獣王の真実

Side・マナ


 オヴェストの街に入った私達は、すぐに領主でもあるネージュ・オヴェスト王爵の歓迎を受けた。

 ここで従妹になるプリムと再会出来るとは思ってなかったようで、涙を流しながらプリムを抱き締めていたけど、だからこそ彼女は信用出来ると思う。

 あれが演技だって言われたら、誰も信用できないもの。


 だけど私達は、そのネージュ王爵から、信じられない真実を聞かされる事になった。


「私は表向きこそギムノス陛下と対立していますが、裏では密に連絡を取り合っていたのです。ノクト王爵も同様ですが、残念ながら彼はソレムネの蒸気戦列艦という兵器によって、命を落としてしまいました……」


 驚いた事に、ネージュ王爵と獣王は敵対していたワケじゃなかった。

 さらに反獣王組織と手を組んだという話も、周りが勝手に流した噂で、ネージュ王爵は一度も協力した事はないそうよ。


「反獣王組織に手を貸したことは無い?だがアミスターでは、その噂が広まっているが?」

「やはりですか。その噂は東と南、そして中央の王爵が流したデマです」

「デマ?いや、東と南、中央の王爵が連携していたという事か。そうなるとバリエンテは、東と西で割れる寸前だったという事になるか?」

「それは何とも申し上げられません。確かに傍目には、王家と北、西が手を組み、中央と東、南が手を組んでいるように見えるかもしれませんが、私達と違って彼らは、綿密に手を組んでいるワケではありませんから」


 話を聞くと、東の王爵レイン・エスタイト、南の王爵ギルファ・トライアル、そして中央の王爵でバリエンテの宰相を務めているシュレヒトハイト・フライハイトは、それぞれが王位を望んでいる感じだわ。


「マナリース殿下の仰る通りです。まだ確たる証拠はありませんが、先代獣王陛下暗殺も、彼らのいずれかの仕業ですから」


 先代の暗殺が、そのいずれかの王爵の仕業?

 ちょっと待って、先代獣王暗殺は、確か現獣王のギムノスが王位を簒奪するために仕組んだ事じゃなかったの?


「先程の反獣王組織のお話から予想は付いていましたが、やはりそちらもでしたか。プリムも落ち着いて聞いて。そもそもギムノス陛下が王位を簒奪したという噂は、先代獣王陛下を暗殺し、その後にタイラス殿下も暗殺したという話が軸となっています」

「ああ、アミスターではその話が広まっているな」

「ですが先に亡くなられたのは、タイラス殿下の方なのです」

「えっ!?」


 タイラス王子の方が、先に亡くなっていた?

 しかも話を聞くと、タイラス王子が亡くなったのは、純粋な事故だと断定出来る。

 タイラス王子はバレンティアへ友好を深めるために出向かれていたんだけど、その帰路の船上で魔物に襲われてしまい、その結果命を落としたそうよ。

 しかもその事実はバレンティア側も認識しているから、誰かが仕組んだとは考えにくい。


「その後先代陛下が暗殺されてしまったため、本来でしたらレオナスが王位に就くはずでした。ですがレオナスが王位に就けば国が滅びると懸念したギムノス陛下が、国元にいなかったレオナスから王位継承権を剥奪し、自らが王位に就かれたのです。この事はテルナール公爵も同意して下さっています」


 確かに先代獣王が暗殺された時期に、レオナスはバリエンテにはおらず、確かトラレンシアに渡っていたはずだわ。

 先代である父、そして王太子である兄が亡くなったというのに、レオナスは帰国する素振りすら見せなかったんだから、ギムノスが獣王位に就く事になるのも、国のためを思えば理解出来る。

 お父様だって先代獣王陛下、そしてタイラス王子崩御の報を聞いて、その点を心配していたもの。

 さらにプリムのお父様テルナール・ハイドランシア公爵まで同意していたという事は、レオナスは王位継承者としての自覚が無いばかりか、資格すら疑われていたという事になるわ。


「元々ギムノス陛下とテルナール公爵は政敵でしたが、それは王爵制度について互いの意見を貫いていたためです。お二方とも民を慮る良き領主ですから、それ以外では協力体制だったと言ってもいいでしょう。ですがギムノス陛下の即位と時を同じくして、南の王爵家でも騒動が起こりました」


 現当主のギルファが、父や兄を殺して爵位を簒奪したことね。

 アミスターじゃ噂程度しか聞けなかったけど、ネージュ王爵が言うにはそれは事実で、しかもシュトレヒハイト王爵も関与しているらしい。

 シュトレヒハイト王爵はそのギルファを重用し、ギムノス獣王とテルナール公爵の関係に楔を打ち込む事にも成功しているとか。


「だからこそ他国では、ギムノス陛下が先代陛下とタイラス殿下を暗殺し、王位を簒奪したと噂されているのでしょう。本来でしたらテルナール公爵が食い止めて下さったと思うのですが、打ち込まれた楔によって、ギムノス陛下もテルナール公爵も互いを信じる事が出来なくなってしまったため、関係が途絶えてしまっていたのです」


 その結果が、テルナール公爵の処刑とハイドランシア公爵家の取り潰しか。


「その通りです。シュトレヒハイト王爵やギルファだけではなく、レインまでもがテルナール公爵に反逆の意思有りとの証拠を突き付けてしまったため、ギムノス陛下としてもテルナール公爵を処刑せざるを得なかったのです」


 よりにもよって、東の王爵まで加担していたとはね。

 王位を望んでいる東のレイン王爵だけど、どうやら彼女は、積極的にシュトレヒハイト王爵やギルファと連絡を取り合っていた訳じゃないみたい。

 だけどテルナール公爵が邪魔だという事は互いに理解していたから、積極的に協力することで邪魔者を排除し、王位をより近いものにしようとしていたのね。


「なるほど、色々と合点がいく点も多いな。ネージュ王爵、黒幕は誰になるんだ?」

「シュトレヒハイト王爵です。先代陛下の代から宰相として国に仕えていますが、先代は王爵の地位回復に尽力されていたため、国政が疎かになりがちでした。ですから国政の何割かは、シュトレヒハイト王爵に全権を委任されていたのです」


 それがシュトレヒハイトの野心に火を付け、さらにタイラス王子の死という偶然が重なる事で、燃え上がったって事になるわけか。


 王爵の地位が低下してしまった理由は、アミスターでは1つの結論が出ている。

 王爵家はバリエンテの前身となった6つの国の王家ということもあって、何があっても王爵位を剥奪される事はないし、領地を召し上げられる事もない。

 しかもバリエンテは連合王国の名が示すように、獣王と5人の王爵の合議制で成り立つ国だから、建国当初は公爵すら凌ぐ権勢を誇っていたと聞いている。

 だけどそれぞれの領都が中央府セントロから遠い事もあって、徐々に代理を立てる、あるいは欠席が目立つようになり、国政からは遠ざかっていくようになった。

 だから王爵の代わりの貴族が台頭するようになり、やがて合議制そのものが成り立たなくなってしまった。

 他の貴族達は、理由はともかく必死に働いているのに、王爵は何もしなくても王爵という爵位は保たれ、領地も削られる事すらないから、代々の獣王も王爵を頼る事は無くなり、今の地位にまで落ち込んでしまったの。


 私から言わせれば王爵達の自業自得だけど、それでも領地はしっかりと治めていたし、合議制を持ち出す王爵だっていたから、獣王側にも問題が無かったとは言えない。


 だからプリムの祖父に当たる先々代獣王陛下が、王爵の地位回復を提言し、先代も同調した事で、かなり王爵の地位は回復してきている。

 オヴェスト王爵の先代もその恩恵を受け、積極的に合議に参加していたそうよ。


 テルナール公爵も積極的に協力していたそうだけど、ギムノス獣王はそれに異を唱えた。

 理由は王爵位の特殊性。

 今は良くても、何代か先にまた同じ事が起こらないとは限らないから、今の内に王爵位を廃止したいと考え、テルナール公爵とは真っ向からぶつかり合っていたわ。


「ですが現在のギムノス陛下は、王爵位を廃止させる素振りは見せておられません。あれ程主張していましたし、王位に就いてすぐに着手したのが王爵位に代わる王爵への処遇でしたから、既に陛下の中ではある程度の形になっているはずなのですが、未だに施行される様子もないのです」


 そこがよく分からないのよね。

 王爵位を廃止する事でバリエンテの合議制は消失し、獣王の単独統治となる。

 しかも王爵位の廃止は、王爵以外の貴族に領地の増加が望めるようになるし、王爵も処罰の対象になるから、歓迎する声も多いと聞いている。

 テルナール公爵や先代達は、王爵が元は王家であり、バリエンテ建国のために王位を放棄した家系だという事を考慮していたけど、それでも王爵制度の改定は考えていたみたいだから、ギムノス獣王とテルナール公爵が真っ向から意見をぶつけ合っていても、妥協点を模索する事は出来たと思うし、もしかしたら既に妥協案が成立していた可能性もある。

 テルナール公爵が亡くなってしまった以上、真相は闇の中になってしまったけど。


「それに関しては、私には何も言えないな。だが王爵制度の廃止を謳っているギムノス獣王の即位は、その3人の王爵にとっては歓迎出来ない事態のはずだ。なのに何故、彼らは何もしていない?いや、実際にはしているんだが、何故ギムノス獣王の即位を許したんだ?」

「レオナスがバリエンテに戻らなかったからです。理由はともかく先代陛下が崩御された以上、新たな獣王陛下が即位されることになります。ですがレオナスは帰国せず、それどころか葬儀にすら顔を出しませんでした。そのような者が即位するなど、たとえ継承権を有する王子であろうと認められるワケがありません」


 だからレオナスに次ぐギムノスが即位し、レオナスの王位継承権を剥奪したってことだけど、普通に当然の話ね。


「それは王爵達にとっても、頭の痛い事だっただろうな」

「そのようです。ですがギムノス陛下が即位されなければ、ここにいるプリムが即位する事になりましたから、それを避けたと考えるべきでしょう」

「だろうな」


 それは確かにね。

 元々プリムはバリエンテの王位継承権を持っていて、順位もギムノス獣王に次ぐ4位だった。

 もしギムノスが獣王位に就かなければ、プリムが女王になっていた事は確実だと思う。

 しかもそのプリムは、バリエンテの地はアミスターに返すべきだと考えているから、もしプリムが即位していたら、バリエンテはアミスターに併合されていた可能性もある。

 そうなったら王爵も何もなくなるから、王爵達にとってはまだギムノスの方が与しやすかったでしょうね。

 なにせ王爵位が無くなったとしても、別の待遇が与えられる事は確実な訳だし、地位や名誉が大きく変わる訳じゃないんだから。


「ところが今になって、レオナスは反獣王組織の旗頭となり、ソレムネとも手を結んでいる。これについては?」

「端的に申し上げますと、レオナスは祭り上げられただけとなります。ギムノス陛下が先代陛下やタイラス殿下を暗殺した事を理由に、陛下の王位簒奪を謳う事で自らの行動を正当化しているだけですね。恐らくとしか言えませんが、3人の王爵のいずれかが、ギムノス陛下崩御後に即位するという約定をソレムネと結んでいるはずです」


 最も可能性が高いのは、先代陛下暗殺の黒幕と目されているシュトレヒハイト王爵ってことね。


「オヴェストが襲われていた以上、次の標的はトライアルになる可能性が高い。その次はバシオンになるだろうが、レインがシュトレヒハイトやギルファとは積極的に連絡を取り合っていないのなら、やはりシュトレヒハイトか。面倒だな」


 そりゃアミスターに庇護を求めているレインは、条件としてエスタイト王爵領の併合と王爵位の返上を持ち出せば、結果はどうあれ牽制にはなる。

 ギルファの場合はもっと簡単で、直接狙われる可能性があった事を、噂でもいいから流せば、それで勝手に自滅してくれるでしょう。


 だけどシュトレヒハイトは、本当に面倒だと思う。

 フライハイト王爵領は海から遠いから、蒸気戦列艦の脅威に晒される事は無いし、ハウラ大森林に囲まれてるから木材の調達も容易い。

 しかもシュトレヒハイトはバリエンテの宰相でもあるから、重要機密だって簡単に手に入る。

 だから反獣王組織の動きも指示し易いだろうし、ソレムネに流せば警戒の薄い地方を攻める事も難しくない。


「思っていたよりマズい事態だな。まさか王爵家が、3家もソレムネと繋がっていたとは」

「レインは微妙な所ですが、ソレムネがバシオンを攻めるようなことになれば、恐らくは与する事になっていたのでしょう」


 バリエンテを裏切り、ソレムネに与していると目されているシュトレヒハイト、レイン、そしてギルファの3人だけど、シュトレヒハイトとレインは、それぞれがそれぞれの手段でバリエンテの王位を狙っている。

 ギルファも同様なんだけど、一番若く気性も荒い事から、2人に利用されているんじゃないかと考えられる。

 恐らくでしかないけど、オヴェストが落ちたら、次の標的はギルファが治めているトライアルになっていたでしょう。

 シュトレヒハイトにしてもレインにしても、既にギルファの存在は邪魔になっているはずだから。

 さらにトライアルが落ちれば、次の標的はバシオン教国になる可能性が高い。

 バシオン教国教都エスペランサも海に面しているし、何よりバシオン教の総本山でありプリスターズギルド総本部のある国だから、万が一の事があればバレンティアやアレグリア、もしかしたらリベルターだって黙っていないでしょう。

 そんな事になったら、フィリアス大陸は確実に戦火に包まれる事になるし、下手をしたらソレムネによって、天与魔法オラクルマジックを封じられてしまう可能性も否定できない。


 天与魔法オラクルマジックは神々から授けられた魔法だけど、封じる事も出来る。

 それを可能にするのが神殿魔法プリスターズマジックパニッシング。

 盗賊に落ちた者や犯罪者から天与魔法オラクルマジックを剥奪する魔法だけど、普通なら個人にしか使う事は出来ないと聞いている。

 だけどOランクプリスター、つまり教皇猊下だけは、国を対象にパニッシングを使う事が出来るという噂がある。

 ソレムネがその噂を知っているかは分からないけど、バシオンと隣接しているエスタイト王爵領領主のレインが知らないとは思えない。

 だからレインは、バシオンの併合と教皇猊下の身柄も狙っているはずだわ。


「その可能性は高いな。だが教皇猊下が、エスペランサを離れるとは思えない。連絡は行うが、万が一のために備えておく必要がある」


 そうね。

 そもそもトライアルやバシオンを攻める艦隊が組織されてる可能性もあるんだから、オヴェストを守っただけで安心するのは早計過ぎる。

 バシオンを守るのは勿論だけど、そのためにはホーリナーズギルドだけじゃ戦力が足りない可能性もある。

 バシオン教国はマイライトの麓にあるフィールやプラダ村といった地方よりは広いけど、それぐらいの国土しか持っていないから、ホーリナーズギルドも200名程しかいない。

 フライングやスカファルディングが奏上された事は当然知ってるし、慣熟訓練もしていると思うけど、ハイホーリナーは30人程度しかいなかったはずだから、ソレムネが派遣した艦隊の数によっては、苦戦どころじゃ済まないわ。

 アミスターにとってもバシオンは守らなければならない国だけど、トラレンシアにオーダーを派遣し、レティセンシアや反獣王組織を警戒している現状では、さすがに難しいから、援軍を派遣する事も簡単じゃない。

 これは本当に、どうしたものかしらね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る