不義の王爵

Side・プリム


 あたしとマナ、リディア、ルディアの4人は、オーダーズギルドの獣車に同乗して、エスタイト王爵領との国境に向かった。

 海から攻めてきているソレムネの蒸気戦列艦は、大和を始めとしたハイハンターがいるから心配はないんだけど、こっちはバリエンテ東の王爵でもあるレインが、バシオン教皇猊下を手中に収めるために派兵してくる恐れがあったから、警戒をしなければならない。


「エスタイト獣騎士団が出てくる事も問題だけど、一番の問題は反獣王組織が出てくるかもしれないことね」

「そうですね。出て来ないのならそれに越した事はありませんが、レイン王爵がバリエンテを裏切り、ソレムネに通じていたとすれば、反獣王組織ともやり取りがあったという事になります。さすがに全ての獣騎士を送り込んでくる事はないと思いますが、それでもホーリナーズギルドを超える数を投入してくるのは間違いないでしょう」


 マナとリディアの言うように、あたし達が警戒しているのはホーリナーズギルドの倍を超える数を誇るエスタイト獣騎士団と、レオナスが率いる反獣王組織が徒党を組んで襲ってくる事。

 エスタイト獣騎士団は総勢500名程だけど、少なく見積もってもホーリナーズギルドより多い数を送り込んでくるのは間違いないし、反獣王組織に至ってはどれ程の数がいるのかすら分かっていない。

 だからあたし達もオーダーも、少なくても500人、多ければ1,000を超えるんじゃないかって予想しているわ。

 こちらの戦力はトラレンシアから回されてきた第3分隊50人にロイヤル・オーダー30人、そしてあたし、マナ、リディア、ルディア、マリサ、エオス人の86人。

 だけどロイヤル・オーダーは全員が、第3分隊も12人がハイクラスだし、あたしとマナはエンシェントクラスだから、いくらレインが1,000人近い人数を送り込んで来ようと、8割以上はノーマルクラスだろうから、こちらが全滅するようなことはないと思う。


「殿下、見えました。予想通りエスタイト王爵領方面から、武装した兵が迫ってきております」


 ロイヤル・オーダー達を纏めている近衛隊ファースト・オーダーでハイハーピーのミランダさんが、予想通りの報告をもたらしてくれた。

 やっぱり来たわね。


「やっぱりか。数はどれぐらい?」

「正確には確認しておりませんが、獣騎士がおよそ200名、ハンターのような装備を纏った者はその3倍ほどになるようです」


 ということは800人程か。

 奇しくもこちらの約10倍の人数って事になったけど、報告によればハンターと思しき連中は程度の低い革鎧ってことだから、ノーマルクラスと判断してもいいでしょう。

 ハイクラスの稼ぎはノーマルクラスの比じゃないから、装備にも現れるしね。

 もちろんただバシオンに向かってくる部隊を確認したっていうだけだから、ハイクラスがいないとは言い切れないし、それどころかいないワケがないから、装備だけで判断しきれるものじゃないけど。


「そう。それで、レオナスは?」

「今の所確認出来てはいません。やはり出てきますか?」

「そりゃそうでしょう。教皇猊下の身を確保して戦いを優位に進めようと考えてるんだろうけど、もし身柄の確保が出来なかったら、逆に自分達が窮地に追い込まれる事になる。つまり反獣王組織にとってもレインにとっても、この戦いが最大の転機になるわ。そんな重要な戦いに、レオナスはもちろん、レインが出て来ないワケがないわ」


 まったく持ってマナの言う通りだわ。

 教皇猊下の身を確保する事で、自分達以外の天与魔法オラクルマジックを封じて今後の戦争を優位に進めようと考えているんだろうけど、逆に失敗したら、それは自分達の天与魔法オラクルマジックを封じられる事を意味する。

 いくら教皇猊下が温厚な方でも、下らない野望や願望、欲望で国を責められて、黙っていられるはずがない。

 もちろん天与魔法オラクルマジックを封じる事は、封じられる側はもちろんだけど、封じる側にも多大なリスクが発生する。

 大人数を一斉にとなると、教皇猊下も無事で済むとは思えないから、首謀者だけに留める可能性も高いんだけどね。


「仰る通りです。では見張りにはレオナス元王子、並びにレイン王爵の姿を探すよう伝えます」

「ええ、お願い。でも見つからなくても、それはそれで構わないわ。プリムがいれば、向こうから出てくるだろうからね」


 ミランダさんとマナの言うように、あたしがこっちに回された理由はレオナスを釣りだすため。

 レオナスは相手が人妻だろうと、自分が気に入った女に手を出しているから、もしまだあたしの体を狙っているようなら、必ず出てくるだろうって思われる。

 あたしとしては嬉しくもなんともないどころか虫唾が走る話なんだけど、レオナスがソレムネと通じている事は確実だから、出来る事ならこの場で始末しておきたい。

 だからイヤでイヤで仕方ないけど、我慢してるのよ。


「どうぞ」


 っと、あたし達に割り当てられた貴賓室のドアがノックされたわ。

 追加報告ってとこかしらね。


「失礼致します。まだ確定ではありませんが、獣騎士の中にレイン王爵と思われる女性を確認しました」


 ドアを開けて入ってきたロイヤル・オーダーの報告に、あたし達はやっぱりかという顔しか出来なかった。


「間もなく接敵のため、これ以上の偵察は不可能と判断し、斥候も帰還しております。申し訳ありませんが、ご準備をお願い致します」

「分かったわ」


 接敵か。

 予想通りとはいえレインも出てきてるようだから、レオナスがいるのも確実でしょう。

 プリスターズギルドのグランド・プリスターズマスターにしてバシオン教国の教皇猊下の拉致監禁を企んでるような連中に、容赦をするつもりはない。

 だけどアミスターの意思も伝えておく必要があるし、レインの言い分にも興味がある。

 どうせ援軍に来たとか、適当な事を言うつもりでしょうけどね。


Side・マナ


 弓術士が展望席に陣取り、ハイクラスは獣車を降りる。

 ノーマルクラスはデッキ上や獣車後方で待機してるけど、人数は86人しかいない。

 目の前に隊伍を組んでいる獣騎士や反獣王組織は800人を超えてるから、普通に考えたら絶望的な戦力差だと言えるわ。

 もっともこちらには私とプリムっていうエンシェントクラスが2人もいるから、その程度の差を覆す事は難しくないけどね。

 さて、始めるとしましょうか。


「私はアミスター王国第二王女、マナリース・レイナ・アミスター・ミカミよ。敵対の意思が無いのなら、そちらの所属を聞かせてもらえるかしら?」


 大和と結婚した事で、私はマナリース・A・ミカミを名乗るようになったけど、ミドルネームになっているAはアミスターの略だから、今回みたいな場合だと略さずにしっかりと名乗った方が良い。


「これはマナリース殿下、ご無沙汰しております」


 私の名乗りに応えて、1人の獣騎士が兜を脱いだ。

 兜の姿から現れた顔は、野心たっぷりの目をしたウルフィーの女性。

 やっぱりいたわね。


「バリエンテ連合王国王爵、レイン・エスタイトにございます。このような場所に殿下がおられるとは思ってもおりませんでしたが、我らは先を急ぐ必要がございます。出来ましたら、手短にお願いしたく」

「こちらとしても、時間を掛けるつもりはない。だから単刀直入に聞かせてもらうわ。何故獣騎士を率いて、バシオンに向かっているのかしら?」

「バシオン教皇猊下からの救援要請を受け、ソレムネを撃退するためにございます」


 はい、アウト。

 教皇猊下にもレインがソレムネに通じている証拠はお渡ししているから、万に一つも教皇猊下がレインに救援要請を出すことはないわ。

 そもそもバリエンテに救援要請を出すなら、先にアミスターを頼るのが普通だから、この時点で救援要請は嘘だと断定出来る。

 それにもっと直接的に、嘘だって断じれる理由があるのよね。


「そう。ならあなた達は、この先に行かせるワケにはいかないわね」

「これは異な事を。もしやマナリース殿下は、バシオンがソレムネによって滅ぼされても良いとお考えなのですか?」

「先触れも寄越さず大軍を率いてくるなんて、常識が無いにも程があるでしょう?それにバシオンの教都エスペランサでは、アミスターから派遣されたオーダーやハンターが、既にソレムネの新鋭艦を沈めているわ」


 援軍要請に応えた場合、多くの騎士や軍人を国内に招き入れる事になるから、無用な混乱を避けるためにも、必ず先触れが派遣される。

 だけど今回先触れは来なかったし、そもそも教皇猊下からの援軍要請は行われていないんだから、これ程の軍を率いてくるレインは、援軍じゃなく敵軍と判断されても仕方がないわ。


 ソレムネの戦列艦が沈んだかどうかは確認してないけど、そっちは確認するまでもない。

 怪我人ぐらいは出てると思うけど、接近さえしてしまえばどうとでも出来るし、何より大和と真子がいるんだから、負けるなんて事は天地がひっくり返ってもあり得ないから。


「な、なんですって!?」

「私が誰と結婚したのか、知らないはずがないわよね?」

「ま、まさかアミスターは、Oランクオーダーを派遣されたのですか!?」

「ええ、そうよ」


 私がOランクオーダーでもある大和と結婚した事は隠してないんだから、アミスターに隣接しているエスタイトの領主が知らない訳がない。

 というか、逆に知らないなんて言われたら、貴族として失格の烙印を押せるわね。


「い、いえ!いくらOランクオーダーといえど、蒸気戦列艦が相手では長くは持たないはず!やはりここは、早期に救援を!」

「なんであなたが、蒸気戦列艦を知っているのかしら?」

「それはもちろん、獣王陛下から書状を頂いたからです」

「その獣王陛下の書状だけどね、出所はアミスター国王からよ。その書状には、ソレムネの新兵器の詳細は記してあるけど、蒸気戦列艦なんていう名前は一切記されていない。なのに何故あなたは、ソレムネの新兵器が蒸気戦列艦という名称だと知っているの?」


 しまった、という顔をするレインだけど、手遅れどころの話じゃないのよね。


「アミスターはね、既にあなたが、ソレムネと内通している事実を掴んでいるのよ。バシオンへの進軍も救援のためじゃなく、教皇猊下を拉致する事が目的でしょう?だから獣騎士だけじゃなく、そっちの反獣王組織まで加わっているんでしょうからね」


 東の王爵であるレインは、当初こそ反獣王組織に協力していたけど、プリムの生存が公表されてからは手を切り、その証拠としてアミスターに庇護を求めていた。

 なのにその反獣王組織を率いて現れたという事は、アミスターに求めていた肥後すら虚偽だったという事になる。


「な、何を証拠に、そのような戯言を……」

「証拠も何も、そこにいる男を見れば一目瞭然でしょうに。でしょ、レオナス元王子?」


 そう、私が反獣王組織と断定できた理由は、レオナスがいたからよ。

 ドラゴニュートとタイガリーの長所を併せ持つドラゴニュートハーフ・ハイタイガリーで、レベルも私が知ってる時点では47。

 だけどドラゴニュートに匹敵する魔力とタイガリーの膂力を持つため、レベル以上の実力を持つGランクハンター。

 いえ、バリエンテはまだ新ランク制度が施行されてないから、Sランクのままね。


「ふん、さすがはマナだな。いや、俺に抱かれたいって事で良いんだよな?」


 下衆な顔を浮かべて舌なめずりをするレオナスに、私は本気で嫌悪感を覚えた。


「あなたに抱かれるぐらいなら、私は死を選ぶわ。まああなたの命運も、ここまでだけどね」


 そう言って私は、隣に立つ女性にフードを外すように促す。

 その女性はフードを取ると同時に純白の翼を纏い、レオナスとレインに向けて憎悪の視線を向けた。


「久しぶりね、レオナス。そしてレイン」

「プ、プリムローズ・ハイドランシア……!?」

「おお、プリムか。ここにいるという事は、やっと俺に抱かれる気になったって事だな?」


 レインは激しく動揺してるけど、レオナスは自分の妄想を叩き付けてきている。

 こんな男がバリエンテ獣王なんかになってたら、確実にバリエンテは滅んでたわね。

 この点は間違いなく、ギムノス陛下に感謝出来るわ。


「レオナス、前にも言ったわよね?あたしより弱いあんたごときに、あたしがこの身を差し出す事はあり得ないって」

「ならここで、俺が勝てば良いだけだ。違うか?」

「構わないわよ。あんたごときが勝てれば、だけどね」


 レオナスはプリムにとっての仇という訳じゃないけど、バリエンテを滅亡に追い込む国賊でもある。

 だからプリムは、ここで確実にレオナスを仕留めるつもりね。

 本来なら生け捕りにすべき相手なんだけど、レオナスはハイクラスだし、生かしておいても害にしかならないから、お兄様からも殺害も止む無しって言われているわ。


「だけどあたしだけが体を賭けるのは、不公平だと思わない?」

「ほう?何が望みだ?」

「あんたの命よ」

「いいだろう。もしお前が勝ったら、俺の命を持っていけばいい」


 だけど不思議なのは、エンシェントフォクシーのプリムに、ドラゴニュートとタイガリーのハーフとはいえハイクラス、しかもレベル50にも届いていないレオナスが、なんであそこまで自信満々なのかね。

 力の差は歴然だし、どう考えてもレオナスに勝てる道理はないわよ?


「プリム、あいつ、何か良からぬ事を考えてるよ」

「そんな事は分かってるわよ。女を手に入れるためなら、何だってするんだから」


 ルディアが耳打ちしてるけど、確かにその程度の事は、この場の全員が知ってるわね。


「あたしがエンシェントフォクシーだって事を知ってるかは分からないけど、考えそうな事は予想が付くわ」

「というか、それしかないんですが」


 まあね。


「それじゃ、行ってくるわ」

「心配はしてないけど、気を付けてね」


 そう言ってプリムは、ストレージからスカーレット・ウイングを取り出し、前に進み出た。

 同じく前に出てきたレオナスも準備出来たようで、剣と盾を構えているわね。

 ちょっと盾の持ち方がおかしい気もするけど。


「先手は譲ってやるよ」


 下卑た笑みを浮かべながら、レオナスはプリムにそう告げた。

 だけどプリムは答えず、逆に一足飛びにレオナスに向かってスカーレット・ウイングを突き込む。


「やっぱりそう来たか!お前の癖だよなぁ!」


 レオナスは嬉しそうにプリムのスカーレット・ウイングを右手の剣で受け流すと、左手に隠し持っていた小さな金属の棒をプリムの体に押し当てた。


 やっぱり持ってたわね、隷属の魔導具を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る