新たな迷宮

「ええ、もちろん歓迎致します」


 ユニオン・ハウスが完成した翌日、アルカにやってきたヒルデに、アリアと真子さんが俺と正式に婚約したことを伝えたら、普通に歓迎された。


「未成年のアリアちゃんはともかく、私はまだ気持ちの整理が出来てませんから、結婚は先になりますが」

客人まれびとなのですから、それは仕方ありません。焦って結婚しても、お互いの為にならないでしょうから」

「ありがとうございます、ヒルデ様」

「感謝します、陛下」


 真子さんとアリアが、ヒルデに頭を下げる。

 俺の嫁さんは12人だと聖母竜マザー・ドラゴンガイア様から聞かされているが、これで揃ってしまった。

 まあアリアはまだ未成年だし、真子さんも日本出身でヘリオスオーブの結婚観を受け入れる時間が欲しいってことだから、結婚はまだ先になるんだが。


「それでヒルデ姉様、今日は新しく見つかった迷宮ダンジョンの調査ってことでいいのよね?」

「はい、申し訳ありませんがお願いします」


 トラレンシア、そしてアミスターに凱旋した後、ヒルデはソレムネやスリュム・ロードの襲撃によって乱れたトラレンシア国内を安定させるため、そしてソレムネに出向するための準備に奔走している。

 本当ならアルカに来る予定じゃなかったんだが、昨夜白妖城に、新しい迷宮ダンジョンを発見したという報告が届いた。

 場所はゴルド大氷河で、クラテルから半日の距離にあるそうだ。

 アイシクル・タイガーやフリーザス・タイガーのはぐれがまだ残っていると予想されるゴルド大氷河だが、そのゴルド大氷河には生息していないはずの魔物が出たため、慌てて調査を行った結果、迷宮ダンジョンが発見されたってことらしい。


「クラテル支部のセイバーが発見し、第2階層まで調査を行っていますが、第3階層へ下りることは断念したそうです」

「そりゃそうでしょう。第1階層は氷雪地帯なのに第2階層が火山地帯って、気候的にも対策的にも正反対だもの」


 マジか、それは。

 確かに氷雪地帯の次が火山地帯って、ただ進むだけでも大変だってのに、環境どころか出てくる魔物の属性も真逆じゃねえか。


「魔物も第1階層からSランクが、第2階層にはGランクが出てくるそうですから、スリュム・ロード討伐戦に参加したハイセイバーでも簡単ではなかったようです」


 そりゃ確かに、ハイセイバーでもキツいだろうな。

 セイバーズギルド・クラテル支部は、スリュム・ロードの襲撃を受けた影響もあって、戦力が減っている。

 だから本格的な調査を行う余裕もないため、ハンターズギルドにも情報は共有されることになった。

 だが場所がゴルド大氷河だということ、ソレムネとの戦争に参加したハンター達が戻ってきていなかったことが理由となって、未だ数レイドしかそのクラテル迷宮に入ってないそうだ。


「セイバーズギルドの調査では、第1階層は氷雪地帯、魔物はBランクのスピアード・ラビット、Sランクのロングフット・イヤーサイスが多く、フレイム・テイルや氷系ウルフも確認されています」


 ラビット種にウルフ種、そしてフォックス種か。

 スピアード・ラビットはB-Uランク、ロングフット・イヤーサイスはS-Rランクのラビット種になり、フレイム・テイルはS-Uランクのフォックス種になる。

 氷系ウルフは、フィール周辺にも生息してるグラス・ウルフやグリーン・ウルフの亜種で、モンスターズランクも同じだ。

 この中で厄介なのは、氷雪地帯に生息していながら自在に炎を操ることが出来るフレイム・テイルだろう。

 トラレンシアの西側にB-Nランクのレッド・フォックスが生息してるらしいが、それの上位種になるから、トラレンシアのハンターは見かけたら逃げるって話もあった気がする。


「第2階層は、どうやらセリャド火山の魔物が出てくるようです」


 第2階層は火山地帯ってことだが、セリャド火山が近いこともあって、まんまセリャド火山の魔物が出てくるのか。

 とはいえ、アイシクル・タイガーやアイス・ロックみたいな氷系魔物はいないようだ。

 となると厄介なのは、G-Rランクのマグマ・ゴーレムか。

 セイバーズギルドは目撃しなかったらしいが。


「なかなか凶悪ね」

「ハイセイバーなら何とかなるだろうが、セリャド火山の魔物となるとファイア・ロックの上位種や希少種もいるだろうし、他にも面倒なのがいそうだな」

「はい。確定ではありませんが、巨大なリザードと思しき魔物もいたとか」


 巨大リザードか。

 真っ先に頭に浮かぶのはサウルス種だが、セリャド火山には生息していない。

 となるとSランクのフレイム・リザードとか……いや、フレイム・リザードは4メートル程だから、巨大とは言い難いな。


「聞く限りでは、イスタント迷宮やソルプレッサ迷宮並の難易度のようですね。ですがヒルデ様、トラレンシアのハンターに調査依頼を出されていないようですが、よろしいのですか?」

「出していないワケではありませんが、第1階層からSランクモンスターが出てくる迷宮ダンジョンということで、二の足を踏むハンターが多いようなのです」


 リディアの疑問は俺も分かるが、確かにヒルデの言うように、トラレンシアにはGランクどころかSランクモンスターですら好んで戦おうとするハンターは少なかった記憶がある。

 戦争に参加したハンターはそうでもないが、ようやく戦争が終わって日常に戻ったばかりでもあるから、今は休暇中だろうし、妖王家としても指名依頼を出しにくい。

 だけど高難易度の迷宮ダンジョンの調査は早めにしておくべきだから、エンシェントクラスが10人いる俺達ウイング・クレストに依頼をって事なんだろう。


 だけど問題がある。

 いや、新しく生まれた迷宮ダンジョンに行くのはいいんだよ。

 ただ俺達にも予定があるから、3,4日ぐらいしか時間取れないぞ?


「それも分かっております。5日後にフロートで行われる会談には、わたくしも参加することになっていますから」


 ヒルデの言うように、俺達は5日後にフロートで行われるトラレンシア、リベルターとの会談に参加することになっている。

 リベルターの復興にソレムネの統治、レティセンシアやバリエンテへの対応など、話し合う事は多岐に渡るし、ウイング・クレストにはアミスターのお姫様に領主、トラレンシアの女王様までいるから、無関係という訳にはいかない。


「さすがに時間がないから調べ切れないけど、トラレンシアのハンターはSランクやGランクモンスターを敬遠してるようだし、第3階層辺りまで調べておけば、当面は大丈夫じゃない?」

「それしかないでしょうね。ヒルデ姉様、それで構わない?」

「もちろんです。こちらからすれば、無理をお願いしているのですから」


 俺達も戦争に参加したから、何日か休息を取りたい気持ちがない訳じゃない。

 だけどそれ以上に、エンシェントクラスが使っても魔力劣化を起こさない魔物素材を手に入れておきたい気持ちが強いから、俺達としては明日ぐらいにソルプレッサ迷宮に行くつもりでいた。

 クラテル迷宮は新しい迷宮ダンジョンだから、どんな魔物が生息してるのかは全く分からないが、それはそれで興味があるし、トラレンシアの戦力が低下してるのも間違いないから、俺としては特に問題はない。


 ただ今回クラテル迷宮に行くのは、俺、プリム、マナ、ユーリ、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、アテナ、アリア、真子さん、エオス、マリサさん、ヴィオラだけの予定だ。

 リカさんはフィールの領代だから動けないし、ヒルデもトラレンシアのことがあるから参加できない。

 エド達はしばらくはのんびり過ごしたいらしいし、ラウス達は下手にレベルが上がって進化してしまうとどうなるか分からないから、今回は留守番だ。


「エド達はシエル様とセラス様の武器を作るけど、ラウス達はどうするの?」

「フィールの周辺で狩りをしてます。あの辺りの魔物はだいたい把握してますから、迂闊にレベルが上がることもないでしょうし、レイナの戦闘訓練にも丁度良いと思うんで」


 そうなるよな。

 ラウスはレベル62、レベッカはレベル60だから、レベルが上がった瞬間にエンシェントクラスに進化してもおかしくはない。

 だけど2人はまだ未成年、しかも14歳だから、エンシェントクラスに進化してしまったらどうなるかが全く予想できないため、あと1,2年は現状維持すべきだという話になっている。

 ただでさえ急性魔力変動症のせいで、キャロルを含めた3人は時折激痛に苛まれてるからな。

 エンシェントクラスに進化しちまったら、さらなる激痛に襲われるっていう予想はすぐに出来る。

 そのキャロルはレベル54、レイナだってレベル34になってるから、フィール近辺の魔物は相手にもならない。

 レイナは最近まで戦闘経験がないどころかレベル一桁だったから、戦闘訓練としても丁度良い。


「あ、私も参加していいかな?」

「もちろんですよ」


 カメリアもラウス達と一緒に狩りか。

 リベルターじゃ将来有望って言われてたし、そろそろハイクラスへの進化が見えてきてるから、確かにそっちの方が良さそうだな。


「となるとだ、俺とマリーナ、フィーナ、フィアナはシエル様、セラス様の武器作り、ラウス、レベッカ、キャロル、レイナ、ユリア、カメリアはフィール周辺で戦闘訓練、エンシェント全員とユーリ様にマリサ、ヴィオラ、エオスはクラテル迷宮、ヒルデ様とリカ様はトラレンシアやフィールで執務か」

「そうなるわね。こっちにバトラーが集まってるから、バランス悪い気もするけど」

「こればっかりはね。セラス様がこっちに来たら、1人ぐらい増えるだろうけどさ」


 まあ、それはな。

 とはいえ、アルカに残るバトラーがユリアだけってのは、ちょっと問題かもしれない。

 ホムンクルス達がいるとはいえ、フィールのユニオン・ハウスとの連絡だってあるし、買い出しだってしてもらってるわけなんだから、何人か増員するべきか。


「バトラーの増員かぁ。確かにした方が良さそうだね」

「そうね。まあユニオン・ハウスの管理を頼んでる子達がいるから、そっちの契約を少し変えれば良いんじゃない?」

「しばらくは様子を見るが、それが無難だろうな。それでヒルデ、クラテル迷宮に行くのはいいんだが、ラインハルト陛下の許可は取ってるのか?」


 バトラーの件は早いに越したことはないが、急いで良いものでもないからな。

 それよりもラインハルト陛下から、クラテル迷宮に行く許可が出てるのかが問題だ。

 俺達はハンターだから、狩りをしたり迷宮ダンジョンに入ったりするのは普通のことなんだが、ソレムネの統治はヒルデが中心になって行うし、レティセンシアやアバリシアの事もあるから、あまり勝手な事も出来ない。


「クラテル迷宮が生まれた事はお伝えしていますが、大和様達に調査をお願いする事はまだお伝えしていません。ライ兄様の事ですから、大和様達が調査に向かう事は予想していると思いますが」


 まあ、そうだよな。

 ならこの後天樹城に行って、直接伝えてくるか。

 サユリ様の屋敷を経由させてもらうことになるし、アポなしで行くわけにもいかないから、マリサさんに頼んで連絡を入れておいてもらおう。

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