大海の魔物
俺達が今調査中の瀑布の火山は、岩と溶岩の火山に並ぶ第2階層最大の難所と言っても過言じゃない。
登り始めてから3時間近く経つが、周囲は透明度の高い水の壁だから、太陽っぽい光が反射して眩しくて仕方がないし、湿度がクソ高い上に気温まで上がってきてやがる。
いや、クレスト・ディフェンダーコートには日差しを遮る魔法を付与させてるから、こっちはまだ何とかなってるんだが、問題なのは湿度だ。
気温に関しても、それなりに快適になるように調整出来てはいるんだが、激しく動けばやっぱり暑くなる。
しかもここは、周囲に大量の水がある状況だし、火山地帯って事もあってか気温も高いから、まるで日本の夏みたいにジメジメとしていて、凄まじく蒸し暑い。
「汗が凄い事になってて気持ち悪いわ」
「かといってコートを脱いだら、もっと大変な事になりそうね」
マナやリカさんも、不快指数の高さにウンザリしているが、気持ちは凄くよく分かる。
人体にしか効果がないから服とかが濡れる心配はないんだが、それでも数十分おきぐらいに使わないと汗で気持ち悪い。
だが、いくら魔力消費の少ない
「うわ、気温は40度超えてるじゃないの。湿度は分からないけど、本当に日本の真夏並みだわ……」
「マジですか……」
真子さんが刻印具の気温計アプリを見ながら呟いたが、まさか気温が40度を超えてるとは思わなかった。
すさまじく蒸し暑いし、本当に日本の真夏並みだな。
「ディフェンダー・コートのおかげで湿度もマシになってるみたいだけど、これは湿度対策も考えないとダメかもしれないわね」
「そうですね。って、ディフェンダー・コートのおかげ?」
真子さんのセリフに、俺だけじゃなくみんなが首を傾げた。
確かにクレスト・ディフェンダーコートに付与させた魔法は、外気温や直射日光の調整以外にもいくつかあるが、湿度に関しては無警戒、無調整だったはずなんだが?
「コートを脱げば分かるけど、冷房効果を持たせてるおかげでマシになってるのよ」
真子さんが簡単に説明してくれたが、気温を下げると空気中の水分が液体になり、その水分を排除する事で湿度が下がるんだそうだ。
「ってことは除湿器を作ろうと思ったら、空気中から水分を集めて、それを捨てればいいと?」
「私も原理とかは詳しくないから、結界魔法を使って対策した方がいいと思うわよ?」
それもそうか。
実際、天樹製獣車のミラールームは外気と遮断されてるから、これだけ湿度が高くても快適に過ごせている。
デッキや展望席は、今は結界の天魔石を使ってないからダイレクトに蒸されているが、事前に使っておけば良かったって事か。
いや、結界の天魔石には外気温の遮断、というか調整出来る魔法付与もしてるから、今からでも使っておくべきか。
「あ、なんか涼しくなってきたわ」
「本当ね」
結界の天魔石を起動させてしばらくすると、デッキや展望席も涼しくなり、湿度が下がってきた事も分かった。
助かったな、これは。
「この問題は解決しても、あっちの問題はまた別ね」
「あっちって……また来たのね」
天樹製獣車が快適だろうとなんだろうと、魔物にとっては全く関係ない。
こうしてる間も、魔物は獣車に向かって泳いできている。
あの影はサハギンだな。
この瀑布の火山に生息していた魔物は、他の火山と同じく亜人1種、魔物4種だった。
亜人はC-NランクのサハギンとB-Uランクのコーラル・サハギン、魔物はS-Nランクのウォーター・スパイダーにG-Uランクのランス・マリーン、S-Nランクのサンダー・スクイドにG-Uランクのチェーン・スクイド、そしてS-Nランクのモササウルスだ。
サハギンは小説とかでおなじみの半魚人で、鱗は青、上位種のコーラル・サハギンは、両手と首回りに真珠と思しきイボらしきものがあった。
とはいえ亜人なので、体から生えてると思える真珠も無価値なものなんだが。
ウォーター・スパイダーは水中に生息している蜘蛛で、口から糸を吐いてくる。
吐く糸は撥水性が高いので天幕とかに利用するため需要も多く、意外にも足が食えるらしい。
俺は食いたいとは思わないけどな。
ランス・マーリンはカジキマグロだったが、伸びている上顎は自分の体より長くてデカかったな。
上顎は槍の素材として高級品となっているし、赤身はマグロそのものだし、骨を使って出汁も取る事が出来るから、S-Nランクのスピア・マリーンも含めて美味しい魔物と言える。
サンダー・スクイドは、バレンティアに向かう際に船の上で遭遇した事がある、
モササウルスは名前の通りサウルス種で、ワニのような見た目をしており、バレンティアの南方に生息しているそうだ。
水棲魔物は陸に上がると脅威度が1ランク下がるが、中には下がらない魔物も存在しており、モササウルス種も含まれている。
生態はサウルス種の中でも群を抜いて謎に包まれており、生息域にある島に上陸しているとの噂もあるため、陸上でも普通に活動出来るのではと考えられていたな。
低ランクのサウルス種はブレスを吐いてこないが、モササウルスは普通に吐いてくるのも厄介だ。
素材としては牙と爪、鱗に皮だが、骨も丈夫なので利用価値が高く、Sランクの中でも買取総額はトップクラスでもある。
「こんなもんかしらね。それにしてもこのサハギン、どこに集落作ってるのかしら?」
「そういえばそうね」
「あれじゃありませんか?」
あっさりとコーラル・サハギンを倒したリカさんとマナがそんな事を言うが、そういやそうだよな。
亜人は
実際、他の火山に生息していた亜人も、ちゃんと集落があった。
だけどここは山道ぐらいしか陸地がないから、いくら水棲亜人のサハギンといえど、集落を作れるとは思えない。
そう思ってたんだが、フラムが何かを見つけたようだ。
「あれは……確かに集落っぽいわね」
「なるほど、水底というか山底というか、そこに集落をつくってたワケね」
そういうことか。
確かにここは
どれだけの深さかは分からないが、確かに底の方に目を向けると、空気の泡みたいなのがいくつか見えて、粗末ながらも建物らしき物も見えるな。
フィジカリングを使えば視力も強化されるが、エンシェントヒューマンに進化してるおかげで、数百メートルぐらいなら問題無く見えるから分かったようなもんだが。
「他の火山は魔物の縄張りがはっきりしてたけど、ここは曖昧な感じね」
「そういえば、確かにそうだな。まあ障害物もないし、場所的にそれは仕方ないんじゃないか?」
「そうかもね。っと、今度はモササウルスみたいよ」
「いえ、あれはティロサウルスですね」
今度はG-Uランクモンスターか。
モササウルスの上位種に当たるティロサウルスはモササウルスより一回り大きく、体長は7メートル程ある。
だが牙は鋭くなり、犬歯がサーベルタイガーのように上顎から伸びているため、より凶悪な印象だ。
「しまった、牙が片方折れちゃったわ」
「スターリング・ピアスターを大きく作り過ぎたんじゃない?」
だがそのティロサウルスは、マナのスターリング・ピアスターを口の中に突き刺され、あっさりと絶命していた。
そのスターリング・ピアスター、結構な大きさだったらしく、口の中に突っ込んだ衝撃で左側の牙が中ほどから折れちまったが、こればっかりは慣れるしかないだろう。
「今回は調査が目的なわけだから、そこまで気にしなくてもいいだろう」
「そうかもしれないけど、ハンターとしては反省しなきゃいけないわよ」
さすがに
マナの
だけど今回は、その制御をミスったって事になるんだろう。
「それにしてもこの山、分かりにくいわね」
「本当にね。でも他の山と同じぐらいだろうから、そろそろ山頂が見えてくるんじゃないかしら?」
「そうです……あ、見えてきましたよ」
おっと、どうやら山頂に到着か。
火山というからには火口があって、そこには溶岩が煮えたぎってるイメージだが、ここは水が山の形をしている火山だから、火口がどうなってるのか見当もつかない。
「あれがセーフ・エリアだね。あ、階動陣もあるよ」
「ホントだ。ということは、ここが第3階層への入口ってことかぁ」
それがあるって事は、上か下のどちらかの階層に移動出来るという事になる。
ただ上か下かは実際に使ってみないと分からないんだが、階動陣は対応してる陣の間を行き来するための物だから、階層の様子が分かれば上か下かの判断はしやすかったりもする。
第1階層の階動陣は2つで、対応している陣も特定できてるから、ここの階動陣は第3階層へ行くための物で間違いないだろう。
「まだ3時だから時間はあるけど、実際にどうするかは第3階層の様子を見てから決めるべきかしらね」
「それが無難でしょうね。その前に、少し休憩しない?」
「賛成です」
確かに中途半端な時間だな。
第2階層はまだ少し未踏破区画が残っているが、次の火山に階動陣があるとは限らないし、少しばかりなら第3階層の様子を見ておきたい気持ちもある。
この後どうするかも含めて、休憩中に決めるのも悪くないな。
そのセーフ・エリアは山道が広くなったようなエリアだが、火口からは離れているし、火口に続く山道は見当たらなかった。
火口は全周囲から凄い勢いで水が流れ出ているから、それも仕方がないか。
「セーフ・エリアの上も水で覆われてるのね」
「だからどこにあるのか、全く分からなかったんですね」
「周囲や上まで水で覆われてるなんて、幻想的な光景ですね」
「ええ、綺麗よね」
自分の上にも水があるが殺風景だから、アクアガーデンとは呼べない。
強いて言うならアクアスペースか?
どうでもいいか。
デッキや展望席でマリサさん、ヴィオラ、エオス、ミレイが用意してくれたお茶を飲みながら、女性陣が普段見る事のない光景に感動している。
気持ちは分からないでもないが、俺からすれば安全に魔物を観察出来る良い機会だとしか思えないから、女性陣とは視点が違うような気もしなくはない。
「この後だけど、このまま第3階層に行ってみるか、第2階層の調査を継続するかだが、どっちにする?」
「第2階層は8割近く調査が終わってる訳だし、第3階層に行ってもいいんじゃない?」
「私もルディアさんに賛成です。確かに第2階層の調査は終わっていませんが、第2階層が火山地帯だということはセイバーズギルドでも確認している訳ですし、第3階層への階動陣も見つけていますから、様子を見るぐらいはしておくべきかと」
ルディアとミーナの意見に、みんなが首を縦に振る。
確かに第3階層がどんな階層なのかは気になるし、調査は明日の昼で一度打ち切る予定だから、先に進んだ方が良いか。
「他にも第3階層への階動陣があるかもしれないけど、難易度はここと変わらない気もするし、急がなくてもハンターが入ってくる事はないんじゃないかしら?」
「トラレンシアにはいないサウルス種がいるのはもちろん、第2階層なのにP-Rランクが出てくるような高難易度
「入るとすれば、行軍に参加したハイクラスぐらいでしょう。もちろんわたくしとしては、制限を設けるつもりはありませんが」
うん、俺もプリム、マナ、ヒルデに賛成だ。
ヒルデには悪いが、トラレンシアのハンターは高ランクモンスターとの戦闘に慣れていない。
行軍に参加したハイクラスでさえ、ソレムネ進攻中に初めてGランクモンスターと戦ったっていうハンターもいたぐらいだ。
そのハンター達は合金製の武器を手に入れているが、トラレンシアではまだ合金製の武器は販売されてないから、ホワイト・ファングが現れた第1階層ですら突破は困難だろう。
「春になればアミスターとの交易が再開されますから、その時に合金を、ハイクラス以上の制限を儲けますが、販売を開始する予定です。それでも場所が場所ですから、ここに来るハンターは多くはないと思いますが」
ヒルデの言う通りだろうな。
とはいえ、
ハンターは国に仕えてる訳じゃないから、下手に強制なんかしたら国から出ていかれるだけだしな。
「あたし達も余裕がある訳じゃないから、この
「そうね。でも万が一迷宮氾濫なんか起こされたらとんでもない被害が出るから、なるべく早く攻略しておきたいわ」
「レティセンシアの動き次第だなぁ。まあギルドが撤退してるし、残ってるトレーダーズギルドでさえ規模を縮小してる訳だから、軍を動かすなんて出来ないと思うが」
「でしょうね」
数日したらソレムネに行かなきゃいけないし、春になったらレティセンシアと軍事衝突があるかもしれない。
だから何階層あるかも分からないクラテル迷宮の攻略は、俺達としても少し辛いものがある。
トラベリングが使えればある程度は解決する問題なんだが、
深い
とはいえ、第2階層からP-Rランクモンスターが出てくるような
だけどソレムネとレティセンシアの方を疎かにする訳にもいかないから、かなり悩ましい問題だ。
なるようにしかならないって言ってしまえばそれまでかもしれないが、それでも出来る事なら早めに攻略したいもんだな。
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