本隊進撃

Side・ラインハルト


 レックスとミューズが本隊から離れ右翼に向かってしばらくすると、後方の本陣からフラムとレベッカがトラベリングを使ってやってきた。


「陛下、私をお呼びとオーダーの方からお伺いしましたが?」

「ああ。既に知っていると思うが、アントリオン・エンプレスがアントリオンを率いてこの戦場に現れた。レックスとミューズは援護の為に本隊を離れたが、アントリオンはソレムネの本陣にも迫っている。だからフラム、レベッカも本隊に合流してくれ。一気に本陣を落とす」


 弓術士とはいえ、フラムはエンシェントウンディーネだから戦力として不足などは無く、むしろエンシェントクラスの援護は是非とも欲しい。

 それに、弓術士が接近戦を出来ない訳ではない。

 事実フラムの妹のレベッカは、弓に槍のような穂先を取り付けていて、槍のように使う事も少なくはないのだから。


「分かりました」

「頑張りますぅ」


 2人の了承も得られたな。

 では本隊は、このままソレムネ本陣に向かう。


「ローズマリー」

「はっ!本隊前進!」


 レックスに代わって本隊の指揮を執るのは、レックスの妻でありセカンダリ・オーダーでもあるローズマリーだ。

 本来であればジェネラル・オーダーが本隊を離れる事はあり得ないのだが、さすがに今回はそういう訳にはいかない事情がある。

 それどころか、16人のエンシェントクラス全員を投入する必要すら感じられる異常事態だ。

 だがソレムネ軍を放置するわけにはいかないし、その結果被害が増えては本末転倒になりかねない。

 だからマナとミーナを本隊に残し、本陣で援護を担当していたフラムを合流させ、エオスはそのまま本陣に残しているのだ。


 連合軍の本陣はプライア砂漠ではなくクラーゲン平野にあるから、砂中を進む事が出来るアントリオンと言えども地中から奇襲を仕掛ける事はできない。

 だがプライア砂漠が近いという事に変わりはないから、本陣にも警戒が必要だ。

 エオスには負担をかけてしまうが、エンシェントクラスはトラベリングを習得しているから、すぐに戻れるという理由も加味している。


「早速来ましたか。マンティス・アントリオンとビートル・アントリオン、それにアントリオン・プリンセスですね」

「マリー義姉さん、ここは私達が」


 そう言ってローズマリーの前に出るのは、エンシェントヒューマンでありレックスの妹でもあるミーナだ。

 瑠璃色銀ルリイロカネ製の剣と盾を構え、隣ではフラムも矢を番え、いつでも攻撃出来る用意を整えている。


「アントリオンは少数です。ミーナとフラムさんはアントリオン・プリンセスを、残りは本隊で受け持ちます」


 ローズマリーの指示を受けた本隊は、すぐに部隊を展開し、アントリオンを迎え撃つ準備を整える。

 準備が整うよりわずかに早く、アントリオンは本隊に攻撃を仕掛けてきたが、ミーナの結界魔法によってそれは防がれた。

 その隙に準備を整えた本隊は、即座に攻撃を開始し、アントリオン達を討ち倒していく。

 アントリオン・プリンセスも、フラムの援護を受けたミーナが、戦槌を模した固有魔法スキルマジックメイス・クエイクで叩き潰している。

 攻撃力不足を気にしているミーナだが、G-Iランクモンスターを叩き潰せるのだから、私からしたら十分だと思うのだがな。


 アントリオンを倒して進軍を再開すると、今度はソレムネ軍が待ち構えていた。

 もっとも、容易くアントリオンを屠った本隊を前に怖気づいていたから、アントリオン以上に相手にならなかったが。


 その後もソレムネ軍やアントリオンを倒しながら進んでいると、レックスとミューズが無事に戻ってきた。

 2人共怪我らしい怪我もしていないな。


「報告致します。アントリオン・エンプレスは、大和君、プリムさん、エルさんが無事に討伐に成功し、右翼を襲撃していたアントリオンも、救援に来られたウイング・クレストとリリー・ウィッシュの協力を受け、殲滅しています」

「分かった。それでレックス、君とミューズの戦果は?」

「はっ。私とミューズは、アントリオン・クイーンのWランクを討伐致しました」


 クイーン、それもWランクを、2人で討伐したのか。

 P-Wランクという、AランクどころかOランクにすら匹敵するかもしれない魔物を、たった2人で殲滅したとは、恐ろしい物があるな。


「では右翼も、敵本陣に向けて進軍を開始しているという事か」

「はい。ただアントリオンの襲撃はソレムネ軍の後方からでしたから、彼らの方が多数のアントリオンと戦う事になり、敵本陣襲撃には間に合わないかと」


 それはやむを得まい。

 だがこちらにレックスとミューズが戻ってきた以上、戦力としては十分と言っても良い。

 いや、元々十分だった戦力が、さらに過剰になったと言うべきか。


「分かった。ではレックス。進軍再開だ」

「はっ!本隊に告ぐ!アントリオン・エンプレスの討伐は成功した!残るはソレムネ軍を率いているエアガイツ王子のみだ!このまま前進し、暗愚な王子の首を、ラインハルト、ヒルデガルド両陛下に捧げるのだ!」

「「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」」


 さすがに終焉種の討伐が成功したとなると、士気の上がり方が半端ではないな。


 だがこちらも、急ぐ必要がある。

 本隊へ帰還中にレックスが確認したのだが、ソレムネの第一王子エアガイツは、どうやら戦場から逃げようとしているようだ。

 我々連合軍だけではなくアントリオンの大群まで現れてしまったのだから、腰抜けの帝王家ならば撤退を選択しても不思議ではない。

 だが逃がしてしまっては、余計な手間が掛かってしまうから、絶対に逃がす訳にはいかない。

 まあ仮に戦場から逃げおおせたとしても、すぐに追いつけるのが。


Side・ローズマリー


 夫のレックス、同妻のミューズが無事に本隊に合流した事で、私は心から安堵しました。

 エンシェントクラスに進化した2人がアントリオンごときに遅れを取るとは思っていませんが、ここは戦場なのですから、絶対という事はありませんからね。


「ソレムネ軍の抵抗がほとんど無くなった所を見るに、倒されたのかな?」

「恐らくはな。総数ははっきりとしていないが、上から見た限りだとクイーンだけでも20匹近くいるようだし、プリンセスなんて100匹はいそうだった。連合軍にとっても大きな被害が出る数だ」


 ライラの疑問に答えるレックスですが、右翼から戻ってくる最中、レックスとミューズは上から敵本陣の様子も見ていたようです。

 敵本陣にクイーンだけで20匹近くいそうだと言っていましたが、そんなとんでもない数の災害種が現れたとなると、既にソレムネ軍が壊滅していてもおかしくはありません。


「レックス、総数はどれぐらいいそうだったの?」

「既に倒されている個体も相当数いますので私の推測も混じりますが、多くても3,000程ではないかと」


 マナリース殿下の質問に答えるレックスですが、それはまた、過去に類を見ない程の大群ですね。

 プライア砂漠は長年アントリオン・エンプレスの縄張りと化しており、ソレムネ軍ですら迂闊に足を踏み入れる事はしていなかったと聞いていますが、放置していた結果エンプレスがプリンセスを産み、クイーンに進化した個体も多数現れたという事なのでしょう。

 私達が進軍した結果ソレムネが万を超える軍を組織し、それを脅威と感じたエンプレスが全ての群れを統率し、ソレムネ軍を殲滅するために動いた、つまりはそういう事なのでしょう。


「いや、クイーンは20匹ちょいですけど、プリンセスは70匹ぐらいになりましたよ」

「こっちに戻ってくる最中に、プリンセスを20匹ぐらい倒しながら来たからね」

「ついでって訳じゃないですけど、見える範囲のWランクは全滅させましたから、空への警戒度も少しは下げられると思います」


 空から声が聞こえたと思ったら、大和さん、プリムさん、真子さんでしたか。

 リディアさんとルディアさんもいるようですね。

 アントリオン・エンプレスを倒した直後だというのに、アントリオン・プリンセスを大量に倒す余力があるとは、さすがというか無茶苦茶というか……。

 まあお三方ですから、納得している自分もいるのですが。


「大和君、右翼はどうなっているんだ?」

「スレイさん、シーザーさん、エルさん、合流したサヤさんに任せました。指揮に関してもミランダさんがいますし、デルフィナさんも合流してくれましたから、戦力的には十分だと思います」


 リリー・ウィッシュは全員がハイクラスですから、戦力としては十分過ぎます。

 むしろエンシェントハンターに指揮を出さなければならないミランダさんが気の毒ですね。


「左翼の戦力が少し気になりますが、既に蒸気戦列艦はないし、そちらにまでアントリオンは現れていませんから、十分といえば十分ですね」

「分かった。ここでソレムネの尻拭いをするのはシャクだが、放置する訳にもいかん。エンシェントクラスには負担を掛けるが、クイーンとプリンセスを優先的に狩ってもらう事になる」

「そうしたい所ですが、まずはエアガイツ王子の身柄を抑える、あるいは首を取る必要があります。もちろん結果としては変わらないと思いますが、連合軍として進軍している以上、下手をすれば禍根を残す可能性も否定できません」


 レックスが心配しているのは、アミスターとトラレンシアの戦果についてになります。

 どちらが帝王の馘を取るかという問題もありますが、ここでソレムネ全軍を率いているエアガイツ王子の馘を取る事が出来れば、帝王の馘を取るのがどちらの国になっても戦果を分け合える事が出来ますから、戦後の統治もスムーズに行えるでしょう。

 ですがエアガイツ王子がアントリオンに倒されてしまえば、帝王の馘を取り損ねた国は不満を抱き、間接的に統治の邪魔をしてくる可能性が否定できません。

 アミスターもトラレンシアも、そんな事を言ってくる貴族はほとんどないのですが、皆無という訳ではありませんから、その貴族を黙らせるためにもエアガイツ王子の馘は必要になるのです。


「そうだな。ヒルデ、すまんがここは、アミスターに譲ってもらうぞ。その代わり帝王の馘は、トラレンシアに譲る」

「わたくしとしてはどちらもアミスターにお譲りさせて頂きたいのですが、そういうワケにも参りませんね。分かりました」


 やはりそうなりますか。

 いえ、トラレンシアにエンシェントクラスがいない以上、これは仕方がありません。

 ハイクラスでは単騎で突撃を仕掛けたとしても、恐らくは生きて帰って来れないでしょう。

 ですがエンシェントクラスならば、クイーンやプリンセスの大群に囲まれさえしなければ、普通に敵を殲滅して、尚且つ無傷で生還してくる事も不可能ではありません。

 エンシェントクラスを要しているのはアミスターになりますから、この血みどろの乱戦からエアガイツ王子の馘を取るとしたら、アミスターがやるしかないのです。


「それじゃあ俺達は前方の敵を排除して、本隊が進撃しやすいように道を作るとするか」

「そうしましょう。良いわよね、ライ兄様?」

「すまないが頼む」


 敵本陣まではあと少しですが、同時にアントリオン、しかもクイーンやプリンセスの数が多くなり始めていますから、先に進むのは容易ではありません。

 ですがウイング・クレストのエンシェントハンターが道を切り開いてくれると言うのなら、そこまで時間を掛けずに本陣に到達出来そうです。


「それじゃ行くか!」

「はい!」


 大和さんの声に合わせ、フラムさんが固有魔法スキルマジックを放ちました。

 放たれた水の矢は数を増やし、風と雷を纏いながら大嵐のようにソレムネ軍、そしてアントリオンに降り注いでいます。

 これがフラムさんの新固有魔法スキルマジックアローレイン・テンペストですか。

 何匹かアントリオン・プリンセスもいたようですが、構わず倒してしまっていますね。


「あたしも行くわよ!」


 さらにプリムさんも空に上がり、フレア・ニードルを放たれました。

 アローレイン・テンペストとフレア・ニードルが、誇張抜きに大雨のように敵陣に降り注いていますから、ソレムネ軍、アントリオン問わず、次々と燃え尽きていきます。


「連合軍、進撃開始!」


 風雷と熾炎の雨が止むと、レックスが進軍を命じます。

 それに合わせてウイング・クレストが突っ込み、運良く逃れていたソレムネ兵、アントリオンを屠っていますから、敵本陣が丸裸になっていますね。


「『シールディング』!マリー!」

「はいっ!」


 ですがアントリオン・プリンセスは、まだまだ大量にいます。

 アローレイン・テンペスト、フレア・ニードルの範囲外にいた個体が数匹、本隊に向かってきました。

 レックスとミューズがシールディングで防ぎ、それをバウトさんとセルティナ様、そしてヒルデガルド陛下が斬り伏せ、ラインハルト陛下やエリス殿下、マルカ殿下もビートル・アントリオンやマンティス・アントリオンを屠られています。


 私もアントリオン・プリンセスに攻撃を加え、倒す事に成功しましたが、突然体の奥から膨大な魔力が沸き上がってくるのを感じました。

 どうやら私も、エンシェントオーガに進化出来たようです。


 剣を握り直し、盾を構え、私はレックスとミューズに並び、アントリオンの攻撃から本隊を守るために、シールディングを展開させました。

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