巨大リザードの正体

Side・リディア


 岩壁と溶岩の火山の調査を始めてから、2時間程経ったでしょうか。

 この火山は道が入り組んでいますし、他の火山より一回り広いようです。


「今日はここのセーフ・エリアで野営かな」

「5時を回ってますから、そうせざるを得ないですね」


 現在時刻は、午後5時を回りました。

 あと1時間もせずに日は沈んでしまいますから、今日はこの火山にあるはずのセーフ・エリアで野営をするしかありません。

 ヘリオスオーブにも時計はあるのですが、大和さんや真子さんが持っている時計ほど多機能かつ豪華な物ではありません。

 それでも分単位まで判別が可能ですから、私達も重宝しています。


「そのセーフ・エリアだけどさ、やっぱり他の火山みたく山頂にあるのかな?」

「そう考えておくべきでしょうね。でも問題なのは、あと1種いるはずの魔物が出て来ないことね」

「そうですね。第2階層に生息している魔物は、亜人を含めて各火山5種と推測されています。この火山にはコボルト、ファイア・ドレイク、マグマ・スパイダー、プテラノドンが生息していますが、他の火山と同じであるならば、あと1種は生息しています」


 リカ様の仰る通りです。

 この火山に入ってからはコボルト、ファイア・ドレイク、マグマ・スパイダー、プテラノドンをかなりの数狩っていますが、第2階層の火山には亜人1種、魔物4種がいると予測されていますし、私達が通過してきた火山もその通りでした。

 最初の草原の火山にいたのはオーク、ファイア・リザード、トレント、バスター・モンキー、フォレスト・ビーが、2つ目の雪原の火山にはオーク、ホワイト・レオ、コールド・ドレイク、ヘイル・アント、アイス・ロックが、3つ目の砂原の火山にはアントリオン、ダミー・カクタス、サンド・ワーム、スカイ・スコーピオン、サンド・スパイダーが、上位種や希少種も含めて生息しています。

 ですからこの火山にも、あと1種魔物が生息しているはずなんです。


「そろそろセーフ・エリアだと思うが、もしかしたら最後の1種は、セーフ・エリア付近を縄張りにしてるのかもしれないな」

「と言うより、セーフ・エリアがあると思われるエリアの調査はできてないから、そっちが縄張りなんでしょうね」


 確かに大和さんや真子さんの仰る通り、この火山の調査は、進捗状況8割程です。

 ですから未調査の残り2割にセーフ・エリアと、残る1種の魔物の縄張りがあるということになると思います。


「じゃあ今日は、その残ってるとこの調査が終わったら、セーフ・エリアで野営でいいの?」

「そうなるな。ここはハンターズギルドとセイバーズギルドが立ち入りを禁止してるが、それでも入ってくるハンターはいるだろうから、夜番は必要になるが」


 アテナの質問に答える大和さんですが、私としては夜番は必要ないと思うんですが?

 だってクラテル迷宮は、第1階層からして異常種が出てくるような迷宮ダンジョンです。

 S-Iランクではありましたが立派な異常種ですし、ハイクラスであっても合金製武器が無ければ単独討伐は出来ません。

 しかも立ち入りが禁止されているのに入ってくるようなハンターは、大抵は名誉欲に目が眩んだ三流か、もしくは自分の実力を過信しすぎている馬鹿かですから、第1階層すら突破できるとは思えません。


「いや、俺もそう思うが、万が一って事もあるだろ。運良く、あまり魔物に遭遇せずに来るとか」

「確かに、その可能性は否定できないわね」


 セーフ・エリアには魔物が入って来れませんから、警戒すべきは同じ人間ということになります。

 ですから難易度の高いクラテル迷宮といえど、第2階層ならば夜番を立てた方がいいという意見も理解できます。

 人が来ない可能性の方が高いからといって夜番を立てず、万が一誰かが辿り着いてしまい、しかもそれが良からぬ事を企むような輩だったりすれば、私達も思わぬ被害を被ってしまうかもしれませんから。


「ええ。だから夜番はアレで決めるわよ」


 プリムさんが宣言した瞬間、真子さんとアリアを除く女性陣全員に、物凄い緊張感が走りました。

 いえ、アレと言われても、単にくじ引きで決めるだけなんですが、結果次第では次の日は何もやる気が出ない事もあります。

 なにせそのくじは、大和さんにも引いてもらうんですから。


「ああ、そういう事ですか」

「なるほどね」


 私の説明に納得した真子さんとアリアですが、2人とも今回はくじを辞退すると口にされました。

 理由は2人とも、まだ大和さんに抱いてもらう覚悟が出来てないからだそうです。

 確かに婚約したばかりではありますが、だからといってすぐに抱かれる必要もありませんし、その申し出は私達にとってはありがたい事ですから、誰からも文句は出ませんでした。


「ところでさ、大和」

「ん、何だ、ルディア?」

「前から作ってた……」

「大和さん!あれを!」


 夜番の件はひとまず置いておいて、ルディアが大和さんに何かを聞こうとした矢先に、展望席で見張りをしているフラムさんが声を上げました。

 どうやら魔物が現れたようですね。


「来たか。今度は何が……よりにもよってこいつかよ」

「なるほど、あれがセイバーズギルドが見た巨大リザードね」

「また面倒なのが。この迷宮ダンジョン、性格の悪さじゃイスタント迷宮並ね」

「だな」


 現れた魔物を見て、私も驚きましたが、同時に納得もしました。

 なにせ私達の前に姿を見せたのは、サウルス種のP-Rランクモンスター スピノサウルスだったんですから。


「大和様、スピノサウルスと仰いましたが、あの魔物はそんなに厄介なのですか?」

「ああ、あいつはアロサウルス系の希少種になる。俺も資料でしか見た事ないが、こんな感じの場所で遭遇となると、最悪と言ってもいい魔物だな」


 私も資料を見ましたから、スピノサウルスについてはそれなりに知っていますが、トラレンシアにはサウルス種は生息していませんから、ヒルデ様がご存知ないのも無理もありません。

 スピノサウルスは全長15メートル程の巨体で、背ビレのようなものを持っているのですが、そこから火属性魔法ファイアマジックを纏わせた棘を、無数に放ってきます。

 しかもその棘を放ちながら高速で接近してくるため、この火山道のように狭い空間では無類の強さを発揮するとありました。

 当然、爪に火属性魔法ファイアマジックを纏わせることも可能ですし、ファイア・ブレスすら吐いてきますから、下手なドラグーンよりも厄介です。


「つまりここじゃ、逃げ場がないって事?」

「ああ。さらに最悪な事に、ここは丁度あいつに都合の良い広さしかないから、俺達は無事でも獣車が壊される」


 大和さんに言われて私も気が付きましたが、この位置は丁度道幅が狭くなりつつある地点で、多機能獣車がギリギリすれ違えるかどうかぐらいしかありません。

 ですから今まで以上に獣車を気にしつつ、可能ならば接近される前に倒さなければならないでしょう。


「来たわよ!」

「フラム!」

「はいっ!」


 大和さんが口にしたように、スピノサウルスは背ビレから、火属性魔法ファイアマジックを纏わせた棘を放ってきました。

 大和さんのネプチューンと真子さんのヴィーナスによる結界、ミーナさんの新固有魔法スキルマジックフィールディング・プロテクションのおかげで被害は出ていませんが、これは確かに厄介ですね。

 ですがスピノサウルスには、フラムさんの固有魔法スキルマジックタイダル・ブラスターが突き刺さり、間髪入れずに命中した大和さんの固有魔法スキルマジックアイスエッジ・ジャベリンによって、その場に倒れて動かなくなりました。


「死んだみたいだし、回収するか」

「ええ、お願い。それにしても第2階層でP-Rランクとか、さすがに難易度高すぎるわね」

「ああ。ソルプレッサ迷宮やイスタント迷宮でも、Pランク以上が出てくるのは第4階層以降だったからな」


 大和さんは念動魔法を使ってスピノサウルスをストレージに収納しながら、マナ様とクラテル迷宮の難易度について顔を顰めています。

 異常種は突然変異のようなものですから、P-Iランクはソルプレッサ迷宮第2階層に出たことがあると聞いた事がありますが、P-Rランクが出たという話は聞いた事がありません。


「今考えても答えは出ないだろうから、先に進もう。スピノサウルスがいたってことは、アロサウルスだけじゃなくメガロサウルスもいるだろうし、スピノサウルスだって1匹とは限らないからな」

「それどころか、その上だっている可能性が捨てきれないわね」


 確かに大和さんとプリムさんの仰る通りです。

 異常種は浅い階層でも確認された事がありますから、希少種がいる以上は否定できません。

 しかもアロサウルスの異常種、M-Iランクのティラノサウルスは20メートルを超える巨体で、M-Uランクの属性ドラグーンの皮や鱗を、力だけで引き裂くことが出来ると聞きます。

 事実バレンティアでは、60年程前にティラノサウルスがソルプレッサ連山から下りてきたため、町や村が3つも滅んでいます。

 しかもその内の村の1つは、ティラノサウルスのブレスで更地になってしまったんだとか。

 バレンティアが誇る竜騎士が、竜響契約を結んでいるドラゴニアンやハンターズギルドの協力を受けて200名程の討伐隊を組織して討伐に向かいましたが、生還できたのは半数ほどだったと記録に残っていますし、完全竜化したドラゴニアンも10名以上が帰らぬ人になったらしいです。

 ちなみにティラノサウルスの上になる災害種、A-Cランクモンスターはアルパガスという名称で、バレンティアにあるいくつかの迷宮ダンジョンで存在が確認されていますが、討伐された事はなく、最上位になる終焉種は名称すら判明していません。


「ティラノサウルスはともかく、アルパガスねぇ。そんな名前の恐竜、いたっけ?」

「いや、聞いた事ないな。ティラノサウルス系の恐竜って事じゃないですか?」


 真子さんと大和さんにとって、サウルス種は恐竜という、何千万、何億年前に絶滅したという古代生物だそうです。

 途方もない話ですが、お2人の世界、地球にとってはそれが常識で、魔法や刻印術を使う生物はいないんだとか。

 いえ、刻印術は人間しか使えないと聞いていますし、昔は手に刻印を持つ人しか使えなかったそうですから、動物が使えなくてもおかしくはないのですが。


「今まで見たサウルス種は、地球の恐竜と似た感じの生態っぽいから、名前が分かればどんな奴なのかある程度予想は出来る。もっともブラキオサウルスとかみたいに、見た目ぐらいしか似てないってのもいるみたいだが」


 ソルプレッサ迷宮で狩ったブラキオサウルスですか。

 ブラキオサウルスは体長20メートル以上ある大型のサウルス種で、攻撃方法は水属性魔法アクアマジックや鋭い爪の生えた足、太い尻尾、そして鋭い牙です。

 地球のブラキオサウルスの生態はよく分かっていないそうですが、それでも鋭い牙や爪は持っていないと考えられているそうですから、大和さんはかなり驚いていました。


「なるほど、見た目が地球と似てるってだけなのか。まあ恐竜だって何千万年も前に滅んでるんだし、実物を見た事ある人はいないから、図鑑とかに載ってる姿形や生態が正しいのかは分からないけど」

「見た目が分かるだけでも、だいぶ違いますけどね」


 確かに姿形が分かっていれば、どんな攻撃が来るのかは予想が出来ますからね。

 もっとも恐竜という巨大生物は、ブレスを吐いたりはしないそうですが。


 スピノサウルスを回収して先に進んだ私達ですが、30分程でセーフ・エリアに到着出来ました。

 途中でアロサウルスやメガロサウルスが襲ってきましたが、全て狩ってあります。

 スピノサウルスは出てきませんでしたが、P-Rランクなのですから、その内また生まれてくるかもしれません。

 この火山にあるセーフ・エリアは、セイバーが確認した第1階層との出入口がありますから、ハンターズギルドやセイバーズギルドにはスピノサウルスが出た事を、しっかりと伝える必要があります。

 他の火山も面倒ではありますが、この火山に比べればマシですし、第3階層への入口は見つかりませんでしたから、必要がなければハンターが来る事は無いと思えますが。

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