西の海へ

Side・プリム


 北の王爵ノクト・ロッドピースは現獣王ギムノスの親友だけど、あたしの父とも親交があった。

 北の王爵領は、トレンテ海峡を挟んでいるとはいえソレムネとの国境があるから、そっちを警戒してたんだと思うけど、あの人は王爵の地位にも名誉にも興味はなく、ただ領民の事だけを考えていたから、獣王とも父様とも相容れない部分はあったと思う。

 だけどだからこそ信頼出来たし、尊敬もしていた。

 そのノクト王爵が死んだ?


「マナ、ロッドピースってどこにあるんだ?」

「ソレムネとの国境があるアリバから1日程東よ。ナダル海に面しているけど……あっ!」


 天樹城に向かう獣車の中で、大和がマナにロッドピースの場所を聞いてるけど、北の王爵領領都ロッドピースはナダル海に面している。

 つまりソレムネの蒸気戦列艦は、十分にロッドピースを制圧出来るということを意味する。

 もちろんレオナスが動いた可能性も否定出来ないんだけど、ロッドピースはアレグリアも遠くないから、反獣王組織が動いていればアレグリアでも情報ぐらいは掴んでいてもおかしくはない。


「考えられるとしたら、艦隊じゃなく少数でってこと、あとは夜の闇に紛れてってとこかしら?」

「かな。照準が適当でも、街を破壊するだけなら何とでもなるだろうし。まあ、どんな状況なのかわからないから、断定は出来ないが」


 真夜中に?

 そんなこと、出来るワケが……いえ、それは言い切れないか。

 火を焚けば灯りは確保できるし、蒸気戦列艦はその火の力で動いているんだから、可能性としては考慮しておく必要があるわ。


「何にしても、情報収集は必要だな。陛下に提案してみるけど、果たしてどうなることか」

「東の王爵次第でしょうね。ハウラ大森林を突っ切る必要があるけど、それでも隣接してるし、何より東の王爵レイン・エスタイトはアミスターに恭順の意を示しているんだから、何かあったらフロートに連絡を寄越すはずだわ」


 レイン王爵か。

 あいつはちょっと小賢しい所があるし、今の地位にも満足してなかったはず。

 民の事を考える良い領主ではあるんだけど、それでも王爵という地位じゃなく、王という地位を望んでいたはずだわ。

 あたしと母様がバリエンテから追われた時、西の王爵領は真っ先に封鎖されると考えたから除外して東のアミスターに向かったけど、レイン王爵に助けを求めようとは思わなかった。

 あたし達を保護した事を理由に、何かしらの事を起こすんじゃないかって思ったからね。

 だからエスタイトを大きく迂回してポルトンに向かったんだけど、そこで追手に追い付かれて、さらには盗賊まで出てきたもんだから、御者や使用人は全員殺され、あたし達も逃げるしか手がなかった。

 そこで大和と出会ったのよ。


「そうするしかないでしょうね。でもエスタイトって、確かバシオンっていう国の近くなんでしょう?ロッドピースがいつ落とされたかにもよるけど、情報が伝わってるかしら?」


 真子の言う通りなのよね。

 エスタイトには、バシオン教国との国境がある。

 だけどそこはアミスターとの国境でもあるから、クリスタロス伯爵がバシオンのホーリナーズギルドと連携を取って警戒を続けているわ。

 そのエスタイトまでは、ロッドピースからだと2日は掛かるから、情報が伝わっていない可能性もある。

 ワイバーンを使えば1日もいらないけど、状況次第じゃ無理でしょうからね。


「それこそ今考えても仕方ない。それに俺としては、その東の王爵が情報を得ていようといなかろうと、自分で動くつもりだからな」


 あたしに視線を向けて、大和が力強く頼もしい言葉を発してくれた。


「場合によっては、そうするしかないでしょうね。ロッドピースを落としたのがソレムネにしろレオナスにしろ、アミスターにとっても無視出来ない問題ですから」


 ユーリの言う通りかもしれない。

 ロッドピースが陥落しノクト王爵が命を落としたということは、北の王爵領はどちらかの手に落ちたということになる。

 いえ、レオナスがソレムネに与している今、ソレムネの手に落ちたと言っても過言じゃない。

 つまりバリエンテの一部を、ソレムネに占領されてしまったという事になる。

 さすがに獣王だって獣騎士団を動かすだろうけど、そうなったらセントロの守りが薄くなるのは避けられないから、獣王が討たれてしまう可能性も高くなる。

 獣王を守るのはシャクだけど、そんな事を言ってられない事態だわ。

 バリエンテがソレムネに支配されたとして、一番迷惑を被るのは市井の民なんだから。


 天樹城に着いたあたし達は、ライ兄様に自分達の考えを伝えた。

 どうやらロッドピースが落ちた事は、アレグリアからの書状で伝わってたようだけど、レイン王爵からは何も連絡が来ていないみたいだった。


「ロッドピースが落ちたのは3日前、夜半に大きな音がソキウスでも聞こえたとあったから、恐らくはソレムネの蒸気戦列艦による砲撃だろう」


 ソキウスはアレグリア最南端の街で、ロッドピースからも目にする事が出来る。

 そのソキウスにも音が響いたって事は、蒸気戦列艦に間違いないわ。

 しかも夜って事だから、何隻で攻めたのかも分からない。

 ロッドピースの港はソキウスからは見えないから、多分そこに停泊してるんでしょうけど。


「その件で、西の王爵ネージュ・オヴェストから書状が届いている」


 ネージュ姉様から?

 西の王爵ネージュ・オヴェストは、あたしより5つ上のフォクシーの女性で、あたしの従姉になるの。

 ネージュ姉様のお母様があたしの母様の姉で、先代オヴェスト王爵なのよ。

 つまり母様は、オヴェスト王爵家の出身ということになるわ。


 そのネージュ姉様は、あたしを実の妹のように可愛がってくれてたんだけど、あたしが死んだって聞いた事で獣王に反旗を翻し、生存を知ると同時に反獣王組織への協力を取り止め、今は独自に西の王爵領を治めてるって話じゃなかったかしら?


「ネージュ王爵はなんと?」

「どうやら獣王から書状が届いたようだ。ソレムネの蒸気戦列艦やロッドピースが落とされた事も、その書状に記されていたらしい」


 なんでネージュ姉様に?

 獣王にとって、ネージュ姉様は敵のはずでしょ?

 なのになんで、敵に塩を送るような真似をするの?


「オヴェストにはハンターも多いが、ハイクラスはさほどでもないから、ソレムネに対する戦力としては心許ない。だから可能ならば、オーダーズギルドを派遣出来ないかと打診されている」


 オヴェストにオーダーズギルドを?

 いえ、さすがにそれは無理じゃないかしら?

 ただでさえレティセンシアと反獣王組織を警戒して国境の警戒度を上げて、さらにトラレンシアにまで派遣してるんだから、いくらオーダーズギルドでもこれ以上の戦力は割けないわよ。


「その通りだ。だからオヴェストには、オーダーズギルドは派遣しない。代わりという訳ではないが、ウイング・クレストに行ってもらいたいと思っている。構わないか?」


 あたしとしては望む所だけど、いいの?


「俺達はロッドピースの調査に行くつもりでしたけど、それはいいんですか?」

「可能なら頼みたいが、ロッドピースが落ちた事を考えると、先にオヴェストに向かった方が良い。下手をすれば、既に攻撃を受けている可能性もあるからな」


 確かに。

 ガグン大森林を大きく迂回する必要があるけど、それでもオヴェストも海に面しているから、ソレムネとしては落としやすいと思ってるはずだわ。


「了解です。となると一度ドラグニアに転移して、そこからエオスに飛んでもらうべきか」

「それが最速ね」

「ではお兄様、万が一オヴェストが襲われていた場合は、蒸気戦列艦は殲滅してもよろしいのですね?」

「当然だ。ああ、今回は私も行くぞ。ネージュ王爵に話を聞く必要もあるし、それによってアミスターとしての対応を変える必要も出てくるかもしれないからな」


 また戦場に出てくるの?

 いえ、確かに国王が来た方が、色んな手間は省けるけどさ。

 アルカを経由すればすぐに天樹城にも帰って来れるから、時間も最小限で済むっていう理由もあるだろうけど。


「蒸気戦列艦がいないんなら構わないですけど、万が一いたら巻き込んじゃいますよ?」

「望む所だ。むしろこの目で蒸気戦列艦がどんな物なのか、見ておきたいからな」


 なんでこんな好戦的なのかしら?

 いえ、ライ兄様は停泊してる蒸気戦列艦しか見た事ないから、動いてるとこをみたいって思うのは当然なんだけどさ。


「わかりました。ロイヤル・オーダーは?」

「同行させてもいいのか?」

「いや、させて下さいよ。正式に訪問するのに護衛無しは、さすがにマズいでしょう」


 大和の言う通りよ。

 トラレンシア行きは急だったから、あたし達が護衛を引き受けざるを得なかったけど……って、今回も急じゃない。


「ではとりあえずとして、3名程を同行させよう。急いで準備してくるよ」


 そう言ってライ兄様は、サロンにいるバトラーに、すぐに動けるロイヤル・オーダーを3人呼ぶように指示した。

 付き合わされるロイヤル・オーダーは気の毒ね。


 しばらくして宰相のラライナさんが、疲れた顔をして入ってきた。

 ロイヤル・オーダーも3人いるけど、嫌な予感を感じてるようで、戦々恐々とした顔をしているわ。


「今度はバリエンテ、しかも西のオヴェストですか」

「さすが、よく分かってるな。ロッドピースが落ちた以上、オヴェストは何としても守らなければならない。だが獣王と反目している以上、オヴェストの戦力では足りない。だからウイング・クレストに行ってもらう事にしたんだが、何か動きがあるかもしれない以上、私も赴くべきだと思わないか?」

「仰りたい事は分かりますし、ソレムネを早期に落とすためでもありますから、やむを得ないとは思います。ですが、オヴェストの安全が確認されてからでも良いと思うのですが?」


 宰相の言葉に、ロイヤル・オーダーが頷く。


「動いてる蒸気戦列艦を見たいんですって。攻めてきてるかどうかは分からないけど、可能性が低い訳じゃないからね」

「そんな事だろうとは思いました。ですからロイヤル・オーダーは、3名ともレベル50オーバーです。申し訳ないけど、陛下方をよろしくお願いします」

「「「はっ」」」


 一糸乱れぬ動きで敬礼をする3人のロイヤル・オーダーだけど、顔には不満がありありと浮かんでいる。

 ライ兄様の方がレベルは上だから、護衛する意味があるのか疑問を感じる気持ちも分かるけど、ここは諦めてとしか言えないわ。

 3人のロイヤル・オーダーも含めて、あたし達はすぐに天樹城を発った。

 と言ってもサユリ様のお屋敷からアルカに行き、そこからドラグニアに出てエオスに飛んでもらってだから、本当に時間は掛からなかったわ。

 この機にオヴェストもゲート・クリスタルに登録しておくつもりだけど、そろそろフェザー・ドレイクの在庫が怪しくなってきてるから、近い内に狩らないといけない。


「あれは!?」


 エオスの運ぶ獣車に乗る事2時間ちょっと、オヴェストの街が見えてきた。

 だけどオヴェストからは、煙が立ち上っている。

 その原因を作ったのは、海に浮かんでいる20隻ほどの鉄の船。

 遅かった?

 いえ、まだ砲撃は続いてるから、間に合ったと思っても良いはず。


「大和!」

「ああ、全部沈めるぞ!」

「さすがに虐殺は見逃せないし、私も行くわよ」

「当然私もよ!」


 マナと真子も協力してくれるのはありがたいわ。

 エンシェントクラスが4人もいるんだから、あの程度の数はすぐに沈められる。

 あたし、大和、マナ、真子は、ソレムネの蒸気戦列艦沈めるために、エオスが抱える獣車のデッキから飛び降りた。

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