トラレンシアのハンター

 デネブライトを占領していたソレムネ軍を排除した後、俺はオーダー第2第3分隊とセイバー第4分隊をリヒトシュテルンに移動させた。

 一々アルカを経由しなきゃならんから面倒だが、それでも短時間で長距離を移動出来るんだから、便利っちゃ便利だ。

 とはいえ前準備としてゲート・クリスタルへの登録が必要だから、そろそろ本気でトラベリングの習得に挑戦してみた方が良いかもしれん。


 リヒトシュテルンから戻ってくると、ラインハルト陛下とヒルデが、デネブライトの市長でドワーフのウルス議員との会談を終えた直後だったらしいから、そのままソレムネに向けて進軍開始となった。

 デネブライトで警戒をしてもらうオーダー第4第5分隊とセイバー第5分隊は残してある。

 治安回復や復興支援に使ってもらうのは構わないが、軍事に関しては第4分隊のファースト・オーダーに一任されているから、ウルス市長でも好きに使う事は出来ない。

 勝手に近くの橋上都市に派遣されても困るからな。

 まあ、他の橋上都市に巣食ってるソレムネへの警戒が主任務だから、迫ってきたら戦う事になるだけだが。


 あ、リベルターの橋上都市は、選挙で市長を選んでるみたいだ。

 その市長の中から総領が選出されるそうだから、総領が退任したら市長も退任なんだと。

 総領の任期は5年で、ここ数十年は平均して3年で退いてるみたいだが、多くの橋上都市の市長はいくつかの家が代々就任してるらしいから、ほとんど貴族に近い感じだな。


 無事に国境を越えてソレムネに入った連合軍は、ソレムネ最東端の街バルバロッサで駐留軍と一戦交えて撃破し、そのまま海沿いを進む事になった。

 バルバロッサはリベルターからの侵攻を一切想定してなかったようで、駐留軍も大した事はなく、それどころかその駐留軍が好き放題していたから始末に悪い。


 予定通りトラレンシアのハンターやセイバーにも戦ってもらったが、相手が弱すぎたせいで一方的な展開になってしまった結果、こちらに犠牲者は出ていない。


 駐留軍は逃げ出す暇も与えずに殲滅してあるから、バルバロッサの治安の悪化は気になる所だが、宣戦布告をしてきたのはソレムネなんだから、そこは自分達で何とかしてもらうべきだろう。

 それも含めてバルバロッサの代官に伝えてあるから、数日以内にデセオにも連合軍の侵攻が伝わり、残ってる蒸気戦列艦も回されてくるだろう。

 というかそれが目的だから、来てもらわないと逆に困る。


 そのままソレムネの荒野を進む事3時間、今日はここで野営をする事になった。

 食事はトラレンシアが用意してくれたんだが、それでも限りはあるし、足りない場合は自腹って事になってるから、オーダーやセイバー、ハンターの別なく、それぞれが大量に用意してきている。

 トラレンシア側の準備に時間が掛かったのは、セイバーやハンターの準備というより食事の準備に手間取ったっていうのが大きな理由だ。

 トラレンシアだけに任せる訳にはいかないから、当然ながらアミスターも食事を用意したし、希少な食材も用意してくれたから、獣車ごとに支給済みだ。


 今日は進軍初日、さらにデネブライトの解放にも成功したとあって、少量の酒も許可が下りている。

 本当に少量で、コップ1杯程度だが。


「セルティナ様から聞いちゃいたが、ホントにガキなんだな」

「でもエンシェントヒューマンで、レベルも80を超えてるんだから、見た目に騙されると命がいくつあっても足りないね」


 デッキで見張りをしながら飯を食ってると、トラレンシア・アライアンスに貸してる獣車から、3人のハンターがやってきた。

 1人はセルティナさんだが、あとの2人は初めて見る。


「悪いね、大和君。他にも君と話をしたいっていうハンターは多かったんだが、食事時に押しかけるのも非常識だから、この2人を連れてくる事で妥協させたのさ」

「俺はコール・セルシュタール。見ての通りドラゴニュートで、セルティナ様の弟子だ」

「あたしはシュラン・セルシュタール。セルティナ・セルシュタールの娘で、ヒルデガルド陛下の大叔母に当たるんだ。コールはあたしの夫だね。ああ、分かりにくいと思うけど、あたしはヒューマンハーフ・ハイラミアだよ」


 ここでセルティナさんの娘夫婦登場かよ。

 しかもヒューマンハーフ・ハイラミアって、また珍しい種族だな。

 ハーフウンディーネもそうだが、変化魔法を使っても足が尾になる事は無いが、鱗はちゃんと足にもあって、顔立ちは種族特有の特徴を受け継いでいる。

 ちなみにだが、シュランさんの兄がヒルデの祖母と結婚したらしい。


「初めまして、ヤマト・ハイドランシア・ミカミです。確かお2人とも、Pランクハンターなんですよね?」

「一応はね。母さんを越える事を目標にしてはいるけど、今でもまったく歯が立たなくて困ってるよ」


 ランク制度が変わったせいで、セルティナさんはMランクハンターになっている。

 スリュム・ロードの襲撃で従魔のフリーザス・タイガー クラール共々四肢欠損の深手を負わされていたが、話を聞いたサユリ様がクラテルに赴き、クラール共々欠損を完治させている。

 さすがに従魔にリヴァイバリングを使うのは大変だったらしく、丸一日程寝込んだって聞いたが。

 リヴァイバリングはOランクヒーラーしか使えない治癒魔法ヒーラーズマジックで、そのOランクヒーラーはサユリ様しかいないから、こればっかりはどうしようもない。

 現在Aランクヒーラーの真子さんも、Oランクヒーラーへの道は険しいって言ってたしな。


「聞いてると思うけど、トラレンシアのハンターはフライングはともかく、スカファルディングの有用性には気が付いていなかったんだ。せっかく奏上してくれたっていうのに、すまなかったね」

「いえ、スカファルディングを奏上したのは俺じゃないんで。でもそれは仕方ないかと。俺もプリスターズギルドで文面を確認しましたけど、あの説明は不親切でしたよ」


 スカファルディングの説明は、魔力で疑似的な足場を作る、としかなかったからな。

 一緒にいたプリム達だって、真子さんの説明を聞いて理解出来たって言ってたから、何も知らないトラレンシアのハンターからしたら、意味不明だと判断されても仕方がない。

 まあ、それでも意味不明で終わらせず、一度ぐらいは使ってほしかったが。


「一度も使わず、そのくせ使えない魔法だって考えてた奴が多かったんだよ。俺達だって似たようなもんで、足場の悪い雪の上ぐらいでしか使ってなかったな」


 雪の上で使ってたってことは、地面の延長として考えてたってことか。

 確かにそれも使い方の1つだが、Pランクハンターのコールさんでさえそこまでしか考え付かなかったってことは、リベルターも同じような感じだったのか?

 トラレンシアは万年雪があるし、リベルターは川の国と言われている関係で湿地帯も少なくないっていう理由もあるかもしれないが。


「その可能性はあるな。そんな使い方が出来るって広まっちまったせいで、それ以外の使い道は考慮されてなかった所がある」

「どんな魔法でも使い方次第ですから、発想を転換させれば固有魔法スキルマジックの開発にもつながると思いますよ」


 俺達は簡単にレベルを上げているが、その理由の1つに固有魔法スキルマジックを使っている点が挙げられる。


 固有魔法スキルマジック属性魔法グループマジック天与魔法オラクルマジックを、自分で使いやすいように組み上げる、個人が使う魔法だ。

 もちろん人に教える事も出来るんだが、固有魔法スキルマジックは切り札にもなり得る魔法だから、そんな事をする人はほとんどいない。

 その特性上、固有魔法スキルマジックの開発には自分の魔力をしっかりと制御しておく必要があるから、固有魔法スキルマジックを開発している人とそうでない人は魔力制御力に大きな差が生じ、それがレベルにも現れていると考えられている。


 コールさんとシュランさんの話を聞く限りじゃ、トラレンシアに限らず、ヘリオスオーブのハンターは固有魔法スキルマジックの重要性を理解出来てる人が少ない感じだ。

 アミスター・アライアンスのハンターは、俺がちょっとコツを教えたらあっという間にレベルが上がったから、その説は大筋で正しい気がする。

 あとハイクラス以上は、神金オリハルコン以外の金属だとすぐに劣化して使い物にならなくなるから、固有魔法スキルマジックを使っても無意識に魔力を制限していて、その結果レベルが上がりにくいって考えたんだが、それは正しかった事も翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネ瑠璃色銀ルリイロカネの開発で実証されたな。


「そうだろうな。幸い、今回招集された連中は全員ハイクラスだから、大なり小なり固有魔法スキルマジックは使ってる。武器こそ魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトだから、アミスターのハンターと同じような活躍は無理だが、いずれはレベルが上がる奴も増えるだろう」


 ああ、そういやトラレンシアは、合金の話こそ広まってはいるが、時期の問題もあるから浸透してないのか。

 魔銀ミスリルはイスタント迷宮の守護者ガーディアンミスリル・コロッサスがあるから問題ないし、金剛鉄アダマンタイト晶銀クリスタイトもそれなりにストックがあったはずだ。

 いっそのことエドに頼んで……いや、クラフターは他のユニオンにもいるし、俺だけの判断で作るのも問題か。

 後でラインハルト陛下に確認してみよう。


「あれ?ってことは、コールさんもシュランさんも、合金は使ってないんですか?」

「シュランは翡翠色銀ヒスイロカネってのを使ってるが、俺はまだ金剛鉄アダマンタイトだ。セルティナ様も、娘には甘いからな」

「あたしは助かってるけどね。だからコールの武器も早く何とかしてやりたいんだけど、それが出来ないまま戦争に参加って事になっちゃったから、大量に武器を用意してくるしかなかったんだよ」


 うん、それは非常によろしくないな。

 何本用意してきたのかは分からんが、ハンターに戦争参加の依頼が出されたのは1週間ちょい前だから、そこから武器を用意するとなると、トラレンシアにある金属じゃ足りない可能性もある。

 トラレンシアにも魔銀ミスリル鉱山はあるが、冬になると雪が激しくなるせいで採掘は不可能になって、アミスターからの輸入に頼る事になるし、金剛鉄アダマンタイトは鉱山自体がない。

 しかもセイバーにも必要になるんだから、マジでトラレンシアが保管していた魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトの枯渇を心配するレベルだ。


「大和君。って、セルティナ様じゃないですか」


 なんて事を考えてたら、マルカ殿下ルーカスとライラを伴ってミラールームから上がってきた。

 俺に用があるって感じだけど、何かあったんでっしゃろか?


「お久しぶりです、マルカ殿下」

「お久しぶりです。獣車の乗り心地はいかがですか?」

「快適ですね。私は貴賓室を宛がってもらいましたから、尚更そう感じるのかもしれませんが」


 確かに試作2号車には、貴賓室を2つ作ってあるな。


「それは良かったです。あたしも乗った事ありますが、長距離の移動には助かる機能が多いですからね」

「同感です。コールとシュランも私の補佐という事で、貴賓室を割り当てられましたからね」


 貴賓室は2部屋あるが、1部屋がセルティナさんで、もう1部屋がコールさんとシュランさんなのか。

 いや、実力から考えたら当然なんだが。

 俺達の寝室はロッキングで施錠してあるから、ちょっと手狭かもしれないのが申し訳ないところだ。


「確かにそうですが、客室も評判良いですよ。特に寝台は、寝心地が最高だって口々に言っていましたから」


 それは良かった。

 試作2号車の客室は50部屋で、広さは6平米だ。

 トラレンシア・ハンターは42人で、セルティナさん、コールさんとシュランさんが貴賓室を使ってるから、残り39人で50部屋を使ってもらっている。

 夫婦や恋人同士も多いから、仕切りを稼働させて部屋を繋げてる人達もいたはずだ。

 しかも試作1号車の寝台はグラン・デスワームを使ってるから、寝心地が最高なのは保証出来る。


「あの寝台はそうでしょうね」


 というかマルカ殿下、俺に用があったんじゃないんですか?


「ああ、そうだった。ライが呼んでるよ。見張りは変わるから、すぐに行ってくれるかな?」

「それは分かりましたが、マルカ殿下が見張りするんですか?」

「当然だけど、何か問題でもある?」

「護衛がいるとはいえ、王妃殿下が見張りなんて、問題しかありませんけどね」


 苦笑するセルティナさんに、全面的に同意する。

 その証拠に、ルーカスとライラも苦笑気味だからな。


「了解です。それじゃセルティナさん、コールさん、シュランさん。話の途中ですいませんけど」

「構わねえよ」


 行軍初日だし、話す機会はまだあるから、続きはまた今度って約束をしてから、俺はミラールームに下りていった。


 ラインハルト陛下から呼ばれた理由は、トラレンシア側の武器の問題についてだったから、俺としてはタイムリーだと思った。

 元々ヒルデも、今日の晩飯時に話題にしようと思ってたらしく、むしろ俺が見張り当番に当たった事が問題だったっぽい。

 俺の予想通り、トラレンシアの魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトは、かなり在庫が怪しくなってきているらしく、下手をしたら春まで持たないかもしれないらしい。

 だからヒルデの嘆願を受けて、ラインハルト陛下は合金製の武器を用意する事にしたそうだ。

 本来なら輸入扱いになると思うんだが、今は戦時中だし、何よりトラレンシアは既に被害を被っているという理由で、合金に使う魔銀ミスリル晶銀クリスタイトはアミスターが用意し、金剛鉄アダマンタイトのみトラレンシアの負担という事に決まったんだとか。

 人数がいるからデザインは画一的になるが、それでも剣や槍、斧、鎌と、一般に出回っている武器を全て作るから、エド達は大忙しになる。

 アミスター・アライアンスにはクラフターも少なくないし、リリー・ウィッシュとグレイシャス・リンクスの獣車にはうちと同様に工房まで備え付けられてるから、移動中でも作業に支障はない。

 アルカの工芸殿に放り込むっていう最終手段もあるしな。


 まずは翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネの精錬からになるが、これはエンシェントクラフターの俺とルディア、ハイクラフターのフラム、エド、マリーナ、フィーナ、サユリ様が総出で用意して、明日の朝一でアミスター所属のクラフターに説明し、製作を依頼する。

 販売はそれからになるが、早い者勝ちの状況になるのも問題だから、ある程度の数が出来るまでは漏らさないようにする事も徹底。

 ちなみにセイバーは国から支給って事になるが、ハンターは今後も使い続ける事になるから、アミスターでの販売価格がそのまま適用され、販売はトレーダーが行う。

 売り上げは関わったクラフターとトレーダーが、8:2の割合で山分けって事になった。

 クラフターの割合が大きいのは、実際に作業を行うのはクラフターで、直売だからトレーダーの仕入れの手間が皆無だという点も考慮されている。


 それじゃあ飯を食い終わったら、寝るまでは翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネの精錬に精を出すとしますかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る