凱旋準備

 ヒルデが帝王オスクレイド・ルイン・ソレムネを討った事で、ようやくソレムネとの戦争が終わった。

 まあ後始末や統治なんかもあるから、まだまだやる事は山積みなんだが。


 一応生き残っていた帝王城の官僚に連合軍としての意思をしっかり伝え、その中の1人、前宰相だった老齢の男性ヒューマン ヴィンセント・ゴルトシュティアを仮の代官として任命している。

 帝王城の官僚貴族は、腹の中で何を考えてるかまでは知らんが、とりあえずはラインハルト陛下とヒルデに忠誠を誓い、粛々と敗戦処理を行っていた。


 なのに帝王城落城から3日後、ブラック・アーミー、ワイズ・レインボー、ライオット・フラッグと共にデセオ付近の調査を行っていたヴィーゼさんからソレムネ軍2,000人程がが迫ってきてるっていう報告を聞いて、あっさりと裏切った貴族も出たな。

 昼飯を食ってる時にいきなり降伏勧告なんてしてきやがったから、最初は何を言ってるのかまったく分からんかったぞ。

 すぐに制圧されたって報告を受けて、真っ青になって命乞いしてきたが、そんな奴らを信用できるはずもないし、見せしめっていう意味も込めて、帝王城の前に馘を晒してもらってるが。


 ちなみにヴィーゼさん達が接敵したっていうソレムネ軍だが、そっちはブラック・アーミー、ワイズ・レインボー、ライオット・フラッグとセイバーズギルドに、途中で合流したリリー・ウィッシュとスノー・ブロッサムが壊滅させている。

 数は圧倒的に不利だったが、エンシェントオーガのシーザーさんにエンシェントヒューマンのフラウさん、エンシェントエルフのプラムさん、そしてエンシェントラビトリーのサヤさんとエンシェントドワーフのアイゼンさんがいたから、制圧するのに20分ぐらいで済んだって言ってたな。

 それでもソレムネ軍は、500人を切るまで降伏しなかったそうだから、けっこう手間だったらしいが。

 最悪、全滅させることも考えたって言ってたからな。


 その後の取り調べで、その2,000人はソレムネの北方に駐屯していたことが分かった。

 俺達の侵攻ルートとはかなり離れてた上に招集命令が届いたのが2週間程前らしいが、命令が届いた当初は略奪も期待できないし、すぐに引き返すことになると楽観視されていたらしい。

 それでも急だったのは間違いなかったから食料の準備は整わず、進軍路にある街から略奪に近い形で水や食料を奪い、治安すら乱しながらの行軍だったようだ。

 さすがに正規の住民に手を上げるようなことは少なかったみたいだが、土地を追われた人達やスラムの住人達は国民扱いされてないから、そちらへの行為はかなり非道なものがあり、性欲の捌け口になった上で殺された人達も少なくないんだとか。

 当然これらの行為はアミスターでもトラレンシアでも重罪だから、降伏した500人は全てが犯罪奴隷に落とされている。

 その兵士達は、とりあえずはデセオの復興作業に従事させ、その後で他の街に派遣することになったな。


 ラインハルト陛下とヒルデは統治についての会議があるから動けなかったが、エリス殿下とマルカ殿下、そしてサユリ様は、被害にあった街への慰問なんかも行っている。

 そのために竜化したアテナとエオスに俺とマナが乗って、俺とアテナは西側から、マナとエオスは東側からソレムネを一周して、トラベリングの準備を整えたりもした。

 その後でエリス殿下はローズマリーさんとホーリー・グレイブと、マルカ殿下はミューズさんとトライアル・ハーツと、サユリ様はデルフィナさんとリリー・ウィッシュと共に慰問に向かうっていう流れだったな。

 転移先の街で襲われたこともあったみたいだが、護衛対象を含めて多くがハイクラスだから逆に返り討ちにして、その街の領主や代官を捕らえて帰ってきてたりもしたが。


 他にもやることは多かったから、帝王城を落としてからの1週間は瞬く間に過ぎていったが、その甲斐あってデセオだけじゃなく他の街も少しは安定してきたから、俺達はトラレンシア、そしてアミスターに戻る事になった。

 あんまり長く国を空けるわけにもいかないし、戦争が終わった以上連合軍も解散になる。

 セイバーやオーダーの半数は統治軍として滞在する事になっているが、その人員を選抜する必要もあるし、ハンターはアライアンス解散になるから、それぞれの生活に戻る事になるだろう。

 特にアミスター・アライアンスに参加してくれた10のユニオンは、2ヶ月振りにアミスターに帰還する事になるな。


「わたくし達は一度、国元に戻ります。おそらくは2週間、遅くとも1ヶ月は掛からないでしょう。その間の統治は、あなた方にお任せします」

「はっ」


 ヒルデの言葉に頷くヴィンセント代官。

 70を超える老齢で10年程前に引退したそうだが、現宰相は帝王と一緒に逃亡中にトラレンシアのハンターに討たれている。

 他の貴族は甘い汁を吸おうとしてくるような馬鹿ばっかりだったから、とてもじゃないけど統治を任せることなんで出来なかった。

 前宰相は、デセオの人達に話を聞いた限りじゃそこまで酷いわけじゃなさそうだったから、今後重用出来るかの試金石代わりとして、代官に任命した形だ。


 他の街にも伝令を送っていて、ヴィンセント代官に歯向かった場合は、アミスターやトラレンシアに歯向かうものと見なされる。

 しかもソレムネは敗戦国だから、歯向かった貴族家は即刻取り潰しという重い処罰が下るし、従順に従う振りをして裏で悪事を働いていた場合も一族郎党が処刑される。

 後々禍根を残しそうではあるが、多くのソレムネ貴族は一般人を蔑ろにしているから、そちらの方が問題だと考えられて、こんな御布礼を出すことになったらしい。

 逆にその貴族を排除して、別の者を叙爵して領地を任せる事も視野に入れてるって言ってたな。


 本来ならそういった貴族を排除するために、今まで以上に手間暇がかかるんだが、ソレムネ軍は壊滅と言っても過言じゃない状況だから、戦力を集めるのも容易じゃない。

 それにあえて隙を見せた方が、連中が動きやすいだろうっていう予想もあるみたいだ。

 まあ何人かは見せしめとして、既に馘だけになってたりするんだが。


「分かっていると思いますが、わたくし達は暗愚な帝王とは違います。安易に処罰を下すつもりはありませんが、民を省みない貴族を重用するつもりもありません」

「承知しています。陛下方が国元に戻られる事で反乱を企てる貴族は出てくるでしょうが、陸軍海軍共に大きく戦力を落としている現状では、兵は集まらないでしょう。だからといって見逃すつもりは、私にもございません」


 連合軍全員がトラレンシアに撤収するため、デセオに限らず、ソレムネ国内の治安は悪くなる。

 本来なら一部は残しておくべきなんだが、ハンターは戦争への参加までしか依頼されてないから、これ以上は残れない。

 オーダーやセイバーなら問題はないんだが、セイバーズギルドは今までのソレムネの侵略やスリュム・ロードのせいでハイセイバーが減っている。

 オーダーはレティセンシアやアバリシアの問題もあるから、なるべく早くアミスターに戻した方が良い。

 それに行軍の疲れもあるし、アントリオン・エンプレスという終焉種とも遭遇してるから、敵地ではなく安全な場所でゆっくりと休息を取ってもらう必要もある。

 既にフロートやベスティアにトラベリングで転移して、オスクレイド帝王を討った事は伝えてあるし、代わりにデセオの治安維持を行うオーダーやセイバーも連れてきてあるから、そこまで大きな問題は起こらないと思うが。

 さすがにラインハルト陛下にヒルデが国に戻るってことで、今回はアソシエイト・オーダーズマスターのディアノスさんと、アソシエイト・セイバーズマスターの男性ハイオーガ ダーヴィド・ローゼンリヒトさんも来ている。

 同じアソシエイトマスターではあるが、ソレムネの統治はトラレンシアが主体となることもあってダーヴィドさんが最高責任者となり、ディアノスさんは補佐になるって聞いたな。

 ちなみに新たに派遣されたオーダーは50人、セイバーは36人だが、どちらもこれ以上の派遣は無理だったらしい。


 後の事を、新たに派遣されてきたオーダーやセイバーに任せ、俺達は獣車に乗ってデセオを後にした。

 まずはベスティアに戻り、そこでパレードと祝賀会を行ってから、今度はフロートで同じ事をする予定だ。

 ヒルデはトラレンシア女王としてソレムネの統治を行う予定だから、退位とブリュンヒルデ殿下の即位はしばらく先になる。

 予定としては、反抗的な貴族の処断が終わってからだな。

 最終的にはソレムネの国土を北と南で分けて、南をアミスターが、北をトラレンシアが統治する予定だが、ソレムネの国土はアミスターに次ぐ広さだから、貴族を数人ずつ領主として派遣して、細かく分けて統治を行う事になるんじゃなかろうか。

 ヒルデとしては、スリュム・ロードやソレムネがもたらした被害の復興を優先させたいから、出来れば全土をアミスターに任せたいみたいだが。


「大和様、よろしいですか?」

「アリア?どうかしたのか?」


 展望席で見張りをしていると、アリアがやってきた。


「素朴な疑問なのですが、何故終焉種討伐の功を、ご自身だけの物としなかったのですか?」


 何かと思ったら、そんな事か。


「そりゃ、俺だけで倒せたわけじゃないからだよ」


 俺は三度、終焉種を討伐しているが、いずれも俺1人じゃどうする事も出来なかった。

 最初はマイライト山脈にいたオーク・エンペラーとオーク・エンプレスだが、俺とプリムが単独で倒しているとはいえ、それは何とか1対1の状況に持ち込む事が出来たからだ。

 いくらなんでも終焉種2匹を1人で相手するなんて、無茶にも程があるからな。

 それにオーク・クイーンの1匹をアライアンスに受け持ってもらわなかったら、こっちだって大怪我じゃ済まなかったとも思ってる。


 ゴルド大氷河で戦ったスリュム・ロードは、俺の攻撃が見切られてる感じすらしたぐらいだ。

 ウイング・バーストを全開にした瑠璃銀刀・薄緑の一撃を、前足の爪で受け切られ続けたから、プリムの参戦が遅かったら、下手したらやられてた可能性も否定できない。


 先日戦ったアントリオン・エンプレスは、Wランクのアントリオンと連携までしてきやがったから、本隊や左翼から援軍が来なかったら長期戦になってた可能性もあったし、エルさんがサイスエッジ・トルネードで隙を作ってくれなかったら、もっと苦戦してただろう。


「って訳だから、本当の意味で俺が単独で倒したとは言い切れないんだよ。いや、結果的に俺がトドメを刺せただけって言った方がいいか」

「それでも十分偉業です」

「そうかもしれないが、お膳立てはしてもらってた訳だから、俺だけの功績なんて言えないな」


 功績を誇れって事なら、周囲の魔物も含めて俺1人で殲滅した、とかでもなきゃな。


「変わっているんですね。でも、それも悪くないと思います」


 俺もそう思う。

 そもそも俺は、ハンターやクラフターとして暮らしていければそれで良いと思ってる。

 まあガイア様の予知夢もあるから、そういう訳にもいかないんだが。


「それはそれとして、何か神託でも下りたりしてないか?」

「え?ああ、いえ。特にはありません」


 無かったか。

 蒸気戦列艦はアバリシア由来の技術でもあるから、もしかしたらと思ってたんだけどな。


 ソレムネが開発した鉄の蒸気戦列艦は、アバリシアに潜入させたスパイが設計図を手に入れることで、開発が開始された。

 それが今から30年近く前だが、オスクレイド帝王が即位してからだってのは判明している。

 当初は失敗の連続だったらしいが、20年ぐらい前に1番艦が無事に竣工した。

 とはいえその1番艦は、蒸気戦列艦より一回り小型で、大砲も搭載しなかったみたいだから、多分試験艦として着工されたんだろうな。

 さらに5年ぐらい掛けて、ようやく今の蒸気戦列艦が完成したそうだ。

 大砲の開発も難航してたのも理由らしいが、そっちはここ数年で小型化にも成功して、携行出来るようにもなっている。


 何故もっと早くに蒸気戦列艦を使わなかったのかだが、蒸気戦列艦はソレムネの新兵器であると同時に秘密兵器でもある。

 ソレムネは天与魔法オラクルマジックが使えないから開発や製造に時間が掛かったが、他の国はそうじゃない。

 トラレンシアやリベルターを攻め滅ぼすことに成功したとしても、必ずアミスターには存在がバレることになる。

 アミスターはクラフターズギルド発祥の国でもあり、クラフターの数も多いから、ソレムネが完成まで15年も掛けた蒸気戦列艦を、数年どころか数ヶ月で開発されてしまうかもしれない。

 それに、どうやらオスクレイド帝王は、他国を滅ぼすことが出来たとしても、何隻かは沈められることも想定していたようだ。

 万が一沈められた蒸気戦列艦をアミスターに鹵獲されでもしたら、アミスターは魔銀ミスリル製の蒸気戦列艦を完成させてしまうかもしれない。

 オスクレイド帝王はそれを恐れていたから、300隻近い蒸気戦列艦を完成させてからリベルター、トラレンシア、バリエンテを同時に落とし、その上で全戦力を結集させ、アミスターを落とすつもりだったみたいだ。

 レティセンシアが考慮されてないが、レティセンシアはどこの国からも弱小国だと言われているし、ソレムネもその実態をよく理解しているから、無視した所で大勢に影響はないと判断していたんだとさ。

 ヴィンセント代官は10年前まで宰相やってたから、蒸気戦列艦量産計画にもしっかりと関わっていたんだよ。

 引退してからは穏やかに暮らしたいと考えてたから、全部で何隻が建造されたのかまでは知らなかったが。


 安易に神様に頼るのもどうかと思うが、神帝のことやヘリオスオーブのこともあるから、誓約が何かは分からないが、とっとと聞き出したいのも事実だ。

 まあ、俺に出来ることをやるってことも変わらないんだが。

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