帝国軍壊滅

 本隊と合流してすぐ、俺達ウイング・クレストは敵本陣に向かって突っ込んだ。

 途中でアントリオン・クイーンやアントリオン・プリンセスも何匹か倒したが、マジで数が多くて面倒だ。

 だけどそのおかげで、アテナもエンシェントドラゴニアンに進化出来た感じがする。


「大和、あそこよ!」

「やっぱり逃げようとしてたか!」


 プリムの視線の先には、ソレムネの王子エアガイツの姿があった。

 近衛と思しき連中が必死にアントリオンからエアガイツ王子を守っているようだが、多勢に無勢、しかも相手が異常種って事もあって、そいつらもかなりの数が地面に倒れている。

 アントリオンが、ここが本陣だって事を理解してるかは分からないが、右翼だけじゃなく左翼側にも回り込んで攻めてきてるから、撤退もままならなかったんだろうな。


「邪魔だっ!」


 俺はアクセリングで加速して、エアガイツ王子の近くにいたアントリオン達を、一刀の下に斬り捨てた。

 いや、アントリオン・プリンセスは俺に反応しやがったから、二刀目で倒したんだけどな。


「な、何者だっ!?」

「何者も何も、ソレムネ軍じゃなきゃ答えは1つしかないだろ?」


 このクラーゲン平野にいるのは、ソレムネ軍と連合軍なんだからな。


「れ、連合軍か!」

「以外にいるのかよ?」


 軽く一瞥して、俺はアントリオンに視線を戻す。

 不本意ではあるが、エアガイツ王子の命をアントリオンにくれてやる訳にはいかないからな。


「そ、そうか、分かったぞ!貴様は連合軍を裏切り、我が方に付くという事だな!」


 何がどう分かったのか、頭をかち割って中身を見てみたい気にさせられるな。

 どうやら俺が王子に背を向けて、アントリオンから守ってる事が理由みたいだが、よくもまあそれだけの理由でそんなおめでたい思考に辿り着いたもんだ。


「な訳あるか。お前の命をアントリオンにくれてやる訳にはいかないから、不本意ながらもここに来ただけだ。なにせラインハルト陛下が、お前の首を望んでるんだからな」


 本当はヒルデもだが、トラレンシアは帝王の首って事で話がついてるみたいだから、別にラインハルト陛下の名前だけでもいいだろう。


「な、ならば貴様は、殿下の敵か!」


 当然敵だ。

 というか、味方かもしれないって考えたのか?

 王子の近くにいるんだから近衛軍ってとこなんだろうが、ちょいと頭が悪すぎないか?

 アントリオンの大群なんていう想定外過ぎる連中の襲撃を受けたんだから、現実逃避したい気持ちも分からんでもないが。


「ば、馬鹿な!戦列艦を製造する過程で生み出された上鉄の剣が!」


 俺に剣を振るってきた近衛兵だが、俺は何をするでもなく、そのまま剣を受けた。

 だがその剣は、俺にとっては何かが当たったかどうかって感じたぐらいで、簡単に折れている。

 上鉄とか言ってるが、多分鋼の事だよな?


 ノーマルクラスの攻撃なんてマナリングを使ってれば普通に防げるし、クレスト・ディフェンダーコートはゴールド・ドラグーンやディザスト・ドラグーン、8属性のドラグーンの革も使ってるから、それだけでもいけたかもしれない。


 なんで近衛兵がノーマルクラスだと分かったかだが、エンシェントクラスに進化すると、自分だけじゃなく周囲の魔力も見えるようになるんだよ。

 ノーマルクラスとハイクラスじゃ明らかに絶対量が違うから、それぐらいはすぐに分かる。

 しかもソレムネは天与魔法オラクルマジックを使う事が出来ないから、魔力強化もマナリング程洗練されてる訳じゃない。

 だからハイクラスの攻撃でも、もうちょいマナリングの強度を上げれば無効化出来るだろうな。


「戦列艦製造の過程でって事は、鋼辺りでも作れたか。それはそれで凄いと思うが、エンシェントクラスにノーマルクラスの攻撃が通用する訳ないだろ?」


 鋼は鉄に微量の炭素が含まれた合金になるから、ソレムネも合金を開発できたって事だろうな。

 偶然鋼になった鉄を使った剣は、アミスターでもそれなりに出回ってるから俺も見た事あるし、実際俺と出会ってすぐにプリムが買ったアイアン・スピアも鋼だった。

 まあハイクラスの魔力には耐えられないから、すぐに壊れたんだが。


「エ、エンシェントクラスだと!?」

「知らなかったのか?俺がエンシェントヒューマンに進化したのは半年前で、その後でアミスターが公表してたんだがな」


 正確には、公表されたのは5ヶ月前だな。

 同時にOランクオーダーだって事も公表されてるから、ソレムネが何かしてくるんじゃないかと思って、ソレムネ関係の情報には気を配っていたんだぞ?

 いや、そこまで気にしてた訳でもないか。


「ば、馬鹿な……!ではアミスターは、Oランクオーダーを従軍させていたと言うのか!?」

「いや、それぐらいはすぐに気付けよ。まあ俺が従軍しなくても、今のアミスターにはエンシェントクラスが20人近くいるから、ソレムネごときじゃ何万集まっても結果は変わらなかったが」


 とんでもない数のアントリオンと戦ってるんだから、進化してる人もいるだろうな。


 このタイミングでアントリオン・エンプレスが出てきたのは、俺達にとっても想定外だった。

 だがデセオを落とした後は、アミスター、トラレンシア両国を代表してヒルデが統治を行う事になっている。

 だからアントリオン・エンプレスの討伐は、近い内に行う予定でもあったから、その予定が早まったと思っておこう。


「ば、馬鹿な……」


 絶望するエアガイツ王子だが、自業自得だ。


「ついでにこれも教えといてやる。なんでここにアントリオン・エンプレスが来たかだがな、お前らが万を超える兵を集めたからだよ。ソレムネ軍が何万集まろうと、アントリオン・エンプレスを倒せるとは思えないが、亜人にだって知恵はある。だからその数に脅威を感じて、アントリオン・エンプレスも戦力を集めた。このタイミングってのは俺達も想定外だったが、あと1日遅かったら、俺達は何もせずにいられただろうな」


 数も多いが、クイーンやプリンセスだって常識外れな程に多いからな。

 多分アントリオン・エンプレスが産んだ個体も、ほとんど全て投入されてるはずだ。

 スリュム・ロードと違って100年以上も普通に活動してたんだから、そらクイーンだってプリンセスだって、相応の数になるってもんだ。


「ああ、大砲があれば、終焉種だって倒せるって思ってたのか。あんな玩具が終焉種に通用すると思ってたとは、本当におめでたいな。俺達に通用しなかったように、終焉種だってあんな鉄の塊ごときじゃ、傷一つ付けられねえよ」


 大砲の威力は、Sランクモンスターに匹敵すると予想されている。

 だからノーマルクラスには十分な脅威となるんだが、装備をしっかりと整えたハイクラスに効果があるかは微妙な所だ。

 それ以前にあんな低速で飛んでたんじゃ、普通に避けてくれって言われてるようなもんだったぞ。

 実際、簡単に迎撃出来たしな。


「どうやら本隊のご到着だ。良かったな、王子様。これで亜人に殺された無能じゃなくて、連合軍に討たれた敵将になれるぞ」


 亜人に殺されるのと敵軍に討たれるのじゃ、死後の名誉が段違いだからな。

 まあ後世じゃ、多数のエンシェントクラスに無謀なケンカを売った馬鹿な帝王家の一員として、不名誉な名が残る事になると思うが。


 ちなみにウイング・クレストのみんなは、俺がエアガイツ王子と無駄な話をしてる間も、アントリオン達を倒し続けている。

 ラウスも頑張ってはいるんだが、ハイクラスへの進化だって成長痛が激しくて大変だって言ってるぐらいだから、なるべく戦わないようにさせている。

 14歳になったばかりだから、せめて16歳、出来れば成人するまでは進化させないように気を付けておこう。


Side・レックス


 エンシェントオーガに進化したマリー、エンシェントウルフィーに進化したバウトさん、そしてエンシェントラミアに進化したセルティナ様は、襲い来るアントリオン達を次々に倒し、ついに私達本隊はソレムネの本陣に到達した。

 既にウイング・クレストが露払いをしてくれていたようで、ソレムネ本陣にはアントリオンの姿はない。


 というかアテナさんの魔力が増えてるから、エンシェントドラゴニアンに進化でもしたんだろうか?

 あれだけの数のアントリオンを相手にしているのだから、進化していても不思議ではないが。


 逆にラウス君は、あまり戦わないようにしているように見えるが、これは仕方がない。

 レベッカちゃんやキャロル様もだが、ハイクラスに進化した事で時折体が激しく痛み、歩く事もままならない事があると言っていたし、行軍中も何度かそのような目にあっていた。

 未成年がハイクラスに進化すると、成長する際の痛みが一段と激しくなる事が原因らしい。

 キャロル様はまだマシのようだが、ラウス君とレベッカちゃんは本当に辛そうだった。

 だからエンシェントクラスに進化などしてしまえば、どうなるか分かったものではない。

 Oランクヒーラーでもあられるサユリ様も、そのような事を仰っていた。

 だからこそ大和君も、ラウス君には無理をさせないようにしているのだろう。

 なにせラウス君のレベルは、60になっているのだから。


「予想はしていたが、本陣とは思えない惨状だな」

「仕方ないわよ。なにせクイーンが6匹、プリンセスなんて23匹もいたんだから」


 ラインハルト陛下の呟きにマナリース殿下が答えられるが、そんなにいたのか。

 だがアテナさんがエンシェントドラゴニアンに進化した事で、この場にいるウイング・クレストのエンシェントクラスは10人になる。

 しかも内3人は終焉種討伐の実績すら持っているのだから、アントリオンはもちろん、ソレムネ兵ごときでは何万集まろうと歯牙にもかけないだろう。


「待ってましたよ。で、誰がやるんですか?」


 ソレムネ兵の攻撃を、涼風のように無造作に受け続けている大和君だが、傍目には異様な光景にしか見えない。

 なにせ大和君に何人ものソレムネ兵が剣や槍、斧で攻撃しているんだが、大和君の魔力強化の前に次々と武器が壊れていき、なのに当の大和君は無傷どころか、今攻撃されてる事すら気付いてない素振りを見せているのだから。


「レックス」

「私ですか?陛下ではなく?」


 名指しで指名された事に、少し驚いた。

 てっきり陛下御自ら、首級を挙げられるとばかり思っていたよ。


「グランド・オーダーズマスターになろうというのだから、首級の1つでも挙げておくべきだろう?」


 私としては、出来れば辞退したいのですが。

 いや、そういう訳にいかないのも重々承知なのだが……仕方ないか。


「分かりました」


 私は観念して、本隊から一歩前に出る。


「ソレムネ王子エアガイツ殿下ですね?その馘、連合軍ジェネラル・オーダー レックス・フォールハイトが貰い受けます」

「く、来るな!」


 必死に逃げようとしているエアガイツ王子だが、残念な事に彼に逃げ場はない。

 私が前に出た事で彼を守っていたであろうソレムネ兵、恐らくは近衛兵だろうが、その者達もすぐに大和君が命を断っているし、その大和君が近くにいる以上、逃げ出そうとした瞬間に捕まるのは目に見えている。


「往生際が悪いぞ。そもそもこの戦争は、お前らが始めた事だろうが」


 そう言って大和君はエアガイツ王子の背後に回り、私に向かって突き飛ばしてきた。


「く、来るな!お、俺は栄光あるソレムネの次期帝王だ!下賤なアミスターごときが、俺の命を奪うだと!?不遜にも程があるだろう!?」

「栄光?エンシェントクラスであるカズシ様、エリエール様に大恩がありながらも、お2人が亡くなられると同時にトラレンシアに宣戦布告し、毎年のように兵を派遣していたならず者国家のどこに、栄光があると言うのですか?」


 トラレンシア王家に婿入りし、出向扱いとなった先輩オーダーの話では、毎年のように戦費が嵩み、止む無く増税した年もあったとか。

 セイバーズギルドはオーダーズギルド同様、意欲のある者を拒む事は無いが、毎年少なからず殉職者も出しているのだから、そちらの方の見舞金だって相当な金額になる。


 だが何よりトラレンシアを怒らせているのは、王祖であられるカズシ様とエリエール様に、幾度も国難を救ってもらっておきながら、お2人が亡くなられると同時に宣戦布告した事だ。

 お2人に付き従ったセイバーやハンターも、その際に命を落とした者は少なくないのだから。


 私はディライト・ソードと名付けた剣を構え、一歩ずつゆっくりと、エアガイツ王子へと歩を進めた。


「く、来るな!」


 風属性魔法ウインドマジックを放ち、私の歩を止めようとするエアガイツ王子だが、私にとってはそよ風も同然だ。

 エアガイツ王子の魔力からの推察になるが、彼はノーマルクラスのようだから、私に掠り傷1つ付ける事は叶わない。


「お、おのれえええっ!!」


 風属性魔法ウインドマジックが効かない理由を考える事もなく、今度は剣を握りしめ、私に向かってきた。

 私は左手でその剣を受け止め、そのまま握り潰す。

 普通の鉄剣よりは硬度があるように感じたが、エンシェントクラスにとっては卵と変わらない。


「なっ!?」

「知らないのも無理もないが、この程度でエンシェントクラスに傷を付けられるとは思わないで頂きたい」

「な、なんだとっ!?まさか……まさか貴様も、エンシェントヒューマンだと言うのか!?」

「私だけではありませんよ。この戦場にいるエンシェントクラスは、20人を超えていますからね」


 戦闘開始当初は16人だったが、ローズマリー、アテナさん、バウトさん、そしてセルティナ様も進化している以上、他にも進化している人がいてもおかしくはない。


 絶句するエアガイツ王子だが、大和君がエンシェントヒューマンだという事は5ヶ月も前に公表されているし、その1ヶ月後にはプリムさんがエンシェントフォクシーだと公表されている。

 その時点で2人もいて、しかもプリムさんはヒルデガルド陛下とは姉妹同然の御方なのだから、アミスターが参戦せずとも、エンシェントクラスと敵対する可能性は十分にあった。


 にもかかわらず、蒸気戦列艦や大砲の開発で図に乗ったソレムネは、トラレンシアへの進軍を行い、バリエンテやバシオンを攻め、リベルターを滅亡寸前にまで追い込んでしまった。

 いくら戦に関しては腰の重いアミスターでも、いずれかの国に加勢する形で参戦する事になるのは、容易に想像が付くというのにだ。

 それだけ蒸気戦列艦に絶対の自信を持っていたのだろうが、悲しいかな、私達の前では何の役にも立たなかったし、それどころかアントリオン・エンプレスという終焉種まで呼び寄せる結果になってしまったのだから、ソレムネの滅亡は完全に身から出た錆と言えるだろう。


「エアガイツ・ルイン・ソレムネ王子殿下。あなたの馘を持って、我々はデセオに赴きます。死下世界に行く事はないでしょうが、心からご冥福をお祈り申し上げます」


 そう告げてから、私はディライト・ソードを真横に薙いだ。

 その瞬間、絶望的な表情を浮かべたエアガイツ王子の馘が宙に舞い、同時に体は後ろに倒れた。


「ソレムネ帝国第一王子エアガイツ・ルイン・ソレムネの馘、ジェネラル・オーダー レックス・フォールハイトが貰い受けた!」


 掴んだ馘を高々と掲げ、私は戦場に響けとばかりに声を上げ、決着を告げた。

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