転移魔法習得

Side・スレイ


 2,000もの大軍を退けてから2日、今日も私達は進軍を続けている。

 魔物は当然のように襲い掛かってくるが、それも蹴散らしているから行軍は順調だ。

 時折砂漠を通過しなければならないのが煩わしいが、多機能獣車は灼熱の昼や極寒の夜でも問題なく過ごせるよう結界の天魔石が使われているから、日差しが厳しい以外はデッキの上でも快適に過ごせる。


 だがその日の進軍を終えて野営をしている今、エンシェントクラス全員がウイング・クレストの多機能獣車のデッキに集まり、頭を悩ませている。


「やっぱり難しいね」

「本当よ。とてもじゃないけど、出来る気がしないわ」


 20平米ある後部デッキに直に座りながら、私達16人が頭を悩ませている原因は、長距離転移魔法トラベリングの習得についてだ。

 現在トラベリングを使えるのは、グランド・ハンターズマスターしかおられない。

 大和君とプリムさんは、そのグランド・ハンターズマスターから概要を教えてもらったそうなんだが、全ての属性魔法グループマジックを使い八芒星の魔法陣を門と見なし、それを通過する事で長距離を移動するのがトラベリングという魔法らしい。


 エンシェントクラスに進化した事で、私達は全員が3つ以上の属性に適正を持つ事になったが、苦手な属性もあるし、妖族に至っては種族的に使いにくい属性もあるから、現時点では誰も習得する気配がない。


 ちなみにではあるが、これが私達の適正属性になる。


 大和 水、氷、風、光

 プリム 火、風、雷

 マナ 風、雷、氷

 真子 風、火、土

 ミーナ 土、火、水

 フラム 水、雷、闇

 リディア 氷、土、水

 ルディア 火、雷、風

 エオス 風、雷、火

 レックス 雷、氷、光

 ミューズ 土、氷、闇

 ファリス 光、雷、風

 サヤ 土、風、水

 シーザー 氷、火、土

 エル 風、水、氷

 スレイ 火、土、雷


 大和君のみ4属性に適正があるが、これは水属性の刻印術には氷属性も含まれている事が理由らしい。

 生来の適正が水属性だったから、ヘリオスオーブへの転移でその適正が分離した、と考えているようだ。

 真子も同じだと思っていたんだが、確かに火属性の刻印術には雷属性が含まれているが、真子の生来の適正は風属性という事もあって、そうはならなかったようだ。


「全ての属性魔法グループマジックをバランス良くって事だけど、転移に使うのだから出力を弱める訳にはいかない。だけどそうすると、適正属性と非適正属性で差が出てきてしまうから、転移には使えない」

「徐々に出力を強くしても、ある程度の所でバランスが崩れたからね。こうなってくると、普段使っていない非適正属性の属性魔法グループマジックを使うようにして、少しでも精度を上げるぐらいしか、解決方法がない気がするよ」


 ミューズとシーザーも頭を悩ませてるけど、本当にそうするしかなさそうな気がするわ。

 特にシーザーが口にした事は、この場の全員が実践したけど、弱い魔力だと転移には魔力が足りず、かといって強くするとバランスが崩れるから、魔法陣そのものが消滅してしまう。

 一度でも使えれば習得した事になるし、ステータリングに連動させ、行先を登録する事で簡単に転移も出来るそうだから、エンシェントクラスに進化した私達としては、是非とも習得したい魔法だ。


「短距離でも良いんでしたっけ?」

「使えればいい訳だから、そうだろうね」

「ならたった数メートルでも覚えられるか、試してみた方がいいか」


 そんな事を大和君が口にするが、それで習得扱いになるかは微妙な気がする。

 だが何事もやってみなければ分からないから、まずはそれを目安にして、徐々に距離を伸ばしていくのは悪い考えじゃないと思う。


「それじゃやってみようか」


 そう言ってファリスが、魔法陣を展開させた。


「う~ん、やっぱり闇属性魔法ダークマジックが辛いな」

「他はバランス良いから、ファリスの場合は闇属性魔法ダークマジックさえ何とかなれば、習得は早そうね」

「それが一番大変なんですけどね」


 苦笑しながらマナリース殿下に返すファリスだが、フェアリーは闇属性魔法ダークマジックへの適正が極端に低いから、習得はかなり大変だろう。


「あ、大和さん、マルチ・エッジを貸してもらえますか?」

「マルチ・エッジを?構わないけど、何でだ?」

「マルチ・エッジに限らず、刻印法具って刻印術を付与させて使ってますよね?」


 エンシェントウンディーネに進化したばかりのフラムが、大和君にそんな提案をしている。

 大和君や真子は、自らの魔力で武器を生成する事が出来るが、それをどうしようと言うんだ?


「厳密には違うが、そう言ってもいいと思う。特にマルチ・エッジは消費型だから手間も多いけど、魔法も刻印術も似たようなとこがあるからな。それで?」

「そのマルチ・エッジに、私の闇属性魔法ダークマジックを付与させれば、ファリスさんのサポートが出来るんじゃないかと思ったんです」


 悪くない提案だと思うが、そんな事が出来るのか?

 いや、マルチ・エッジは大和君の武器でもあるから、さすがにそれを借りるのはどうかと思うんだが?


「消費型刻印法具は、いくつでも生成出来るのよ。だからフラムの提案は、案外悪くないと思うわ。というか、その手があったわね」


 そう言うと真子は突然立ち上がって獣車から飛び降り、背後に風車だか水車だか分からない物を生成した。

 スリュム・ロード討伐戦の際にも生成していたが、目の前で見たのは初めてだ。


「それが真子さんのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーですか」

「ええ。普段使ってるスピリット・ディッパーは、この一部、羽根を部分生成してるの」


 そんな事も出来るのか。

 刻印法具とやらは様々な形状や特性があり、同じ物は2つとしてないそうだが、そんなとんでもない物を自らの魔力だけで生成出来るとは、異世界の刻印術師というのは本当にとんでもないんだな。


「あ、そうか。スピリチュア・ヘキサ・ディッパーは全属性適正だから、それならサポートとしては申し分ない」

「そういう事よ。あ、大和君。フラムの提案も試すべきだと思うから」

「分かってます。フラム、頼む」

「分かりました」


 そう言ってフラムに、生成したマルチ・エッジを手渡す大和君。

 その間に真子は、スピリチュア・ヘキサ・ディッパーという刻印法具に魔力を流し、八芒星を描いていく。

 全体的なバランスも良いし、使われてる魔力も大きいから、これならいけるんじゃないだろうか?


「あっ!あっちにも魔法陣が出た!」


 声を上げるルディアに反応し、全員が野営地の一角に目を向けた。

 すると確かに、八芒星の魔法陣が浮かび上がっていた。


「本当だわ」

「最初だから、とりあえず見える所の方が良いと思ってね。転移するには、この魔法陣を通ればいいんだっけ?」

「そうだよ。転移石板と同じだね」

「なるほど。ちょっと行ってくるわ」


 そう言って真子は、魔法陣を通り抜ける。

 魔法陣を通り抜けた真子の姿はそのまま消えて、次の瞬間には対になっている、野営地の一角に浮かんだ魔法陣を通り抜けていた。

 その真子は、もう一度魔法陣を通って獣車に戻ってきたが、その顔には満面の笑みを浮かべている。


「ステータリングも確認したんだけど、登録されてたわ」

「ということは、真子は習得出来たって事か」

「はい。しかも私が行った事のある街とかも登録されてました」


 話には聞いていたが、本当に有用性が高いな。

 私はハンターになって30年以上経つから、アミスター国内だけでもけっこう多くの街へ行ったし、他国にも行った事がある。

 もし使えるようになれば、私がリーダーを務めているグレイシャス・リンクスの行動範囲は、かなり広くなるぞ。


「ファリスさん、これで試してみて下さい」

「分かった。ありがたく借りるよ」


 そう言ってフラムからマルチ・エッジを借り受けたファリスは、先程と同じように八芒星の魔法陣を展開させた。


「これは……さっきより安定してるわね」

「ファリス、どうだい?」

「さっきより大分楽だね。もうちょっと出力を……」


 徐々に全属性の出力を上げていくファリスに呼応するかのように、魔法陣に流れ込む魔力も増大していく。

 そしてファリスの魔法陣も、野営地の一角に現れた。


「『ステータリング・オン』。登録されてるよ!」


 嬉しそうな顔をするファリスだが、確かに嬉しいだろうな。

 最初こそマルチ・エッジのアシストが必要だったが、習得した以上はもう必要ないはずだ。


「どうやら刻印法具のアシストは、かなり有効みたいね」

「ええ。魔石は使えないけど、刻印法具は生成者の魔力で生成してますから、それが良かったって事なんでしょう」


 トラベリングの魔導具が作られていない理由は、魔石の魔力ではトラベリングが使えないからだ。

 昔誰かがGランクモンスターの魔石を揃えて試した事があるらしいんだが、魔法陣すら起動しなかったと聞いている。


 だが刻印法具は、生成者と呼ばれる者の魔力で生成されているから、魔石とは根本的に違う。

 だからアシスト程度なら使えるという事なんだろう。

 しかもファリスという成功例が目の前にいるのだから、私達の視線は、当然のように大和君に集まっている。


「あー、みんなにも貸しますよ。でも2つ以上持っても大丈夫なのかは分からないから、それも含めて検証って事になりますよ?」

「十分よ」

「ああ。だいたいみんな、どれか1つの属性が足を引っ張ってる感じだからな」

「それをアシストしてもらえるだけでも、十分にありがたいよ」


 みんなの言う通りだ。

 私は氷属性魔法アイスマジックが苦手で、トラベリングの魔法陣を作る際も氷属性魔法アイスマジックが足を引っ張っていた。

 その苦手な属性をアシストしてくれるだけで、私達としては十分過ぎる程ありがたい話になる。


 その後検証も含めて、マルチ・エッジに大和君、フラム、ルディア、サヤの4人が属性魔法グループマジックを付与させた。

 残念ながらマルチ・エッジのアシストが受けられる属性は1種類だけだと判明したが、それでも全員がトラベリングを習得出来たから、結果としては最上だろう。

 さすがにアルカには転移阻害の結界があるらしいから、転移石板やゲート・クリスタル以外では転移不可能だったが、元々アルカは大和君の物だし、そのアルカを作られたのは神々だと考えられているから、私達としても余計な波風を立てるつもりはない。


 だがこれで、いちいちアルカを経由せずとも長距離の移動が可能になった。

 今回の戦争で使う機会があるかは分からないが、ハンターにとっては非常にありがたい魔法だから、拠点としている街以外にも簡単に行ける。

 ステータリングに登録されている転移先は街や村しかなかったが、荒野とか平原とかでも場所をしっかりと思い浮かべれば使えるから、使用頻度は高い。


 迷宮ダンジョンの中では使えないが、それはさすがに高望みが過ぎるか。

 とはいえ、それも大和君や真子なら、何とかしてしまいそうな気がするな。

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