クラテル迷宮

 ヒルデからクラテル迷宮調査の要請を受けた翌日、ラインハルト陛下の許可も得た俺達はクラテル迷宮に向かった。

 今回のメンバーは俺、プリム、マナ、ユーリ、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、アテナ、アリア、真子さん、マリサさん、ヴィオラ、エオス、そしてリカさんとヒルデ、ミレイの17人だ。


「ヒルデ様もリカ様も、よく参加許可が下りましたね」

「私もそう思うわ。ヒルデ様は国内の事だし、ブリュンヒルド殿下への引継ぎもほとんど終わってるから参加出来たんだと思うけど、私は領代としてのお仕事があるから、今回はお留守番だと思ってたのに」


 リカさんの言うように、ヒルデは次期女王であるブリュンヒルド殿下に、ソレムネ親征前にあらかた引継ぎを終えている。

 ソレムネ統治の事もあるから、それでも本来ならヒルデの参加は無理だったはずなんだが、調査に行くのがエンシェントクラスを10人も擁するウイング・クレストであり、さらにソレムネに行く前の休暇も兼ねてということで、ブリュンヒルド殿下も許可を出してくれた。

 ミレイはヒルデ付きのバトラーって事で同行だ。


 それでもヒルデとミレイの同行は、まだ納得出来る。

 俺もよくリカさんの同行が認められたと思ってるよ。


「私もヒルデ様と同じで、休暇を兼ねてるようなものなのよ。長期間フィールを空けてしまったとはいえ、その理由はソレムネとの戦争だからって事で、ソフィア伯爵やアーキライト子爵も快諾してくれたの」


 リカさんはアマティスタ侯爵家の当主でありフィールの領代でもあるから、勝手に領地であるアマティスタ侯爵領やフィールを離れることが出来ない。

 だけど俺と結婚したばかりで、ソレムネとの戦争も無事に勝利で終わったからってことで、同じくフィールの領代であるソフィア伯爵とアーキライト子爵が、快くリカさんを送り出してくれた。

 クラテル迷宮には3日程しか入らないから完全な休暇扱いだそうだけど、それでもリカさんも参加出来るのは嬉しい。

 なのでアマティスタ侯爵領領都メモリアのエリザベートさんにも、ちゃんと連絡を入れている。


「大和の奥さんが揃ってすぐにだから、記念になるよね」

「確かにそうね。それに入るのは3日だけだし、執務にもそこまで支障は出ないでしょう」


 だな。

 リカさんと結婚したことで、俺も領地経営に無縁じゃいられなくなったから、何かあったら手伝えばいいだけだし、今回はソフィア伯爵とアーキライト子爵の好意に甘えよう。


「で、ここがクラテル迷宮の入口なの?」

「はい。報告通り雪洞ですね」


 クラテル迷宮の入口は、丘のように盛り上がった感じの雪洞で、その中に神殿風の建築物があった。


「いずれはセイバーを派遣しなければなりませんが、場所が場所ですから時間が掛かるでしょう」

「ゴルド大氷河だしね。道中魔物に襲われる事は無かったけど、ここの魔物は手強いから、並のハンターやセイバーじゃ大変だわ」

「今回は時間がないですけど、状況が落ち着いたら攻略したいですね」


 マナの言うように、ゴルド大氷河に出てくる魔物はSランクが多いが、Gランクだって少なくない。

 トラレンシアのハンターはSランクモンスター相手でも狩りを敬遠する事があるんだから、こんなとこに出来た迷宮ダンジョンなんて、来る人は多くはないだろう。

 幸いというか、クラテルにはエンシェントラミアに進化したセルティナさんが住んでるから、少々の事態なら何とでもなるだろうが、だからといって放置しておくには場所が危険過ぎる。

 フラムの言う通り、余裕が出来たら本格的に攻略をするべきだろう。


「それじゃ入る前に確認だ。今回調査に費やすのは3日。第1階層、第2階層は今日中に突破するが、第3階層以降は半日から1日時間を掛ける」

「ええ。目標としては第5階層への到達だけど、それは可能な限りってことで、今回は調査を優先ね」

「ああ」


 第1階層は氷雪地帯、第2階層は火山地帯って話だが、セイバーズギルドは詳しく調査をしたわけじゃない。

 出てくる魔物は、第1階層はトラレンシアに生息しているCランクからSランクモンスター、第2階層はセリャド火山に生息しているBランクからGランクモンスターらしいし、セイバーズギルドが調査を断念した理由は第2階層で見かけた巨大リザードだから、第1階層にも面倒な魔物がいる可能性は否定できない。


「第1階層も油断はできないけど、最初の問題は第2階層にいる巨大リザードね」

「そうですね。話を聞く限りじゃサウルス種っぽいですけど、セリャド火山にはサウルス種なんていませんし」

「そうだよね。なのにそんなのがいるんだから、第1階層にもいるって思っておかないと、あたし達でも思わぬ痛手を被るかも」


 リカさん、ミーナ、ルディアの言う通り、道中は最大限警戒して行かなきゃだな。

 なので天樹製多機能獣車はジェイドに引いてもらい、御者はヴィオラに頼み、展望席からの監視には5人で行う予定だ。

 展望席は18平米あるから5人なら十分な広さだし、前後部デッキにも何人か出ておく予定だから、余程の魔物が襲ってこない限りは大丈夫だろう。


「展望席があるし5人で見張るわけだから、そうそう魔物を見逃すことはないでしょうね。問題があるとすれば、地中からかしら?」

「そればっかりはね。幸いというか、この獣車は天樹と翡翠色銀ヒスイロカネ製だから、いきなり壊される事はないでしょうけど」

「だねぇ」

「過信は禁物だけどな。まあちょっとやそっとの攻撃なら、例え地中から襲ってきたとしても大丈夫だろう。獣車が浮かされたりしたら危ないが」


 地中に住んでる魔物は、巨大なのも多いからな。


「それじゃ行くか」

「ええ」

「行きましょうか。ヴィオラ、お願い」

「かしこまりました」


 御者席に座っているヴィオラがジェイドに合図を送り、俺達はクラテル迷宮に入った。


Side・ユーリ


 クラテル迷宮第1階層は、事前にヒルデお姉様から伺っていた通り、氷雪地帯でした。


「第2階層がセリャド火山そっくりだから、第1階層はゴルド大氷河だと思ったんだがな」

「はい、これはトラレンシアの光景です」


 ゴルド大氷河もトラレンシア国内ではありますが、どちらかと言えばアウラ島の光景と言った方が良いのかもしれません。

 そういえば出てくる魔物は、トラレンシア国内でも一般的な魔物でしたね。


「なるほど、確かにそうですね」

「だね。森もあるし、多分池もあるだろうから、トラレンシアの魔物を想定して動けばいいか」

「それが良さそうですね」


 他の皆さんも、ルディアとフラムの意見に首を縦に振っていますし、私も同意見です。

 ヴィオラに指示を出し、ジェイドが引く獣車は迷宮ダンジョン内にある舗装された道を進み始めました。


「早速おいでなさったわね」


 しばらくはトラレンシアでは良く目にする雪景色でしたが、30分も進まない内にプリムお姉様が魔物を発見しました。


「ホワイト・ウルフ、いえ、アイス・ウルフですね」


 アイス・ウルフということは、B-Rランクモンスターですか。

 ウルフ種は氷属性の亜種がトラレンシアに生息しており、Iランクのスノー・ウルフやC-Uランクのホワイト・ウルフはよく狩られていると、ヒルデお姉様が仰っていました。

 ですが希少種のアイス・ウルフが生まれた場合は、指名討伐依頼を受けたハイクラスが出向くそうです。

 アミスターでは希少種で指名依頼が出される事は滅多にありませんから、お話を伺った時は驚きました。


「結構な数がいますね。ホワイト・ウルフも混じってますが、30匹程の群れでしょうか」

「これ、ノーマルクラスにはキツいよ?」


 ミーナが確認した限りでは、ホワイト・ウルフが20匹強、アイス・ウルフも10匹前後はいるようです。

 ウルフ種の群れは、概ね10匹前後が平均ですから、規模としては約3倍になりますが、通常の群れに希少種は1匹、多くても2匹程ですから、戦力的には5倍以上でしょうか?


「だね。というよりハイクラスでも、合金を使わなきゃ怪我の1つや2つは覚悟する数じゃない?」


 ハイクラスならば、B-Uランクモンスターはさほど労せず倒せる魔物なのですが、多くても3匹が限界だと言われていましたから、これ程の群れに遭遇してしまえば、迷わず撤退を選ぶほどです。

 ですからアテナの言う通り、怪我の1つや2つで済めば幸運と言えるでしょう。


 もっともそれも、合金が完成するまでのお話です。

 大和様が提案し、エドワードさんが完成させた合金のおかげで、ハイクラスは魔力を十全に使うことが出来るようになりました。

 ですから相手がB-Uランクモンスター程度では、どれ程の数が相手であろうと、合金製の武器を手にしたハイクラスにとっては大きな障害にはなり得ません。

 というより、ソレムネとの戦争に参加したアミスター・アライアンスのハイクラスは、Gランクモンスターすら単独討伐に成功した人も少なくありません。


「確かにね。セイバーからの報告にアイス・ウルフが出たってのは無かったから、運良く回避出来てたか、最近生まれたかでしょうね」


 プリムお姉様の仰る通り、クラテル迷宮の簡単な調査を行ったセイバーズギルド・クラテル支部所属のセイバーからは、アイス・ウルフがいたという話が聞きませんでした。

 迷宮ダンジョンでは特定の魔物を狙ったとしても、数日、下手をすれば数週間も遭遇しないことがないわけではありませんから、単に遭遇しなかっただけという可能性も十分あり得ます。

 そして最近になって生まれたという可能性も、否定しきれません。


 ですが議論したところで、正解が分かるわけではありません。

 何より今は、アイス・ウルフとホワイト・ウルフの群れを倒す事が先決です。

 そう思っていたら、ヒルデお姉様とリカ、マリサ、ミレイがデッキから飛び降り、次々とウルフ種を屠っていました。

 ヴィオラも御者席から魔法で援護を行い、アリアも展望席から魔法を撃っています。

 私だけが出遅れてしまうなんて……。

 いえ、まだアイス・ウルフが6匹残っています。

 私も契約精霊ラクスと一緒に、援護を行わなければ。


 今更のお話なのですが、天賜魔法グラントマジック精霊魔法で契約出来る精霊は、1人につき1体までです。

 精霊にもランクがあり、ギルドランクと同じく鉱物名ランクが付けられていて、ソウラーズランクと呼ばれています。

 精霊の大きさは、Bランクまでが掌サイズ、Sランクでも小型の魔物と大差ありません。

 精霊の魔法は、Gランクまでは属性が1つですが、Pランクに進化すると補助的に別の属性も使えるようになるそうです。

 Pランク以上の精霊と契約されていた方は、歴史を紐解いても数名しかいませんので、Pランク以上の精霊についてはよく分かっていません。

 判明しているのは初代バシオン教皇ルナリア様、初代トラレンシア女王エリエール様の同妻で大和様と同じ世界出身のユカリ様の2名ですが、他にも何名かいると聞いています。

 さらに上のAランクソウラー以上について判明していることは、皆無と言ってもいいでしょう。

 私が契約しているラクスは、私がヒューマンハーフ・ハイエルフに進化したと同時に成長し、Gランクソウラーになっています。

 そのラクスの水属性魔法アクアマジックアクア・アローが雨のようにアイス・ウルフに降り注ぎ、行動を阻害しています。

 私はそのアイス・ウルフに、固有魔法スキルマジックヘビーレイン・ソーンを放ちました。

 アクア・アローより細く鋭い針ですから殺傷力は高くありませんが、嵐のように降らせることでカバーしています。

 その証拠にアイス・ウルフは、体から無数の水針を生やし、息絶えました。


「腕を上げたわね、ユーリ」

「もうちょっと決定力があった方が良い気がするけどね」


 お姉様とプリムお姉様が頭を撫でて、褒めてくれました。

 私ももう少し攻撃力を上げたいところですが、今はこれで良しとしましょう。

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