大公令嬢姉妹

Side・ラウス


 どうしよう。


「ラウス・ウッドランドライト、リヒトシュテルン防衛、並びにスリュム・ロード討伐における功績を称え、騎爵位を授ける」


 天樹城に登城したら謁見の間に呼び出されて、いきなりラインハルト陛下から騎爵位を賜ってしまった。

 いや、元々俺に騎爵位をくれるっていう話は聞いてたんだけど、何年か先になるって聞いてたんだよ。


 だけどリベルターのリヒトシュテルン大公令嬢セラス・リヒトシュテルン様が俺を見初めちゃったから、急遽予定を繰り上げて俺に騎爵位が与えられて、Gランクオーダーとして登録する事になったんだ。

 リヒトシュテルン大公家はリベルターの外交を担ってる家だけど、対外的には王家に近い扱いがされている。

 だからセラス様は、言ってしまえばリベルターのお姫様って事になる。

 俺の婚約者はレベッカとキャロルさん、レイナだけど、レベッカとレイナは村娘だし、キャロルさんはアミスターの貴族とはいえ伯爵令嬢だから、下手したら俺がリベルターにって事になりかねないから、先にGランクオーダーにって事みたいだ。


 ライアー大公やセラス様のお母さんカタフニア様も、俺とセラス様が婚約すれば、大和さんやプリムさん、真子さん、マナ様っていう4人のエンシェントクラスとの縁も出来るから、大歓迎してるらしい。

 これが他の国なら俺を引き抜こうと必死になるけど、リベルターの大公家は外交を担ってるから、国際的な問題を考慮して、そこまで無理は言わないみたいだ。

 だからこんな中途半端なタイミングで俺がGランクオーダーになっても、大きく揉める事もないって説明された。

 あとリベルターが、既に滅んでるって言っても過言じゃない状況も大きいんだとか。


「最年少Gランクオーダーの誕生だな。この記録が破られる事は、恐らくは無いだろう」

「そうですな。いや、大和殿に子が生まれれば、あるいは」

「それこそどうだろうな」


 なんて話をしてるラインハルト陛下とトールマンさんだけど、俺としてはこれから生まれてくる大和さんの子供さんに、是非とも破ってもらいたいと思ってる。


「それでラウス君、セラス嬢の事はどうするんだ?」

「レベッカとキャロルさん、レイナは、俺の意思を尊重すると。ただ3人共、セラス様とは気が合うみたいで、今は庭園でお茶会にお呼ばれしています」


 エリス殿下が主催して、カタフニア様の同妻やセラス様のお姉さんシエル様も参加してるって聞いたよ。

 レイナは緊張してたけど、マナ様やユーリ様と普段から接してるから、致命的な粗相はしないと思う。


「ああ、エリスがそんな事を言ってたな。となると、覚悟は決めておいた方がいいんじゃないか?」


 ですよねぇ。

 でも俺の奥さんになる人は、最低でも5人。

 だからセラス様がそうなったとしても、4人目ってことになる。

 セラス様の事はあんまり知らないけど、悪い人じゃないのは分かるから、とりあえず認めてしまったても良いかもしれない。

 それもそれで不誠実だけど。


「そこはラウス君次第だな。ガイア殿の予知夢は私も聞いているから、それでも構わないと思うが」

「俺もソレムネには行きますから、答えを出すのは戦争が終わってからにしようと思ってます。焦って答えを出すような問題でもないと思いますから」

「それが良いだろうな」


 デセオ攻略戦には、リベルター軍は関与しない事になっている。

 正確には戦力が足りないから、関与出来ないんだ。

 デセオに出発する前にリベルターを襲ってる蒸気戦列艦は沈めるつもりだけど、見逃す艦は出るだろうし、リヒトシュテルンはレティセンシアからも近いから、そっちの警戒も必要になる。

 デセオ攻略戦どころか他の街に援軍を派遣する余裕もないから、ライアー大公も止む無しと納得してくれているんだ。

 だからセラス様が同行を希望されても、連れて行く事が出来ないんだよ。


「それで、この後はどうするんだ?お茶会に参加するのかい?」

「陛下は俺に死ねって仰るんですか?どう考えても地雷なんだから、行ける訳ないじゃないですか」


 地雷っていうのが何かは分からないけど、客人まれびとがもたらした言葉なんだ。

 地雷を踏み抜く、っていう諺で伝わってるけど、意味は自ら死地に赴く、だったかな。


「それはそうだが、君の将来に関わる事なんだから、行かない訳にもいかないだろう?」


 意地の悪い笑みを浮かべるラインハルト陛下が憎たらしい。

 確かに俺の将来に関わる問題だけど、だからって行きたいとは思わないよ。


「それならエリス殿下もおられるんですから、陛下もご一緒されますか?」

「私としては遠慮したいところだが、主催がエリスだから、一度は顔を出しておく必要があるか……」


 うわ、逃げようと思ってそう言っただけなのに、まさかそう来るとは思わなかった。

 これで俺の退路は断たれちゃったよ……。

 仕方ない、覚悟を決めよう。


Side・セラス


 エリス王妃殿下に誘われて、妾達は天樹城の庭園でお茶会を催している。

 母上やシエル姉上、メール母上、フルール母上も一緒だ。

 エリス殿下側にはラウスの婚約者レベッカ、キャロル、レイナがいる。


「そう、彼は大和様のお弟子さんなのですね」

「はい。こちらのレベッカの姉が彼の妻の1人ですから、その繋がりになります」


 どうやってラウスがエンシェントヒューマン大和様の弟子になったのか知りたかったのだが、まさかレベッカの姉君が、大和様の奥方になられていたとは。

 しかもその奥方 フラム姉上が大和様とご結婚されたのは、驚いた事に4ヶ月前だという。

 つまりラウスは、たった4ヶ月でハイクラスに進化し、G-Rランクのキャナル・リノセロスを単独討伐出来る実力を身に付けた事になる。


「進化しておいてなんですが、セラス様はあと数年お待ちいただいた方がよろしいかと存じます」

「何故だ?」

「急性魔力変動症という病がございます。これは急激なレベルアップに体が付いていけない為に起こるのですが、悪化させると高熱を出し、倦怠感も酷くなるのです」


 さらに未成年がハイクラスに進化すると、成長を妨げるだけではなく、成長の際に生じる体の痛みが激しくなる事があるらしい。

 レベッカもキャロルも、何度かその痛みに襲われて、歩けなくなった事もあったとか。


 本当にそんな病があるのか疑ってしまったが、ヒーラーズギルドではPランクへの昇格試験になっているため、Pランク以上のヒーラーなら知識として持っていてもおかしくはないと言われてしまった。

 さらにキャロルは、客人まれびとであり元王妃殿下であらせられるサユリ様から指南を受けたそうだから、妾としても喉まで出かかった意見を飲み込むしかない。


「そんなワケですからこちらのレイナは、のんびりと経験を積みながら、ゆっくりとレベルを上げてもらおうと思ってますぅ」


 ガチガチに緊張しているレイナだが、妾と同い年なのにレベルは27と、レベル23の妾より高い。

 もっともレイナは、先日ハンター登録をしたばかりとの事だし、戦闘経験は皆無に等しいようだから、まともに戦えば妾が勝つだろう。


 いかんな。

 妾はラウスと共に歩んでいきたいのに、なぜこうも戦う事ばかり考えてしまうのだろうか。


「セラスの事だけど、あなた方は構わないの?」

「はいぃ。先日も少しお話しさせて頂きましたけど、そもそものきっかけは、ラウスがセラス様を、キャナル・リノセロスからお助けした事ですからぁ」

「とはいえ、あそこでラウスさんが割って入らなければ、セラス様は良くて重体、最悪の場合は命を落とされていたでしょうから、仕方ありませんでしたが」


 妾もそう思う。


 あの時キャナル・リノセロスは、ラウスの援護を受けて何とかリドセロスにトドメを刺した妾に向かって、水属性魔法アクアマジックを纏いながら猛烈な勢いで突進を仕掛けてきた。

 初めて魔物を倒した事もあって、少し放心していた妾にも問題があったのだが、ラウスはその妾を庇い、風属性魔法ウインドマジックと念動魔法を使ってキャナル・リノセロスの突進の勢いを弱め、右腕で妾を抱きかかえながら左腕の盾で受け流し、その盾に仕込まれていた刃を使い、キャナル・リノセロスの角を斬り落としたのだ。

 その後少し距離を取って妾を降ろすと、右手の剣に風と雷を纏わせ、角を失って怒り狂っていたキャナル・リノセロスの角跡目掛けて突き刺し、そのまま命を断った。

 妾を助けてくれたばかりか、G-Rランクモンスターを容易く屠ってしまったラウスに興味が沸いたが、ラウスは妾の身を案じ、父上やアドライン兄上の下まで護衛までしてくれたのだ。

 そこで妾は、ラウスに惚れてしまった事を自覚した。


「え?あなた達も、トラレンシアのスリュム・ロード討伐戦に参加していたの?」

「はいぃ。私は弓術士ですから後方支援が主でしたが、キャロルさんはラウスと一緒に、アイシクル・タイガーやフリーザス・タイガーの討伐を任されていましたよぉ」


 ……は?

 いや、待て。

 アイシクル・タイガーはGランク、フリーザス・タイガーはP-Rランクモンスターのはずだ。


 先月トラレンシアで行われた終焉種スリュム・ロード討伐戦は、リヒトシュテルンにも伝わってきているから妾も知っている。

 そのスリュム・ロード討伐戦に、ラウス達も参加していただと?


「ハイクラスはアイスクエイク・タイガーやアバランシュ・ハウルの相手をしなければなりませんでしたから、私とラウスさんは大和さんやプリムさんの従魔の助けを借りて、アイシクル・タイガーとフリーザス・タイガーの殲滅を任されたのです。なにせアイスクエイク・タイガーは19匹、アバランシュ・ハウルも2匹いましたから」


 妾達の顔色は、恐らく真っ青を通り越して真っ白になっていると思う。

 アイスクエイク・タイガーはM-Iランク、アバランシュ・ハウルに至ってはA-Cランクモンスターだ。

 そのアイスクエイク・タイガーやアバランシュ・ハウルがそれ程の数だったとは、いくらエンシェントクラスが5人いたとはいえ、よくぞ討伐に成功したものだと思う。


「は、話を聞くと、あなた方も主力だったのね……」

「ラウスさんは間違いなく。なにせアイスクエイク・タイガーも、オーダーと共に討伐していましたから」


 戦慄しながら言葉を紡ぐ姉上だが、キャロルはさらに衝撃の事実を口にした。

 オーダーと共にとはいえ、アイスクエイク・タイガーまで討伐していた?


「でもラウス君本人は、自分はまだまだだと思っているんですよ。お師匠様がお師匠様ですから、仕方ないのですが」

「え?あ、ああ、そのお師匠様の大和様が、スリュム・ロードを倒されたんでしたね」

「厳密には彼1人ではありませんが、トドメとなったのは大和君の固有魔法スキルマジックだったようです」


 大和様、そして初妻のプリムローズ様が終焉種を討伐した事は、驚いた事に2度目だという。

 しかも初の終焉種討伐は、それぞれがオーク・エンペラーとオーク・エンプレスを単独でという話だから、聞いた時は何を言われたのか全く理解出来なかった。


 だがそのオーク・エンペラーとオーク・エンプレスは剥製となり、魔石と共に天樹城に献上されている。

 妾達もラインハルト陛下のご厚意で拝見させて頂いたが、剥製だというのに恐ろしいまでの存在感だった。

 スリュム・ロードの討伐後に正式に公表され、剥製はハンターズギルド・アミスター本部の第3鑑定室でしばらく展示していたそうだが、見た瞬間に死を受け入れたというハンターやオーダーまでいたらしい。

 妾もそうだったから、そのハンターやオーダーの気持ちは心から理解出来る。


 そのオーク・エンペラーとオーク・エンプレスを、大和様とプリムローズ様は単独で倒し、スリュム・ロードまで倒してしまったのだから、いかにラウスといえど、自分の力に自信が持てなくても仕方がない気もする。


「お邪魔するよ」

「し、失礼します」


 そのタイミングでラウスを伴い、ラインハルト陛下がお見えになられた。

 ラウスの顔を見た瞬間、頬が熱くなった気がする……。


 ラウスはこれまでの功績を称えられ、騎爵位を賜る事になったのだが、その背景には妾との関係を見据えた、ラインハルト陛下のご意思がある。

 仮に妾がラウスと婚約出来たとしても、ラウスはOランクオーダーでもある大和様の弟子なのだから、リヒトシュテルンに活動の場を移す事は無い。

 むしろ父上は、妾をラウスに嫁がせる事が出来れば、大和様やプリムローズ様といった4人のエンシェントクラスと縁が出来るから、それだけでも十分だと考えている。

 それでも普通なら一言ぐらいは勧誘するはずだが、それができない理由もあったりするのだが。


「陛下!」

「久しぶりだな、シエル」


 花が咲いたような笑顔を浮かべるシエル姉上だが、ラインハルト陛下は少し警戒気味だ。

 これがその理由で、シエル姉上は昔からラインハルト陛下に懸想しており、そのせいで20歳になった今でも、婚約者の影すらない。


「ラウス様、先日はセラスを助けて頂き、ありがとうございます。改めて感謝致します」

「あ、いえ。俺も必死でしたから」

「お礼と言っては何ですが、セラスなんてどうですか?」

「は、母上!」


 いきなり何を言い出すのだ!

 ラウスも戸惑っているではないか!


「えっと、その事なんですけど、俺もデセオ攻略戦に参加しますから、返事はその後でもいいでしょうか?」


 ラウスもデセオ攻略戦に参加するだと?


「そ、それならば妾も!」


 思わず妾はラウスの腕を取り、そんな事を口走ってしまった。


「セラス、すまないがそれは無理だ。デセオ攻略戦は、アミスターとトラレンシアによる連合軍で行う。そこにセラスが入ってしまえば、リベルターも参加したと思われるだろう。しかもセラスが来るということは、当然護衛も用意しなければならない」

「そうですよ。それにリヒトシュテルンどころかリベルター全体で見ても、デセオ攻略戦に参加するような余裕はありません。なのにあなたが参加してしまえば、戦後に余計な問題まで出てくるのです。それだけは避けなければなりません」


 ラインハルト陛下や母上の言う事も分かる。

 だがラウスが死地に赴くというのに、妾は何も出来ないのが歯痒いのだ。


「ちゃんと帰ってきますよ」


 不安そうな顔をしているであろう妾に、ラウスは優しく微笑んでくれた。

 レベッカとキャロルも、優しく肩を抱いてくれた。

 レイナも、ぎこちないながらも笑みを浮かべているから、妾を安心させようとしてくれているのだろう。


「や、約束だからな?絶対に無事に帰ってくるんだぞ?もちろんレベッカ、キャロル、レイナもだ」

「当たり前ですぅ」

「ソレムネごときにくれてあげる程、私達の命は安くありませんよ」

「約束、します!」


 目に涙を浮かべながら、妾はラウスに抱き着いた。


「微笑ましいわね」

「そうですね。それでライ、シエル様はどうするの?」

「何度も言っているはずだがな……」

「悪い事じゃないでしょう?戦後リベルターは、リヒトシュテルン大公家が中心になって復興を進める事になる。そのリヒトシュテルン大公家のご令嬢がアミスター王に嫁ぐ事になれば、アミスターからの支援も行いやすくなるから、リベルターの復興も早まるでしょう。それに、前から言ってるわよね?私とマルカの意思は?」

「そ、それはそうなんだが……」


 母上達の前でラウスに抱き着いた事に気付き、慌てて離れた妾だが、話はシエル姉上の事になっていた。

 聞こえた話では、エリス殿下とマルカ殿下は、シエル姉上の事を認めておられるようだが?


「陛下、私は陛下に嫁ぐ事が出来るのなら、リベルターどころかリヒトシュテルンだって捨てるつもりです。初めてお会いした時から、ずっとお慕いしていたのですから」


 父上相手にも、そう言い切っていたな、シエル姉上は。

 しかも建前ではなく本心からの言葉だから、父上としても苦笑するしか出来ず、かといって積極的に話を進める事も出来なかったから、シエル姉上の結婚の話は宙に浮いてしまっていた。


「……私もデセオ攻略戦には参加するから、返事は帰ってからになるぞ?」

「構いません。陛下はもちろん、妃殿下方のご無事の帰還を、心よりお待ち申し上げております」


 ラインハルト陛下としても、そう答えるしかないだろうな。


 妾だけではなくシエル姉上の縁談にまで話が進んでしまったな。

 数日後にはデセオに向けて進撃を開始されるそうだから、次に会えるのは、早くても1ヶ月後になるだろう。

 ラウスやラインハルト陛下はもちろん、参加するオーダーやセイバー、ハンターが無事に帰って来れるよう、心からお祈り申し上げます。

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