砂塵の襲撃

Side・エル


 蒸気戦列艦を沈めた私は、フライングとスカファルディングを駆使して、全力で仲間の下に戻った。


 ハーピーの翼は背中じゃなく、ワイバーンみたいに腕にあるけど、手は普通に使える。

 今までも滑空ぐらいは出来てたんだけど、その場合は手が使えても武器を振るう事は出来なかったから、足の鉤爪に持って攻撃をするようにしていたわ。

 だからハーピーは槍を使う人が多く、私は穂先が付いた大鎌を使っているの。


 だけどフライング、そしてスカファルディングが奏上された事で、ハーピーの戦い方には大きな革命が起こった。

 足で武器を持つのは当然だけど、フライングのおかげで自由自在に空を舞えるし、スカファルディングを使えば翼を出したまま武器を手にして振るう事も出来るから、出来る事が格段に増えたのよ。

 足の鉤爪も攻撃に使えるから、攻撃力だけじゃなく応用性も格段に向上しているわ。

 ウイング・クレストのルディアちゃんが使ってるような足甲を、私も頼んでみようかと思ってるぐらいだから。


「ミランダさん、スレイさんとシーザーさんも戻ってきました」


 大鎌を鉤爪で掴みながら飛び回ってソレムネ兵を刻み、スカファルディングを使いながら手に持ち替え、部隊長と思われる女性軍人を両断し終わると、大和君が右翼を纏めているロイヤル・オーダー ミランダに声を掛けていた。


「了解よ。だけど2人には悪いけど、ここはもう終わるでしょう?」

「残念な事に」


 右翼に派遣されている大和君が、悪びれもせずにそう口にする。

 10人のエンシェントクラスが蒸気戦列艦を落とす事になっていたから、残り6人は右翼の砂漠側中央に2人ずつ左翼の海側と後方本陣に1人ずつ配置されているんだけど、右翼に派遣されたのは最強と名高い大和君とプリムさんなのよ。


 中央はジェネラル・オーダーのレックス君と妹のミーナ、左翼は真子、本陣はフラムになるけど、本陣にはエオスが戻ることになっているし、左翼は海側という事もあってエンシェントクラスも駆け付けやすく、更に広範囲の敵を殲滅する能力は真子が群を抜いているから、これでも問題はないと判断されたのよ。

 それでも指揮の問題があるから、セカンダリ・セイバー ヴィーゼも左翼に配置されているわ。


「なんだ、もう終わってるのか」

「まあこっちには大和君とプリムさんがいるわけだから、それも仕方ない気もするけどね」


 到着したスレイとシーザーが苦笑するけど、確かにその通りなのよね。

 私も200人ぐらいは倒したと思うけど、私が戻ってきた時点で、既に半壊どころの騒ぎじゃなかったみたいだから。


「それでもまだ7,8千はいるだろうから、残敵掃討が終わったら、あたし達も移動かしらね」

「プライア砂漠に逃げた兵もいるようだが?」

「放置で良いわ。プライア砂漠は危険地帯だから迂闊に追撃なんかしたら、こっちにも被害が出るから」


 ミランダと同感ね。

 さすがにデセオの近くにはいないだろうけど、プライア砂漠には亜人アントリオンの終焉種アントリオン・エンプレスがいるんだから、迂闊に踏み入ったりしてアントリオン・エンプレスを刺激したりなんかしたら、連合軍にも致命的な被害が出かねないわ。


「それもそうか。では私達は仲間と合流して、このまま敵左翼を食い破る」

「ええ、お願い。大和君とプリムさんは、中央に戻ってもらうから」


 蒸気戦列艦を相手にしていた私達と合流後、ウイング・クレストは中央の本隊に戻る事になっている。

 左翼の海側は蒸気戦列艦がいなくなった分警戒度が下げられるから、ホーリー・グレイブ、リリー・ウィッシュ、セイクリッド・バード、ライオット・フラッグが担当してるけど、こっちはプライア砂漠も警戒しなきゃならないから、グレイシャス・リンクス、ブラック・アーミー、ワイズ・レインボー、スノー・ブロッサム、そして私がリーダーを務めているファルコンズ・ビークが担当よ。

 中央にいるアミスターのハンターはトライアル・ハーツしかいないけど、ラインハルト陛下達の護衛をしているから、突出するようなことはないでしょう。

 だからウイング・クレストが中央の本隊と合流して、早急に敵本陣を落とす手筈になっているのよ。

 レックス君もいるしミューズも合流してるでしょうから、過剰にも程がある戦力よね。


 それじゃあ私も残敵掃討を……。


「ミランダ、大和君!砂漠を見ろ!何か来るぞ!」

「砂漠?」


 翼を広げようとした瞬間、プラムが声を上げた。

 砂漠から何か来るって、いったい何が来るっていうの?

 軽く飛び上がって砂漠に目を凝らすと、確かにプラムの言うように、何かが砂煙を上げてこちらに向かってきている。

 もうちょっと近付かないと……って、あれは!


 私はスカファルディングを使って大鎌を構え、砂煙から飛び出してきた物体をギリギリで逸らす事に成功した。

 さすがに手が痺れたけど、その程度で済んでラッキーだったわ。


「アントリオン……エンプレス……。こんなタイミングで出てくるなんて……」


 砂煙から飛び出してきたのは、5メートル近い体長を持ち、赤黒い肌をしたアントリオン・エンプレスだった。

 虫系魔物の羽をはためかせ、空中で私と対峙する事になってしまったけど、さすがにこれはマズいと言わざるを得ないわ。


「エルさん!」


 慌てて大和君とプリムさんが上がってきたけど、2人もまさかっていう顔をしている。


「速攻で倒すわよ!」

「当然だ!ミランダさん、スレイさん、シーザーさん、フラウさん、プラムさん!アミスター・アライアンスはアントリオンを頼みます!あと誰かを伝令に出して、本体と左翼にも知らせてください!こんなのが出てきた以上、ソレムネがどうとか言ってる場合じゃない!」

「分かったわ!」

「エルさん、申しわけないけど、付き合って下さい」


 私にも終焉種と戦えって言ってくる大和君だけど、確かにそうするしかないわね。

 トラレンシアでスリュム・ロード討伐戦に参加したとはいえ、あの時はM-Iランクのアイスクエイク・タイガーの相手で済んでいた。

 まさかデセオ攻略戦の最中に、しかも直接、終焉種と戦う事になるとは思いもしなかったわ。


「分かったわ。とはいえ、本気の2人の前じゃ足手纏いになるだろうから、私は援護に徹する。私の切り札、知ってるわよね?」

「あれですか。了解、それを使う時は、即座に離れますよ」

「そうしないと、あたし達も巻き込まれるものね」


 それはどうかしらね。

 まあ無傷でやり過ごされたりなんかしたら、私はハンターを引退して引き籠る自信があるから、そんな事はないと思いたいわ。


Side・真子


 私がいた左翼は、最初にリディアとルディアが戻ってきて、直後にファリスさんが、その後でサヤが戻ってきた事で、一気にソレムネ軍を圧倒する事に成功した。

 いえ、もうちょっと時間があれば、エンシェントクラス4人の帰還を待つまでもなく、戦況は決してたと思うけどね。


「数は多いけど、それだけだったね」

「戦った感じだと、ハイクラスもいなかったみたいだしね」


 ファリスさんとルディアがそんな事を口にするけど、確かにハイクラスと思える魔力は感じなかったから、左翼にはハイクラスはいなかったか、いても少なかったって事でしょうね。

 ソレムネは天与魔法オラクルマジックを使えないから、その不利を覆すために蒸気戦列艦や大砲の開発に着手したと思うんだけど、残念ながらその新兵器も、私達の前じゃ無力だったわ。

 いえ、空を飛べなかったら、蒸気戦列艦の相手は面倒どころの話じゃなかったと思うけどね。


 だけどプリムが奏上したフライング、私が奏上したスカファルディングを使えば、誰でも簡単に空中戦を行う事が出来るようになったから、海の上という利点は消滅している。

 地球の軍艦みたいに連発出来て、さらに高度な計算で先読みして正確に目標に命中させる事が出来るなら話は別だけど、原始的な大砲じゃそんな真似は不可能だし、何より弾速が凄く遅いから、対処は難しくない。


「そろそろ私達も、本隊に合流しましょうか」

「そうですね。時間を掛けて、双方共に無駄な犠牲を増やす必要もないでしょうから」


 蒸気戦列艦を沈めていたエンシェントクラスが合流したら、私達ウイング・クレストは本隊に合流する事になっている。

 その理由は、過剰戦力で敵陣を突破し、速攻でソレムネ軍を束ねているエアガイツ王子を討ち取るためよ。

 無駄に戦いが長引けば双方で犠牲が増えるだけだし、ソレムネ軍全てを倒してしまえば、戦後の治安だって悪くなるから、あまり犠牲を出すわけにはいかないわ。

 もちろん連合軍にも被害は出るから、それを減らす意味もある。

 蒸気戦列艦は後世に残すつもりはないから、それだけは全て沈めるけどね。


「大勢は決してるし、こっちは任せてくれていいよ」

「ヴィーゼさんには負担を掛けるけどね」

「問題ありませんよ。むしろ、思っていたより遥かに楽をさせてもらいました」


 そう?

 確かに左翼はヴィーゼさんが指揮を執っているけど、言う程楽だったとは思わないけど?


「真子がいる時点で、指揮官にとっては楽に決まってるでしょう」

「1キロ近い範囲を覆う結界を展開して、敵だけを識別して攻撃出来るんだからね。これで楽じゃないなんていう指揮官がいたら、無能以外の何者でもないよ」

「全くその通りですね」


 そう口にしたら、サヤ、ファリスさん、ヴィーゼさんが、間髪入れずにそう返してきた。

 いや、対象系術式は確かに敵だけに攻撃出来るけど、その識別は私が自分でやってるんだから、こっちはけっこう大変なんだけど?


「大変そうには見えなかったけどね」


 まあスピリチュア・ヘキサ・ディッパーはもちろん、今回部分生成してるエアー・スピリットも生活型刻印法具で処理能力は高いし、アクセリングで思考速度を加速させることも出来るから、大和君よりは楽だけどさ……。


「雑談はここまでにしましょう。敵軍はまだまだ残っているのですから」

「そうね。見た感じだと……8千ぐらいは残ってるのかしら?」

「それぐらいはいそうだね。逃げ出した兵もいるだろうけど……ん?あれは何だ?」


 戦場を見渡していたファリスさんが、突然訝しげな声を上げた。

 つられて私達も視線を追うと、誰かが何かと……多分アントリオンだと思うけど、それと空中戦を繰り広げている。

 というかあのアントリオン、大きくない?

 私は急いで探索系術式のイーグル・アイを使って確認してみた。


「5メートル近い巨体に赤黒い体?まさか、あれが……」

「アントリオン・エンプレス……。何でこんな所に……」


 やっぱりか。

 ということは……やっぱりソレムネ軍の後方に、アントリオンの大群が現れてるわね。

 予期せぬ襲撃でソレムネ軍は壊滅状態になってるけど、これはさすがにマズいわ。


「アントリオン・クイーンとアントリオン・プリンセスもいるのか。こりゃ私達も、右翼に向かった方がいいな」

「そうしてもらいたいところですが、ユニオン全員を連れて行くのは止めて下さい。さすがに左翼の戦力低下が著しくなります」

「分かってる。右翼に行くのは私とサヤ、それとウイング・クレストだけにしておくよ」


 つまりエンシェントクラス全員か。

 アントリオンがどれ程の群れで来てるのかも分からないから、戦力の出し惜しみなんてしてられないし、これはやむを得ないわね。

 だけどソレムネ軍も放置するわけにはいかないから、ファリスさんかサヤさんは残ってもらった方が良い気もする。


「待ってサヤ、私も行くわ」

「スリザ?」


 そう思ってたら、リリー・ウィッシュのハイフェアリー スリザさんも名乗りを上げた。


「ソレムネ軍だけならともかく、アントリオンの群れが相手となると、ヒーラーは必要でしょう?」


 あ、それは確かにそうかも。

 スリザさんはMランクヒーラーに昇格している。

 エクストラ・ヒーリングはAランクだから使えないけど、ハイフェアリーだから魔力は多いし、スリュム・ロード討伐戦と違ってアントリオンは剣だの斧だのを持ってるから、四肢が丸飲みされるような事もないはず。

 欠損部さえあれば、どれだけ傷付いていてもノーブル・ヒーリングで治す事が出来るから、スリザさんが来てくれるのはありがたいかも。


「確かにそうね。ヒーラーは多いに越したことはないわ」

「私も同感です。ではこうしましょう。リリー・ウィッシュはウイング・クレストと共に、右翼に移動。ホーリー・グレイブには申しわけありませんが、このまま左翼でソレムネ軍の相手をして頂きます」

「分かった。左翼は引き受けるから、必ずアントリオン・エンプレスを倒してくるんだよ?」

「当然ですね」


 さすがに決断が早いわね。

 だけど一刻の猶予もないんだから、決断が早いに越したことは無いわ。


「じゃあ私達は、トラベリングで一気に転移しましょうか」

「そうしましょう。本隊がどんな判断を下すかは分からないけど、判断を仰いでる時間も惜しいわ」


 サヤに同感よ。

 イーグル・アイで右翼の様子を見た限りじゃ、ソレムネ軍の背後から襲撃を仕掛けてるように見えるから、そちら側にいたソレムネ軍はほとんど全滅している。

 さらに本隊にも食い込まれ出したから、放っといたらエアガイツ王子のいる本陣も飲み込まれるでしょう。


 だけどエアガイツ王子の首は必要になるから、ソレムネの本陣をアントリオンに落とさせるわけにはいかないわ。

 助けるつもりはないから、場合によっては私が隔離して、アントリオンの殲滅を終えたら、誰かに倒してもらっても良いかもしれない。


 アントリオン・エンプレスと戦ってるのは、大和君とプリム、エルさんだったけど、確か右翼にはロイヤル・オーダーを纏めているミランダさんがいるはずだから、早めに合流しましょう。

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