帝国の王太子

 エンシェントクラス全員がトラベリングを習得してから4日、ようやくデセオに隣接しているクラーゲン平野に到着した。

 まあプライア砂漠にも隣接してるから、平野なのに砂漠の魔物もうようよしてるんだが。


 さらにこのクラーゲン平野には、ソレムネ軍が大挙してお出迎えしてくれている。

 海側には蒸気戦列艦も30隻ぐらい見えるし、陸軍も1万じゃ利かないな。


「さすがに帝都が目と鼻の先なんだから、ソレムネが全軍投入してきてもおかしくはないか」

「まあね。陸軍にも大砲があるようだけど、思ったほどの数じゃないみたいだし、開発が間に合ってないって事じゃないかしら?」


 マルカ殿下とエリス殿下の言う通り、ここからデセオまでは2日程だから、クラーゲン平野はソレムネにとっては最終防衛線と言っても過言じゃない。

 だから本当に、全戦力を投入して来てるんだろうな。


 ここに現れた蒸気戦列艦の数からの推測だが、ソレムネが開発したのは全部で250隻前後になると思う。

 まだリベルターに残ってるのがあるとは思うから、260隻ぐらいか?

 さすがに300隻はないと思うが、1隻作るだけでもかなりの時間が掛かるから、何年も前から準備を進めてたんだろう。


 逆に陸軍の大砲は、ここから見える範囲だと100門ぐらいか。

 陸軍1万人に対して100門だと少ないから、開発した大砲は蒸気戦列艦に優先して搭載してるんだろう。

 後は小型化出来たのが最近で、そこまで数が出来てないかだな。


「我こそは栄えあるソレムネ帝国第一王子、エアガイツ・ルイン・ソレムネ!!不躾にも、そして不遜にも我が国に侵略を行う愚者を屠る者だ!」

「ほう、ソレムネの第一王子か。ヒルデ、ここは私達が行くべきだろう」

「そうですね。わたくしはトラレンシア妖王国女王、ヒルデガルド・ミナト・トラレンシア。先に我が国を占領せんがために宣戦布告し、軍を派遣してきたのはそちらでしょう?それが自らの番になっただけの事」

「アミスター王国国王、ラインハルト・レイ・アミスターだ。我らが友であるトラレンシアからの要請により、蛮国を滅ぼすために同行している」


 エアガイツ王子が、ラインハルト陛下とヒルデに驚きの視線を向ける。

 アミスター王とトラレンシア女王が来てるとは思わなかったって顔だが、すぐに口角を上げ、下卑た笑みを浮かべた。


「アミスターとトラレンシアの王が来てるとは思わなかったが、こちらにとっては好都合だ。なにせ貴様らを討てば、どちらも落ちたも同然なのだからな」


 自分達の勝利を疑っていないエアガイツ王子が嘲笑するが、普通に考えたらそうだろうな。


「やはり貴様らは蛮族だな。そもそも我々は、ここに来るまでに1人として犠牲を出していないが?」

「ふん。ラオフェンの近くで我が軍を退けたようだが、ハイクラスが多ければ不可能ではない。だがこの場には、我が精鋭たるソレムネ陸軍12,000人、海軍が誇る最強兵器たる蒸気戦列艦も30隻あるのだぞ?この軍勢に勝てる者など、この世界にはおらぬ」


 12,000人もいたのかよ。

 リベルターに攻め入ってる部隊もいるかもしれないが、それでも予想より多いな。

 まあ、誤差でしかないが。


「亜人以下の兵など、物の数ではないな。その程度で精鋭など、我が国に匹敵すると言われていたソレムネの底が知れるというものだ」


 こっちの戦力は600人ちょいだから、人数的に見たら20倍以上の差がある。

 だけど中核戦力たるエンシェントクラスは16人いるし、ハイクラスだって200人以上いる。

 そのハイクラスも、エンシェントクラス間近が10人近いし、武器だって合金製だから、魔力劣化や魔力疲労を気にせず使えるって事で、ソレムネのハイクラス以上の力がある。

 つまりソレムネが勝ってるのは人数だけって事だ。


「どうやらアミスターの新王は、歴史上でも類を見ない程の暗愚のようだ。このような暗愚が王とは、アミスターの民が気の毒だな。やはりここは我が帝国が支配し、管理しなければならないだろう」

「ギルドどころか神々すら廃しているソレムネ如きが、我が国を管理など、妄言にも程がある」

「ご大層な事を口にしていますが、結局あなた方帝王家は、フィリアス大陸のみならずヘリオスオーブ全土を支配したいだけでしょう?己の支配欲を満たすためだけに戦を起こしているのですから、気の毒なのはむしろソレムネの民達の方です」


 ソレムネの一般人が貴族や軍に虐げられている事は、ここに来るまでの街や村で確認している。

 詳しい話を聞いた訳じゃないが、駐留軍を退けた街の人達の話だと、元々税が高い所を、ここ数年でさらに増税されてしまったため、人によっては睡眠時間を削って働いていたそうだ。

 飯に関しては、迷宮ダンジョンから持ち込まれる肉の類が豊富だから困る事はないみたいだが、衣服は不足してるから着替えを持つ事も難しいし、家なんて持ってない住民も多かった。

 迷宮ダンジョンから取れる、撥水性と通気性の高い魔物の皮が格安で手に入るから、それを使ったテントが多かったし、場合によっては街の外で魔物に怯えながら寝ないといけない事もあったって聞いた。

 貴族は屋敷を持ってるし、軍人達も軍施設に寝泊まり出来るから、落差がかなり激しい上に、自分達の都合で住民が街の外で寝るようになっても、見回りすらしないんだとか。


 だからソレムネでは軍人が人気職業になっていて、数も多い。

 もっともそんな理由だから、質という面じゃアミスターには大きく劣っているんだが。


「民草の事を考える余裕など、貴様らにあるのか?我が方には蒸気戦列艦のみならず、携行可能な大砲も150門あるのだぞ?いかにハイクラスを揃えていようと、その程度の数など瞬時に潰されるのがオチだ」

「思ったよりあるのは間違いないが、その程度の兵器で命を落とすような者など、我々連合軍には1人として存在いない。そのご大層な新兵器が効かないと分かった時の貴様の顔が見物だな」


 さすがにノーマルクラス、特に非戦闘員にはキツい話だけどな。

 蒸気戦列艦と陸軍の携行大砲を合わせると、500門を越える大砲が一斉砲撃を行う訳だから、ハイクラスでも防ぎ切れるかは分からない。

 エンシェントクラスも同様だが、俺や真子さんの広域系術式なら問題ないし、プリムやミーナの結界魔法も、そっちに集中すれば半径200メートルはいけるみたいだから、防ぐだけなら何も問題は無い。

 魔力強化もされてない鉄の塊なんだから、エンシェントクラスなら風属性魔法ウインドマジックで逆風を吹かせるだけで押し返せるしな。


「口だけなら何とでも言える。もっとも大砲の前では、例えエンシェントクラスであろうと赤子も同然よ。その証拠を見せてやろう」


 なんて事をぬかすエアガイツ王子だが、どうやらこっちにエンシェントクラスがいる事までは知らないようだ。

 俺とプリムがエンシェントクラスに進化したのは半年前で、5ヶ月前には周辺国にも周知されている。

 ソレムネもその情報は入手してるとばかり思ってたんだが、蒸気戦列艦や大砲の開発、製造に成功した事で増長して、どうでもよくなったって事だろうか?

 別にどうでもいいが。


「ではその証拠とやらを、じっくりと見せてもらおうか」


 嘲笑を浮かべるラインハルト陛下だが、俺も似たような顔をしてるだろうな。

 なにせエンシェントクラス全員が、同じ顔をしてるんだから。


「心ゆくまで見るがよい。もっとも、その代償は貴様らの命だがな」


 そう言ってエアガイツ王子が剣を振りあげる。

 それを合図に、蒸気戦列艦と携行大砲から一斉に砲弾が放たれた。


 だがその砲弾は、連合軍には届かない。

 真子さんが展開させたアルフヘイムの結界で、全ての砲弾が押し返されたからだ。


「な、何事だっ!?」

「その程度の大砲なんて、何千発撃ち込まれても防げるわよ。ああ、次はそっちの陣営に落とすから、そのつもりで」


 あえて敵陣に砲弾を返さなかった真子さんだが、俺としては放り込んでくれても構わなかったと思う。


「エンシェントクラスすら赤子扱い出来るのではなかったのですか?今の様では、ハイクラスどころかノーマルクラスですら簡単に防げる代物にしか見えませんよ?」

「まぐれに決まっている!次弾装填急げ!」


 ある意味じゃ、これも大砲の弱点だよな。

 一斉砲撃をしてしまえば、次弾装填にはそれなりに時間が掛かる。

 ソレムネが開発した大砲は、火属性魔法ファイアマジック風属性魔法ウインドマジックで鉄の砲弾を撃ち出すようになっていたが、天与魔法オラクルマジックを使う事が出来ないソレムネ兵にとっては、多少は負担になっていたらしい。

 だから砲塔に砲弾を込めるのはすぐでも、魔法の準備に時間が掛かるため、連発が出来ない。

 人数がいるから分担すればいい気もするが、そこまでは頭が回ってないんだろう。


「私達が待っている事が前提だが、それは理解しているのか?」

「臆病者がほざくな!用意が出来た砲から撃ち方始め!」


 あ~あ~、よりにもよって一番の悪手じゃないか、それ?

 500門近い大砲があるのに個別に撃てって、面どころか点での制圧も出来なくなるぞ?

 ほら、準備が終わって撃ってきたのって、10門程度だ。


「ヒルデ、エリス、ローズマリー、デルフィナ、ヴィーゼ、セルティナ、フラウ、プラム、ラーク」


 ラインハルト陛下に名前を呼ばれた9人が前に出て、ラインハルト陛下と共に、1人1発ずつ砲弾を迎撃した。

 その後も5発飛んできたが、それは待機していたマルカ殿下、ミランダさん、バウトさん、クリフさん、シャザーラさんが落としている。


「ば、馬鹿な……」

「言ったはずだ。この程度の兵器で命を落とす者など、連合軍にはいないとな。レックス、ここに戦端は開かれた」

「はっ!連合軍の気高き戦士達よ!この一戦にはアミスター、トラレンシア双方の、いや、フィリアス大陸の命運がかかっている!残虐非道なソレムネを討ち、フィリアス大陸に平穏をもたらすのだ!全軍、攻撃開始!」

「「「おおおおおおっ!!!」」」


 レックスさんの号令と共に、連合軍が鬨の声を上げ、進軍を開始した。


 ソレムネの布陣は、海には30隻の蒸気戦列艦、クラーゲン平野には12,000人の陸軍が、ズラッと並べた携行大砲の背後に陣取っている。


 こんな布陣で待ち構えてる事は予想してたし、事前に偵察もしていたから、こっちも受け持つ担当は決まってる。

 海からの援護砲撃は乱戦になれば使いにくいが、ソレムネが犠牲を躊躇するとも思えないから、最優先で沈める事が決まり、ミューズさんを筆頭にマナ、リディア、ルディア、エオス、ファリスさん、サヤさん、スレイさん、エルさん、シーザーさんが向かう事になった。

 俺達は多くても20隻程度だと思ってたからマナ達の負担は大きくなってしまったが、それでも1人3隻沈めればいいから、そんなに時間は掛からないだろう。


 陸軍の相手は、俺達エンシェントクラスを中心に、こちらも全戦力で迎え撃つ。

 非戦闘員はアミスター・アライアンスのハンターがほとんどで、ヒーラーも少なくない。

 だけどその非戦闘員の中にはユーリ、エド、マリーナ、フィーナ、マリサさん、ヴィオラ、ユリアというハイクラスがいるし、オーダーズギルド第10分隊も護衛として割り当てられ、リカさんが指揮を執ることになった。

 弓術士も獣車の展望席に陣取ってるから、非戦闘員の護衛にもなっている。

 エンシェントウンディーネのフラムもいるし、弓術士は属性魔法グループマジックを矢にして射る事が出来るから、矢切れの心配が無いのも大きい。


 最大の問題となるのは王族の護衛だが、ラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下にはトライアル・ハーツとロイヤル・オーダーの半数が、そしてヒルデにはセルティナさんとロイヤル・セイバーが付いてるから、こっちも心配はない。

 サユリ様は非戦闘員って事で獣車にいるが、第10分隊と同じく護衛という扱いになっている。

 最近まではアミスター最大レベル保持者だったから、普通に戦えるしな。


 そして12,000のソレムネ陸軍兵を相手するのは、連合軍全軍だ。

 右翼は近衛隊を率いるファースト・オーダー ミランダさんが、左翼はセカンダリ・セイバーを務めているヴィーゼさんが指揮を執り、中央の本隊はジェネラル・オーダー レックスさんが先頭に立つ。

 蒸気戦列艦を担当する10人も終わり次第合流する事になってるが、それでも総数に20倍以上の開きがあるから、エンシェントクラスでも戦場全てをカバーする事は出来ない。

 だがハイクラスも200人近くいるし、ノーマルクラスだって経験豊富なオーダーやセイバー、ハンター達だから、ソレムネごときに遅れをとるようなことは無いだろう。


 さて、それじゃあ戦闘開始と行くか!

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