多機能獣車の問題点

Side・ルディア


 行軍開始から5日目の夕方は、アミスター側のトレーダーが大忙しだった。

 あたし達が用意してエド達が作った合金製の武器は、瞬く間に売り切れたんだ。

 1人1本と制限をかけて、全員に行き渡ってから予備の購入を許可したんだけど、それでも本当にあっという間だったよ。

 エンシェントクラスが使っても魔力疲労や劣化を起こさないんだから、ハイクラスからしたら喉から手が出る程欲しい物だし、仕方ないんだけどさ。


 だけど予想外な事に、今回参加したトラレンシア・アライアンスは、金剛鉄アダマンタイトをメインで使ってる人が多かったんだ。

 製作中にそれが発覚したから、慌てて大和がバレンティアに飛んで、大量に金剛鉄アダマンタイトを仕入れてきたぐらいだよ。

 そこでバレンティアのMランクハンター ライバートさんに偶然会って、アミスターとトラレンシア連合軍がソレムネに進軍してるって噂の真相を訪ねられたって言ってた。

 別に隠してる事じゃないから、正直に答えたらしいけどね。


 あとスカファルディングの事も聞いてみたそうだけど、バレンティアはドラゴニュートが多いからフライングを使ってる人が多いらしく、トラレンシアとは別の意味で有用性が理解されてなかったみたいなんだ。

 だから大和は、ライバートさんにスカファルディングの有用性を説明して、しっかりと広めてもらうように頼んできたって言ってたよ。


「それにしても、疲れましたね」

「本当ね。店員の苦労が、初めて分かったわ」

「同感よ」


 姉さんとマナ様、プリムが獣車のリビングでグッタリしてるけど、3人はトレーダー登録もしてるから、他のユニオンのトレーダーと協力して、エド達クラフターが打った武器を販売してたんだ。

 マリーナもトレーダー登録してるけど、本業はクラフターって事で免除されてるから、そのマリーナに恨みがましい視線が突き刺さってるけど。


「お疲れさん、としか言えないな。まあ3人は頑張ってくれたから、今日はゆっくり休んでくれ」

「いいの?」

「もちろんだ。未だソレムネ軍とは接敵する気配はないからな。先は長いんだから、ゆっくり休んでくれ」


 偵察はオーダーやセイバーが毎日行ってるんだけど、未だソレムネ軍とは接敵する様子はないんだ。

 だからラインハルト陛下が姉さん達を労わってくれてるんだけど、ここはお言葉に甘えても全然問題ないと思う。


 その代わりというわけじゃないけど、魔物は毎日のように襲い掛かってくる。

 魔物の相手はハンターが積極的にしてるけど、これは倒した魔物は自分の物になるからなんだ。


 砂漠の国と言われているソレムネは、雪どころか雨すら滅多に降らない。

 だから出てくる魔物は一年中変わらないんだけど、生息してる魔物は迷宮ダンジョンの砂漠階層でないと見られないのが多いから、ハンターにとっては臨時収入にもなるんだ。

 こんなとこで合金製の武器を手に入れる事が出来たのは助かるけど、急な出費になったのも間違いないから、トラレンシア・アライアンスは試し斬りも兼ねて、積極的に狩るようになると思う。


「ライ兄様、この多機能獣車なのですが……」

「トラレンシアのハンターやセイバーも気に入って、欲しがる者が出てきたという所か?」

「はい。提案されたのが大和様、実際に作られたのはフィーナと伺っていますが、この広さは魅力的ですし、砂漠が近いというのに暑さや寒さに苦しむような事もありませんから」


 言いにくそうにしてるヒルデ様だけど、そりゃハンターやセイバーからしたら、この獣車は欲しいよね。

 特にトラレンシアは、1年中雪が降り積もってるんだから、野営も大変だし。


「気持ちは分かるが、広さを確保しようと思ったらハイクラフターに頼まないといけないぞ?それに外気遮断に使ってる天魔石は、最低でもGランクモンスターの魔石でなければいけないと聞いているな」

「そ、そうなのですか?」


 うん、そうなんです。

 結界の天魔石に使うのは結界魔法に風属性魔法ウインドマジックとデオドリングだけど、範囲が広いせいでGランクモンスターの魔石じゃないとすぐに魔力が尽きるんだ。

 風属性の魔石なら、Sランクモンスターの魔石でも何とかならなくもないみたいだったけど。


「ミラーリング10倍付与でも、通常の獣車より広い空間を確保できますから、需要が無いとは思いませんけど、それですと多機能獣車の売りの1つになっている、多人数の輸送が出来ません。用途を限定すれば問題ないと思いますが、その代わり居住性を犠牲にする事になりますから、ハンターはともかくセイバー用としては向かなくなると思います」


 そうだよね。

 フィーナが説明してくれてるけど、多機能獣車と同じ形の獣車にミラーリング付与を行う場合、2倍で約24平米、5倍付与で約60平米、10倍付与だと約120平米ぐらいになる。

 この獣車の客室が6平米って事を考えると、10倍付与なら何とか活用できるけど、それ以外だとちょっと厳しいし、10倍付与でも多人数の輸送を前提に考えておく事になってしまう。

 多機能獣車は多人数の輸送だけじゃなく、居住性も両立させているのが売りだから、どっちかだけに限定すると、多機能獣車とは言えなくなるよ。

 それに何より高さの問題があるから、最低でも7倍付与は必要になるかな。


「だからこそのハイクラフターですか。しかもその問題が解決出来ても、天魔石の問題が残りますね」

「はい。参考までにお答えさせて頂きますと、ミラーリング30倍付与を行った場合、多機能獣車の価格は車体だけで250万エル、内装によっては400万エルを超える事になります」


 ミラーリング30倍付与は100万エル、つまり神金貨1枚分だし、大型って事もあるから普通の獣車2台分でも材料が足りない。

 さらに重量があるから、車輪もそれなり以上の魔物を使わないといけないから、どうしても高くなってしまう。

 この天樹製多機能獣車は、素材は全て持ち込みだったから、その分は安くなってるんだけど、それでも300万エルだったし、素材の代金まで含めたら数千万エルは確実で、下手したら1億エルにさえ届くかもしれないって聞いてる。


「つまりミラーリング10倍付与でも、200万エル近く掛かる訳ですか……」


 気持ちは分かるけど、こればっかりはね。

 アミスター・アライアンスの獣車10台だって、金額にしたら500万エルは掛かってるんだから。


「オーダーズギルドの多機能獣車も、試作と銘打ってはいるが、あのまま使う予定だからな。それにアミスターでは、それなりにGランクモンスターも狩られているから、魔石の問題が少ないという事情もある」


 ある意味じゃ、それが一番大きいかも。


 トラレンシアはゴルド大氷河にまで行かないとGランクモンスターは出て来ないから、戦い慣れてない人が多い。

 迷宮ダンジョンもいくつかあるけど、そんな理由で敬遠されてるから、あまり出回らないみたいなんだ。

 アミスターのハンターも似たような所はあるけど、迷宮ダンジョンじゃGランクモンスターを狙ってる人も多いから、それなりに流通しやすいし、このアミスター・アライアンスが動けばPランクどころかMランクでさえ狩るのは難しくない。

 いや、Aランクモンスターでもいけるかも。


「あれ?でもアライアンスがゴルド大氷河の調査を行ってたから、その分魔石の流通は増えてるんじゃない?」

「そうね。セリャド火山の魔物を売ってるから、以前よりは値下がりしてると思うわ」


 ああ、そういえばそうだった。


 アライアンスが派遣されてからは、ゴルド大氷河の魔物もかなりが流通しだしたし、あたし達も何度かセリャド火山に行ったから、その分価格が暴落している。

 さらにソレムネ進軍前に行った戦闘訓練で大量の魔物を狩っているから、暴落どころか投げ売りになっててもおかしくはない。


「そこは私としても頭の痛い所だが、スリュム・ロードがいなくなったためにゴルド大氷河の生態系が変わっていると言われてしまえば、調査をするなとも言えないからな」

「リオやクラテルの近くまで来た魔物もいましたからね」


 リオじゃアミスター・アライアンスが率先して、しかも嬉々として狩ってたけど、クラテルじゃオーダーが大活躍だったらしいよ。

 ハイオーダーが20人以上配備されてた事もあってか、はぐれと思われるアイシクル・タイガーやフリーザス・タイガーを何匹か狩ったって聞いたし、なのに犠牲者も出てないって事だから、派遣部隊の面目躍如って感じだね。

 セイバーズギルドは複雑な気持ちだったと思うけど。


「そうですか。でしたら……」

「大和さん、魔物が出ました!」


 ヒルデ様の言葉を遮るようにフラムがミラールームに下りてきたけど、魔物が現れたって事なら仕方がない。


「またか。今度は何が出たんだ?」

「グランド・ワームです!」

「P-Rランクかよ。また面倒なのが出たな」


 グランド・ワームは荒野とか岩場に生息してるロック・ワームの希少種なんだ。

 バレンティアにも荒野は多いから、それなりにロック・ワームは討伐されてるんだけど、ロック・ワームはGランクモンスターだから、低ランクハンターが犠牲になる事は珍しくないし、油断してるとハイハンターでもやられてしまう。

 そのロック・ワームの希少種が出たって事なら、トラレンシアのハンターにはちょっと荷が重いかも。


「だけど今更グランド・ワームが出たって、アミスター・アライアンスの敵じゃないだろ?なんでそんなに慌ててるんだ?」

「数が多いんです!グランド・ワームだけでも8匹いますから!」


 うわ、それはまた面倒な。


「分かった」

「私も行こう」


 大和とラインハルト陛下が立ち上がり、あたし達もそれに続く。

 希少種がそんなにいるって事は、多分異常種のグラン・デスワームも生まれてるだろうから、そっちの警戒もしなきゃいけない。


 外に出るとグランド・ワームだけじゃなくロック・ワームも大量にいて、ハンターやオーダー関係なく乱戦状態になっていた。

 アミスター勢は危なげなく、率先してグランド・ワームを狩ってるけど、トラレンシア勢は苦戦中みたいだ。

 今の所犠牲者は出てないけど、これじゃいつ犠牲者が出てもおかしくないよ。


「ひどい乱戦だな。援護したいが、迂闊に手を出すと禍根を残しかねんぞ」

「トラレンシア・アライアンスやセイバーが戦ってるロック・ワームには、私がエア・ヴォルテックスを使って動きを阻害してますけど、後から後から出てくるんですよ」


 展望席で援護をしてた真子が、状況を教えてくれた。

 これでも数が減ってるんだ。


「ここで戦力を減らす訳にもいかないな。仕方ない、ウイング・クレストが倒した魔物は、戦ってたハンターに渡すって事で介入しよう」

「いいのか?」

「時間を掛ける訳にもいかないでしょう?トラレンシア・アライアンスが合金を手に入れたのはついさっきなんですから、まだ慣れてませんし」


 確かに大和の言う通り、それがいいかもしれない。

 あたし達の稼ぎは減るけど、だからといってここでトラレンシア側と軋轢を生み出しても仕方がない。


「それじゃ、戦闘開始だ!」


 そう言って飛び出していった大和に、あたし達も続いた。


 ウイング・クレストのエンシェントクラスがトラレンシア・アライアンスの援護に入ったためか、ワーム種の襲撃は程なく終わった。

 幸い犠牲者は出なかったけど、援護を拒んだトラレンシア・アライアンスのハンターが数人重傷を負ったから、そっちの治療が手間だったって真子が言ってたよ。

 なにせ重傷を負ったせいでそのロック・ワームとは戦えなくなって、別のレイドに倒されてるんだからね。

 ヒーラーもいるから重傷でも治療は出来るんだけど、ヒーラーズギルドの正規の治療費が請求される。

 意地を張ったせいでまた散財する羽目になったんだから、踏んだり蹴ったりじゃないかな?


 ちなみに総数はロック・ワーム46匹、グランド・ワーム16匹、グラン・デスワームも2匹いたみたいだった。

 そのグラン・デスワームは、1匹はファルコンズ・ビークが、もう1匹はミーナとフラムが倒してたけどさ。


 しかもグラン・デスワーム討伐後、ファルコンズ・ビークのリーダー エルさんはエンシェントハーピーに、ミーナとフラムもエンシェントヒューマン、エンシェントウンディーネに進化したっていうおまけ付き。

 だからエルさんの装備も何とかしなきゃって事で、慌ててMランクモンスターの素材を提供したよ。

 他にも進化間近と思われる人はいるから、この際って事でそっちにも格安で売り付けたけど、在庫が怪しくなってきた素材もあるから、この戦争が終わったらまたソルプレッサ迷宮に行って、ドラグーンを狩りまくらないといけないって大和が言ってた。


 しばらくは大丈夫だと思うけど、用意しておくに越したことはないもんね。

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