それぞれの仇

Side・カメリア


 私は大和さん、プリムさん、エドワードさんの好意でトラレンシア軍に同行し、帝王城へ足を踏み入れた。

 命令を違反した場合、私は斬り捨てられる事も示唆されたけど、先日の会戦で命令違反寸前だったんだから、これは仕方がない。

 むしろウイング・クレストにまで咎が及ぶ事が、ものすごく申し訳なく思う。

 だからこそ、勝手な行動は慎まないといけない。


 私達は帝王城の謁見の間に陣取り、トラレンシア軍が城内に散って、各所の制圧を行っている。

 何度か制圧完了の報告が届いたけど、帝王の居場所は未だ判明していない。


「ところでエド、なんでついてきたんだ?」

「帝王城なんて、滅多に来れるとこじゃねえだろ?単純に興味があったんだよ」

「気持ちは分かるけど、ヒルデ姉様が統治するようになれば、いつでも好きに来れると思うわよ?」

「それもそれで、問題しか起きねえだろうが」


 同行させてもらえたとはいえ、私は自衛以外で剣を抜く事を許されていない。

 だからヒルデガルド陛下の護衛という建前になっているんだけど、同じくヒルデガルド陛下の護衛という立場の大和さん、プリムさん、エドワードさんの3人は、護衛もそこそこに雑談に興じている。

 いえ、大和さんとプリムさんはエンシェントクラス、エドワードさんだってハイクラスだから、少々の不意打ちぐらいでどうにかなるような人達じゃないんだけど。


「失礼します!陛下、帝王の居場所が分かりました!」


 しばらく待機していると、ラミアのハンターが、私達が待ち望んでいた情報を持って謁見の間に駆け込んできた。


「帝王はどこにいるのですか?」

「どこに繋がっているのかまでは分かりませんが抜け道があり、そこから供を連れて逃げ出したようです」


 帝王が逃げ出した?

 確かに逃げる時間ぐらいはあったけど、一国の王が民を見捨てて、戦争の責任も取らずに?


「やはり逃げましたか」

「何人かのハンターとセイバーが、後を追っています。身柄を確保出来たら、ここに連れてくる手筈です。追撃している人数は多くありませんから、おそらく帝王だけになると思いますが」

「それは構いません。無事に帝王を連れてくる事が出来たら、彼らには報いなければなりませんね。帝王の供は、恐らくはソレムネの重鎮でしょう。重鎮を討ったとなれば、十分な功績ですから」


 トラレンシア軍にとって、今回の帝王城陥落戦は手柄を立てる千載一遇のチャンスですしね。

 行軍中の魔物討伐はもちろん、各街の常駐軍の鎮圧、ラオフェン近くでの会戦やクラーゲン平野の会戦は、戦力の差が大きすぎた事もあって、ほとんどがアミスター側の手柄になってしまっている。

 残すは帝王城のみだから、本当の意味で手柄を立てる最後のチャンスなの。

 だから重鎮の馘は、手柄という意味じゃ最上級の物になる。

 帝王の馘はヒルデガルド陛下が取る必要があるから、帝王の馘を上げたりしたら逆に罪に問われるそうだけどね。


「みんなも喜びます」


 そう言って伝令を買って出たラミアのハンターは、謁見の間を出て行った。


 次に謁見の間に入ってきたのは、ロイヤル・オーダーのミランダさんだった。


「報告致します。アミスター軍はデセオ常駐軍を撃破し、デセオを制圧致しました。間もなくラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下、ジェネラル・オーダーも帝王城に入られます」


 もう常駐軍を制圧したとか、さすがはアミスターとしか言えない。


「わかりました。アミスター軍の被害はどうですか?」

「ございません」


 しかも被害無しとか、普通はあり得ない。

 だけどアミスター軍はハイクラスも多いし、エンシェントクラスだって20人以上いるんだから、この結果は当然とも言える。


「分かりました。では陛下にお伝え下さい。現在帝王は、抜け道を使って逃走を企てています。ですがセイバーとハンターが後を追っていますから、程なく捕らえられるでしょう」

「はっ。では失礼致します」


 そう言ってミランダさんも、謁見の間を出て行った。


「被害無しか。当たり前だけど、さすがよね」

「むしろ被害を出す事が出来たら、逆に感心出来るぞ」


 プリムさんとエドワードさんが軽口を叩いてるけど、それは私もそう思う。


 ソレムネのハイクラスは、アミスターどころかトラレンシアより少なく、多分100人程度じゃないかと予想されている。

 そのハイクラスも、先日のクラーゲン平野でほとんどが命を落としたと考えられてるから、ソレムネに残ってるのは、下手をしたら10人もいないかもしれない。

 帝王の護衛にはついてるだろうけど、その程度の数じゃ連合軍の前では無いも同然だわ。


 しばらくすると、今度はセイバーが、6人の男女を連行してきた。


「報告致します。居住区において王妃4名、王子1名、王女3名を発見したため、捕縛いたしました」


 身なりからそうじゃないかと思ってたけど、やっぱりソレムネの王族だったのね。

 王妃と王女は今にも噛み付いてきそうな顔をしてるけど、王子は神妙に項垂れている。


「居住区のどこにいたのですか?」

「私室です。居住区は安全だと帝王に吹き込まれたとか」

「なるほど。つまり帝王は家族を犠牲にして、自らは逃走を図ったという事ですか。見下げ果てた男ですね」


 ヒルデガルド陛下の仰る通りだわ。

 家族を見捨てるどころか犠牲にして、自分は抜け道から逃げてるんだから、とてもじゃないけど一国の王のする事とは思えない。


「それで、彼らを生かして連れてきたのはどうしてですか?わたくしは帝王以外は、それぞれの手柄にして良いと伝えたはずですよ?」

「それについてですが、こちらのルーサー第二王子から、助命の嘆願を受けたのです」

「助命の嘆願を?ですが帝王家の所業を鑑みれば、その嘆願を聞き届けることはできないとお答えするしかありませんが?」


 私もそう思う。

 だけどよく見たらルーサー王子のみ猿ぐつわを噛まされていないから、抵抗して捕縛されたんじゃなく、自ら投降したって事になるのかしら?


「お初にお目にかかります、ヒルデガルド・ミナト・トラレンシア陛下。ソレムネ帝国第二王子、ルーサー・ルイン・ソレムネにございます」


 セイバーに促されて、ルーサー王子が口を開いた。


「ええ、お初にお目にかかります。それで、かような事態を引き起こしておきながら、何故助命嘆願をなさっているのですか?」

「此度の戦は、父と兄が……代々の帝王が起こした事だからです。我々が関与していなかったとは言いませんが、私と妹は、まずは内政に力を入れるべきだと、何度も父上や兄上に諫言を繰り返していました。ですが受け入れてはもらえず、トラレンシアやリベルターはもちろん、宣戦布告も無しにバリエンテやバシオンにまで攻め入る始末……」


 ルーサー王子は王位継承権こそ二位だけど、実際に王になる事はないだろうと言われていたとか。

 その理由は、フィリアス大陸の統一という絵空事には興味がなく、むしろギルドを受け入れるべきだという考えを持っているから。

 正確には受け入れるというより、利用しようとしてると言うべきだと思うけど。


 だけど帝王家の情報は、王子や王女の人数こそ判明しているけど、性格なんかは分からなかった。

 だからここでそんな事を言われても、私達からすれば信用に足る根拠が無い。


「ヴィーゼ」

「はっ。いくつか質問をします。沈黙は肯定と判断しますので、そのつもりで。『ヒアリング・スタート』」


 ヒルデガルド陛下の言いたい事を察したヴィーゼさんが、ルーサー王子にヒアリングを使った。

 嘘を見抜く事が出来るという妖騎魔法セイバーズマジックだけど、実際に使ってる所を見るのは初めてだわ。


 セイバーズギルドが使う協会魔法ギルドマジックだから妖騎魔法セイバーズマジックって呼ばれているけど、実際は騎士魔法オーダーズマジックとほとんど同じ魔法らしいわ。

 騎士魔法オーダーズマジックには天樹内を移動するための魔法もあるそうだから、妖騎魔法セイバーズマジック聖騎魔法ホーリナーズマジックにはないけど、それぐらいしか違いがないそうよ。


「蒸気戦列艦は、帝王の指示で建造を開始したのですか?」

「はい」

「蒸気戦列艦の設計図は、アバリシアから入手したのですか?」

「はい、アバリシアに潜入させていた工作員がもたらしました」

「バシオンを攻めるよう指示したのは、帝王なのですか?」

「はい、父上と兄上です」

「リベルター侵攻を決定したのは帝王なのですか?」

「はい」

「『ヒアリング・エンド』。陛下、残念ではありますが、信用には足りません」


 ヴィーゼさんがそう告げると、ルーサー王子だけじゃなく、王妃や王女まで顔色が変わりました。


「そうだとは思っていましたが、どの質問が引っ掛かったのですか?」

「バシオン、並びにリベルターへの侵攻です。帝王と第一王子も関与していたでしょうが、ヒアリングの感触から判断すると、彼も関わっていたようです」


 嘘を見抜ける魔法だって事は知ってたけど、凄い精度だわ。


「そうですか。それは確かに、信用出来る訳がありませんね」

「つまりこいつは、全ての責任を死んだ兄王子と、これから死ぬ親父に押し付けようとしたって事ですか」

「そうなるわね。死人に口なしとは、よく言ったものだわ」


 ヴィーゼさんの判定に、大和さんとデルフィナさんが呆れた声を上げるけど、私もそう思う。


「『ヒアリング・スタート』。バリエンテ、並びにバシオンへの攻撃を提案したのはあなたですね?」

「……」

「リベルターへの侵攻を提案したのは、あなたですね?」

「……」


 ヴィーゼさんが再度ヒアリングを使って尋問を行うけど、今度は沈黙で返すルーサー王子。

 沈黙は肯定って言ってたし、何も言えない時点で自白してるようなものだわ。


「ヴィーゼさん、これも聞いてもらいたいんですが、いいですか?」

「ふむ……分かりました。バリエンテのレオナス元第二王子との接触を提案したのは、あなたですね?」

「!?」

「バリエンテの王爵を唆し、テルナール・ハイドランシア公爵を陥れるよう仕向けたのはあなたですね?」

「そ、それは……!?」


 大和さんからの質問に、ルーサー王子が明らかに狼狽した。


「『ヒアリング・エンド』。陛下、ご采配を」

「プリム、ルーサー王子の処断は、あなたに一任します」

「ありがとう、ヒルデ姉様」


 ヒルデガルド陛下の采配と同時に、プリムさんが熾炎の翼を纏った。

 その顔には、隠そうともしていない怒りが浮かんでいる。

 というか、その怒りに呼応して魔力も凄いことになってるから、私もすごくキツい……。


「自己紹介しておくわ。あたしはプリムローズ・ハイドランシア・ミカミ。テルナール・ハイドランシアの娘よ」

「テ、テルナールの……娘だと!?死んだはずではなかったのか!?」

「生憎だけど、あたしはこの通りピンピンしてるわ。ああ、先に言っておくけど、ソレムネが通じていたのはレオナスだけじゃなく、レインやシュトレヒハイト、ギムノスといった王爵達もだって事は、とっくの昔に知ってるから」


 その話を聞いたのは初めてだけど、ソレムネってバリエンテの王爵三家ともつながってたの?


「な、何故……」

「バリエンテやエスペランサを攻めた蒸気戦列艦、誰が沈めたと思ってるの?その時にレオナスを討ち、レインも捕らえてあるのよ。残念ながらレインは、ソレムネの誰と繋がってるのかまでは知らされてなかったようだったけどね」

「じょ、蒸気戦列艦を……沈めた、だと?我が国最新鋭にして、最強の船を……?」


 エストレラ襲撃の際、私もこの身でその恐怖を味わったし、実際ハイクラスでさえ成す術がなかった。

 だから蒸気戦列艦が、とんでもない能力を秘めた兵器だという事は実感している。

 だけどアミスターとトラレンシアのハイクラスにとっては脅威でも何でもなかったし、エンシェントクラスに至っては的でしかなかった。


「今更過ぎるわね。あんな鉄屑、何百隻あっても、あたし達を殺す事なんて出来ないわ。そもそもあたし達が、どうやってここまで来たと思ってるの?まああんなゴミの事より、あたしにとってはあんたが父様の真の仇だと分かっただけで十分よ」

「ひっ!」


 一段と激しく熾炎の翼を燃え上がらせたプリムさんを前に、ルーサー王子だけではなく王妃や王女までもが顔を真っ青に染め上げた。


「待て、プリム。そいつが仇になるのは、お前だけじゃねえだろ?」

「そうだったわね。カメリア、あんたも来なさい」

「え?」


 怒りの炎を燃やすプリムさんにエドワードさんが声を掛け、そのプリムさんは、私にも来るように言ってくれた。


「あんたにも、仇を討つ権利はあるからね。良いわよね、ヒルデ姉様?」

「あなたに一任したのですから、構いませんよ」

「あ、ありがとうございます!」


 ここで私も呼ばれるとは思わなかったけど、リベルター侵攻を提案したのがこの男だという事は、私にとっても仇になる。

 だから私はプリムさんの隣に立ち、ルーサー王子を睨みつけた。


「この子はエストレラのハンターよ。あんたのせいで、家族を失っている。つまりこの子にも、仇を討つ資格はあるって事よ」

「弟や妹達の仇、今こそ討たせて頂きます!」


 私は剣を抜かず、代わりにファイア・ランスを作り出した。

 本当はこの手で仇を討ちたいけど、第二王子を討ったとなれば、戦後に問題が出る事になってしまう。

 だからプリムさんの熾炎の翼には及ばないけど、同系統の火属性魔法ファイアマジックを使う事で、少しでも私の想いを乗せてもらいたいって思った。


「大和、お願い」

「あいよ」

「な、なんだ!?何をする、離せ!離せ、この無礼者!!」


 大和さんの念動魔法によって、ルーサー王子の体が宙に浮いた。

 そのルーサー王子に向かって、私はファイア・ランスを、力一杯放った。


「馘だけは残してあげるわ。下らない野心と共に、この世界から消え去りなさい!」


 プリムさんが放った固有魔法スキルマジックセラフィム・ストライカーは、私のファイア・ランスとは比べ物にならない程巨大で高温を宿している熾炎の槍。

 私のファイア・ランスを軽々と飲み込んだセラフィム・ストライカーは、宙に浮いたルーサー王子を貫き、身に付けている衣服や骨諸共、灰すら残さずに焼き尽くす。

 そしてプリムさんの宣言通り、馘だけが元居た場所に落ちてきた。


「ありがとう、ヒルデ姉様」


 万感の思いを込めたプリムさんに続いて、私もヒルデガルド陛下に向かって、大きく頭を下げた。

 この手で仇に一矢報いる事が出来るとは、思ってもいなかったから。

 だから、心から感謝致します、ヒルデガルド陛下、エドワードさん。

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