ウイングランク

Side・レックス


 エンシェントクラスが蒸気戦列艦を全て沈め、右翼や左翼、中央の本隊ともに順調にソレムネ軍の数を減らしたというのに、まさかこのタイミングで終焉種アントリオン・エンプレスが、群れまで率いて現れるとは思わなかった。


「ちっ、面倒な!」

「でもなんで、デセオの近くにアントリオン・エンプレスなんかが来たの?」

「多分としか言えねえが、ソレムネが万を超える軍勢を集めたせいだ。いくら終焉種でも、その数は脅威だと感じたんだろうよ」


 バウトさんの予想に、セルティナ様も同意を示すように頷いている。


 バウトさん曰く、亜人の知恵は人間に匹敵する事もあるそうだ。

 特に自らや群れの危機には敏感で、ハンターが大規模アライアンスを組んだ場合は、亜人側も相応の戦力を整える事も珍しくないんだとか。


 50年程前にトラレンシアのカズシ様、エリエール様が中心となり、ここプライア砂漠でアントリオン・エンプレスを討伐するためのアライアンスが組まれた事があるが、当時のソレムネは国内からギルドを排除した頃でもあったため、集まったハンターは20人程度だった。

 その時は姿を見せなかったのだが、人数が少ないため脅威とは感じず、放置していたのではないかとハンターズギルドでは結論付けられたそうだ。


 だが今回は、連合軍は600人程だが、ソレムネ軍は12,000人という大軍を組織している。

 ハイクラスは100人もいないようだが、それでも万を超える数は、通常ならば脅威だ。

 だからアントリオン・エンプレスも、デセオと隣接しているクラーゲン平野にまで、群れを率いてやってきたのではないか、というのがバウトさんの予想だ。


「否定は出来ないな。だが今重要なのは、現れた原因を推測する事ではなく、どう乗り切るかだ」


 ラインハルト陛下の仰る通りだ。

 どうやら大和君とプリムさん、ファルコンズ・ビークのエルさんが戦っているようだが、既にソレムネ軍は本陣近くにまで食い込まれてしまっているから、壊滅も時間の問題だろう。

 ソレムネ軍が壊滅するのは構わないが、エアガイツ王子だけは我々の手で討つ必要があるから、進軍を早める必要もある。

 だが恐らく、アントリオン・クイーンやアントリオン・プリンセスもいるだろう群れを相手取るためには、私達も全ての戦力をつぎ込まなければならない。


「陛下、私とミューズは、アントリオン・エンプレスの相手と戦っている大和君、プリムさん、エルさんの援護をさせて頂きたく存じます」


 恐らく左翼からも援軍が派遣されるだろうが、それでも終焉種は一刻も早く倒す必要がある。

 襲来時の様子は分からないが、空で戦いが繰り広げられている事から推測すると、恐らくアントリオン・エンプレスが空から奇襲を仕掛けようとしたのではないだろうか?

 それを大和君、プリムさん、エルさんの3人が未然に防いだために、連合軍への被害は抑える事が出来たと思われる。

 大和君とプリムさんは、アントリオン・エンプレスと同ランクと思われるオーク・エンペラー、オーク・エンプレスを単独で討伐しているが、生まれて間もないと予想されているオークより、100年以上生きていると思われるアントリオンの方が、恐らくは手強いはずだ。

 2人が後れを取るとは思わないが、それでも援護はあった方が良い。


「ヒルデ、どう思う?」

「わたくしは構いません。ですがレックス卿とミューズ卿がこの場を離れられるのでしたら、マナとミーナは残して頂きたく思います」


 そう提案されるヒルデガルド陛下だが、私としてもマナリース殿下、妹のミーナはこの場に残すつもりだった。

 エンシェントクラス全員がこの場から離れる訳にはいかないし、ソレムネ本陣にもアントリオンは迫っているのだから、そちらを疎かにする訳にもいかない。

 指揮に関してはマリーに頼む事になるが、ウイング・クレストのハイクラスにトライアル・ハーツもいるのだから、戦力としては十分だと思う。

 もちろん私も、アントリオン・エンプレスを手早く討伐し、すぐに本隊に合流するつもりでいる。


「分かった。だがレックス、死ぬ事は許さんぞ?そなたは、これからのオーダーズギルドを背負う人物だ。そのそなたが、たかが亜人、たかがソレムネごときに遅れを取るなど、許される事ではない。その事を肝に銘じよ」

「はっ!」


 すぐにという訳ではないが、私はトールマン様に代わり、グランド・オーダーズマスターに就任する事が内定してしまっている。

 5ヶ月前のアライアンスの功績で、私は天騎士アーク・オーダーの称号を賜り、グランド・オーダーズマスターの代名詞となっていたAランクオーダーに昇格した。

 その上でエンシェントヒューマンに進化してしまった事で、先日、大和君と同じOランクオーダーに昇格までしている。

 その際にトールマン様やアソシエイト・オーダーズマスターである父とも手合わせを行って圧倒してしまったのだが、お2人とも心から喜んで下さった。

 その結果、私のグランド・オーダーズマスター就任が内定してしまったのだが、フィールの事もあるし、引継ぎだってしなければならないから、早ければラインハルト陛下の戴冠式で、遅くても数年後には私はグランド・オーダーズマスターとなり、オーダーズギルドの運営をしていかなければならないだろう。


 正直に言えば、私に向いているとは思えないのだが、グランド・オーダーズマスターは最強のオーダーが就任するのが慣例だから、エンシェントヒューマンに進化してしまった私が就任するのは当然だと父やトールマン様に強弁されてしまい、同期のオーダーからも囃し立てられてしまっている。


「誰か後方に戻り、フラムを呼んできてくれ。ソレムネの本陣にアントリオンが迫っている以上、フラムの援護は必要になる」

「はっ!」


 陛下の命を受けたオーダーの1人が従魔のバトル・ホースを召喚し、後方の本陣へ急ぐ。


 エンシェントウンディーネのフラムさんは、近接戦はそれほど得意ではない。

 だがエンシェントクラス唯一の弓術士という事もあって、後方からの援護射撃に関しては我々より上になる。

 同じタイミングでエンシェントヒューマンに進化した妹のミーナと組む事も多いと聞いているから、近接戦に不安があるフラムさんも、少しは安心して加われるだろう。


「マリー、済まないが陛下方を頼む」

「無事のお帰りをお待ちしています」

「ああ。ミューズ!」

「分かっている!行くぞ!」


 右翼の戦場がどうなっているかは不明だから、トラベリングを使うのは避けたい。

 私とミューズはスカファルディングを使い、全力で空を駆ける事を選んだ。


Side・大和


 なんでか理由は全くわからないが、現在俺はクラーゲン平野とプライア砂漠の境界線上空で、アントリオン・エンプレスと交戦中だ。

 こっちはプリムとエルさんの3人がかりだってのに、腕や足にある刃で俺達の攻撃をいなしてやがるし、うざったい事にアントリオン・エンプレスと同じタイプの翼を生やしたアントリオン・プリンセスとマンティス・アントリオンまで、しかも数匹ずつ来やがった。


 アントリオンは蟻を擬人化したような亜人だが、亜人だけあって顔立ちは人間に近い。

 黒い肌に触覚、硬い甲殻を持ち、砂漠に生息しているんだが、その生態上プライア砂漠か迷宮ダンジョンでしか確認された事が無い。

 上位種は肌が赤っぽく染まり、甲殻が鎧のように発達したビートル・アントリオン、希少種は甲殻こそビートル・アントリオンより減っているが、両腕に鋭い鎌のような刃を持ち、3メートル近い体長を持つ漆黒のマンティス・アントリオンだ。

 異常種のアントリオン・プリンセスは、ビートル・アントリオンとマンティス・アントリオンの長所を併せ持った存在だが、体長は2メートル程、災害種のアントリオン・クイーンは、見た目こそ同じだが、体長は4メートルと倍近い巨体をしている。


 そして終焉種アントリオン・エンプレスは、体長5メートル近い巨体で、全身を覆う甲殻に鋭い腕刃、さらには足にも刃があるから、戦い方としては武闘士に近い。

 それだけじゃなく、土属性魔法アースマジック火属性魔法ファイアマジック闇属性魔法ダークマジックを使いこなしてくるから、遠近どちらも隙が無い。


 それだけなら何とかならなくもなかったんだが、翼を持つアントリオン・プリンス、マンティス・アントリオンの存在が、俺、プリム、エルさんを苦戦させる要因となっている。


 亜人でも翼を生まれ持つ個体は珍しいが、皆無という訳じゃない。

 亜人どころか普通の魔物にもいるんだが、そういった魔物はW(ウイング)ランクに分類され、通常より1つ上のランクと見なされる。

 マンティス・アントリオンは希少種だからS-Rランクなんだが、翼があるとS-Wランクとなり、Gランク最上位の魔物と同等かそれ以上、G-Iランクのアントリオン・プリンセスはG-Wランクになるから、PランクどころかMランクにすら匹敵する。


 そのWランクのアントリオン・プリンセスが3匹、マンティス・アントリオンが8匹もいやがるし、アントリオン・エンプレスの指揮能力が高いのか、かなり高度な連携を仕掛けてきやがるから、俺達としても対処が面倒だ。


 しかもWランクのアントリオンは、他にもまだいやがるから厄介極まりない。


「さすがに面倒ね」

「ええ。単体ならどうとででも出来る自信あるけど、群れた上に連携までこなされたら、こっちも対処が難しいわ」


 エルさんとプリムが愚痴っているが、気持ちは俺も分かる。


 いや、正直なところ、方法が無い訳じゃない。

 だけど刻印術を使った場合、地上で戦ってる連合軍が退避出来なくなるし、余波でダメージを負う可能性も否定できない。

 プリムの場合はもっと単純で、味方を巻き込んでしまう。

 エルさんも広範囲に効果を及ぼす固有魔法スキルマジックを持ってはいるが、エンシェントハーピーに進化してからは使ってないから、使用を躊躇っている感じだ。


「っと!そこだっ!」


 マンティス・アントリオンの連携を避け、アイスエッジ・ジャベリンを叩き込む。

 アクセリングの思考加速を使っているとはいえ、乱戦だと動きが制限されるから使いにくいんだが、今は少しでも数を減らす事が優先だ。


 アイスエッジ・ジャベリンは避けられてしまったが、そのマンティス・アントリオンに、プリムのフレア・ペネトレイターが直撃した。

 だがアントリオン達は、仲間がやられたというのに怯む事無く、1匹減ったとは思えない程の連携を繰り出してくる。

 人に近い姿をしてるとはいえ蟻の亜人だから、仲間の命には頓着しないって事かよ。


「ちょっと目を離した隙に、なかなか面倒な事になってるわね」


 だがそのアントリオンのWランクは、光線乱舞とでも言うべき魔法によって、次々と撃ち落とされていった。


「真子?」

「な、何よ、今のは?」

「私の切り札、無性S級無系術式スターライト・サークルよ」


 あれが真子さんの、もう1つのS級なのか。

 前のソレムネ軍との戦いで俺とやった、光線を反射させ全方位を攻撃する刻印術。

 それを真子さんはS級術式として開発し、使いこなしていた。

 領域内に帯電した氷の粒を生成し、それを収束させたり散らしたりする事でいくつもの光線の角度を自在に変え、増幅までしてやがる。

 しかも地上の連合軍には、余波による被害すら出してないから、どれだけの処理能力があれば出来るのか見当もつかない。


「これで大丈夫じゃない?」

「ええ、助かったわ。私達じゃどうやっても、下に被害を出しちゃったから」


 俺もプリムと同様だ。

 制御に集中すれば出来なくもないと思うが、それをすると動けなくなる。

 空を飛んでるアントリオン・エンプレスやWランクにとってはただの的でしかなくなるから、さすがにそんな事は出来なかった。


「仕方ないわよ。私だってこんな乱戦になるとは思わなかったんだから。それより今は!」

「ええっ!」


 真子さんがWランクを倒してくれたおかげで、残ったのはアントリオン・エンプレスだけになった。

 もちろん終焉種だし、最低でも100年は生きてるんだから、油断なんてしたら死ぬだけだ。


「って、増援呼びやがったのかよ!」


 だがアントリオン・エンプレスは、ソレムネ軍を攻撃させていたWランクを増援として呼び付けやがった。

 しかも今度は、アントリオン・クイーンまでいやがるじゃねえか!


「また面倒な……」

「ならばアントリオン・クイーンは、私とミューズが引き受けよう」


 今度はレックスさんとミューズさんが来てくれた。

 増援のWランクはアントリオン5匹にビートル・アントリオン4匹、アントリオン・クイーン1匹だが、厄介なのはクイーンだけだから、そいつを引き受けてくれるだけでも非常にありがたい。


「すいません、お願いします」

「じゃあ私は、他のWランクを仕留めて、終わったら下の援護に行くわ」


 それも助かる。

 リディアとルディア、リリー・ウィッシュもこっちに来てるそうだが、クイーンやプリンセスは地上にもいるから、そっちの対処に当たっているらしい。

 マナとミーナはフラムと合流して進軍を開始するそうだから、本隊に残っているそうだ。

 アテナやラウス達も同様に本隊にいるから、そっちは任せるしかないな。


 だけど戦力は増したから、ここで一気に殲滅させる!


Side・フラム


 本陣で援護を行っていた私は、固有魔法スキルマジックタイダル・ブラスターを放ち、Wランクのアントリオン・プリンセスを1匹仕留める事に成功しました。


「お見事です、フラム」

「ありがとうございます、ユーリ様。ラクスが牽制してくれたおかげです」


 アントリオン・プリンセスは空中戦に慣れているのか、プリムさんに近いスピードで飛び回っていたため、狙いを付けるのが大変でした。

 ですがユーリ様の精霊ラクスが、ユーリ様と共に、ユーリ様が開発された固有魔法スキルマジックヘビーレイン・ソーンで足止めしてくれたおかげで、私はタイダル・ブラスターを命中させる事が出来たんです。


 ユーリ様の固有魔法スキルマジックヘビーレイン・ソーンは、魔力で水を鋭い針に変え、大雨のように降らせる魔法です。

 プリムさんの固有魔法スキルマジックフレア・ニードルの水属性魔法アクアマジック版と言ってもいいでしょう。

 構想的に私とほとんど同じでしたから、一緒に考えさせて頂いたんです。


「エオスさんもプリンセスを倒したようですから、後はWランクが3匹程でしょうか」

「いえ、それも倒したわ。私とヴィオラ、マリサとユリア、そしてアギラがそれぞれね」


 リカ様の声に空を見上げると、確かにアントリオンの姿はどこにもありませんでした。


 ああ、アギラさんは第10分隊のファースト・オーダーで、ハイヒューマンの男性です。

 もちろん多機能獣車の展望席で構えている弓術士も、援護や牽制をして下さっていましたよ。

 本来なら多機能獣車も前進させるべきだと思うのですが、兵力差が20倍近くもありますから、迂闊に獣車を前進させてしまうと孤立し、集中的に狙われてしまう可能性があります。

 普通に剣や槍を振るっているハンターやオーダーも同じなのですが、こちらはハイクラスも多いですから、孤立してしまってもどうとでも出来ます。

 ですが弓術士は近接戦には不向きですから、剣士や槍士に比べるとリスクが高いと判断されましたし、獣車を引く車獣が狙われる可能性も低くありませんから、獣車ごと本陣で待機する事になっているんです。


「ではしばらくは、本陣も落ち着けると考えていいのですか?」

「おそらくは。とはいえ2,000を超える群れのようですから、いくら本隊でも討ち漏らしは避けられないでしょう。ソレムネ軍のこともありますから、気は抜けません」


 リカ様の仰る通り、1万人以上のソレムネ軍を相手取りながらアントリオンの大群まで相手をするなど、普通なら自殺行為です。

 連合軍には16人もエンシェントクラスがいますが、それでも倒しきるのは容易ではありません。

 しかも右翼側には、一際大きな体を持つアントリオンまでいますから、戦力をそちらに集める必要もある気がします。


「ユーリアナ殿下、フレデリカ侯爵。本隊より伝令です」

「本隊から?」

「はい。フラム嬢を本隊に合流させてほしいそうです」

「私を、ですか?」


 本隊からの伝令を連れてきたアギラさんのセリフに驚きました。

 私を本隊にって、何故なんでしょうか?


「はい。本隊もですが、右翼はさらに多数のアントリオンの襲撃を受けており、左翼からはリリー・ウィッシュが、本隊からはジェネラル・オーダーとセカンダリ・オーダーが援護に向かわれています。ですがソレムネ本陣も同様に襲われているため、一刻も早く敵陣を突破し、エアガイツ王子の身柄を抑える必要があると陛下はお考えなのです」

「なるほど。そういう事ならフラム、本隊と合流してもらえる?」


 そういう事なのですね。


「分かりました」


 とはいえ、私は接近戦に自信がありませんから、出来ればレベッカも連れて行きたい所です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る