妖王家の嫁ぎ先

 スリュム・ロードを倒して凱旋した俺達は、クラテルはもちろんベスティアでも大きな歓声をもって迎え入れられた。

 さらにベスティアに2人いたAランクヒーラーによって、まずはバウトさんとデルフィナさんが失った四肢を再生してもらい、お披露目に参加し、そのまま白妖城の謁見の間で、褒賞授与式典へと突入してしまった。


「此度のスリュム・ロード討伐戦、あなた方が参戦して下さった事で、大きな被害を出すこともなく、無事に討伐を成功させる事が出来ました。心より感謝申し上げます」


 予定通りハンター達には、アイスクエイク・タイガーをレイドで2匹ずつ、俺達ウイング・クレストには3匹が褒賞として渡され、他にもハンターズギルドの規定通りの褒賞金も支払われた。

 Sランク以下のノーマルクラスは5万エルだが、Sランクのハイクラスは10万エル、Gランクは20万エル、Pランクは30万エル、Mランクは40万エル、Aランクは50万エルだから、トラレンシア王家としてもかなりの出費になる。

 さらに各レイドに、王家から300万エルずつの褒賞金まで追加された。


「オーダーズギルドの方々も、本当に感謝致します。褒賞という訳ではありませんが、あなた方が討伐に成功したアイスクエイク・タイガーの内3匹、そしてアバランシュ・ハウルの1匹は、アミスター王家に進呈させて頂きます。レックス卿、あなたからお渡しいただきますようお願い申し上げます」

「はっ。間違いなく、ラインハルト陛下に献上させて頂きます」


 これも予定通りだな。

 さらに参加したオーダーにも、ハイクラスは10万エル、ノーマルクラスは5万エルずつの褒賞金が出る事になった。


「セイバーズギルド・クラテル支部Gランクセイバー、アルベルト・リオスクード」

「はっ!」

「あなた方クラテル支部は、スリュム・ロードの突然の襲撃をいなし、討伐隊においても目覚ましい活躍を見せて下さいました。よって参加したセイバーには、それぞれ褒賞金を授けます」

「ありがたき幸せ」

「また、此度のアライアンスにおいて、急遽指揮を任されたにも関わらず、あなたは期待以上の働きをして下さいました。その働きに報いるためにも、あなたを神秘騎士ミスティック・セイバーに任命します」


 神秘騎士ミスティック・セイバーっていうのはセイバーズギルドの称号だ。

 この称号を賜るとAランクセイバーに昇格するらしいが、オーダーズギルドの天騎士アーク・オーダーと同じく、基本的にはグランド・セイバーズマスターを意味する騎士号でもある。

 もちろんグランド・セイバーズマスター以外が賜ったこともあるし、初代神秘ミスティック騎士セイバーはカズシさんで、そのカズシさんは唯一のOランクセイバーでもあったりするんだが。


「身に余る光栄にございます」

「それと、ヒルド」

「はい、姉上」


 ところがアルベルトさんの番になった所で、何故かブリュンヒルド殿下が前に出てきた。


「で、殿下?」

「アルベルト、褒賞になるかは分かりませんが、私を娶るつもりはありませんか?」

「……は?」

「女にもう一度言わせるつもりですか?」


 これは俺も想定外。

 まさかブリュンヒルド殿下が、アルベルトさんに嫁ごうとするとは思わなかった。

 当のアルベルトさんも、何て答えたらいいのか、すげえ悩んでるな。


「先に言っておきますが、あなたの奥方達からは、既に同意を得ています。いくら私でも、勝手にこの身を褒賞にする事はできませんからね」

「その……殿下は本当に、私などに嫁がれてよろしいのですか?」

「終焉種討伐隊を率いた英傑の、どこに不足があるというのでしょうか?」


 そりゃそうだ。


「で、ですが我々は、差したる成果を出せた訳では……」

「ええ、知っています。ですがアイスクエイク・タイガーというM-Iランクモンスターを倒したのは事実でしょう?そもそもトラレンシアでは、PランクどころかGランクでさえ討伐実績は少ないのです。ですがあなた方は、Aランク相当と言われるM-Iランクのアイスクエイク・タイガーを討伐したのですから、十分な功績でしょう?」


 それは知らなかった。

 さすがにゴルド大氷河は別だと思うが、トラレンシアってGランクモンスターも少なかったのか。

 確かにトラレンシアのあるアウラ島は、ゴルド大氷河以外の難所はないし、冬は海が氷ることもあってか、魔物の種類はさほど多くはない。

 もっとも、だからクラテルでスリュム・ロードの警戒態勢を維持する事が出来てたし、リオではソレムネの警戒に注力する事が出来てたわけだが。


「わ、分かりました。妻達の同意があるのであれば、私としても否やはありません。ブリュンヒルド殿下、よろしくお願い致します」

「こちらこそ」


 謁見の間に大きな拍手が鳴り響いた。

 王家の結婚だっていうのに、トラレンシアの貴族はよく口出ししてこないな。


「アルベルト、妹をよろしくお願い致します」

「はっ!この身に代えましても、お守りいたします!」


 無事にブリュンヒルド殿下の縁談も纏まったか。

 こんな場で纏められるなんて、アルベルトさんが気の毒になるな。


「ウイング・クレスト リーダー、ヤマト・ハイドランシア・ミカミ様」

「はい?」


 そんな事を考えてたら、いきなり俺の名前が呼ばれた。


「終焉種討伐という直接的な貢献をなさった大和様には、不束ではありますが、わたくし自身を捧げたいと思います。いかがでしょうか?」


 ぶほっ!

 人の事心配してる場合じゃなかった!

 俺も、しかもお相手はヒルデガルド陛下ですか!?


「先に言っておくけど、私達は全員、ヒルデ姉様が加わる事を認めてるからね?」

「リカさんもよ」


 しかもいつの間にか、外堀が埋め尽くされてるだと!?

 そんな時間、どこにあったってんだ!?

 というかアルベルトさん、そんな憐れんだ目を向けるのは止めて!


「えっと、俺……自分はアミスターのOランクオーダーでもあるんですが、よろしいんでしょうか?」

「存じております。ですが大和様にとって、距離は問題ではありませんよね?」


 つまりなんだ、リカさんと同じように、雪妖宮ゆきあやしのみやの私室にゲート・ストーンを設置して、いつでもアルカとトラレンシアを往復出来るようにしろと?

 いや、確かにそれが最善なんだが、マジでトラレンシアの女王様を娶らなきゃいかんの?

 あとレイドリーダーの皆さんに真子さん、肩を震わせてんじゃないよ。


「プリム、マナ、本当に良いのか?」

「許可は取ったって言ったでしょ?トラレンシアにとっても、悪くない話だしね。功績を考えれば、これは当然だと思うわよ?」

「ヒルドはアルベルトさんに嫁ぐから、後はヒルデ姉様しか残っていない。別におかしなことでもないわ」


 外堀ばかりか内堀まで埋まってやがる。

 この分じゃ、逃げ道はどこにもなさそうだ。

 しかも褒賞ってことになるんだから、断るのも失礼だ。

 こうなったら腹を括るしかないか。


「よ、よろしくお願いします」

「ありがとうございます」


 花が咲いたような笑顔を浮かべるヒルデガルド陛下。

 同時に割れんばかりの拍手が、またしても謁見の間に轟いた。

 俺の嫁さんは全部で12人らしいから、これで10人目か。

 まさか女王様と結婚することになるとは思わなかったぞ。


Side・アリア


 大和様がアライアンスをトラレンシアに転移させてから3日後、久しぶりにアルカに戻って来られました。

 いえ、アミスターのラインハルト陛下へ報告するために、何度か戻って来られていましたよ?

 ですから終焉種討伐戦に参加された事も、討伐を成功させた事も知っています。

 ですがまさか、こんな事になるとは思っていませんでした。


「今度はトラレンシアの女王陛下かよ。大和、お前、何をどうしたいんだ?」

「俺が聞きたい。なにせ今回も、気が付いたら外堀どころか内堀まで埋め尽くされてたんだからな」


 そうなんです、エドワードさんが呆れ果てているように、大和様にトラレンシアの女王であるヒルデガルド・ミナト・トラレンシア様が嫁がれる事になったのです。

 聞いた限りではありますが、終焉種を討伐したのは大和様、プリム様、真子様ですから、並の褒賞では功績に釣り合いません。

 ですから大和様に、王家から女性を嫁がせることになるのも、一応は理解できます。

 ですがまさか、女王陛下御自らが嫁いで来られるとは、さすがに想定外でした。


「というかさ、プリム達が了承済みなのは分かるよ。でもお相手がトラレンシアの女王様なんだから、ラインハルト陛下の許可も必要なんじゃないの?」

「それについても、許可は得ているわ」

「そ、そうなんですか?」


 まさにいつの間に、ですね。

 ですがマナ様やユーリ様がフロートに向かわれたのは、終焉種の出現報告があった日の夜ですし、その時に翡翠色銀ヒスイロカネの剣も受領していましたから、考えられるとしたらその日しかありませんが。


「まあいいけどよ。じゃあヒルデガルド陛下も、アルカに来ることが増えるわけだな?」

「ああ。とはいえ俺との結婚は、ソレムネとの戦争が終わってからになるが」

「そうなの?」

「そうなのよ。大和はアミスターのOランクオーダーだから、ヒルデ姉様と結婚するとなると、王配として雪妖宮ゆきあやしのみやに入らなきゃならない。だけどそれは無理だから、正式な結婚はヒルデ姉様が退位してからになるの」

「そしてその退位も、ソレムネとの戦争が終わらない限りは出来ないのよ」


 それもそれで、面倒なお話ですね。

 そもそもソレムネとの戦争は、ヒルデガルド陛下が開戦された訳ではありません。

 むしろソレムネが勝手な理屈で宣戦布告し、攻めてきているだけです。

 ですからソレムネとの戦争を終結させるには、帝都デセオを落とすしかありませんから、その際には女王陛下も同行されることになるそうです。

 女王が落とした帝都を統治する事で先勝を高らかに宣言するためだそうですが、ヒルデガルド陛下はハイヴァンパイアですから、少々の問題もご自分で退ける事が出来ます。

 ですが妹君のブリュンヒルド殿下は、レベルこそ40ですが、ハイクラスに進化している訳ではありませんし、万が一が起きてしまえば妖王家が途絶える可能性も出てしまいます。

 ですからブリュンヒルド殿下は、軍事よりも世継ぎの問題に奔走されることになるんだそうです。


「また面倒な。まあソレムネとの戦争は、手っ取り早く終わらせた方が良いのは間違いねえ」

「ですね。でも今の時期は海が氷ってますから、やっぱりソレムネへの進軍は春になってからですか?」

「そこが問題なのよ。トラレンシアとしては、スリュム・ロード討伐戦で数を減らしたセイバーの事もあるから、できれば春がいいって言ってるんだけど、アミスターとしてはレティセンシアや反獣王組織の事があるから、一日でも早くソレムネを討ちたい」

「ですがそのスリュム・ロード討伐戦で、ハンターやオーダーにも少なくない犠牲者が出ていますから、今すぐという訳にはいきませんし、何より海氷がある以上、船を出す事が出来ません」


 それは確かに問題です。

 積雪の影響でレティセンシアからの侵攻は止まっているようですが、雪が融ければ間違いなく、しかも今度は魔族を大量に率いて進撃してくるでしょう。

 しかもオーダーばかりかハンターも有力な方をトラレンシアに派遣している最中ですから、アミスターの戦力は落ちています。

 普通ならば何も問題はなかったのですが、魔化結晶という禁忌の魔具のせいで、アミスターとしても警戒を強めざるを得なくなっているのです。


「1つの方法としては、リベルターにも協力してもらうことね。セイバーとオーダー、ハンターをリベルターに転移させて、そこから侵攻を行えばいいから」

「陸の上なら、戦列艦でもどうしようもないですから、良い手に思えるんですが?」

「微妙だな。その場合はリベルター軍も参加してくるから、戦後の分け前をどうするかっていう問題もある。それにリベルター軍を動かすにしても、議会の承認が必要らしいからな」

「あ、そっか。アミスターやトラレンシアは、別にソレムネの国土なんていらないけど、だからってリベルターが全部持っていくのも、それはそれで問題になるのか」

「ああ。何よりその場合だと、リベルターに蒸気戦列艦の設計図が流れる。出来ればあれは、存在ごと抹消しておきたいんだよ」

「なんで?」

「ヘリオスオーブには似つかわしくない兵器っていう個人的な理由もあるけど、下手をしたら今度はリベルターが覇権国家にならないとも言い切れないし、何よりバリエンテの反獣王組織に設計図を流されでもしたら、厄介極まりない事態になるのよ」


 大和様と真子様は、蒸気戦列艦をヘリオスオーブから根絶なさるおつもりのようです。

 確かにリベルターやバリエンテの反獣王組織が蒸気戦列艦を運用などしてしまうと、ソレムネ以上の脅威になるでしょう。

 燃料や砲弾はストレージバッグで保管できますし、工芸魔法クラフターズマジックがあれば大砲の設置や取り外しも容易になるかもしれません。

 対抗手段としてフライングやスカファルディングという魔法が奏上されましたが、天与魔法オラクルマジックを使う事ができるリベルターや反獣王組織が相手では、逆に孤立させられてしまう可能性も否定できません。


「ってことは、リベルターと組むのは無しか」

「よっぽどの事が無い限りはな。あとは転移石板を使ってデセオ近くに転移する事だが、奇襲性は高いんだが、その場合でも蒸気戦列艦は丸々残ることになるから、マジでどうしようかと思ってな」


 確かに大問題ですね。

 ソレムネは早期に討つ必要がありますが、レティセンシアや反獣王組織を放置する事もできません。

 ですが同時に3つの戦線を作ることもできませんから、予定通りソレムネ、反獣王組織、レティセンシアの順で討つしかなさそうです。

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