連邦の孤児達

Side・マナ


「此度の救援、心より感謝致します」


 そう言って私達に頭を下げるリクシーの女性。

 この人がトレーダーズギルドを取りまとめているグランド・トレーダーズマスター クリノス・アグロティスよ。

 後方にソレムネ軍が迫ってる事には気付いてたんだけど、幼い子供達も少なくないし、何より徒歩で移動していたから、いざとなったらグランド・トレーダーズマスターやハンターが囮になって、子供達だけでも逃がそうと考えていたそうなの。


 だけど突然、後方に強い風が吹き荒れ、風が止んだと思ったら竜化したドラゴニアンがいたものだから、子供達共々ここまでだと勘違いして、膝を付いて涙を流していたの。

 子供達も竜化したドラゴニアンを見たのは初めてだから、泣いちゃって大変だったわ。

 アテナも脅かすつもりはなかったんだけど、子供達に泣かれた事がショックで、今も竜化したまま落ち込んでいるわ。

 大和が必死に慰めてるけど。


「間に合って良かったわ。私達はライアー大公の依頼を受けて、あなた方を迎えに来たの」

「ほ、本当ですか!?」


 子供連れで3日も歩き通し、夜はトレーダーズギルドの職員や護衛に名乗りを上げてくれたハンターが野営に立つ事で凌いでいたそうだけど、子供達はもちろん、全員の顔に疲労の色が滲んでいる。

 陥落してすぐにエストレラを発ったから、食料も十分とは言えず、夜は魔物やソレムネの追手に怯えて過ごしてたんだから、無理もない話だわ。


 本当はこの後エストレラに行って、蒸気戦列艦を全て沈めるつもりだったんだけど、さすがに疲れ切っている子供達を連れ回すわけにはいかないから、残念だけど後日にするしかないわね。


「ええ。さあみんな、あの獣車に乗って。食べ物もたくさんあるし、あの中ならゆっくりと眠れるから」

「あのドラゴン、襲ってこない?」

「大丈夫よ。あの子はアテナっていって、ドラゴニアンなの。竜になれる、とっても強いお姉ちゃんよ」


 子供達はみんなアテナに怯えちゃってるけど、乗ってもらわないとリヒトシュテルンまで連れて行けない。

 リベルターにもドラゴニアンはいないけど、ドラゴニュートと同じ竜族だって事は有名だから、トレーダーズギルドの職員やハンター達も、頑張って子供達をあやしてくれている。


「御伽噺で聞いた事あるでしょう?」

「竜になったお姫様が、王子様を取り戻して幸せに暮らしたっていうお話?」

「そうよ。そのお姫様は、とっても優しい方だったでしょう?あのお姉ちゃんも同じよ」


 どこかで聞いた事のある御伽噺を持ち出して、ハンターの1人が子供達をなだめてくれた。

 それ、元は隷属の魔道具を使われたドラゴニアンが、怒りに任せてソレムネの帝王城を落としかけたっていう実話が元だったわよね?

 いえ、有名な御伽噺だから、私も知ってるけどさ。


「そうなんだ!」

「じゃああのおねーたんも、やさし~の?」

「優しいわよ。だからちゃんとお礼を言って、みんなで獣車に乗りましょう」

「うん!」


 このヒューマンの女性ハンター、すっごく子供をあやすのが上手ね。

 私達は子供と接する機会が少ないから、どうしたら良いのか分からなかったから、すごく助かったわ。


「申しわけありません、殿下。ですがまだ分別がつかない子達ですから、ご容赦頂きたく存じます」

「その程度で怒るわけないじゃない。むしろ、すっごく助かったわ。ありがとう」

「恐れ入ります」


 驚いた事にこのヒューマン カメリアも、その孤児院の出身だそうよ。

 子供達を護衛していたハンターは5人中4人は同じレイドなんだけど、カメリアだけは別で、最近ハンター登録をしたばかりらしいわ。

 それでもBランクハンターにまで昇格してるから、将来有望なハンターとして、エストレラでも名が売れ始めてきてたんだとか。


「詳しい話はリヒトシュテルンで聞くわ。あなた達も乗って」

「ありがとうございます」


 あとのハンター4人はレッド・ブレスレットっていうレイド所属だけど、ソレムネに対抗したハイハンターの多くが命を落としたらしい。

 元々レッド・ブレスレットは16人のレイドなんだけど、グランド・トレーダーズマスターの護衛に付いてた縁で子供達の護衛も引き受けたみたい。

 だけどエストレラを出る際にソレムネに見つかり、ハイハンターを始めとした高レベルのハンターが命を賭けて時間を作り、子供達を逃がす時間を稼いでくれたそうよ。

 護衛にハイハンターが1人もいないのはマズいからって事で2人はハイクラスなんだけど、2人共まだ20代半ばで、さらには結婚を約束した仲らしいから、ほとんど無理矢理護衛を押し付けられたって悲しそうな顔で言っていた。

 レッド・ブレスレットはその名の通り、全員が赤いブレスレットを持っているそうで、家族の証という事にもなっているらしいわ。

 ハイドラゴニュートのベルデとハイヴァンパイアのヴィオレッタは、ハイクラスの中じゃ一番年が若いという事も理由だったみたいね。


「うわあ!すごいすごいっ!」

「と~くまでみえう~!」


 子供達の喜ぶ声が聞こえたと思ったら、全員が展望席に上っていた。

 3歳から9歳ぐらいまでの子が、全部で7人。

 疲れてるはずなのに、元気一杯ね。

 カメリアが落ちないように見張ってくれてるけど、結界の天魔石があるから、その心配はしなくても大丈夫よ。


「全員乗ったみたいね」

「ああ。アテナも何とか機嫌直してくれたから、いつでも行けるぞ」


 それは良かったわ。

 それじゃあ、リヒトシュテルンまで戻るとしましょうか。


「だな。アテナ、頼む」

「分かった。ちょっと揺れるから、しっかり何かに掴まっててね」


 子供達の元気のいい返事を聞いたアテナは、いつもより慎重に飛び立った。

 カメリアやベルデ、ヴィオレッタは本当に空を飛んでる事に目を丸くしてるけど、子供達の目はキラキラ輝いている。

 展望席だから見晴らしも良いけど、デッキも解放感があって良いわよ。


「プリム、グランド・トレーダーズマスターは?」

「貴賓室で休んでるわ。けっこう大変な旅だったみたいだし、無理もないけど」

「それもそうね。ベルデ、ヴィオレッタ、カメリア。子供達は私達が見ておくから、あなた達も休みなさい」


 ハンターは5人、トレーダーズギルドの職員はグランド・トレーダーズマスターを含めても6人。

 だけど職員は戦う事は出来ない人達みたいだから、ハンター5人の負担はかなりのものだったはず。

 リヒトシュテルンまでは2時間ちょっと掛かるから、その間ゆっくりと体を休めてもらった方が良いわ。


「よろしいのですか?」

「もちろんよ。ハンターは体が資本なんだから」


 疲れてたりお腹が空いてたりしたら、出せる力も出せなくなるし、常に気を張り続けていたんだから、限界も近いでしょうからね。


「ありがとうございます、殿下。お言葉に甘えさせて頂きます」


 そう言ってベルデとヴィオレッタはミラールームに下りて行くけど、心中は察して余りあるわ。

 ノーマルクラスの2人も含めて、レッド・ブレスレットはは4人を除いて全滅したと言っても過言じゃない。

 ベルデとヴィオレッタも若いけど、ノーマルクラスの2人もまだ成人前だから、子供達の護衛という名目で逃がしたんだと思う。

 今までは気が張っていたけど、私達と合流出来た事で気が緩むだろうから、そっとしておいてあげた方がいいでしょう。


Side・ルディア


 グランド・トレーダーズマスターやトレーダーズギルドの職員、護衛のハンターに子供達を無事にリヒトシュテルンまで送り届けた翌日、あたし達はライアー大公の奥方3人とご令嬢2人も連れて、アルカを経由してフロートに戻った。


 だけどリヒトシュテルン大公家次女でラビトリーハーフ・ラミアのセラス・リヒトシュテルン公女殿下が、何故かラウスに引っ付いている。


「レベッカ、キャロル。良いの?」

「私も似たようなものですから、何とも言えなくて」

「あと3人か4人って事ですから、こんな事もあるのかなぁと」


 レベッカもキャロルも、諦めているというかなんというか。


 なんでセラス様がラウスに引っ付いているかと言うと、あたし達がエストレラに向かってる間に、リヒトシュテルン近くに現れたG-Rランクモンスター キャナル・リノセロスを、1人で討伐したからなんだ。


 キャナル・リノセロスは、リドセロスっていう陸上でも水中でも自在に活動できる、大きな角を持つSランクモンスターの希少種になる。

 そのリドセロスはナダル海に近い河口を棲み処にしているんだけど、ソレムネの蒸気戦列艦のせいでリドセロスも追い立てられて、リヒトシュテルンの近くにまでやってきてしまっているみたいなんだ。

 昨日はそのリドセロスが20匹近い群れで現れたそうで、リヒトシュテルン駐留軍も打って出たけど、ソレムネに相対するために数を減らしていた事もあって、かなり苦戦を強いられてしまった。

 そのリドセロスをラウス、レベッカ、キャロルの3人でほとんど殲滅して、リドセロスを率いていたキャナル・リノセロスはラウスが1人で倒したんだって。


 少しでも戦力がいるからって事でライアー大公やアドライン公子、セラス様もリヒトシュテルン駐留軍と一緒に戦ってたそうなんだけど、ラウス達の援護のおかげで無事に乗り切り、リヒトシュテルンにも被害は出なかった。

 12歳のセラス様は初陣で、危ない所もあったそうだけど、ラウスがしっかりとフォローしてたそうだから、それも一因になって、その結果が今っていう状況なんだろうね。


「という訳だそうです」

「さすがは大和君の弟子というか、何というか……」


 話を聞いたラインハルト陛下も、頭痛そうだ。

 そりゃライアー大公からの救援依頼であたし達を派遣したとはいえ、まさかそのライアー大公のご息女がラウスに惚れちゃったなんて、想定外だよね。


「まあ、ライアー大公としても悪い話ではないし、大和君という例もあるから、本人達の意思を尊重しよう」


 やっぱりそうなるか。

 でも何もしなかったら、リヒトシュテルンにラウスを掻っ攫われる可能性も低くないから、近い内にGランクオーダーに任命ぐらいはするんだろうな。


「それでエストレラだが、そちらはまだ確認をしていないと?」

「ええ。さすがに子供達を連れて行くわけにはいかなかったから、この後行くつもりよ」


 アテナが運ぶ獣車に乗ってる間は元気だったけど、リヒトシュテルンに着いて落ち着けたら、すぐに寝ちゃったからね。

 本当は昨日中にフロートに戻ってくるつもりだったんだけど、さすがに疲れて寝てる子供達を無理矢理運ぶのもどうかと思ったから、1日置くしかなかったんだよ。

 報告は当然してるけどさ。


「それは構わない。問題は、リヒトシュテルンの近くにまで蒸気戦列艦が迫っていたという事だ。これは本当に猶予がないな」


 それはあたし達も思ってた。

 エストレラはリベルターの中心部に位置してるけど、リヒトシュテルンは南東部に位置していて、20近い橋上都市の中でも一番アミスターに近い。

 そんな所にまで蒸気戦列艦が迫ってたって事は、リヒトシュテルン以外の橋上都市が占領された可能性も否定できないよ。


「他の橋上都市についてはライアー大公が連絡を取っているそうだけど、今の所は何とも言えないと言っていたわ」

「だろうな。特に西側の橋上都市は、全滅していてもおかしくはない。エストレラが襲撃を受けた以上、中央も同様だ。残るは東側だが、こちらはソレムネだけではなく、レティセンシアの襲撃も警戒しなければならないから、どうなっているかは全く予想が付かないな」


 リベルター軍にとってもレティセンシアは取るに足らない相手だけど、今回ばかりは分が悪い。

 ソレムネに与していたリベルター議会の議員も、ソレムネに裏切られた事を知って慌てて他の橋上都市から戦力を招集したみたいだけど、結果は全滅。

 だから東側の橋上都市の戦力も、かなり落ちているんだ。

 リヒトシュテルンもそうだったからね。


「既にリベルターは滅んだも同然ですから、いっそのこと戦力をリベルターに集めて、そこから逆進攻がよくありませんか?」

「それも手だな。すまないがトラレンシアに同行してくれ。ヒルデと話し合う必要がある」


 ついにソレムネに進攻するのか。

 あ、でもリベルター国内に侵攻してきてる蒸気戦列艦は沈めておかないといけないから、行くとしてもそれからになるか。

 本当はこの後で行くつもりだったんだけど、トラレンシアと会談をって事だと、そっちはまた後回しになる。

 だけどソレムネとの決戦についての会談だから、これは仕方ないか。

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