クラテル迷宮第3階層

Side・ヒルデ


 セーフ・エリアで小休止を挟み、わたくし達は第3階層へと降り立ちました。


「これはまた面倒な……」

「話には聞いてたけど、本当にあるのね」


 ですがその第3階層は、驚いた事にベスティアの街並みでした。

 さすがに白妖城や雪妖宮ゆきあやしのみやは見当たりませんが、それでもわたくしには想定外です。


「やっぱりベスティアなのね。見たことある街並みだと思ったわ」

「白妖城がないから、ぱっと見じゃ分からないかもしれないわね」


 わたくしを除くと、最もベスティアの街に詳しいのはマナとプリムになります。

 ですが白妖城が無かった事から、わたくしと同様に一瞬どこの街なのか判別が出来なかったようですね。


「ベスティアとなると、けっこう広いってことか」

「そうなるわね。私はここまで完全な市街地階層は初めてだけど、エオスはどう?」

「私も初めてです。と言うより、現存している迷宮ダンジョンにある市街地階層は、最大でも階層の半分程だったと記憶していますから、恐らく完全市街地階層はクラテル迷宮が初ではないかと」


 マナとエオスは、ハンターとして迷宮ダンジョンに入った経験がありますが、市街地のみで構成された階層は経験がなく、それどころかその階層を持つ迷宮ダンジョンが存在しないのではないかとまで口にしました。


「ソルプレッサ迷宮やイスタント迷宮にもあったけど、確かに階層の一部だったわね」

「ソルプレッサ迷宮はさらに一部で、亜人もいませんでしたからね」


 迷宮ダンジョンにある街や村には、高確率で亜人が生息しているそうです。

 事実としてイスタント迷宮第6階層にある砂漠の街には、ルーン・ワルキューレ、シェル・セイレーン、ウェヌス・アマゾネスが生息していたと聞きます。

 ですからここクラテル迷宮第3階層にも、亜人が生息していると判断しなければなりません。


「問題は、どの亜人がいるかだな」

「それね。イスタント迷宮は3種の上位亜人がいたけど、生息地としては少し離れてたみたいだから、完全に市街地になってるここだと想像もつかないわ」

「複数種が生息してる可能性もありそうですね」


 市街地階層に生息している亜人は、水辺に生息しているサハギンとセイレーン以外は特に決まっておらず、実際に遭遇するまでは分からないそうです。

 アマゾネスやワルキューレも可能性は低いそうですが、難易度からの推測ですと生息していてもおかしくはないとマナは言います。


「細部までベスティアと同じって考えてもいいのか?」

「そこは微妙なところね。特に住宅街や貴族街なんかは、再現されてない可能性もあるわ」

「市場もですが、狭く入り組んだ場所を再現しても、生息している亜人や魔物にとっては意味がありませんから、大通りや広場などが優先的に再現されている事が多いのです」


 大和様の質問に答えるマナとエオスですが、その答えにはわたくしも納得できます。

 亜人もランクが上がると体格が大きくなりますが、魔物は元から大きな種も少なくありません。

 ですから市街地階層にある建物は、基本的に中には入れず、仮に入れたとしても家具は一切ないそうです。


「ハリボテって事なのね。まあ家具なんかがあっても、逆に怖いんだけど」

「亜人が住んでいる場合もありますから、無警戒というワケにはいきませんが」


 亜人にとっては、自分達で集落を作るよりも頑丈で住みやすいということですか。


「亜人も問題ですが、生息している魔物も気になります」

「そうなのよね。見た感じだと、ここはベスティアの正門になるから大通りも広いけど、他の通りはここまで広くはないし、場所によっては半分以下になる。となると生息してる魔物は、比較的小型ってことになりそうね」


 ベスティアだけではなくフロートもそうですが、正門から続いている大通りは獣車が10台は並んで進めるほどの広さがあります。

 ですが1つ奥の通りですと、獣車5台分、場所によっては獣車どころか人1人が通るのがやっとという通りもありますから、大型の魔物が生息していたとしても場所が限られてしまいます。

 ですから可能性が高いのは、人間と大差ない大きさの魔物や空を飛ぶ魔物でしょう。


「調査をするにしても、今日はセーフ・エリア周辺しか無理か」

「時間も時間だしね」


 セーフ・エリアで小休止を挟んだとはいえ、あと2時間もすれば日は沈んでしまいます。

 ですから調査をするにしても、セーフ・エリアのある正門周辺から離れられません。

 ベスティアの街でしたら、正門から白妖城までは1時間もあれば到達出来るのですが、ベスティアを模した街並みとはいえ、ここは迷宮ダンジョンです。

 魔物は当然ですが、細部は異なっていると考えなければなりませんから、無理は禁物です。


「さて、ここには何が出てくるのか」


 調査は1時間のみと決めたわたくし達ですが、戦力を分散させる愚は犯しません。

 ウイング・クレストの皆様ならば問題無いと思いますが、万が一の事を考えると纏まって動くべきですから。


「あ、来たわね」

「まずはゴブリンか」


 セーフ・エリアを出て正門を潜ると、さっそくゴブリンのお出迎えのようです。

 ゴブリンはIランクの亜人ですが、ここは迷宮ダンジョンですから1つ上のランク相当となります。

 しかも出てきたゴブリンは、どうやら希少種のようですね。


「B-Rランクのレッドキャップ・ゴブリンか。ここが迷宮ダンジョンだって事を考えると、まあ妥当か」

「S-Rランク相当って事だしね。でも10匹ぐらい来てるから、レイドによっては大変じゃないかな?」


 レッドキャップ・ゴブリンはホブ・ゴブリンと同じく、身長120センチ程しかありませんが、血のように真っ赤な帽子と革鎧のようなものを纏っているように見えます。

 希少種ですから見た目以上の力を持っていますし、Sランクモンスターに匹敵する個体も少なくありません。

 迷宮ダンジョン内ということを考慮すると、Gランクモンスターと同等の力を持つ個体もいるかもしれません。

 そのレッドキャップ・ゴブリンが一度に10匹以上となると、ハイクラスでもタダでは済まないでしょう。


「大変だが、合金次第だろうな」

「アミスターじゃほとんど行き渡ってるみたいだけど、トラレンシアはこれからだものね」


 合金次第と仰る大和様ですが、確かにその通りかもしれません。

 ヘリオスオーブで武器に使われている金属は鉄や魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイト神金オリハルコンですが、神金オリハルコン迷宮ダンジョンに生息しているオリハルコン・パペットやオリハルコン・ゴーレムから採れる以外はグラーディア大陸でしか産出しません。

 ですから鉄、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトが一般的なのですが、これらの金属はノーマルクラスなら問題無いのですが、ハイクラスの魔力には長時間耐える事が出来ません。

 そのため早ければ数日、長くても数ヶ月程で武器を新調しなければなりませんでした。


 ですが大和様が地球の知識を元に提案された合金、翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネ、そして瑠璃色銀ルリイロカネは、神金オリハルコンに匹敵する性能を誇っているため、ハイクラスどころかエンシェントクラスが全力で魔力を使用しても劣化を起こす事がありません。

 わたくしが使っている大鎌スノーヒル・クレッセントも、大和様と婚約した際に瑠璃色銀ルリイロカネで製造をして頂きました。

 ですから合金が一般に、いえ、ハイクラスに行き渡れば、ハンターやセイバー、オーダーの戦力は格段に上がることになります。

 事実としまして、スリュム・ロード討伐戦やクラーゲン会戦中に現れたアントリオン・エンプレス率いるアントリオンの群れを、大きな犠牲を出すことなく撃退に成功しています。


「そこはお兄様も考えてるし、トラベリングを使える人も増えたから、春を待たずにトラレンシアにも合金が出回ることになるでしょう」


 魔銀ミスリルは少量でしたら産出しますが、金剛鉄アダマンタイト、そして晶銀クリスタイトが産出しないトラレンシアでは、他国からの輸入に頼っています。

 ですから早期に合金を輸入、もしくは製造出来るようになるのであれば、トラレンシアとしては大歓迎です。


「それに期待だな。まあそれを差し引いても、この迷宮ダンジョンは凶悪だが」

「ホントにね。ともかく今は、あいつらを倒しましょうか」

「ではわたくしが」

「私も行きます」


 合金に関しては、わたくしに出来る事はありません。

 ですが目の前のレッドキャップ・ゴブリンを倒す事でしたら、わたくしにも十分可能です。

 ウイング・クレストはエンシェントクラスも多いですから、希少種とはいえゴブリン程度に遅れをとるような事はありません。


「ラクス、行きますよ!」


 早速ユーリが、固有魔法スキルマジックヘビーレイン・ソーンを使い、レッドキャップ・ゴブリンの足を止めつつ、3匹程倒しています。

 わたくしも負けてはいられませんね。


「はあああっ!」


 わたくしも適正を持つ闇属性魔法ダークマジック氷属性魔法アイスマジック天賜魔法グラントマジック結界魔法と融合魔法を組み込んだ固有魔法スキルマジックダークフィールド・サイスを使い、レッドキャップ・ゴブリンを斬り捨てました。

 結界魔法を組み込んでいるとはいえ、ダークフィールド・サイスは結界を作り出す魔法ではありません。

 スノーヒル・クレッセントに、融合魔法で融合させた闇属性魔法ダークマジック氷属性魔法アイスマジックの刃を纏わせ、その刃を結界魔法で覆い、刃を保護しています。

 そのような事をした理由は、融合させた闇属性魔法ダークマジックによって刃を超振動させているからです。

 超振動によって振るわれた刃は、普通に武器を振るうよりも高い切断力を発揮しますが、同時に刃にも大きなダメージを与えることになります。

 ですから保護のために、結界魔法を使っているのです。

 トラレンシア妖王家王祖カズシ・ミナト・トラレンシア様が妖王家秘伝として残された固有魔法スキルマジックですが、伝わっていたのは概要のみですから、代々の女王は自らの魔法を駆使し、カズシ様が開発なされた固有魔法スキルマジックの再現を目指してます。

 わたくしも母から教えていただき、ハイクラスに進化する前から使用しています。


固有魔法スキルマジックはまだですが、私も援護させていただきます」


 アリアもスターライト・オーブを駆使し、アース・アローで援護を開始しています。

 いえ、よく見たらアース・ランスも混じっていますし、1匹ではありますが、しっかりと倒せていますね。

 アリアの星球儀スターライト・オーブは、国宝級の天魔石をいくつも使っているため、ノーマルクラスとは思えないほど属性魔法グループマジックの威力と精度を上げています。

 武器とは思えない見た目ですが、緊急時には盾を展開する事も可能です。


「私の分も残して欲しかったけど、ゴブリンだから仕方ないのかしら?」


 あ、申し訳ありません。

 ラピスライト・レイピアを鞘に納刀しながらリカ侯爵が残念そうな声を上げましたが、彼女が攻撃を行う前に、レッドキャップ・ゴブリンは全滅してしまっていました。

 わたくしとしたことが……。


「いえ、お気になさらないで下さい。まだ出てくるでしょうから」


 笑顔でそう口にするリカ侯爵ですが、確かにここは迷宮ダンジョンですし、しかも市街地を模した階層ですから、亜人はまだまだ出てくるでしょう。


「ありがとうございます。では次に出てきた魔物は、侯爵を中心に狩るという事でよろしいですか?」

「それでいいぞ」

「相手によりけりね。さすがに異常種なんかが出てきたら、あたし達も戦うし」


 大和様とプリムが同意してくれましたが、異常種が現れた場合は自分達も手を出すと言われてしまいました。

 亜人の異常種でしたら、クラーゲン会戦でわたくしも討伐した経験がありますが、迷宮ダンジョンに生息している亜人は1つ上のランク相当になりますから、さすがに手に余りますか。

 いえ、わたくしもエンシェントクラスへの進化が見えてきていますから、可能であればこの調査中に進化をし、大和様と共に歩んでいけるよう頑張りたいと思います。

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