市街地階層の謎

Side・アリア


 クラテル迷宮第3階層へ下り、少し調査を行った私達は、セーフ・エリアに戻り野営をする事になりました。

 現れた魔物はゴブリンのみでしたが、数は多かったと言ってもいいでしょう。

 稀に上位種も混じってきましたが、ほとんどが希少種というのはどうかと思いました。

 今回クラテル迷宮の調査に来た方々の中で私だけノーマルクラスですから、正直言いまして少し後悔もしています。

 そもそもウイング・クレストに所属している方々は、ノーマルクラス4名、ハイクラス11名、エンシェントクラス10名と、一般的なレイドやユニオンとは一線を画しています。

 普通でしたらノーマルクラスが一番多いものなのですが、逆に一番少ないという時点でおかしいとしか言えません。

 しかもノーマルクラスは私、フィアナさん、レイナさん、カメリアさんと、Bランクハンターとして名を馳せつつあったカメリアさんを除く3名は戦闘未経験者でしたからね。

 遠くない将来ヒルデ様、ミレイさん、セラス様も加入なされますが、ヒルデ様とミレイさんはハイクラスですし、それどころかヒルデ様に至ってはエンシェントクラス間近ですから、戦力増強というレベルのお話ではありません。

 ラウスさんの婚約者となられたリヒトシュテルン大公家ご令嬢のセラス様が、とても気の毒です。


 いえ、人の心配より、今は自分の心配ですね。

 ウイング・クレスト加入後にハンター登録を行った私ですが、レベルはゆっくりと上げていけばいいと皆さんに言われています。

 私も、急いでレベルを上げる必要性は感じませんでしたから、お言葉に甘えさせて頂いていますが、それでも早めにハイクラスに進化してもいいかもと思い始めています。

 自分でも驚きなのですが、正式に大和様と婚約した事が影響しているのですから仕方がありません。

 神託の巫女として大和様にお仕えする事になった私ですが、正直に言いまして、このような事になるとは思ってもいませんでした。

 初代教皇ルナリア様と大和様と同じ客人まれびとのシンイチ様がご結婚されたお話は、演劇にもなっていますから私もよく知っていますが、私は普通に巫女としてお仕えし、シングル・マザーになる事があるかもしれないと考えていた程度です。

 もちろん大和様の性格次第では、それすらお断りしていたでしょう。


 ですが大和様は、私が懸念していたような性格の御方ではなく、謙虚で礼儀正しい御方でした。

 3種もの終焉種を討伐しているというのに、ご自分の成果を自慢された事は一度もありませんし、目上の方には丁寧に接しておられますし、行軍中に私の事もよく気遣って下さいました。

 ですから大和様との婚約も、私はすんなりと受け入れる事が出来たと思います。

 少しひねた性格をしている私ですから、本当にすんなりと受け入れられたのかは微妙なところではありますが。


「明日は昼頃まで調査をして、その後でクラテルのハンターズギルドとセイバーズギルドに報告して、それからフィールに帰るって事でいいか?」

「それで良いと思うわ」

「あたしも」

「ベスティアには報告しなくてもいいのですか?」


 3日後にはフロートに行かなければなりませんから、調査は3日と決めてあります。

 ハンターズギルドはもちろんセイバーズギルドにも報告を入れるのも当然ですが、今回はヒルデ様も調査に参加されているのですから、ベスティアにも報告を入れるべきではないのでしょうか?


「調査が終わればベスティアに戻りますから、その時にわたくしの口から説明する事になっていますよ」


 ヒルデ様が直接、ですか。

 いえ、ヒルデ様はトラレンシアの女王陛下ですから、そうしていただいた方が話は早いでしょう。


「俺達はトラベリングを使えるから、ベスティアにも直接報告に行った方がいいんじゃないかっていうアリアの気持ちも分かるけどな。だけど普通のハンターはトラベリングなんか使えないから、報告なんかは近隣のギルドだけでいいんだよ。都合がつくようなら、本部に直接出向いて報告する事もあるが」

「それも滅多に無いけどね」


 確かに大和様の仰る通り、トラベリングを使える方が増えたとはいえ、それでも30名もいないのでした。


「ところでエオス、市街地階層なんだけど、ここってベスティアがモデルになってると考えていいのよね?」

「おそらく、としか言えませんが」

「白妖城や雪妖宮ゆきあやしのみやが無いのは、別の島にあるからって事になるのかしら?」

「その認識で正しいと思いますが、白妖城や雪妖宮ゆきあやしのみやを含めるとかなり広大な階層となりますから、迷宮ダンジョンとしても魔力が足りなかったのではないでしょうか?」


 マナ様とリカ様が、エオスさんに市街地階層について尋ねています。

 エオスさんによれば、迷宮ダンジョンにある街や村は階層の一部でしかなく、広くても2時間あれば抜ける事が出来るそうです。

 ですからこの第3階層のように、全てが市街地になっている階層は聞いた事がないと仰います。

 しかもその市街地がベスティアとなれば、踏破にどれほどの時間が掛かるのか見当もつきません。


「だけどさ、ベスティアと同じ感じだって事なんだし、どこに何があるかは分かりやすいよね?」

「それが救いですね。白妖城の城門前やギルド本部などには、高い確率で何かがありそうですし」


 市街地階層は森や草原、雪原、砂漠に隣接して街や村といった居住区がありますが、その居住区には実際の街や村と同じように、様々な施設があります。

 正確には施設を模した建物だけなのですが、しっかりとギルドやお店の看板が掲げられていますから間違えるような事はありませんし、建物によっては見ただけで分かります。

 中でもヒーラーズギルドやプリスターズギルドはセーフ・エリアになっている事が、王城や領主館は次の階層への入口になっている事が多いそうです。


「問題は、細部がどうなってるかだな」

「そうね。ベスティアと全く同じなら、階動陣もセーフ・エリアも場所は特定出来てるようなものだけど、それだけとは限らないでしょうし」

「地道に調査をするしかないでしょうね」


 大和様、プリム様、真子様が、悩みながらも細部の予想をされています。

 城門の場所は変わっていないでしょうが、少し調査を行っただけでもベスティアの街とは細部が異なっているとヒルデ様が仰っていました。


「抜けるだけなら簡単だが、調査もって事になると時間が足りないか」

「第3階層がベスティアを模した街って事なんだし、調査は後回しでも良いんじゃない?」

「ボクもルディアに賛成。第4階層がどうなってるのかも気になるし」

「私もルディアとアテナに賛成かな」


 ルディアさん、アテナさん、リカ様の言葉に、皆さん首を縦に振っています。


「実は俺もだ。調査は必要だが、基本的にはベスティアと変わらないような気がするし、先の階層も気になるからな」

「なら決まりね」


 どうやら明日は、この第3階層を踏破し、第4階層を目指す事になったようです。

 ノーマルクラスの私ではあまりお役に立てませんが、皆さんが決められたわけですから、頑張ってついて行くしかありませんね、これは。


Side・リディア


 一夜明けて、私達は第3階層の調査を開始しました。

 あ、昨夜は第3階層に下りてすぐのセーフ・エリアで野営をしましたが、ここまで来る人はいないでしょうから、夜番は無しでした。

 ですから真子さん、アリアちゃんを除く全員が寝室に集まって、しっかりと大和さんに可愛がってもらいましたよ。

 さりげなくヒルデ様付きのバトラー ミレイさんも、初めて混じってきましたが。


「お盛んねぇ、大和君?」

「えーっと……まあ、その……」


 真子さんから白い目を向けられた大和さんが、口籠っています。

 真子さんも正式に大和さんと婚約していますが、真子さんは大和さんと同じ地球出身ですから、まだ大和さんに抱いてもらう覚悟は出来ていないみたいです。

 一夫一妻の世界から来た客人まれびとですから仕方ないのですが、私からすれば早く覚悟を決めればいいのにと思ってしまいます。


「真子、その辺にしといてあげて」

「昨日は調査もだけど、けっこうな数の魔物を狩ったから、あたし達も昂っちゃったのよ」


 マナ様、プリムさんの言う通り、100を優に超える魔物を狩った事もあって、私達だけではなく大和さんも、昨夜は物凄く昂っていました。

 そのせいもあってか、寝付けた時間は12時近かったりします。


「そうそう。というか、真子だってエンシェントヒューマンに進化してるんだから、実は大変でしょ?」

「ちょっ!そ、そんな事は無いわよ!」


 そしてルディアの遠慮ないツッコミに、真っ赤な顔をして否定する真子さん。

 ですが私は知っていますよ。

 アリアさんは空いている寝室で寝ていましたが、真子さんは寝心地を確かめたいという理由で客室に入り、そこで1人で慰めていた事を。

 ちょっと夜食を作りに行った際に、客室から小さな喘ぎ声が聞こえてきましたから間違いありません。


「なななななっ!」


 真子さんの耳元でこっそりと呟いたら、真子さんの顔がさらに赤くなりました。

 これは夜が楽しくのなりそうですね。


「何の話をしてるんだ?」

「な、なんでもないわよ!」

「そうですね。女同士の内緒話ですから、大和さんにはちょっと」


 いくら私でも、女性のそういうお話を、夫や夫になる人に教えるつもりはありません。

 ベッドの中では別ですけど。


「そう言われてしまえば、俺も突っ込めないな」


 コーヒーを飲みながら、苦笑する大和さん。

 大和さんのお話によると、ヘリオスオーブのコーヒーは地球のそれとは少し違うそうです。

 どちらも同じ木の実ですが、ヘリオスオーブの方が苦みが少なく、甘いと仰っていました。

 そのコーヒーの実ですが、実はブリンク種という魔物から採れる魔物素材だったりします。

 コーヒーの実の他にもカカオの実やアーモンド、ナッツ類も採れますし、それらの実が採れるブリンク種はTランクからBランクですから、駆け出しのハンターにとっては手頃な魔物となっています。

 当然ブリンク種にも希少種や異常種は存在していますが、それらから採れる木の実は高級品となり、高額で取引もされていますね。


「ごちそうさん。少し食休みを挟んで、調査開始といくか」

「そうですね。あ、すいませんマリサさん、紅茶のおかわりを頂けますか?」

「かしこまりました」


 ミーナさんが紅茶のおかわりを受け取り、食事を再開しました。

 私もですが、全員が同時に食事を終えるワケではありませんから、私も紅茶のおかわりを貰いましょう。


「大和、どうするの?」

「そうだな、まず建物の配置とかは、ベスティアと同じだと仮定しよう」

「それはそうね」


 ここがベスティアと違う点があるとしても、まずは明確な目標を決めなければ何も出来ません。

 同じならそれでよし、違うならどこが違うのかを比較できますからね。


「昨日少し見たから細部が異なってるのは間違いないんだけど、入ってすぐの辺りはベスティアと変わらなかったから判断が難しいね」

「本当ですね。ですがイスタント迷宮の第6階層は、ほとんど一本道でしたよ?」

「市街地階層はだいたいそんな感じらしい。だから踏破するのは難しくないんだが、調査となると別の通りとか裏道とかもあるから、かなり手間が掛かる」


 私も迷宮ダンジョンの事は調べましたが、市街地階層の攻略難易度はかなり低くなっていました。

 魔物こそ階層によってモンスターズランクが異なりますが、ほとんど一本道ですし、セーフ・エリアも2つ以上ある事が多いですから、遭遇する魔物によっては戦闘が発生しない事もあるそうです。


「階動陣はほぼ間違いなく城門付近でしょうから、迷わなくて済みますね」

「ええ。ゴブリン以外にも魔物がいるだろうけど、2時間も掛からないでしょう」

「だからといって、調査をしないワケにもいかないでしょう?」

「だから中央広場付近だけになるけど、何があるかはちゃんと調査していくつもりですよ」


 どうやら方針が決まったようです。

 ベスティアの大通りは、街の中央で十字に交差しています。

 中央にはハンターズギルドやクラフターズギルド、トレーダーズギルド、バトラーズギルドがありますが、ヒーラーズギルドは中央から少し東に、プリスターズギルドはベスティアの西地区にあります。

 ですから今回は、プリスターズギルドまでは行きません。

 セーフ・エリアはヒーラーズギルドが該当していると思いますが、他のギルドにも何かあるかもしれませんから、力を入れるとしたらその辺りですね。

 いえ、ハンターズギルドは高確率で罠でしょうから、出来れば近付きたくないんですが。

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