ウイング・クレスト対ソレムネ軍

Side・リディア


 ライアー大公が治めるリヒトシュテルンの街から、アテナが全力で飛ぶ事2時間と少し、エストレラからリヒトシュテルンに向かうための街道で、私達は徒歩で移動中の集団を見つける事が出来ました。

 その背後から、ソレムネ軍が迫ってきている事も確認しています。


「アテナ、悪いが竜化は解除せずにいてくれ」

「分かってる。それに助けられたら、その後はエストレラにも行くんでしょ?」

「当然だ。蒸気戦列艦は、1隻たりとも残すつもりはないからな」


 ドラゴニアンは竜化をすると、かなり魔力を消耗するそうです。

 アテナもエオスもハイドラゴニアンですから、移動するだけならあまり問題は無いと聞いていますが、それでも1日に1度、余裕があれば2度が限界だそうです。

 ですからここでアテナが竜化を解除すると、移動は明日まで獣車、もしくはアルカに避難してもらう事になります。

 アルカの方が安全ですし、リヒトシュテルンはゲート・クリスタルを記録させてありますから、大和さんはその手段を使うつもりです。

 ですがエストレラにも行かれるおつもりですから、アテナには竜化をしたままで待機してもらうつもりでもあるんです。


「ソレムネ軍は、だいたい100人程か」

「近くの町や村から略奪するつもりなんでしょうね。1人も逃がすつもりはないけど」

「同感よ。野蛮人相手に、手加減するつもりはないわ」


 エスペランサで蒸気戦列艦と対した際、大和さんはソレムネを蛮国と罵ったそうですが、そのお気持ちは私にもよく分かります。

 確かに蒸気戦列艦は恐ろしい兵器ですし、既にハイクラスにも大きな被害が出ているそうですから、大和さんや真子さんがおられなければ、本当にソレムネがフィリアス大陸を制していたかもしれません。

 しかも制圧された側は、圧政を強いられるどころか奴隷扱いになるのは間違いありませんから、間違いなく地獄のような光景が広がる事になります。

 そんな非人道的な行為を平然と行うソレムネは、大和さんや真子さんの言う通り、野蛮な国に間違いありません。


「よし、それじゃ行こう」

「ええ!」


 そのソレムネ軍に向かって、大和さん、プリムさん、マナ様、ミーナさん、フラムさん、ルディア、真子さん、そして私は、フライングやスカファルディングを使い、試作獣車から飛び降りました。

 マリサさん、ヴィオラ、エオスはユーリ様やアリアの護衛として、獣車に残ってもらっています。

 あ、ラウス君、レベッカちゃん、キャロルさんはリヒトシュテルンに残ってもらって、ライアー大公の護衛をしてもらってるんです。


「なんだ、貴様らは?」

「蛮人共に名乗る名前はないな。ああ、降伏勧告もしないから、そのつもりでな」


 ソレムネ軍の前に降り立った大和さんがそう告げると、ソレムネ軍から笑いが起こりました。

 ソレムネ軍は100名程ですが、こちらは8人しかいませんから、普通に考えたら無謀でしかありません。

 ですがこちらはエンシェントクラス4人にハイクラス4人、そのハイクラスもMランクハンターですから、普通のハイクラス以上の戦力を有しています。


「笑いたければ、今の内に笑っとけ。最期になるんだからな」

「貴様、あまり面白い事を言うなよ?我が栄光あるソレムネ帝国軍に向かって」

「栄光ねぇ。たかが蒸気戦列艦を開発した程度で調子に乗ってる連中に、栄光なんてあるのかよ?」

「ただの鉄屑と変わらなかったもんね。あんなの何百隻あっても、すぐに沈められるわよ」


 大和さんとプリムさんはそうでしょうね。

 私とルディアは直接対峙した事はありませんが、ミーナさんやフラムさんのお話を聞く限りでは、沈めるだけなら1人でも十分だというお話でした。

 ですが船員にはハイクラスが乗っている事もありますから、その場合は少し面倒だとも。


「貴様ら、良い喜劇役者になれるぞ。もっとも、我らの前に出てきた以上、貴様は楽には殺さん。男は嬲り殺しにし、女共は死んだ方がマシだと思う目に合わせてやろう」


 下卑た笑みを浮かべる男、恐らくは隊長でしょうが、他の者も私達を見て、同じような顔をしています。

 舌なめずりどころか品定めまでしている者もいるようですから、私としても気分が悪いです。


 それにしても、思っていたより男性が多いですね。

 女性比の高いヘリオスオーブでは、騎士や軍人も女性が多いのが常ですし、目の前のソレムネ軍もそうなのですが、それでも半数近くが男性のようです。

 何か理由でもあるんでしょうか?

 いえ、そんな事はどうでもいいですね。


「心配するな。天地がひっくり返っても、そんな事は起こり得ないから」


 そう言うと大和さんはウイング・バーストを、プリムさんは熾炎の翼を纏いました。


「なるほど、こうやるのね」

「……結構苦労して作ったのに、あっさり真似しますね?」

「良いじゃない、別に。マナ様にも教えてるんでしょ?」

「それは、まあ……」

「私はまだ、使えないけどね」


 驚いた事に真子さんも、ウイング・バーストを纏われました。

 しかも大和さんから教えてもらったワケじゃなく見様見真似のようですけど、それでも大和さんと同じ純白の翼が真子さんにも生えていますから、ここまでくると模倣ではなく、使いこなしてると言っても良いかもしれません。


「な、なんだ……それは……!?」


 ですがソレムネ軍には、大きな衝撃だったようです。

 さっきまでの余裕が一切なくなっていますが、まあエンシェントクラス3人の魔力をモロに受けてるんですから、そうなるのは当然ですね。


「いちいち説明するかよ。ああ、逃げられるなんて思うなよ?」

「既に結界で覆ってあるからね。別に逃げてもいいけど、その瞬間に細切れになると思いなさい」


 ウイング・バーストを纏うと同時に、真子さんはエアースピリットを生成し、アルフヘイムという刻印術を発動させています。

 大和さんより広範囲に刻印術を展開出来る真子さんですが、ウイング・バーストを纏った影響なのか、以前より広い範囲に展開されてる気がします。


「こんな感じかしら?」

「おお、出来てるな」

「マナもウイング・バースト習得ね。おめでと」


 真子さんに触発されたのか、マナ様もウイング・バーストを纏いました。

 エンシェントクラスに進化したら私達も教えてもらえる事になっているんですが、ドラゴニュートは翼を持っていますから、その翼を意識すれば、何とかなるでしょう。

 エルフのマナ様には、翼がどういうものかは理解しにくいんですけど、プリムさんや私達が身近にいますし、大和さんも翼の構造とかを丁寧に教えていましたから、習得は時間の問題だったと言えます。

 さすがに、この場で習得されるとは思いませんでしたが。


「ありがとうと言いたいけど、それは後ね」

「そうね。それじゃ大和、行きましょうか」

「そうしよう。ああ、さっきは名乗らないと言ったが、俺の立場上、そういう訳にはいかないんだ。だから教えてやるよ」


 あ、やっぱり名乗るんですね。

 まあ大和さんはアミスターの天騎士アーク・オーダーとしてこの場にいる訳ですから、名乗らない訳にはいかないんですが。


「俺はアミスターのOランクオーダー、ヤマト・ハイドランシア・ミカミだ。ほらよ」


 そう言って大和さんは、目の前の隊長と思しき軍人に、自分のライセンスを投げつけました。


「ア、アミスターの……Oランクオーダー!?馬鹿な!エンシェントヒューマンだと!?」

「さらに絶望的な情報も教えてやる。ここにはエンシェントヒューマンがもう1人いるし、エンシェントフォクシーにエンシェントエルフもいる。こっちのハイヒューマン、ハイウンディーネ、ハイドラゴニュート達も、レベルは60を超えているぞ。あと上には、ハイドラゴニアンも2人いる。それが何を意味するかは、いくら蛮族でもよく知ってるだろ?」


 むしろ知らないなんて言われたら、本当の意味で蛮族、亜人と変わりません。

 かつてソレムネは、エンシェントヒューマンのシンイチ様やドラゴニアンを隷属させようとした事があります。

 ですがどちらも、結果として危うく国を滅ぼしかけました。


 シンイチ様の場合はご友人を人質に取り、隷属の魔道具を使ったそうです。

 隷属の魔導具を使った時点で歓喜したそうですが、エンシェントクラスには隷属の魔道具が効きませんから、シンイチ様はご友人を助けると同時に、自分達を取り囲んでいたソレムネ軍を全滅させたと聞いています。

 その後、ご友人をバシオンに送り届け、カズシ様を伴ってソレムネの帝都デセオに赴き、帝都駐留軍すら壊滅させたと聞いています。

 それに恐れをなしたソレムネは、以後エンシェントクラスには手を出さず、逆に頼る事になり、一時的にではありますが国力を落としていました。


 ドラゴニアンの場合は、旅の途中でソレムネに立ち寄ったドラゴニアンを、夫を人質に取る事で隷属させ、夫を殺し、そのドラゴニアンは体も弄ばれたそうです。

 それが当時のエンシェントドラゴニアンやハイドラゴニアン達の怒りを買い、ソレムネに攻め入り、そのドラゴニアンも隷属を解除されると同時に完全竜化し、命と引き換えに帝王城を落城寸前にまで破壊したため、ドラゴニアンに手を出す事も無くなりました。


 今この場には、そのエンシェントクラスとドラゴニアンが揃っているのですから、ソレムネにとっては悪夢以外の何物でもないでしょう。


「いいい、いくらエンシェントクラスやドラゴニアンでも、我々が開発した新兵器の前では敵ではない!じゅ、準備を急げ!」

「準備ねえ。ああ、いいぜ。それぐらいなら待ってやる。その豆鉄砲が俺達に効くかどうか、しっかりと確かめてから地獄に行くんだな」

「豆鉄砲の方が威力ありそうだけどね」

「違いない」


 豆鉄砲というのが何かは分かりませんが、ソレムネの新兵器 大砲は既に何度も見ていますし、魔力強化すらされていない鉄の塊だと聞いていますから、大和さん達どころか私達ハイクラスにも効果は見込めません。

 実際に砲弾をシルバリオ・シールドで受け止めたミーナさんが言うには、Sランクモンスターと同程度の威力だったとか。

 普通なら十分な威力なんですが、合金が広まった今では、Sランクモンスターの攻撃なら無傷でやり過ごせるハイハンターが増えてきていますし、私達のクレスト・ディフェンダーコートはドラグーンの革を使っていますから、魔力強化さえしていれば油断していても大きなダメージを負う事は無いでしょう。


「撃てええええっ!!」


 どうやら準備が出来たようですね。

 ですが肝心の大砲は、どうやら5門程度しか用意していなかったようです。

 しかも蒸気戦列艦に搭載していた大砲より小型ですから、威力は落ちていそうですね。


「『シールディング』!」


 その5門の大砲から撃ち出された砲弾は、前に出たミーナさんのシールディングによって作られた巨大な盾に防がれ、鈍い音を立てながら地面に落ちました。

 って、落ちた砲弾は3発しかありませんけど、残り2発はどこへ?


「「ぎゃあああああああああっ!!」」

「な、何が起こったっ!?」

「遅すぎます。弓術士からしたら、よく見て射て下さいと言われているようなものですよ?」


 ああ、フラムさんが矢を射て、ソレムネ軍に押し返してたんですか。

 フラムさんの射た矢は砲弾の中央を射抜いており、その砲弾が兵士に直撃しています。

 1発は砲弾ごと軍人の頭に、もう1発は腹部に刺さっているようですから、あの2人は助からないでしょうし、周囲の軍人も巻き込まれていますね。


「ば、馬鹿な……!」

「さすがミーナとフラムよね」

「この程度で褒めて頂いても、あまり嬉しくはありませんよ?」

「アミスターのハイハンターなら、誰でも出来ますからね」


 そんな事はないと思いますけどね。


「ま、まぐれだ!まぐれに決まっている!次弾装填急げ!」


 そんなワケがないでしょう。

 とはいえ、この手の輩は懇切丁寧に説明しても信じるワケがありませんから、好きにさせておくに限りますが。


「5発でしょ?1発はあたしが溶かすけど、残りはどうする?」

「じゃあ1発は私が貰うわ。フラムみたいに押し返してやるから」

「ならあたしは、殴り砕こうかな」

「俺は念動魔法で受け止めるか」


 ミーナさんとフラムさんの派手なデモンストレーションに刺激されたのか、みんなやる気ですね。

 じゃあ私も、氷の柱に閉じ込めてみましょう


「真子さんはどうする?次弾は全部埋まっちゃったけど?」

「私は遠慮しとく。どうせ次弾を防いだら逃げ出す兵士も出てくるだろうから、そっちを細切れにさせてもらうわ」


 一番えげつない事を言う真子さんですが、確かにソレムネ軍は真子さんのアルフヘイムの結界に閉じ込められていますから、いつでも好きに出来る状態です。

 おかげで私達も逃亡兵を気にしないですむわけですから、助かりますけど。


 そんな事を言ってる間に、次弾が発射されました。

 ですが皆さん、しっかりと有言実行されていますね。

 プリムさんは熾炎の翼を使って砲弾をドロドロに溶かし、マナ様は風で勢いをつけて押し戻し、ルディアは砲弾を殴りつけて粉々に砕き、大和さんは念動魔法を使って見事にキャッチ。

 私もエーテル・ブレスを使い、氷の柱に閉じ込めましたよ。


「あ、あり得ない……」

「だから効かないって言っただろ?この程度の事は、アミスターのハイクラスなら誰でも出来るぞ。時代遅れの兵器を持ち出した所で、俺達に通用するわけないだろうが」


 真子さんも頷いていますが、それは大和さんと真子さんだから言える事ですよ?

 ヘリオスオーブでは初めて作られた兵器なんですし、Sランクモンスターと同等の威力を持つ砲弾を、一度にいくつも放つ事が出来るんですから、普通に脅威の代物です。

 いえ、私も防げますから、脅威ではなくなってるんですけど。


 対象的にソレムネ軍は、全員が絶望的な表情を浮かべています。

 リベルターの橋上都市をいくつも滅ぼし、エストレラすら落とした兵器が私達に効かないと分かったんですから、無理もありませんけどね。


「あ、あんな化け物どもに勝てる訳がねえっ!」

「に、逃げろぉっ!!」


 案の定、恐怖に負けた兵士達が、逃亡を図りましたか。

 まあ、逃げられないのですが。


「ぎゃあああああああああっ!!」

「な、何よ、これはああああっ!!」

「逃がすワケないでしょ。ここで逃がしたりなんかしたら、あなた達は付近の村や町で略奪を行う。そんな無法、許すとでも思ってるの?」


 真子さんがアルフヘイムを使い、逃亡を図った兵士達を竜巻で上空に巻き上げ、風の刃で体を切り刻んでいきます。

 その兵士達の落下地点を大砲の真上にするという芸当までしていますから、ソレムネからしたら何が起きているのか理解不能ですよ、これは。


「弱い者いじめは趣味じゃないから、すぐに楽にしてやるよ。これも因果応報、ってな!」


 同感ですね。

 進むも地獄、退くも地獄ですが、今までその欲望を隠す事もせず、他国を蹂躙していたのですから、今度はソレムネ軍に、その不条理を味わってもらいましょう。

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