デセオ到着

Side・ヒルデガルド


 大和様達がデセオに向かって5時間後、わたくし達は戻られた大和様達のトラベリングを使い、ソレムネの帝都デセオに到着しました。


 デセオはクラーゲン平野にありますが、プライア砂漠も近いため自生している木々は少々しかありません。

 北には巨大なヴュステ湖を臨んでおり、中央の小さな島には宝樹が咲き誇っています。


 街並みはトラレンシアやアミスターとは異なり、木造の建物はあまり見掛けません。

 石造りの建物が多いようですが、それはデセオの中心部に近い程多く、逆に外周部は他の街と同じようなテントが立ち並んでいて、治安も凄く悪そうです。


「国の顔とも言える首都なのに、これは酷いわね」

「だな。これじゃスラム街の方がマシな気がするぞ」


 アミスターの方々は驚いていますが、無理もありません。

 何故ならアミスターには、スラム街はありませんから。

 というよりアミスター以外の国には、大なり小なりスラム街はありますから、アミスターが珍しいと言ってもいいでしょう。

 トラレンシアの妖都ベスティアにも、小規模ではありますがスラムは存在しています。

 セイバーズギルドが定期的に見周りをしているため、治安はそこまで悪くはありませんが、それでもならず者達が闊歩していますから、市井の民は近寄ろうともしないと聞いています。


 ですがソレムネのスラムは、どこの国より酷いです。

 街の中央を走っている主要路付近はそうではありませんが、東側にあるテント街は見るからに治安が悪そうですし、西側にある石造りの建物だってボロボロで、とてもではありませんが使えそうには見えません。


「このまま街に押し入り、帝王城に行くぞ」


 ソレムネ軍壊滅の報は、まだデセオまで届いてはいないでしょう。

 ですが無傷に近い連合軍がデセオに現れたのですから、いかに暗愚な帝王家といえど、察する事ぐらいは出来るはずです。


 突然現れた連合軍を見たデセオの民は、恐れおののいて周囲の建物に逃げ込み、デセオを守っているであろう常駐軍が、慌てて軍備を整えて出てきました。


「陛下」

「ああ。ヒルデ、露払いはアミスターが引き受ける。トラレンシアは帝王城に赴き、帝王の馘を取れ」

「分かりました。そのお言葉に甘えさせて頂きます」

「大和君、護衛は任せたよ」

「了解です」


 帝王の馘は、わたくしが取る事になりました。

 アミスターが常駐軍を受け持ち、セイバーやトラレンシア・アライアンスは真っすぐに帝王城に向かわせて頂くだけではなく、大和様も護衛に付けて下さったのですから、こちらとしてはありがたい限りです。


「陛下、カメリアも連れて行っていいですか?」

「カメリアを?だがそれでは……」

「あたしも行くわよ。カメリアには手を出させないから、そこは安心しといて」

「そういう事なら、俺も行くぜ」


 カメリア、そしてプリムとエドワードさんもですか。

 Bランクハンターのカメリアですが、元々はリベルターの首都エストレラ出身です。

 そのエストレラがソレムネによって落とされた際、カメリアの育った孤児院も破壊され、弟や妹と呼ぶ孤児達も多くが犠牲になったと聞いています。

 ですからカメリアはウイング・クレストに加入し、仇を討つために戦争に参加したのです。


 そのカメリアを同行させるという事は、ソレムネ帝王の最期を見せようという事なのでしょう。

 ですがカメリアに手を出させる訳にはいきませんから、そのためにプリムとエドワードさんが護衛として同行し、同時に手を出させないよう抑止力となるというのですね。


「わたくしも構いません。ですが万が一帝王に手を出した場合、反逆罪で処断する事になりますよ?」

「それは当然だな。それでも良ければ、私も同行を認めよう」


 カメリアはウイング・クレストの一員として、此度の戦争に参加しています。

 ですがまかり間違ってカメリアが帝王の首級を上げてしまえば、最悪の場合はリベルターの戦果となってしまいかねません。

 連合軍にリベルターは参加していませんが、カメリアがリベルター出身なのは間違いのない事実ですから、カメリアの行動は、わたくし達としても注視しなければならないのです。


 本来でしたら同行させませんし、その必要すらないのですが、勝手に行動されてしまえば、それこそ問題になりかねません。

 ですからカメリアを同行させる事で、その問題を封じ込めようという事になります。

 Bランクハンター1人では帝王城に侵入どころか辿り着くことすらできませんが、現状ではその可能性はゼロとは言い切れませんから。


「ありがとうございます!」

「ですがカメリア、命令違反を犯した瞬間、あなたは反逆者となります。あなたの参加を認めてくれたウイング・クレストにも、咎は及ぶ事になるでしょう。その事を、肝に銘じなさい」

「はいっ!」


 このような事を口にしたくはないのですが、カメリアがウイング・クレストのメンバーだという事は、連合軍ならば誰でも知っています。

 ですからカメリアが命令違反を犯した場合、ウイング・クレストにも咎が及び、最悪の場合は処罰の対象にもなってしまうのです。

 リーダーの大和様はわたくしと婚約していますが、だからこそはっきりとさせておかなければならない問題なのです。


「連合軍に告ぐ!デセオ常駐軍は我々の敵だが、だからといって民に攻撃をする事は許されない!特に略奪行為は、理由の如何に関わらず斬る!ソレムネ軍はリベルターで略奪の限りを繰り返していたが、我らは誇り高き連合軍だ!野蛮なソレムネ軍とは違う事を、デセオの民にも見せ付けるのだ!」


 準備が整うと、ジェネラル・オーダー レックス卿がそう宣言します。

 元々略奪行為は厳禁だと従軍時に明言していますし、違反した場合はその場で斬り捨てる事も伝えてあります。

 ですから今回の宣言は、連合軍に告げると言うより、デセオの民達に伝えるために行われているのです。

 敵国の言葉ですからデセオの民が信じるかは分かりませんが、ソレムネ軍がリベルターの街で蹂躙の限りを行っていた事は事実ですし、連合軍が民に手を出さなければ、いずれは信用も得られるでしょうから。


「オーダー、並びにアミスター・アライアンスは、駐留軍を食い止めよ!セイバー、トラレンシア・アライアンスは、その隙を付いて帝王城に向かえ!ヴィーゼ卿、指揮はお任せします!」

「心得ました。ジェネラル・オーダー、ご武運を!」


 レックス卿の指揮の下、オーダーとアミスター・アライアンスは、駐留軍と衝突しました。

 さすがにデセオという帝王のお膝元を守護しているだけあって、練度は高いように見受けられます。


 ですがエンシェントクラスの多いアミスターの前では、悲しいかな、次々と無力化されていっています。

 街中ですから命までは奪っていないようですが、その余裕があるというのも凄い話ですね。


「陛下、参りましょう」

「そうですね。おばあ様、お手数ですがハンター達をお願い致します」

「安心おし、みんな張り切ってるよ。なにせ、帝王城を落とせるんだからね」


 トラレンシア・アライアンスは、先日のクラーゲン平野での会戦、並びにアントリオン掃討戦でも活躍していますが、アミスター・アライアンスと比べると控えめでした。

 比べる方が間違っていると分かっているのですが、それでも納得出来るかどうかは別問題です。

 ですから帝王城に攻め入り、落城させるのはトラレンシア側の戦力のみと耳にすると、全員が歓喜した程です。

 大和様やプリムが同行しますが、彼らはわたくしの護衛やカメリアの見張りですから、前に出る事はありません。


「ヴィーゼ、進軍命令をお願いします」

「はっ!セイバーズギルド、トラレンシア・アライアンスに告ぐ!これより我々は、帝王城へと向かう!だがジェネラル・オーダーが口にした通り、デセオの民に手を出す事は許さん!我々の目的はただ1つ!暗愚な帝王の馘のみだ!」

「「「おおおおおおおおっ!!」」」


 ヴィーゼの号令を受けたトラレンシア軍は、一丸となって帝王城を目指しました。


 帝王城はヴュステ湖を臨む、切り立った崖の上に建造されています。

 帝王家の威容を称えるために、トラレンシアの白妖城より大きく、贅沢な装飾が施されていますが、そのような事をしなければ威厳が保てないのでしょう。

 全てのギルドを追い出し、解放されたと喧伝しているようですが、ギルドを廃するなど浅薄であり、暗愚の証拠でしかありません。


 デセオでの移動は、わたくしはセイバーが使用している獣車ですが、大和様とプリムはジェイドとフロライトに、セルティナ様はクラールの背に乗っています。

 セイバーやハンターも、従魔契約している者は従魔に跨り、それ以外の者は獣車です。

 人数は、先日の会戦において死者も出ていますから、250名程となります。

 通常であれば少なすぎるどころか戦に挑むのも無謀と言える数なのですが、ハイクラスが70名程いますし、セルティナ様はエンシェントラミアに進化されましたから、少々の人数差は問題にはなりません。

 さらに大和様とプリムも護衛をしてくれているのですから、わたくしに不安は一切ありません。


「と、止まれっ!こっ、ここをどこだと思っている、不届き者どもが!栄えあるソレムネ帝国の帝王陛下がおわす帝王城だぞ!?」

「その程度の事は知っています。我々は連合軍です。愚か極まりない帝王の馘を取るために、わざわざデセオまでやって来たのですよ」


 近衛兵と思しき兵に、ヴィーゼが同行を強く求めたファースト・オーダーのデルフィナ卿が、冷たく言葉を返します。


「れ、連合軍だと!?馬鹿な!1万を超す陸軍が迎撃に向かったはずだぞ!?」

「ええ、先日会敵しました。そちらには残念ですが、連合軍はその陸軍を撃破し、蒸気戦列艦も沈めています。証拠もお見せしましょう」


 驚いている近衛兵に対して、デルフィナ卿はストレージから、レックス卿より預かったエアガイツ王子の首を取り出しました。

「エ、エアガイツ殿下!?」

「で、では……では本当に、陸軍を打ち破ったのか……!?」

「当然でしょう。あのような数だけに頼る弱軍など、我々連合軍の敵ではありませんでしたよ」


 戦功のほとんどは、トラレンシアではなくアミスターの物ですが、デルフィナ卿はそのような事はおくびにも出さず、淡々と言葉と紡がれます。


「そういう訳だから、我々はここを通していただく」

「と、通すと思うか!?」

「帝王陛下をお守りするのが、我ら近衛兵の役目なのだ!」

「その志は立派ですが、暗愚な王を守る意味などありませんよ?いえ、ノーマルクラスでしかないあなた方では、この場の誰も止める事などできません」


 そう言ってデルフィナ卿は、ご自分のライブラリーを近衛兵に投げかけました。


「エ、エンシェントオーガ!?」

「ば、馬鹿なっ!?アミスターにいるのは、エンシェントヒューマンじゃなかったのか!?」


 どうやら大和様の事は、帝王も知っていたようですね。

 ですが知っていた所で、そのエンシェントヒューマンを帝王城に攻め込ませる結果になったのですから、全く意味はありませんが。


「そのエンシェントヒューマンも、この場にいますよ」


 デルフィナ卿に視線を向けられた大和様も頷いてからライブラリーを出し、デルフィナ卿と同じように近衛兵に見せ付けています。

 プリムとセルティナ様も、大和様に続いてライブラリーを出されていますね。


「エンシェント……フォクシー……?」

「エンシェントラミアまで……」

「言っておきますが、従軍しているエンシェントクラスは20名を超えていますよ?ハイクラスでさえ200人以上いるのですから、デセオの戦力でどうにか出来ると思いますか?」


 近衛兵達が絶望的な表情を浮かべました。

 1人でも万の軍勢に匹敵すると言われているエンシェントクラスが20人以上もいますし、常駐軍は後方のアミスター軍によって無力化されていますから、残存戦力だけでは結果を覆す事は不可能です。

 特にソレムネは、エンシェントクラス相手に事を起こさないように気を配っていた国なのですから、どうする事も出来ません。


「理解出来たようですね。では我々は、このまま通らせて頂きます」


 デルフィナ卿の言葉に反論できた近衛兵は、1人として存在しませんでした。

 ですが邪魔をされる訳にもいきませんから、セイバーとハンターの半数を城門に残し、わたくし達は帝王城の中へと足を踏み入れました。

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