次なる火山は

 セイバーが辿り着いた、岩と溶岩の火山にあるセーフ・エリアで一夜を明かした俺達は、第2階層の調査を再開した。

 それで分かったんだが、俺達が下りた草原の火山は南東、岩と溶岩の火山は南西の端にあったみたいだ。

 だから岩と溶岩の火山の先は、迷宮ダンジョンの壁があるだけだったな。

 なので俺達は、岩と溶岩の火山の下りてから、真っすぐ北に向かった。


 そして現在、俺達は北西側の真ん中辺りにある、火口から水が滝のように流れて、その水が全体を覆っている火山に到着した。


「遠目でも見えてたけど、本当に滝ね」

「本当ね。しかもあの水、火口から流れてない?」

「本当だ」


 プリム、マナ、アテナの気持ちも分からなくはない。

 瀑布の火山とでも呼ぶべき火山か?

 その火山に到達するまでに越えた火山は3つだが、砂漠に密林、氷河と、まだ理解できなくもなかった。

 だけどこの火山は、本気で訳が分からんぞ。

 いや、火山といえども山なんだから、滝があるのはまだ分かる。

 だけど水の出所が火口で、しかも山全体が水で覆われてるってどういう事だよ?

 山道は大丈夫みたいだが、こっから見る限りじゃ両側は水の壁になってるぞ、あれは。


「なんていうか、水族館を思い出すわね」

「同感ですね」


 真子さんも俺と同じ事を思ったみたいだが、それも当然だ。

 山道全てが見えてる訳じゃないが、両側が水の壁なんて八景島にあった水族館を思い出さずにはいられない。


「え?地球ってそんな施設があるの?」

「ああ、ある。魚とかの水棲生物を飼育、鑑賞するための施設だな」

「学者とか研究者も多いわよ」


 ああ、確かに学者とかもいるって聞いた事あるな。

 水の中に生息してる生物の研究をするとはいえ、実際に潜って調べるのは大変だ。

 だけど水族館なら、小型や中型の水棲生物とかなら結構いるから、生態とかも調べやすいか。


「そんな施設もあるのですね。とはいえヘリオスオーブで水棲といえばほとんどが魔物ですし、体も大きいから難しいでしょうか」


 ヒルデが残念そうな顔をしているが、ヘリオスオーブには動物園や水族館のような施設は無い。

 理由はいくつかあるが、致命的なのは体の大きな魔物が多い事、高ランクモンスターを飼育する事は、従魔・召喚契約以外では不可能な事だろう。

 Cランクモンスターのバトル・ホースやワイバーン、グラントプス、プレシーザーぐらいだな、飼育されてるのは。


「陸棲もですけどね。それはそれとして、あの水だけど、けっこう深そうじゃない?」

「深そうですね。山道があるのは分かりますが、かなり小さく見えます」


 そっちはともかくとして、目下最大の問題となるのは、真子さんとミーナが不安そうに声を上げているように、瀑布の火山の山道だ。

 山道は獣車が通れるようになってはいるが、両側はガラスか何かで仕切られているんじゃないかと思えるほどの光景だ。

 しかもその山道はかなり細く見えるから、どれだけの水量があるのか見当もつかない。


「だからといって、行かないっていう選択肢はないんだよね」

「そうですね」


 ルディアは鬱陶しそうに、アリアは不安そうな顔をしているが、気持ちは俺も分かる。

 だけど俺達は調査に来てるんだから、行かない訳には行かない。


「水中戦を想定しておかなきゃいけないけど、経験ある?」

「ないわよ」

「私もよ」

「私はベール湖で少々です」

「実戦経験はないけど、訓練ならしたことあるわ」


 俺もバレンティア行きの船で経験があるが、経験者は俺とフラム、真子さんだけか。

 真子さんは実地訓練のみ経験ありだそうだが、真子さんと同じヴァルキュリアの1人ネレイド・ヴァルキリーが俺の親戚にいるから、伯母さん相手にやったって事だろう。


「場所的に、あたしやプリムは相性悪いね」

「ホントにね」


 逆に相性が悪いのは、火属性魔法ファイアマジックを得意としてるプリムとルディアだ。

 いくらプリムの極炎の翼、熾炎の翼と言えど、水中じゃ十全に効果を発揮出来ないのは明らかだからな。

 ルディアの場合はもっと深刻で、竜精魔法だって火属性だから戦力半減どころの騒ぎじゃない。


「ここからじゃ分かりにくいが、山道だって獣車がすれ違えるぐらいの広さはあるだろ」

「確かに今までの火山を見る限りじゃ、それぐらいはあるでしょうね」


 今まで越えてきた火山は、最低でも獣車がすれ違えるぐらいの道幅があったし、広ければ5台は並べたと思う。

 多分としか言えないが、獣車がすれ違える広さっていうのは、迷宮ダンジョンにとっては必須事項なんじゃないかと思う。

 迷宮ダンジョンの考えなんて理解出来ないから、本当に予想でしかないんだが。


「それが救いかな」

「そうじゃなかったら、あたしやルディアは戦力外になるものね」


 なんて言ってるルディアとプリムだが、2人が戦力外なんて事はあり得ない。

 確かに水中戦を行うとなったら、火属性魔法ファイアマジックは効果が薄いどころか役に立たないだろう。

 だがプリムもルディアも風属性魔法ウインドマジック雷属性魔法サンダーマジックへの適正を得てるし、何よりエンシェントフォクシー、エンシェントドラゴニュートに進化してる訳だから、Gランク辺りの魔物までなら水中戦でも何とでもなるはずだ。


「というか、本当に水中戦を行うんですか?」

「魔物次第だな。周囲を水で囲われてる状況な訳だから、出てくる魔物は水棲系で確定してるだろう。となると、水の中から一方的に攻撃される可能性がある。そうなると弓矢とか雷属性魔法サンダーマジック辺りを使って迎撃するか、直接叩きに行くかになる」

「前者は弓術士がいる事、雷属性魔法サンダーマジックへの適正がある事が前提だから、水の中でも戦えるように準備をしておくことも無駄じゃないでしょうね」


 ウンディーネに水竜系のドラゴニュート、ドラゴニアンは、水中戦も得意らしいからな。

 もっともどちらの場合でも、致命的な問題があるわけなんだが。


「後者の場合だと、種族的な問題が大きいですね。トラレンシアにはウンディーネのハンターも多いですが、その場合ですと彼女達の負担が大きくなるのも問題です」

「そこなんだよなぁ」


 ヒルデが言うように、トラレンシアにはウンディーネ、というか妖族が多く、ハンターになる者も少なくない。

 だがこのクラテル迷宮第2階層で戦おうと思ったら、最低でもハイクラスに進化してないと厳しいし、当然1人だけでは負担が大きいという話じゃない。

 水棲魔物は、水中から出てしまえば1つ下のランク相当に弱体化してしまうが、水中にいる限りはランク相当か、個体によってはランク以上の強さを持つし、1匹だけしか出て来ないとは限らないからな。


「それを確認するためにも、しっかりと調査をしないといけませんね」

「そうですね」


 ユーリとフラムが気合を入れ直す。

 弓術士でありエンシェントウンディーネでもあるフラムは、この火山じゃ最大戦力と言えるが、水の精霊ラクスと契約しているユーリも心強い。

 特にラクスはGランクソウラーに進化してるから、並のハイクラスより戦闘力は上になっている。

 と言っても精霊が進化するタイミングは、人間が進化するタイミング以上に分かりにくく、ラクスが中級精霊に当たるSランクソウラーに進化したのは、イスタント迷宮の攻略中だったらしい。

 確かにイスタント迷宮を出てから、ラクスが一回り大きくなったような気はしてたんだが、まさか進化してるとは思わなかったな。

 だけどラクスが進化したおかげでユーリの水属性魔法アクアマジックは、ノーマルクラスだった時でもハイクラスに匹敵する威力と精度になっていた。

 だからヒューマンハーフ・ハイエルフに進化した今のユーリの水属性魔法アクアマジックは、ハイクラスでも上位の威力を持っているだろう。


「いつまでもこうしてるワケにはいかないし、行きましょうか」

「ええ、そうね」

「ええ。山道は水浸しってワケじゃなさそうだから、水から離れた魔物相手ならあたしやルディアでも対処できるだろうし」

「そんなことないだろうけどな」


 マナの言う通り、先に進むとしよう。

 俺は自嘲しているプリムとルディアを慰めながら、ヴィオラに獣車を進めるように指示を送った。


 10分程進んで瀑布の火山の麓に到達したが、山道は予想通り獣車がすれ違えるぐらいの広さがある。

 だけど水量は、予想より多かった。

 どれぐらいあるかと言うと、山道の両側に、まるで水槽に入っているかのような水の壁が出来ていて、その水の壁も5メートルじゃ利かない高さがある。

 というより、この火山そのものが水で出来てる感じだ。


「この山道、本当の意味で水の中を通ってる感じね」

「通ってるというか、水に浮いてるというか。本当に凄いですね」

「山道が細く見えたのも、上の方で繋がってるからなんですね」


 どうやらこの瀑布の火山は、完全に水で出来た山だと考えた方が良さそうだ。

 何がどうなってるのかはさっぱり分からないが、山道はあの水族館のアクアチューブみたいな感じだな。

 その山道もいくつかのルートがあるみたいだが、一部はアクアトンネルみたくなってるから、どこからでも魔物が襲ってくると思っておくべきだろう。

 実際遠くには魚っぽい影があるし、多分あれが魔物なんだろうな。


「水には……しっかりと触れられますね。魔物が襲ってくるでしょうから、当然といえば当然ですが」


 フラムが水の壁に手を突っ込んでいたが、どうやら海水だったらしい。

 となると出てくるのは、海の魔物って事になるか。


「さすがにね。それで、ここもやっぱり頂上を目指すの?」

「今までの火山も頂上付近にセーフ・エリアがあった訳だから、ここもそうだろうしな。それにこれだけ難易度が高いとなると、第3階層への入口がある可能性だってある。行かないって言う選択肢はないだろう」


 今のところ火山の山頂には全てセーフ・エリアがあったから、ここもその可能性は高いと思う。

 まあ、この水の山を火山と呼んでいいのかも疑問なんだが。


「海底火山もあるわけだから、火山って呼んでも構わないでしょ」

「ああ、そういやそうだった」


 そういや地球には、海底火山があるんだった。

 ヘリオスオーブで確認されてる火山はセリャド火山だけだから、俺もすっかり忘れてたな。


「火山って、海の底にもあるの?」

「ヘリオスオーブにもあるかは分からないけど、地球にはあるわね」

「時たま噴火してるらしいけど、確か噴火の規模は地上の火山よりは小さかったはずだ」

「私も詳しくはないけど、海底火山の活動が原因で出来た島ならいくつかあったと思うわ」


 俺にはその程度しか海底火山の知識はないんだが、真子さんは俺より少し詳しいみたいだ。


「それもそれで凄い話ね。じゃあこの水の山も、火山って事になるわけなのね」

「第2階層の火山全部に言えることですけど、本当に噴火するのかは分かりませんけどね」


 それは確かに。

 今までの火山は、火口には例外なくマグマが見えてたし、山肌に溶岩溜まりが出来てた事もあった。

 だからいつ噴火してもおかしくはないんだが、ここが迷宮ダンジョンって事を考えると、本当に噴火するのかは疑問が残る。

 噴火した時、第2階層に人間がいるとは限らないし、何より噴火した火山に生息してる魔物はほとんど全滅するだろう。

 それに噴火すれば地形も変わるだろうから、火口近くにあるセーフ・エリアや第1、第3階層への入口だって塞がれちまう可能性まであるし、迷宮ダンジョンそのものにどんな影響が出るかもわからない。

 だから俺は、迷宮ダンジョンの火山が噴火するようなことはないんじゃないかと思ってたりする。


「大和様の仰る通りかもしれません」

「確かにね。ハンターならエスケーピングを使えば外に出られるけど、先に進めないんじゃ誰も迷宮ダンジョンに入らないし、攻略だって不可能だわ」


 迷宮ダンジョンは、難易度や性格?の違いこそあれ、人間に迷宮核ダンジョンコアを回収し、管理してもらいたがっていると考えられている。

 迷宮核ダンジョンコアの破壊は迷宮ダンジョンの死であり、迷宮ダンジョンそのものが消滅してしまうからだ。

 攻略されなければ消滅するようなことはないが、逆に迷宮ダンジョンへの警戒度は高くなるし、攻略するだけでいいなら、今ならエンシェントクラスを数人投入すれば、多分何とかなるだろう。

 その場合、迷宮核ダンジョンコアは破壊されるだろうな。

 遠回りな自殺って訳じゃないが、破滅願望があると思われても仕方がない。


「とは言っても、俺に迷宮ダンジョンの気持ちなんて分からないけどな」

「分かる人なんているのかな?」


 そりゃそうだ。


「ん?あれは……来たみたいね」

「透明度が高いから、ちゃんと見張っていれば一方的な奇襲を受けずに済むのは助かりますね」


 ミーナの言う通り、この火山を覆っている水は、かなり透明度が高い。

 だから魔物が向かってきてる姿も確認しやすく、今もこっちに向かってきてる魚影を確認出来ている。


「大和さん、今の内に水中戦の感触を確かめておきますね」


 フラムがそんな事を言ってきたが、確かに早めに感触を確かめておくべきだろう。

 特にフラムは人化魔法を解いて、ウンディーネ本来の姿で戦う事になるわけだしな。


「分かった。じゃあ俺も入ろう」

「なら、私も行こうかしら」


 俺と真子さんの場合だと、オゾン・ボールっていう風のC級刻印術を使う事になる。

 オゾン・ボールは酸素を周囲に張り巡らせる術式だから、地上はもちろん水中でも使用可能だ。

 とはいえ長時間の使用は、人体に多大なダメージを与える事になるから、長くても30分が限界なんだが。

 逆に人化魔法を解いたウンディーネは水中でも呼吸が可能になるから、俺や真子さんと違って時間制限は無かったりする。

 これは水竜のドラゴニュートやドラゴニアンも同様で、竜化魔法や竜化する事で、ウンディーネと同じく水中でも自在に活動出来るようになるそうだ。


「それでは行きます!」


 獣車の後部デッキから目の前の水の壁に飛び込んだフラムは、すぐさま人化魔法を解除した。

 ウンディーネ本来の姿になったフラムは、水の中を自在に泳ぎながら、こちらに向かってきている魚型の魔物に向かってラピスライト・ロングボウを構え、矢を番えた。

 俺と真子さんもオゾン・ボールを使ってフラムの後を追ったが、フラムは矢を射掛けながら高速で動き続け、同じ場所には留まっていない。

 魚型魔物は、最初の数本は避けていたが、四方八方から襲い掛かってくる矢を避け切る事が出来なくなり、体中から矢を生やして息絶える事になった。


「俺達の出番、無かったな」

「凄いわね、ウンディーネって」

「エンシェントウンディーネに進化してからは水中戦をしてませんでしたから、少し戸惑いましたけども」


 そういや確かに、フラムの水中戦を見たのは久しぶりだったな。

 フラムがハイウンディーネの頃に何度かベール湖で一緒に狩りをしたことがあるが、その頃より泳ぐ速度も矢の威力も桁違いに上がってるから、フラムも感覚を掴むのに手間取ったと口にした。

 フラムはデセオ進行中に、ミーナと同じタイミングで進化したが、確かに水中戦の感触を確かめるような時間はなかったから、こればっかりは仕方がないか。

 だけど僅かな時間とはいえ、実際に水中戦をこなしてみてフラムも感触は掴めたから、後は精度を上げて行くだけだ。


「それじゃあ俺達も、やるとしますか」

「ええ」

「それでは援護しますね」


 フラムが倒した魚型の魔物が何体か、俺達の方に向かってきているのが見える。

 俺は魔銀刀・薄緑とマルチ・エッジを、真子さんは魔扇・瑠璃桜を、フラムはラピスライト・ロングボウを構え、迎撃態勢に入った。

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