帝国の落日
Side・プリム
ヒルデ姉様の采配のおかげで、あたしは真の仇とも言うべきソレムネ帝国第二王子ルーサー・ルイン・ソレムネを討つ事が出来た。
エスペランサに攻め入ろうとしていたレインの尋問結果から、ソレムネの高官とレオナスやレインが接触していた事は分かっていたけど、その高官が誰なのかまでは分からなかった。
だけどその高官が、父様の暗殺にも関与していた事は分かった。
その高官がルーサーだったとは思わなかったけど、この手でルーサーを討たせてくれたヒルデ姉様には、心から感謝出来る。
カメリアも同じだから、せめて一太刀でも入れさせてあげようと思ったんだけど、カメリアは剣を抜かず、ファイア・ランスを使う事を選んだ。
後で聞いたら、自分がルーサーの命を奪う事は後々問題になるから、あたしと同じ系統の魔法を使う事で、少しでも自分の想いを乗せたかったって言ってくれた。
そこまで考えてくれるとは思わなかったけど、その英断にも感謝出来るわ。
直後、ライ兄様達が到着した。
「遅くなったな。こちらはどうだい?」
「というか、こいつらは?」
「王妃と王女です」
王子もいた事を説明しないワケにはいかないし、首から下は全て焼き尽くしたのはあたしだから、ヒルデ姉様が話を続ける前に割って入る。
「なるほどな。ということはエアガイツ王子は武力に優れ、ルーサー王子は知力に優れていたという事か」
「そうなるでしょうね。とはいえ、どっちもロクでもないクズだって事は変わりませんが」
「同感だ」
ソレムネの王族っていうだけで、ロクでもないのは確定してるしね。
まあ武力に優れていたと思われるエアガイツも、ハイクラスに進化してたワケじゃないんだけどさ。
「話は分かった。王妃と王女の処遇は、ヒルデに任せるよ」
「よろしいのですか?」
「元々そういう話だっただろう?」
「分かりました。では彼女達は、全てが終わった後に公開処刑と致しましょう」
ヒルデ姉様の宣告に、真っ青になって涙を流す王妃と王女達。
まあ実際に処刑するかどうかは、取り調べの結果次第でしょうけどね。
ヒルデ姉様の指示を受けて、王妃と王女を捕らえたセイバーが謁見の間から連れ出す。
ヒアリングを使って尋問するそうだけど、さすがに地下牢に放り込むのは外聞が悪いから、それぞれの私室に監禁して、尋問にはオーダーも立ち会ってもらうんですって。
「街の様子はいかがですか?」
「オーダーを治安維持と情報収集のために動かしているが、まだ何とも言えないな」
でしょうね。
だけど他の街は、軍人が幅を利かせすぎた上に好き勝手してたから、治安も何もあったもんじゃなかった。
だから帝王のお膝元であるデセオも、似たような所はあると思う。
「スラムの方はどうだったんですか?」
「スノー・ブロッサムの話だと、スラムの主みたいな女傑がいたそうだよ。詳しい話はまだ聞いてないけど、連合軍を歓迎してる感じらしいね」
マルカ義姉様が答えてくれたけど、それって要するに、ソレムネ軍が民間人を粗雑に扱ってたって事よね?
「私も耳にした程度だけど、そうらしいわ。特に子供達は、その日の食べ物にも困る事があったらしいの。だから今は、話を聞いたリリー・ウィッシュが炊き出しを行ってるはずよ」
食べ物には困らないはずのソレムネで、子供達が餓えてたって事?
それ、相当ヤバいじゃない。
「帝王に限らないんだけど、ソレムネの貴族達にとって、スラムの住人は国民じゃないそうよ」
「自分達の都合で土地を追い出しておきながら、何の補填や支援もないんですって。勝手よね」
それはまた、随分と身勝手な言い分ね。
どこの国もそうだけど、王族や貴族の権力は強い。
だけどそれを勘違いして、無法を働く馬鹿も少なくない。
アミスターやトラレンシアじゃそんな事をする貴族は少数だし、いてもすぐに処罰されるんだけど、バリエンテやバレンティア、リベルターだと珍しくないわね。
話を聞く限りじゃ、ソレムネの貴族はそんなのしかいない感じがするから、戦後の統治はかなり大変な事になりそうだわ。
「失礼致します」
さらにスラムの状況を聞こうと思ってたら、セイバーとハンターが1人の男を連れてきた。
「陛下、ご報告いたします。我らはソレムネ帝国帝王、オスクレイド・ルイン・ソレムネを捕らえました。同行していた従者や兵士は合わせて30名程いたため、その者達は止む無く倒しております」
「ご苦労様でした。怪我人はいますか?」
「出ておりません」
「それは何よりです。同行者については、事前にそう通達していますから、問題はありません。よくぞ帝王を捕らえてくれました」
「もったいないお言葉」
帝王オスクレイド・ルイン・ソレムネは、50代前半に見えるヒューマンの男だった。
200年前から幾度も行われたアバリシアの侵攻を、フィリアス大陸は一丸となって阻止していたけど、それを機に代々の帝王は、アバリシアに対抗するためにという大義名分を掲げ、周辺国に戦争を仕掛けまくっていた。
当時の小国がいくつか占領され、支配下に置かれているわ。
しかもアバリシアに対抗するためとか言っておきながら、アバリシア神帝の親征の際には周辺国の侵略にうつつを抜かして、1人の援軍も派遣してこなかったって記録まで残っている。
その神帝は、当時のエンシェントクラス5人が撃退しているけど、神帝は大和や真子と同じ刻印術師であり生成者でもあったから、追い返すのが精一杯だったらしいわ。
さすがに神帝親征に軍を派遣しなかった事で、当時の帝王は他国への侵略の手を緩めているけど、それを機にフィリアス大陸は戦乱に包まれ、バリエンテ連合王国、リベルター連邦、レティセンシア皇国が建国されたの。
ソレムネにとっては面白くない事だけど、ソレムネ国内でもアントリオン・エンプレスの誕生や迷宮氾濫、迷宮放逐のせいで大きな被害が出始めたから、トラレンシアに泣きついてカズシ様とエリエール様を何度も派遣してもらって、国難から救ってもらっていた。
そのカズシ様とエリエール様が亡くなられると同時にトラレンシアに宣戦布告をしているんだけど、それを行ったのが目の前のこの男、オスクレイド・ルイン・ソレムネなのよ。
「ようやくお会い出来ましたね、オスクレイド・ルイン・ソレムネ陛下。わたくしはトラレンシア妖王国女王、ヒルデガルド・ミナト・トラレンシアと申します」
「アミスター王国国王、ラインハルト・レイ・アミスターだ」
自己紹介するヒルデ姉様とライ兄様に、猿ぐつわをされた帝王オスクレイドの顔が驚きに染まった。
さらにヒルデ姉様がセイバーに指示を出し、オスクレイドの猿ぐつわを外させている。
「この無礼者どもが!さっさと解かんか!」
「どちらが無礼者だ?身勝手な言い分で他国を攻撃し、フィリアス大陸の安寧を乱していたのは、他ならぬソレムネだろう?」
「全てはアバリシアを倒すためだ!そのためにアバリシアの最重要機密である蒸気戦列艦の設計図を手に入れ、量産にも成功したのだからな!」
吠えるオスクレイドだけど、あんな鉄屑でアバリシアを出し抜けると、本気で信じてるみたいだわ。
以前大和やサユリ様が、アバリシアが故意にソレムネに蒸気戦列艦の情報を流したんじゃないかって言ってたけど、これは確定じゃないかしら?
「確かにバリエンテのロッドピースやオヴェスト、リベルターの橋上都市を見れば、蒸気戦列艦は脅威の兵器だと言えるだろう。だが既に対策は成されているし、何より蒸気戦列艦より高性能な船を、我がアミスターは開発している。大砲などという無駄な物は装備させていないが、速度は蒸気戦列艦の倍は出ていたぞ」
ライ兄様のいう船は、大和が地球の知識を元に開発したハイドロ・エンジン搭載船の事。
既存の船でも使えるから、一から船を作らなくてもいいっていうメリットもあるけど、その分壊れやすいかもしれないって考えられているわ。
でもあたし達の天樹製獣車を乗せる総
「な、なんだと?」
「そもそもの話として、蒸気戦列艦は無駄が多過ぎる。何よりあのような欠陥品は、アバリシアにとっても旧式だろう。大和君」
驚愕しているオスクレイドの前に、ライ兄様に促された大和が立った。
「俺はヤマト・ハイドランシア・ミカミ。アミスターのOランクオーダーであり、
「ま、
「ああ。俺の世界じゃ蒸気戦列艦は旧式も旧式だから、同じ
多分アバリシアは、蒸気戦列艦の情報を故意にソレムネに流す事でフィリアス大陸を統一させ、その後ソレムネを討つ事で、ヘリオスオーブの統一を成し遂げるつもりだったんでしょうね。
「な、なんだと?」
「その程度の事も分からなかったとは、本気で馬鹿だな」
憐みの目を向ける大和に、オスクレイドの顔が怒りに染まる。
「貴様!フィリアス大陸、いや、ヘリオスオーブを統べ、新たな神となる余に対して、傲岸不遜にも程があろう!」
「お前程度がそんな器かよ。そもそも連合軍がデセオに到着した時点で、家族を見捨てて逃げてたじゃねえか」
全く同感ね。
自らの命惜しさに逃げ出した臆病者が神だなんて、夢物語にも程があるわ。
「我が身可愛さに逃げ出す臆病者が神など、片腹痛いな」
「そうですね」
そう言ってヒルデ姉様が、ストレージからスノーヒル・クレッセントを取り出した。
今回の親征に際して、ヒルデ姉様はエリエール様が使っていた大鎌クイーンズ・シックルを、妹のヒルドに渡している。
クイーンズ・シックルはトラレンシア女王の証でもあるから、次代の女王であるヒルドに、先に渡してるって事になるわ。
普通なら
「これ以上、あなたと話をするつもりはありません。わたくし達が望むのは、あなたの馘のみです。王祖カズシ様、エリエール様に数々の国難を救って頂きながらも、お二方が亡くなられると同時に我がトラレンシアに宣戦布告し、アバリシアに踊らされながらもそれに気付かず、嬉々としてフィリアス大陸の平穏を乱していた無知蒙昧な者など、王ではありません」
「自国どころか、膝元の街すらロクに統治出来ていないようだからな。このような無能が王など、民達が気の毒で仕方がない」
「ま、待てっ!もう二度と、トラレンシアへは進軍せん!」
スノーヒル・クレッセントを手にしたヒルデ姉様に、怯えて命乞いをするオスクレイド。
みっともないったらないわ。
「あなたのお父上は、カズシ様やエリエール様に、我が国ばかりか他国への侵略を行わない事を確約されていたのですよ?だというのに、そのお二方が亡くなられると同時に約束を反故にし、我が国に宣戦布告をしたのは、他ならぬあなたではありませんか。そのような戯言、信じられると思っているのですか?」
それも有名な話よね。
シンイチ様はご友人を人質に取られた事があるからソレムネの力になる事はなかったけど、カズシ様とエリエール様は、海を隔てているとはいえ隣国の事だから、よく足を運んでいた。
迷宮氾濫や異常種、災害種の討伐まで行ってもらっていたのに、お2人が亡くなられた途端に手のひらを返してトラレンシアに宣戦布告を行い、毎年軍を派遣しているんだから、信じられる要素はどこにもないわ。
「帝王オスクレイド・ルイン・ソレムネ、あなたの馘を以て、この戦争は終結となります。不信心者であるあなたが死下世界に行けるとは思いませんが、せめてもの慈悲として、苦しまぬように逝かせて差し上げましょう」
そう言ってヒルデ姉様は、スノーヒル・クレッセントを袈裟懸けに振り下ろした。
「余は……ヘリオスオーブの……神に……」
左腕を落とされ、体も真っ二つになる寸前、オスクレイドが戯言を口にする。
だけどヒルデ姉様は、構わずにスノーヒル・クレッセントを真横に薙いだ。
オスクレイドの馘が宙を舞い、体は力なく崩れ落ちていく。
「長らく続いたソレムネとの戦争も、これで終結です。皆、大儀でした」
謁見の間に転がるオスクレイドの首には目もくれず、ヒルデ姉様が終戦を宣言すると、謁見の間にいたハンターやオーダー、セイバーからは大歓声が上がった。
細かい問題はまだまだあるけど、これでソレムネという国は滅びた。
ソレムネの国土はアミスターとトラレンシアの共同統治という事になるけど、しばらくはヒルデ姉様が代表して行う事になっている。
だけど1人だけで統治が出来るワケが無いし、領地にいるであろう傲慢な貴族達が従うはずもないから、あたし達も手伝うつもりよ。
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