連邦の大公
セリャド火山にある宝樹の根元にある転移石板は、無事に回収する事が出来た。
その夜は、ようやく時間を作れたヒルデがアルカにやってきて、初めて抱く事になったんだが、さすがにハイヴァンパイアだけあって、エンシェントエルフのマナやハイエルフのリカさんより肌が白くて綺麗だったな。
若干青味がかってたが、同じハイヴァンパイアのマリサさんも何度も抱かせてもらってるから、まったく気にならんかったぞ。
次の日は休みだったから、俺達もアルカでゆっくりと休暇を楽しんだぞ。
いや、フロートやリオへの連絡係でもあるから、完全に引き籠れてたわけじゃないが。
その翌々日、
地球じゃこんな早くには無理なんだが、
そのハイドロ・ジェット推進器は、試作船体にコネクティングとロッキングを使って取り付けたし、試乗も済ませた。
試作だから時速は40キロ程度だったが、それでも普通に魔物に引いてもらうより早いし、単純な構造にしたつもりだから、壊れても修理は難しくないと思う。
方向転換をどうするかで迷ったが、残念ながら可動式ではなく固定式にしているから、メインは船底後部に取り付けた大型推進器を使い、方向転換の際は船底側部に取り付けた小型推進器で調節する事にしている。
もちろん3つ同時に全身に使えば、更なる高速を出すことも可能だ。
実際に試してみたが、時速80キロは出たからな。
この推進器、ハイドロ・エンジンと名付けたが、これは俺が試行錯誤した事もあって、俺の開発って事になっている。
クラフターズギルドは早速船に取り付けようとしていたが、問題が無い訳じゃないから、それはちょっと待ってもらって、今は改良に取り組んでいる所だ。
だけどそのハイドロ・エンジンの改良も、しばらくはお預けになりそうな気配が漂ってきている。
「リベルターに、ですか?」
「ああ。先日リヒトシュテルン大公から、書状が届いた。それによるとリベルターの首都エストレラは陥落し、テメラリオ大空壁も抑えられてしまったようだ」
セリャド火山にある宝樹から、転移石板を回収してから1週間後、ラインハルト陛下に呼ばれて天樹城に来た俺達は、リベルターの現状を知って驚いた。
リベルターは都市国家の集合体のような国で、その都市国家を纏めているのが総領になる。
各都市も、代表は選挙で選ばれることになっており、その代表の中から、更なる選挙で総領を選出するんだそうだ。
総領はエストレラに滞在する事が義務付けられている関係上、エストレラの領主は総領にはなれないが、総領不在時は代理として国政を担う事が出来るんだったか?
リベルターの都市は、巨大な橋の上に建設された橋上都市とでも言うべき街で、全ての街が川に面している。
その川も、川幅は50メートル級の船が5隻以上並んで通過する事も簡単なぐらい広いから、船を使った物流も盛んらしい。
つまりリベルターはソレムネの蒸気戦列艦にとって、これ以上ない程落としやすい国とも言える。
さらにテメラリオ大空壁まで抑えられたということは、麓にある
「それはさすがに、アミスターとしても見過ごせないでしょう?」
「無論だ。テメラリオの
そりゃそうだろう。
蒸気戦列艦が
だけどソレムネが、さらに調子に乗るのは目に見えているし、エストレラが落ちたという事は、リベルターという国は滅んだと言っても過言じゃない状況だ。
ソレムネに与した議員は生きてるだろうが、そうじゃなければエストレラへの襲撃と同時に命を落としているだろう。
「お兄様、大公陛下は何と仰っていたんですか?」
「エストレラの陥落に際して、総領と議会の大半が命を落としたため、既にリベルターは国としての体裁を保っていない。だから大公はリヒトシュテルンの領主として、正式にアミスターとトラレンシアに救援を要請してきている」
「トラレンシアにも、ということは、ヒルデ姉様も知っているって事ね」
「恐らくな。距離的にはアミスターの方が近いが、戦力を派遣するとなるとトラレンシアの方が早いからな」
20近くある橋上都市の中で、リヒトシュテルンだけは代々の大公が治めている。
リヒトシュテルン大公家はリベルターの外交を担っている家だが、昔は王家だったからの待遇でもあるそうだ。
その代わり総領選挙に参加する資格は、選挙権も含めて無いらしいが。
アミスターからリベルターにとなると、バリエンテに抜けてナダル海を突っ切るか、レティセンシアを経由するしかない。
だけどレティセンシアとの国境は封鎖してるから、そちらのルートは使えないし、バリエンテを通過する場合はナダル海を進むための船が必要だから、その船をどうするのかっていう問題がある。
そうなるとレティセンシア沖を船で進むことになるんだが、レティセンシアとは戦争状態に近いから、途中で邪魔をされる可能性も否定できない。
トラレンシアの場合は、リベルターとの間に船便が出ている事もあって、船を出す事は問題ない。
ただこの時期は、トラレンシアの海は海氷で覆われているから、それを何とかしないとトラレンシアとしても動けない。
だからアミスターとしてもトラレンシアとしても、手っ取り早く救援に行くには、空路を使う事になる。
だけど救援となると、人数だって百人単位で派遣する事になるから、移動に使うワイバーンだってかなりの数を用意しなきゃならない。
ワイバーンの全長は10メートルちょっとで、5人ぐらいまでなら背中に乗せて飛べるんだが、ワイバーンにはドラゴンのような前足はないから、俺達が使ってるような多機能獣車を運べないのも問題だ。
ベルトか何かで吊り下げればいけるかもしれないが、ワイバーンはCランクモンスターってこともあって、何トンもある物を吊り下げたら飛べなくなるかもしれないっていう問題もあるしな。
「それで俺達にっていうのは分かりますけど、さすがに俺達だけでリヒトシュテルンの防衛は出来ませんよ?」
「分かっている。ライアー大公は、家族だけでも匿ってもらいたいと言ってきているんだ」
「家族だけ?」
意外、でもないか。
書状によれば、ライアー大公と跡取りの長男はリヒトシュテルンに残るが、3人の奥方と2人の娘さんは安全な場所に避難させたいらしい。
「ライアー大公とアドラインは、リヒトシュテルンに残るって事?」
「そうだ。リヒトシュテルンを見捨てるつもりはないが、かといって家族まで巻き込みたくはないという事だな」
「リベルターのハンターや軍はどうなったの?」
「軍は総戦力の7割以上が打倒され、死者も多数出ている。ハンターは詳細は不明だが、ハイクラスもかなりの数が蒸気戦列艦によって命を奪われたようだ」
軍やハンターの被害も甚大か。
フライングやスカファルディングは奏上されたばかりだが、使いこなせれば蒸気戦列艦相手でも大きな戦果を発揮する。
にも関わらずそこまでの被害が出てるって事は、使いこなせなかったか、もしかしたら有用性を理解出来なかったのかもしれない。
「奏上されてから2ヶ月近く経つ訳だから、使いこなせなかったという事はないだろう。恐らくだが、スカファルディングの有用性が理解されなかったのではないかと思う」
そう言われればそうか。
それだけ空を飛ぶって事が考えられなかったんだろうけど、それでも1人ぐらいは試しても良さそうなもんだけどな。
1人もいなかったから、こんな状況になってるんだろうけどさ。
「ともかく、話は分かりました。じゃあ俺達はフロートまで、大公の家族を連れて来ればいいんですね?」
「すまないが頼む。あまり時間を掛けられない事態だから、君達にしか頼めないんだ」
確かに時間は掛けられない。
リヒトシュテルンはエストレラからだと南東になるが、レティセンシアからも近いんだからな。
ナダル海に面してないとはいえ、海も遠い訳じゃないし、橋上都市の常としてリヒトシュテルンに面している川も大きい。
救いがあるとすれば、レティセンシアから近いとはいえ、国境まではそれなりの距離があるし、何よりその方面にはレティセンシアの街はない事か。
「今回も大和は、
「すまないがそうなる。私も同行したかったんだが、獣王からも書状が届いていて、そちらの対応もしなければならないんだ」
獣王からの書状?
このタイミングで?
「何て言ってきてるの?」
「私としても、どう対応していいか判断に困っているんだ。だからすまないが、獣王からの書状については、今は聞かないでほしい」
そこまでの内容なのか。
いや、確かにバリエンテは、東のエスタイト王爵領はアミスターに併合したが、北のロッドピースは王爵が討たれ、南のトライアルと中央のフライハイトは王爵が裏切ってソレムネに与していたから、治安の悪化はもちろん、内政的にも混乱しているはず。
西のオヴェストだって蒸気戦列艦の攻撃を受けてたんだから、そっちの復興だって必要だ。
多分その支援を頼みたいってとこだろうが、ラインハルト陛下が判断に迷ってるって事は、他にも何かありそうだし、俺達じゃ助言も出来ないから、考えが纏まってから改めて聞いた方が良さそうだ。
Side・真子
ラインハルト陛下からの依頼を受けた私達は、急いで準備を整え、リベルター連邦の南東にある街、リヒトシュテルンに向かった。
幸いにもリヒトシュテルンはまだ被害が出てなかったけど、近くに蒸気戦列艦が来てたから、それは全部沈めたわ。
というか、リヒトシュテルンの近くにまで蒸気戦列艦が来てるなんて、リベルターの半分どころか3分の2、下手したら4分の3以上が占領されてる状態じゃない。
「アミスターのラインハルト陛下に書状を送りはしたが、まさかこんな早く救援に来てくれるとは……」
目の前にいるダンディなウサミミ紳士がライアー・リヒトシュテルン大公よ。
年齢は40代半ばぐらいかしらね。
「書状によれば、アミスターに避難させるのは3人の奥方と2人のご令嬢という事ですが、本当に大公や公子はよろしいのですか?」
「構いません。このリヒトシュテルンは、リベルター最後の砦なのです。領主が我先に逃げ出してしまえば、それはリベルターの滅亡を意味する。それにこのリヒトシュテルンは、我々の故郷でもありますからな。故郷を守る事は当然でしょう?」
ライアー大公は立派な方みたいね。
その気持ちは、私もよく分かるわ。
まあ私や大和君は、二度と故郷には帰れないんだけどさ。
「アドライン公子も、それでよろしいのですか?」
「構いません。僕は父の後を継ぐ事になっていますが、だからこそ逃げる訳にはいきません」
アドライン公子も、大公家の跡取りとしては不足ない感じね。
まだ15歳だからなのか少し震えてるけど、それでも気丈に振る舞おうとしている姿は好感が持てるわ。
ちなみにリヒトシュテルン大公家は、ラビトリーのライアー大公を始め、アドライン公子はエルフ、3人の大公妃はそれぞれエルフ、ヒューマン、ラミアで、2人のお嬢さんはラビトリーとラビトリーハーフ・ラミアよ。
ハーフは滅多に生まれないそうだけど、両親の特徴を生まれ持つ。
だから魔力は強くなるみたいだけど、種族的には少しややこしい。
ヒューマンハーフ・エルフのユーリ様は、種族としてはエルフになるんだけど、逆のエルフハーフ・ヒューマンっていう人もいるらしいわ。
「ところでライアー大公、リベルター議会にはソレムネと通じていた議員が少なくないと聞いていますが、その議員はどうなったのですか?」
「総領を始めとして、大半がエストレラの襲撃に際して命を落としたようですな」
総領を始めとしてって、もしかして総領からしてソレムネに通じてたの?
「仰る通りですが、総領はレティセンシアを牽制する為に、ある程度の便宜を図っていたに過ぎません。それを曲解した売国奴がソレムネに魔導具を流し、莫大な利益を得ていたというのが真相ですな」
「具体的には?」
「アソシエイト・トレーダーズマスターが指示を出し、ミラーバッグやストレージバッグを、大量に流していたようです。見返りとしてクルエル迷宮の魔物素材を受け取っていたと聞いていますが、大公家は外交を主とする家系、内政に関してはあまり情報は入って来ないのですよ」
アソシエイト・トレーダーズマスターって、トレーダーズギルドのナンバー2じゃない。
お金のためなら何でもするトレーダーがいるのは知ってるけど、まさかアソシエイト・トレーダーズマスターがそんな事してたなんて、さすがに思わなかったわ。
グランド・トレーダーズマスターは当然、アソシエイト・トレーダーズマスターも議会に名を連ねる事は出来ないらしいけど、それでもトレーダーズギルドのナンバー2なんだから、影響力は凄いでしょうね。
「そのアソシエイト・トレーダーズマスターも、エストレラ襲撃の際に、命を落としていますがな」
国を裏切った報い、と言いたいけど、元々ソレムネも約束を守るつもりなんか無かったって事なんでしょうね。
蒸気戦列艦の一斉砲撃は無差別攻撃でもあるから、事前に連絡でも無い限りは逃げるのは難しいし。
自業自得だけどさ。
「それでは、グランド・トレーダーズマスターも?」
「いえ、無事です。幸いにもその日は、近隣の街へ商談に行かれていたそうなのです。ですから生き残ったトレーダーズギルドの職員や孤児を連れて、今はリヒトシュテルンに向かわれています」
リヒトシュテルンに向かってる最中、しかも孤児を連れてとなると、何で移動してるかにもよるけど、あまり良い状況とは言えないわね。
既にリベルター政府は機能してないし、リベルター軍はソレムネやレティセンシアへの警戒で手一杯のはず。
特に西側の街は壊滅状態だから、盗賊なんかに身を崩した人だって少なくないでしょう。
さらに魔物だっているんだから、無事に辿り着けるかも怪しいわ。
「俺達で迎えに行って、そのままアミスターに避難してもらうべきだな」
「それが良いわね。グランド・トレーダーズマスターはもちろん、子供達も見捨てるワケにはいかないわ」
私も同感。
エストレラからリヒトシュテルンまでは、獣車を使っても1週間は掛かる。
船を使えばもっと早いんだけど、ソレムネの蒸気戦列艦がいるのは分かり切ってるし、無事な船が有るかも分からない。
それは獣車も同じだから、最悪の場合は徒歩で移動ってことになるでしょう。
子供の足だと、下手したら2週間は掛かるんじゃないかしら?
しかもエストレラが落ちたのは3日前って事だから、まだエストレラから遠く離れてるワケじゃないのも条件が悪いわ。
リヒトシュテルンまではエオスに飛んでもらったから、エストレラ近くまではアテナに頼む事になるけど、蒸気戦列艦も近くにいるだろうから、警戒はしておかないといけない。
アテナなら、多分2時間もあればエストレラまで着けるだろうから、すぐに行動を開始した方が良いわね。
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