネやレティセンシアは、秘匿してるらしいが。
「それも含めて確認しましょう。幸いセーフ・エリアは中央広場全部が対象みたいだから、各ギルドもエリアに入ってるし」
「おっきいセーフ・エリアだよね」
「ああ、ヒーラーズギルドを除いた4つのギルドが、ちょうど北西、北東、南東、南西の位置にあるから、魔法陣として機能してるってことなのね」
ギルドの位置関係は俺も見当がついてたから、真子さんのいうようにハンター、クラフター、トレーダー、バトラーズギルドで四方陣とでも言うべき魔法陣が形成されて、通常より大きいセーフ・エリアになったんだろうな。
ヒーラーズギルドは20年ぐらい前に出来たそうだから少し外れてるが、それでも無関係って訳じゃないと思う。
「大和、ヒルデ姉様、ハンターズギルドを見てきたけど、地図は無かったわ」
「そうなのですか?」
「はい。ここはベスティアを模していますから、
「クラフターズギルドやトレーダーズギルドにも、転移陣はありませんでした。リディアさんの仰る通りかもしれません」
プリムとリディアがハンターズギルドを、フラムとルディアがハンターズギルドを、ミーナとアテナがトレーダーズギルドを、マナとエオスがバトラーズギルドを調べてたんだが、本来ならあるべきはずの外への転移陣や階層地図が見当たらなかったと報告してきた。
ますます四方陣の影響が否定できなくなってきたな。
「まあ転移陣が無くてもエスケーピングがあるし、地図だって普通は無いのが当然なんだから、そこまで問題になる訳じゃないけどな」
「そうですね。それにしても四方陣、ですか」
ベスティアはトラレンシア建国と同時に建設された都市だから、180年ぐらい前か。
ということは、カズシさんとユカリさんが絡んでると見て間違いないな。
いや、俺でも同じ事考えるだろうから、人の事をとやかく言うのは止めておこう。
とりあえずもう少し調査をしてから休憩して、それから第4階層を目指す事にするか。
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