アライアンス対蒸気戦列艦

 アライアンスをバシオンに派遣してから3日、予想より少し遅かったが、エスペランサ沖にソレムネの蒸気戦列艦が姿を現した。


「40隻か。思ってたより多いな」

「そうね。国の規模から考えれば、オヴェストと同じ20隻ぐらいだと思ってたんだけど」

「トライアルを攻撃してから合流したってことじゃない?」


 確かにマナの言う可能性もあると思うが、それだとトライアルには上陸しなかったって事になる。

 滅ぼすだけ滅ぼして占領しないってのも、なんか引っ掛かるんだよな。


「それは私もだけど、ギルファを討つ事が目的で、トライアル占領は二の次って事じゃないかしら?後はハイオーダーやハイハンターがアミスターから派遣されたっていう情報を、レイン王爵辺りから知らされて、警戒度を上げてるかね」


 真子さんの言う通り、俺もそんなとこだとは思うけどな。


 先日ラインハルト陛下は、バリエンテの東の王爵であるレイン・エスタイトに、アミスターの庇護下に入る条件として、エスタイト王爵領の併合と王爵位廃止を告げている。

 しかも新たな爵位に叙爵する訳でもないから、レイン王爵が王位を狙っているなら受け入れる訳がない。

 まだ返事は来てないが、ハイオーダーにハイハンターを派遣した事も同時に伝えてあるから、レイン王爵がソレムネに通じていた場合は、そこから情報が伝わっているだろう。


「そうなる事は想定内だから、オーダーズギルドはエスタイト王爵領との国境に向かってくれたわ」

「こちらにはエンシェントクラスが4人もいるから、ソレムネの蒸気戦列艦とやらが何十隻投入されたとしても敵じゃないし、私達もフライングやスカファルディングという新しい奏上魔法デヴォートマジックの慣熟訓練を終えてあるから、エスペランサには指一本触れさせるつもりはないよ」


 フラウさんとラークさんの言う通り、オーダーズギルドは蒸気戦列艦が確認されてすぐに、エスタイト王爵領との国境に向かっている。

 エスタイトからエスペランサまでは数時間もあれば到着できるから、蒸気戦列艦がエスペランサを砲撃している間に移動する事も十分可能だ。

 本当に来るかは分からないが、それでも警戒をしておく必要はあるし、本当にエスタイトから獣騎士が侵攻してくるとしたら、その数は500、下手をすれば1,000を超える数になる可能性もある。

 オーダーはロイヤル・オーダーと第3分隊を合わせても80人だから、ホーリナーを含めても圧倒的に戦力が足りない。

 だからプリムとマナも同行しているし、蒸気戦列艦を全部沈め終わったら俺と真子さんも向かう手筈になっている。


「というか、俺が総大将って事で、本当に良いんですか?」


 プリムとマナがオーダーズギルドに同行している関係もあってか、蒸気戦列艦と正面切って戦うのは俺達ハンターってことになっている。

 だけどこれはソレムネとの戦争でもあるから、アミスターにも総大将が必要になる。

 ホーリナーズギルドにはグランド・ホーリナーズマスターがいるが、アミスターは俺って事になってしまった。

 理由はアウトサイドとはいえ、俺がOランクオーダーだからだ。

 本当は派遣されたロイヤル・オーダーや第3分隊ファースト・オーダー ソロさんに押し付けたかったんだが、そっちはソレムネと直接対峙する訳じゃない。

 だから俺がってことになってしまったんだが、そのオーダー達やハンターも含めたアミスター軍の総大将、つまりジェネラル・オーダーって事で、今回ソレムネ相手にタンカを切る事にもなっている。

 なので今回もアーク・オーダーズコートに着替えているんだが、せっかく仕立ててもらったクレスト・ディフェンダーコートの出番が少なくてちょっと悲しい。


「いや、当然だろう、そんなことは」

「むしろ大和君以外で、誰がやるのって話だけど?」


 ところがハンターの皆さんは、やけにあっさりとしていらっしゃる。


「Oランクオーダーの義務ってやつ?」

「俺としては、すっごくやりたくないですけどね」


 無理矢理ジェネラル・オーダーを押し付けられた気もしなくもないからな。

 本当はアルジャン公爵っていう手もあったんだが、アルジャン公爵はトレーダーで戦えるって訳でもないから、軍師とか参謀って事になっている。

 ちなみにそのアルジャン公爵は、エスペランサにあるプリスターズギルド総本部で、ホーリナーがしっかりと護衛をしてくれているぞ。


「義務ですから、諦めて下さい」

「へいへい」


 わかってますよ、ミーナさん。

 まあそういうミーナも、今回は俺の補佐って事で、セカンダリ・オーダーに任命されてるんだが。

 アウトサイドのSランクオーダーでレベル60のPランクハンターでもあるから、戦力としては俺と真子さんに次いでるっていう理由と、俺と正式に結婚してるって事で押し通されたんだよ。

 レベルはリディアやルディアの方が上なんだが、リディアとルディアはプリムやマナと一緒に国境に向かってるし、2人はバレンティア出身って事もあるから、さすがにアミスターの将にはできないからな。


「それじゃあ行きますか。ハイクラスは進撃開始。ただし攻撃は、俺が合図するまで控えて下さい」

「了解だ」


 腹を括った俺が指示を出すのとほぼ同時に、蒸気戦列艦が大砲の射程に入ったようで、いきなり大砲をぶっぱなしてきやがった。


「先制攻撃かどうかは分からないけど、ソレムネって相変わらず礼儀がなってない国ね」


 憮然とした顔をしながら真子さんがエアー・スピリットを生成し、アルフヘイムを使って砲弾を海に落とす。


「これで降伏勧告の手間が省けた。それでもアミスターの意思を伝える必要があるから、面倒だけど行くしかないんだが」

「頑張ってね、ジェネラル・オーダー」


 語尾にハートマークを付ける真子さんに、少しイラっときた。

 だけど不本意とはいえジェネラル・オーダーに任命された訳だから、俺がやるしかないんだよな。

 面倒だが行くか。


「ソレムネ軍に告ぐ。ここはバシオン教国の領海だ。突然侵入し、さらには宣戦布告も無しに砲撃まで仕掛けてきたんだから、これは侵略と判断してもいいな?」


 バシオンはソレムネから宣戦布告された訳じゃない。

 にも関わらず、いきなり砲撃を仕掛けられたんだから、これは侵略行為と断定しても構わないだろう。


「き、貴様、何者だっ!?」

「俺はこういう者だ」


 いつものごとくライセンスを、口を開いた軍人に向かって投げつける。


「エ、エンシェントヒューマンだと!?」

「ついでって訳じゃないが、今の俺はアミスターから派遣されたバシオン救援部隊のジェネラル・オーダーでもある。つまりここで俺がソレムネと対峙しているのは、アミスターの意思でもあるってことだ」

「アミスターだと!?馬鹿な!何故ここまで素早い動きが出来る!?」


 そりゃソレムネからすりゃ、思ってもなかった展開だろうよ。

 なにせアミスターがここまで早くバシオンに援軍を送る事が出来た背景には、アルカっていう天空島やゲート・クリスタル、転移石板っていう魔導具の存在があるんだからな。


 長距離転移魔法トラベリングは、魔導具としては作られていない。

 理由は単純で、魔石の魔力の質じゃトラベリングを使う事は出来ないからだ。

 だから転移系の魔導具は作成不可能と言われているんだが、転移石板やゲート・クリスタルの存在がその常識を覆してしまっている。

 もっとも転移石板もゲート・クリスタルも、出所がアルカを作った者達で、そのアルカを作ったのは神々の可能性が非常に高いから、人間には作れないって言うべきかもしれないが。


 もっとも、そんな事をご丁寧に教えてやるつもりはないけどな。


「教える訳ないだろ。そもそも俺は、降伏勧告をしてる訳じゃない。アミスターの意思を伝えるために話してるだけだ。ちょっと力を手にしただけで、宣戦布告すらせずに他国を侵略する蛮国ごときに、話が通用するとは思ってないからな」

「き、貴様!我が栄光あるソレムネ帝国を、よりにもよって蛮国だと!?」

「たかが蒸気戦列艦を手に入れた程度で思い上がって、宣戦布告も無しに侵略戦争を仕掛けてるんだ。既にどこかの街は落としてるようだが、俺達の前じゃ鉄屑と変わらない。その程度も理解できないような野蛮人の集まりなら、蛮国に決まってるだろ」


 普通なら蒸気戦列艦はかなりの脅威だが、魔法があり進化という現象まであるヘリオスオーブだと、そこまで脅威の代物って訳でもない。

 何門っていう数の大砲から撃ち出される砲弾は面倒ではあるが、それだって弾速は目でも十分追えるから、ハイクラスなら避ける事どころか迎撃する事だって難しくない。

 海の上から一方的に攻撃出来るという利点はあったが、その利点もプリムと真子さんが奏上した奏上魔法デヴォートマジックフライングとスカファルディングで無くなったも同然だ。

 魔力強化もされていない鉄など、ハイクラスならその辺のナマクラを使っても簡単に壊せるし、やろうと思えば素手でも出来る。


「フィリアス大陸を、いや、ヘリオスオーブを統べる崇高なる使命を帯びた偉大なるソレムネ帝国を、よりにもよって蛮国だと!?ふざけるのも大概にしろ!各艦!攻撃準備!相手がエンシェントヒューマンだろうと、この蒸気戦列艦を以てすれば敵ではない!いや、エンシェントヒューマンを討ったとなれば、地位も名誉も思いのままだ!」


 エレクト海やオヴェストでも思ったが、やっぱりソレムネは蒸気戦列艦の開発に成功した事で図に乗って、フィリアス大陸を統一するために動き出したって事か。

 それにしても、神々が実在するヘリオスオーブで、神々を廃した国がヘリオスオーブを統べる使命を帯びた、ねえ?

 完全に妄想の類だろ、それは。


「撃てぇぇぇぇぇっ!!」


 おっと、やっと来たか。


「やっぱりお前らは蛮国だよ。俺もだが、後ろのハンターがどこにいるのか、気にもかけてないんだからな」


 俺はもちろん、少し後方で控えているハイハンター達も、全員がスカファルディングを使い、海上に立っている。

 だがソレムネは、そんな事は一切お構いなしに砲撃を仕掛けてきた。

 大砲の射程内ではあるが、距離はわずか数百メートル程度だから、ハイクラスが全力で駆ければ、10秒ちょっとで到達できる距離だ。

 真子さんはアルフヘイムで、エスペランサに到達しそうな砲弾を優先的に落としてくれているが、それ以外の砲弾はほとんど無視してもらう手筈になっている。

 実際にハイクラスが、フライングやスカファルディングを使って蒸気戦列艦と対峙するのはこれが初になるから、その辺も含めて実践してみたい。

 ハイハンターのみんなも、自分達の手で蒸気戦列艦の相手をしてみたかったようだから、俺の作戦、というか提案にも、二つ返事で頷いてくれている。


「ソレムネよ、お前らは蒸気戦列艦に絶対の自信を持ってるようだが、俺達からすれば魔力強化もされていない鉄の塊だ。その証拠を、今から見せてやるよ!」


 俺は指揮官と思われる男が乗っている隣の蒸気戦列艦に対して、氷属性魔法アイスマジックで作り出した大剣を振るい、一刀両断にする。

 艦体の中央を斬られた事で、その戦列艦は中央側に傾き、片側とぶつかった衝撃で前部と後部が離れていき、そのまま重みで沈んでいった。


 それが合図となって、総勢14人のハイクラスが武器を構えながら、戦列艦に向かって突っ込んでいく。


 絶対の自信を持っていた蒸気戦列艦が、たった一撃で真っ二つにされたという非常識な光景を目にしたせいか砲撃が止んだが、俺の合図を待っていたハイハンター達は構わずフライングやスカファルディングを使いながら、手近な戦列艦に攻撃し、船底を破壊していく。

 剣が届く距離まで接近すれば、固定されている大砲じゃ狙う事も出来ないし、仮に出来たとしても自爆する危険性があるから、使う事も出来ない。

 しかもこちらは一騎当千の強者揃いだから、次々と戦列艦が沈んでいく。


「大和さん!」

「ああ。一気に終わらせるぞ!」

「はい!」


 セカンダリ・オーダーとして俺の隣に立ったミーナもメイス・クエイクを作り出し、戦列艦に叩きつけた。

 そのミーナを援護するかのように、フラムがタイダル・ブラスターを放つ。

 戦列艦の真上で滞空しているアテナが、マグマライト・ブレスで甲板の温度を上昇させ、灼熱地獄を作り上げる。

 真子さんの発動させた巨大なウイング・ラインが、戦列艦を2つに裂いていく。


 まさかそんな事になるとは思わなかったソレムネ軍は、次々とパニックを起こし、味方に当たるのも構わずに大砲を撃ちまくる。

 だが俺達はもちろん、エスペランサの街にも砲弾は届かない。


 蒸気戦列艦にはハイクラスも乗っていたみたいだが、アライアンスのハイハンターの敵ではなく、あっさりと倒され、同時に戦列艦も沈められていく。

 艦内に持ち込まれていた袋や木製の棚の破片に掴まる事で命を繋いだ軍人もいたが、こちらもほとんどが巻き添えを受けて海に沈んでいく。


 ソレムネの蒸気戦列艦40隻は、こうして30分もせずに、全てが海の底に沈むことになった。


「大和君、こいつはどうする?」


 蒸気戦列艦を全て沈めた後、シャザーラさんが1人の男を運んできた。

 誰それ?


「誰ですか、それ?」

「大和君と話していた男が乗っていた戦列艦を沈めたのは私なんだが、予想通りあれが旗艦だったみたいなんだ。その際私に勝負を挑んできたんだけど、この通り返り討ちにしてある。それなりの身分がありそうだからライブラリーを調べてみたんだけど、どうやらこの男は艦隊司令で、バシオン侵攻軍の総大将みたいだよ」


 ほうほう、それはそれは。

 シャザーラさんが言うには、この男はレベル43のハイヒューマンで、ソレムネ海軍南方方面艦隊総司令らしい。


「なるほど。それじゃあホーリナーズギルドに引き渡しましょう。ハイクラスみたいですし、ハイクラス用の隷属魔法を使ってもらう必要もありますからね」

「分かった。それじゃあ私達は、先に戻っているよ」

「ええ。ミーナも一緒に戻って、ホーリナーズギルドに説明を頼む」

「分かりました」


 ここはエスペランサの結界の外だから、普通に魔物が出る。

 セイクリッド・バードはPランク1人、Gランク3人だから、念のためミーナに護衛に付いてもらっておいた方が良い。

 それにミーナがセカンダリ・オーダーだってことはホーリナーズギルドも知ってるから、ホーリナーズギルドへの説明もしやすいしな。


「それにしても、こっちの犠牲者はゼロとはね。死人を出すつもりはなかったけど、それでも怪我人ぐらいは出ると思ってたわ」

「私達が空を飛んでる事にパニックを起こしてた事も、こちらの被害を抑えられた要因でしょうね。あの砲撃っていうのは厄介だったけど、思ってた程の威力じゃなかったっていうのもあるわ」

「そうだな。直撃すれば骨にヒビぐらいは入るかもしれないが、弾速も遅かったし、魔力強化もされていない鉄の砲弾など楽に弾ける。鉄の船には驚いたが、大和君の言うように沈めてしまえば生存者も出にくいから、沈める方としては楽だったな」


 フラウさん、ラークさん、プラムさんが、対蒸気戦列艦戦を終えた感想を口にする。

 俺も怪我人ぐらいは出ると思ってたんだが、終わってみれば全員無傷だったから驚いたよ。

 まあソレムネがパニックを起こしてたっていう理由もあるし、こっちも少数とはいえハイクラス以上で挑んだから、ソレムネがフライングやスカファルディングの情報を手に入れたり、ノーマルクラスが加わったりすれば、被害状況も大きく変わってくるだろう。

 だけどハイクラスが初めて戦列艦と相対した戦いとしては、十分過ぎる成果だな。


 っと、俺もここで話をしてばかりじゃなく、次はエスタイト王爵領との国境に向かわないと。

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