デネブライト解放

Side・ミーナ


 ベスティアを発ち、アルカを経由し、私達はリベルター南西の橋上都市デネブライトにやってきました。

 予想してはいましたが、デネブライトは蒸気戦列艦による砲撃であちこちに被害を受けており、その蒸気戦列艦も3隻駐留しています。

 1隻につき50人程のソレムネ軍人が乗っているようですから、デネブライトには150人前後のソレムネ軍がいる事になりますか。


「蒸気戦列艦は3隻か。大した数ではないな」

「ですがデネブライトを我が物顔で歩いているのでしょうから、人質を取られたり籠城されたりすれば、面倒な事になります」


 私達の獣車に各獣車の指揮官が集まり、作戦を立てる事になりました。

 私達の獣車にはアミスター、トラレンシア両国の王にジェネラル・オーダーが同乗していますし、エンシェントクラスの割合が最も高いこともありますから、連合軍本隊となってしまっているんです。

 ですからファースト・オーダーやセカンダリ・セイバー、レイド・リーダーが集まることになったんです。

 アルカでも良かったのではと思うのですが、デネブライトの状況がわからないので現地に来なければ作戦が立てられませんでしたから、これは仕方がありません。


 ラインハルト陛下の仰る通り、蒸気戦列艦の数は大したことがありません。

 ですが兄さんの予想通り、ソレムネ軍が何をしてくるかが分かりませんから、こちらも警戒を疎かにするわけにはいきません。


「仮に人質を取られても、俺と真子さんならどうとでも出来ますが?」

「それは知っているよ。だけど連合軍が攻めてきたと分かれば、蒸気戦列艦に逃げ込み、艦砲射撃を行ってくるだろう。なにせ質でも量でも、こちらの方が上なんだからね」


 蒸気戦列艦の乗組員は50名程ですから、確かに兄さんの言う通り、量は6倍近い開きがありますし、質に至っては比べるまでもありません。

 ですがどうやって、連合軍の存在を知らせるのですか?


「我々は転移してきたわけだから、まだ気付いていないだろう。仮に気付いても、獣車の数が少ないから、軍勢とは考えないと思う。だから何人かが使者となってデネブライトに赴き、偵察も兼ねて連合軍の進軍を伝えるんだ。同時に連合軍も獣車から降り、隊列を組む。使者の言葉を信じなくとも、実際に1,000人近い数の軍隊を見れば、信じない訳にはいかないからね」


 なるほど、こちらの戦力を見せ付ける事でデネブライトから追い出し、その後で蒸気戦列艦ごと沈めるつもりですか。

 確かにデネブライトに残って人質を取ったとしても、結末は分かり切っているんですから、蒸気戦列艦に逃げ込む者は多そうです。


「ふむ、ヴィーゼ、どう思う?」

「良い作戦だと思います。もちろん乗り遅れる者も出るでしょうから、そちらも警戒しておく必要がありますが」


 セイバーを纏めているセカンダリ・セイバーのヴィーゼさんも、兄さんの作戦に賛成ですか。

 あ、セカンダリ・セイバーはセカンダリ・オーダーと同じで、副将を意味しています。

 セイバーズギルドを纏めているわけですからジェネラル・セイバーでも良いと思うのですが、同じ隊に2人のジェネラルがいることはあり得ません。

 ですがヴィーゼさんはセイバーズギルドの将でもありますから、副将となるセカンダリ・セイバーとして参加されているんです。

 ちなみにヴィーゼさんは、次期グランド・セイバーズマスターと目されていたりします。


「ヒルデ」

「はい。わたくしとしても、その作戦で良いと考えます」

「私もだ。ではレックス、その作戦で行く事にするが、使者はどうする?」

「私とミューズ、大和君の3人で行こうと思っています」


 陛下もヒルデ様も、兄さんの作戦を支持したため決定となりましたが、まさか使者に兄さんが志願するとは思いませんでした。


「ジェネラル・オーダー自らがか?」

「はい。ハンターにばかり負担をかける訳にはいきませんし、ここで私も蒸気戦列艦を沈め、それなりの実力がある事を示しておくべきだと考えます」


 兄さんがジェネラル・オーダーだという事は、アミスターのハンターやオーダーはともかく、トラレンシアのハンターやセイバーの中には納得出来ていない人もいるそうです。

 もしかしたら兄さんが、エンシェントヒューマンに進化した事も知らないかもしれません。

 ですから兄さんは、問題を先送りにするのではなく、進軍初日で実力を示す事を選んだそうです。


「なるほど、確かにその必要はあるな。だが大和君はともかく、ミューズを連れて行く理由は?」

「ミューズもエンシェントオーガですから、オーダーズギルドにもエンシェントクラスがいる事を知らしめておくべきかと」


 そっちの意図ですか。

 かつてのエンシェントオーダーはアウトサイド・オーダーがほとんどで、純粋にオーダーだった方は1人しかおられません。

 ですからエンシェントオーダーは、同時にエンシェントハンターでもあったんです。

 これは大和さんやブラック・アーミーのリーダー シーザーさんも該当しています。

 ですから兄さんとミューズ義姉さんは、その方以来のインサイド・エンシェントオーダーとなります。


「そこまで考えているのなら、私としても承認しよう。ヒルデはどう思う?」

「セイバーも同行させたかったのですが、さすがにエンシェントクラスのお三方の足を引っ張ってしまいますから、見送るしかないでしょう」


 同意するように、ヴィーゼさんも頷いています。


「レックス卿、新たなエンシェントヒューマンのお力、拝見させて頂きます」

「はっ、お任せください」


 その後兄さんは、マリー義姉さんに一時的に指揮権を渡し、ヴィーゼさんに補佐をお願いする事になりました。

 ハンターも準備を整えて待機ですが、蒸気戦列艦は大和さん、兄さん、ミューズ義姉さんが1隻ずつ沈める手筈ですから、出番があるとすれば砲弾が飛んできた場合になります。

 デネブライトへの砲弾は大和さんが防ぐ事になりましたから、大変だと嘆いていましたけどね。


 その後部隊の確認をしてから、兄さんとミューズ義姉さん、大和さんの3人は、それぞれの従魔に乗ってデネブライトに向かわれました。


Side・サヤ


 大和君達がデネブライトに向かって、そろそろ2時間が経つ。

 使者としてデネブライトに赴いているけど、その内容はソレムネ軍への降伏勧告とデネブライトへの救援告知だから、普通なら短時間で済む。


 でも今回は、そこまで単純な話でもない。

 ソレムネが降伏なんてするワケがないし、かといってデネブライトの人達に被害が及ばないかと言われると、それも難しい。

 使者の3人の目が届く範囲なら大丈夫だと思うけど、デネブライトだって広いんだから、そんなに上手く事が進むとも思えないわ。


「いえ、案外上手く行くと思うわよ?」


 私達リリー・ウィッシュの恩人であり、友人であり、そして母でもある元王妃のサユリ様が、楽観的な意見を口にする。


「そうですか?」

「ええ。ソレムネも大和君やプリムの事ぐらいは知ってるかもしれないけど、あなたを含めた数人が進化したのはここ数日、しかもトラレンシアでだから、さすがに知りようがないわ。つまりレックスとミューズの存在は、ソレムネからしたら青天の霹靂に等しいわね」


 レックスさんとミューズさんだけじゃなく、私やスレイさん、シーザーさんがエンシェントクラスに進化したのは、確かに数日前の話。

 しかもセリャド火山っていう魔境でだし、リオでも積極的に広めようとはしなかったから、ソレムネが知らなくても当然だわ。


「だから慌てて蒸気戦列艦に逃げ込んで、大砲による一斉砲撃で倒そうと画策すると?」

「力に溺れた者は、自分以上の力の存在を認めないからね。それ以外は考えられないわ」


 アルコの疑問に、納得出来る理由で返すサユリ様。


 私がエンシェントラビトリーに進化した事を、我が事のように喜んでくれたサユリ様は、同時にリリー・ウィッシュが全員ハイクラスに進化した事も喜んでくれている。


 23年前、生まれてすぐに両親を亡くしたらしい私は運良くサユリ様に引き取られて、フロートの孤児院に預けられたらしい。

 同時に紗綾という、サユリ様が好んでお召しになられているドレスの元となった織物の名前を付けて下さった。

 だからってワケじゃないけど、私はクラフター登録もして、仕立師としても活動しているわ。


「今回の作戦の最大の目的は、エンシェントクラスの力をトラレンシア側に見せ付ける事にあるのよ」

「それは分かります。私も疑われていましたから」


 連合軍に参加してるセイバーやトラレンシア・ハンターは、エンシェントクラスが13人もいるという事に疑惑の眼差しを向けてくる者もいる。

 大和君とプリムちゃん、マナ様、真子、そしてファリスさんは、スリュム・ロード討伐のお披露目で紹介されたから知らない人はいないんだけど、進化したばかりの私達はそうじゃない。

 私やスレイさん、シーザーさんはライセンスを見せて黙らせたけど、私達はユニオンの名前が轟いてる事もあるから、まだ信じられやすかった。

 問題なのはウイング・クレストのリディアとルディア、エオス、そしてオーダーのレックスさんとミューズさんなのよ。

 エオスはドラゴニアンだからともかく、リディアとルディアはまだ16歳だから、ライセンスを見せた程度じゃ信じない人が多かった。

 魔力強化をする事で黙らせてはいるけど、それはお互いにハンターだから出来る手でもある。

 オーダーともなるとそんな手すら使えないから、実戦で実力を見せつけるぐらいしか解決策がない。


 もっとも蒸気戦列艦も、ハイクラスでも単独で沈められるみたいだから、沈め方を考えないといけないんだけど。


「シャザーラ達の話を聞く限りじゃ、ハイクラスだと一撃でというワケにはいかないみたいだから、それで解決するとは思うけどね」

「ですね。あ、動きましたね」


 どうやらようやくね。

 デネブライトに停泊していた3隻の蒸気戦列艦が動き出し、船首を私達のいる方に向けてきた。

 川幅が広いから出来る事だけど、これはもしかしたら、私達にも出番があるかもしれないわ。


「それにしても遅いわね。こっちがわざと攻撃をしてないって事、気付いてるんでしょうか?」

「まさか。怖気づいてるとでも思ってるんでしょ」


 でしょうね。

 実際トラレンシア側は少し動揺してるから、あながち間違ってるわけでもない。

 アミスター側は誰も動揺してないし、それどころか早くしろと思ってる人の方が多いと思うけど。


 10分以上の時間を掛けて、ようやく蒸気戦列艦が私達に側面を向けて、大砲を撃ち出してきた。

 直接見たのは初めてだけど、本当に遅いわね。

 砲弾は……40発ぐらいか。


「行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 散歩にでも行くかのような軽い雰囲気で、私はスカファルディングを使って飛び上がり、手にある槍から魔獣魔法を放ち、砲弾を撃ち落とす。

 スレイさんやシーザーさん、リディアにルディアも、手にしている武器や固有魔法スキルマジックを使って、全ての砲弾を落としている。

 エオスはバトラーが本業だから、獣車の守りを担っているみたいだわ。

 まあ大和君達の獣車は本隊だし、アミスターとトラレンシアの王族までもが乗り込んでるんだから、そうしてもらった方が私達としてもありがたいんだけど。


 サユリ様は気ままだから、日によっては私達の獣車に乗る事もあるって言ってるのよ。

 私としては、ウイング・クレストの獣車から動かないでほしくて仕方がないわ。


「これが蒸気戦列艦の艦砲射撃か。確かに脅威だとは思うが……」

「本当に魔力強化すらされてないんだね」

「はい。ですが鉄の塊には違いありませんし、戦列艦の数が多ければ砲弾の数も増えますから、面制圧力は優れていると大和さんや真子さんが言っていました」


 1隻から10発以上の砲弾が一度に飛んでくるんだから、確かに戦列艦の数が増えれば、エンシェントクラスでも対処しきれるかは難しいわね。

 アクセリングの思考加速は必須だし、広範囲に効果を及ぼす魔法は加減を間違えたら被害を拡大させるだけだから、結構大変だわ。


「というかさ、トラレンシア側が驚いてるっぽいんだけど?」

「驚いてるわね。私達が空を飛んでいる事が原因みたいだけど」


 元々ラビトリーは耳が良いんだけど、私はエンシェントラビトリーに進化した事でさらに良くなってるから、普通なら聞こえないような声でも聞こえるようになっているの。


 その耳で聞こえた驚きの声を総合すると、エンシェントドラゴニュートのリディアとルディアは翼を持っているから、フライングを使ってるって事で解決するんだけど、私はエンシェントラビトリー、スレイさんはエンシェントリクシー、シーザーさんはエンシェントオーガだから、翼なんて物は持っていない。

 なのに空に立っているからって事が、驚きの原因ね。


「いや、スカファルディングの効果は、トラレンシア側も知ってるはずだろう?」

「セイバーはともかく、ハンターには懇切丁寧に説明したわけでもないから、スカファルディングがどういう魔法なのか理解出来てなかったって事でしょうね」


 翼が無くても空中戦を可能にするスカファルディングは、本当に画期的な魔法だと思う。

 魔力で疑似的な足場を作るから、足場の悪い砂漠や雪原、水上だって使えるのよ?

 なのにそのスカファルディングの有用性が理解出来てなかったなんて、ちょっとどころの問題じゃないわ。


「リベルター軍やハンターも、スカファルディングは使ってないんじゃないかって考えられてるんだ」

「そりゃリベルターも滅ぶよ。奏上されたばかりとはいえ、こんな使い勝手が良くて有用性の高い魔法を放置してたんだから」


 ルディアの言葉に呆れるシーザーさんだけど、私も同感だわ。


「リヒトシュテルン軍には、説明してありますけどね。っと、二射目が来ましたか」


 さすがに二射目が来るとは思わなかったわ。

 一射目を防いだら、すぐに沈めるとばかり思っていたもの。


「まぐれだと思われないように、という事じゃないか?」

「だろうね。仕方ない、さっさと落とそう」


 そうね。


 というワケで二射目も、私達はあっさりと叩き落した。

 その後すぐに、3隻の蒸気戦列艦が巨大な剣で一刀両断にされて沈んでいったから、予定通り1人1隻ずつ、属性魔法グループマジックを剣に纏わせて大剣を作ったってとこでしょう。


 目の前の非常識な光景に、オーダーでさえ驚いているから、トラレンシア側の驚きようは半端じゃない。

 逆に全く驚いてないのは、アミスター・ハンターね。

 むしろそれぐらいは出来て当然と思ってるから、それも仕方ないんだけど。


 予想通り3隻の蒸気戦列艦には、デネブライトを占領していたソレムネ軍の9割以上が乗り込んでいたらしいわ。

 残りの1割も、蒸気戦列艦が動き出すまでの間に使者の3人が住民に協力して倒していたそうだから、デネブライトはソレムネの魔手から解放されたと言ってもいいでしょう。


 幸いにも市長を務めているドワーフのウルス議員が生きていたから、後始末は彼に任せる事になった。

 デネブライトを無防備にするわけにはいかないから、オーダー第4第5分隊とセイバー第5分隊がデネブライトに残り、他の街から蒸気戦列艦が迫ってきた場合は迎撃を担当する事になっているわ。

 本当はハンターも残したかったんだけど、壊滅間近のソレムネ海軍と違ってソレムネ陸軍は丸々残っているから、これ以上戦力を減らせなかったのよ。


 20近い橋上都市の内、無事が確認されているのはリヒトシュテルンだけだったから、こっちも無警戒というわけにはいかない。

 だからリヒトシュテルンにも、オーダー第2第3分隊とセイバー第4分隊を派遣する事になっているの。

 こっちはレティセンシア方面の警戒もしてもらう事になるから、ハイクラスの割合は高めよ。


 ともあれ、連合軍の初戦の結果としては上々ね。

 トラレンシア側は何もしてないんだけど、今回はエンシェントクラスの力を見せ付ける事が目的だから、次戦からはちゃんと戦ってもらうわよ?

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